38:蒸気式巨大二足歩行機兵
セクシャルマイノリティの聖地、新宿二丁目に未来世界と繋がる時空ゲートが開かれた。その中から現われたのは、蒸気力で動く巨大な人型決戦兵器だった。
関節の圧力制御弁から吹き出た水蒸気が、巨体に雲のようにまとわりついては風で散っていく。一歩歩くごとに踏まれたものはすべて潰れ、道路も重みに耐えきれず陥没していく。
その身長は57メートル、体重550トン。
……と言うと確かに巨大ではあるが、数字で見ると大型航空機と大差は無い。計算的にはペラッペラの紙装甲、歩いたら自重で足が折れる密度である。身長165センチに換算すれば体重13キロ相当である。
だが超未来の、すごい科学で守られたウルトラスーパーデラックス合金の巨体は、現代常識など通用しない強度であった。巨腕をふるってビルを破壊してもその体には傷一つつかず、装甲の表面に整然と並んだリベットは、1本たりとも抜け落ちてはいない。
怪ロボットは新宿駅周辺に停車中の山手線・中央線・総武線・埼京線(略)などの列車を踏み潰しながらJRの線路を横断し、新宿の町を西へと進む。
両眼から放たれる摂氏98度の蒸気力ビームが、地上のあらゆるものを蒸し尽くしていく。
その進行先にあるのは東京都庁。
もしこれが冒険空想活劇であったなら、地上高243メートル、総重量32万トンの都庁第一本庁舎が超巨大ロボットに変形して迎撃し、一撃で侵略者を粉砕する場面であろう。
だが、残念ながらこれは現実の物語である。そのような非現実的な展開があるはずもなく、怪ロボットは一歩一歩、都庁に向かって迫りつつあった。
「というわけで、このままでは本筋が進まないので貴様がアレを倒すのだ。40秒で始末しろ」
「ふえええええええ」
魔王に指示された周作はガクブル状態である。
「狙うのは腹だ。全身に蒸気を送るボイラーがある。それを射抜けば奴は動けなくなる。貴様のすべての魔力を込めて唐揚げを打ち出せ」
「お、お腹を狙うんスか」
「ボルグヒルド博士からの情報によれば、そこが弱点だ」
「いや誰っスかそれ」
「未来世界からやってきた、銀髪紅眼で豊かな乳を持つ天才美人科学者だ。飛び級で博士号を取得した22歳、年齢イコール彼氏無し歴の処女、眼鏡と白衣がトレードマークで好物は餡ドーナツ」
いつのまにコンタクトをとったんだ魔王。というか、その情報って今必要か?
「スマホよ、『遠当ての杖』を起動、長距離射撃の弾道内空気抵抗を排除。横風の影響を相殺、重力およびコリオリ力への干渉術式を展開せよ。射出角度を算出して兄に指示しろ」
「りょーかい! ……お兄ちゃん、もうちょっと上。少し右。相手の進行に合わせて3秒後に呪文を詠唱して!……3、2、1、詠唱!」
「う……美味い、絶対に美味い、魔王からあげ本舗の特製からあげスペシャルうぅぅ!!!」
輝く光と共に、目にも止まらぬ速さで唐揚げが打ち出された。
唐揚げ本体は怪ロボットの装甲に当たった時点で分解消滅したが、込められた膨大な光属性の魔力が、光の奔流となってロボットの腹を貫いた。
穴が空いたボイラーから爆発的に蒸気が噴き出す。それを見た魔王が怪ロボットに手を向けると、ロボットの巨体は一瞬にして消えうせた。
「な、何をしたんスか!?」
魔力を使い切った周作が、スマホから完全回復薬を飲まされながら魔王にたずねた。
「周囲に燃料が飛び散ると危ないので、その前に地球中心核に空間転送した。これでもう安心だ」
「いやちょっと、オレっちが手伝う必要性ってあったんスか?」
「貴様が戦闘に参加せねば、貴様に経験値が入らぬ」
「ふぁぁ、そ、そういうものなんっスか?」
「実際に倒したのは貴様だ、自信を持て。この魔王は漏れかけた燃料を始末したにすぎぬ」
「燃料って、石炭っスか? あれって蒸気機関っスよね?」
「石炭や重油ではあんな巨大なものを動かす熱量は得られぬ。プルトニウムという物質だ。その熱で湯を沸かして動いている」
「ふぁ?」
「あー判らぬか、まあ判らなくても良い。無公害で完全リサイクル可能なエネルギー源を使っていてくれれば、手出しをする必要など無かったのだがな。
奴が現われた時点で歴史はすでに改変されてしまったかもしれぬが、とりあえず忘れておこう」
「れきし、かいへん……??」
「GOIプロジェクトというのを知っているか。今、日本で進められている巨大人型ロボット建造計画だ」
「いや知らねっス。それってマジな話っスか?」
「とある日本の有名企業が、〇菱重工や東〇大学と共同で取り組んでいる。それによって開発された技術が、未来世界において重要な役割をはたすらしい」
「……らしい?」
「あくまでボルグヒルド博士の話なので真偽は判らん。が、銀河を二分する戦争で、日本起源のデザインを持ったロボットがヒューマン側を勝利に導く鍵となるそうだ。
あのデカブツは巨大ロボットに対する恐怖を民衆に刷り込み、世論によって日本のロボット開発を中止させるため、博士がこの時代へと送り込んできたのだ」
「……あの、ちょっと確認なんスけど、そのナントカ博士って、侵略ロボットを送り込んできた人なんっスか?」
「ヒューマンだとは誰も言っていないが」
「……情報が多すぎて、ちょっと理解が」
「理解する必要は無い。はい終わり終わり。では商店街の挨拶回りに行く」
「えええ、今から行くんスか? こういう話のすぐ後で?」
「そっちのほうが話の本筋だ。商店街で商売するにはフレグシソルを払わねばならん」
「ふれぐ……何っスか、それ」
「こちらの世界には対応する言葉が無いが、意訳すれば『田舎税』だな」
「いなかぜい」
「ヒューマンの地方集落では、住民同士が力を合わせて生活を維持している。
そのために一緒に酒を飲んで意志疎通をはかったり、物資や仕事を互いに融通しあったり、地元防衛団に参加したり水路を共同補修したり草刈りをしたり祭りに参加したり農作業共同体に加わったりしなければならん」
「うわ面倒臭ぇ」
「だが『田舎』に住んでいる者には、共同体への強制参加・奉仕義務がある。それを我々の世界では『田舎税』と呼んでいる」
「で、田舎税を払わないとイジメに合うんスね」
「そうだ。だから払う払わないで争って開戦10日目のグべン軍のように孤立するよりも、素直に田舎税を払って、ぬるい空気の中で馴れ合って暮らしていくほうが定型的なヒューマンにとっては楽なのだ。
個体によっては『他人とバカ話をするぐらいしか楽しみが無いので、話し相手を作るために田舎税を払わせてほしい』まである」
「でも、オレっちは周りに合わせた行動をするのが難しいんっスけど」
周りに合わせずに自分のやりたい事を始めてしまったり、普通ならやらない事をしたりするので、全方向から怒られが発生する。
「田舎税を払えなければ『都会』に行けば良い。だが都会は個人が仕事を奪いあう強者総取りの場所だ。弱者は底辺に落ちて浮かび上がれなくなる」
「ふえぇ、どっちにしろ楽じゃないっス」
「そこでこの魔王が選んだ場所が、下町商店街だ。
東京の市街地なので田舎税は必須ではない。だが住民がある程度固定していて、田舎税を払っておくと『仕事』を回してもらえる程度の近所付き合いがある」
「田舎でも都会でもない感じっスか」
「そうだ。共同体に参入していない者を生け贄に捧げる因習村でもなく、因習や伝統を炎で焼き尽くす資本主義の戦場でもない。『掟』と『自由』の間に位置する『日和見』ルートを選択する」
「む、難しくて、よく判らないっス」
「まあ順番に話を進めていこう。では皆の者、行くぞ」
「ふえええええええ」
「りょーかい!」
「わんわんわわん」
(続く)
<次回予告>
商店街への挨拶回り。ビジネスの心得を語っていたと思ったら、しだいに怪しい話になっていく。何を言っているのかよく判らないと思うが、いつもの展開なので気にする必要はない。
次回「地球規模では小さな事件」
更新は明日21時30分。




