37:銀河帝国の遺産
「お兄ちゃん、朝ごはんだよ。お、き、て」
金髪ロリが周作の耳元で、萌えアニメに出てくる妹のような口調で甘くささやく。
「……あと5分」
「チワキチ、やっておしまい」
「わわわんわんわんうぉうぉんおん」
べろべろぶちゃべろぶろべろん。
「うおおおおおおっっぷ!!!!」
チワキチに目覚めさせられた周作は「洗顔の杖」で顔を浄化し、皆がそろって食卓について朝食を食べ始める。
「このホットケーキ、美味しいっスけど、食べたことがない味っス」
「アムルーを塗ったバグリールだよ」
「異世界の料理っスか?」
「モロッコの朝ごはんだよ! セモリナ粉発酵パンケーキ、ローストアーモンドと蜂蜜とアルガンオイルで作ったペースト添え。ベルベルオムレツとモロカンサラダでワンプレート!」
「……異世界の呪文っスか?」
まあ何だかよく判らないが、美味ければそれでよかろうなのである。
朝食が済んだ時、ラップ音の後、魔王が亜空間から巨大な魚をお姫様だっこして現われた。
「いやちょっと魔王様、何っスかそれ」
「ミナミマグロだ。さっきタスマニア沖で採った」
「今度は寿司屋でも始めるんスか」
「いやこれは貴様らに喰わせる食材だ。ちょっと遠出したので、土産だ」
「何しに行ったんスか?」
「空から巨乳娘が降ってきて、フランス領南極諸島の海底に眠る、世界を支配できる力を持つという古代銀河帝国の遺産を探す事になったのだ」
「……情報が多すぎて、理解が追いつかないっス」
「追いつかずとも良い。今の説明は本筋と関わりが無いので、全部忘れてよい」
「いやそう言われても。魔王様、世界を支配する気なんっスか?」
「そんなくだらぬ事がしたければ、最初から自力でやっておるわ。貴様はカブトムシの国で樹液を支配して嬉しいか?」
「こっちの世界って、魔王様にとってはその程度の価値なんっスか? んじゃ、何が目的で」
「それはもちろん好みのタイプの……あー、貴様が知る必要は無い。とっとと忘れて頭を切り替えろ。マグロはあとでさばくので、ひとまずキッチンカーの収納庫に入れておく」
魔王は一旦席をはずし、マグロを仕舞いに行った。
特大サイズの魚は牛肉などと同様、血抜きをしてから氷温状態で数日から数週間、熟成させたほうがねっとりした旨みが出てくる。
時間停止収納だと永久にフレッシュなサクサクした肉のままなので、解体した後で冷蔵庫に移し、熟成させていく予定である。
「では仕事の話に移る。今日は商店街で挨拶回りをする予定だ」
「あいさつまわり」
「詳しい事はあとで説明する。明日からイベントの無い日は、商店街に車を停めて唐揚げを売る」
「ほんじゃ、またスマちゃんがメイドさんになって客引きを」
「それは駄目だ。イベントであれば目立っても良いが、旧態依然の商店街でそういう客引きをすると住人に嫌がられる」
「じゃあ美味しい唐揚げを作って、味でお客さんを呼ぶっス」
「そういうナイーヴな考え方は捨てろ。ラーメンハゲもそう言っている」
「いや誰っスかそれ」
スマホがモロッカンティー ―ー 中国緑茶とフレッシュミントとスパイス類で作ったハーブティーに、ライム果汁をしぼりこんだ熱い飲み物 ーー を皆に配り、それを飲みつつ魔王は話を続けた。
「餓える心配が無くなった日本ヒューマンは、食事という行為を二極化させつつある。
一極は不味くなければ良しとして、早く安く手軽に済ませようとする方向。反対極は食事を栄養補給ではなく趣味や娯楽として、金や時間をつぎこむ方向だ」
何かをしながらカップラーメンを食べ、食事の手間や予算や時間を最小限で済ませる方向と、遠方にある行列店まで行き1時間並んでハイスペックなラーメンを食べる方向の二極である。その真ん中の「普通のラーメン」は個人店であれば淘汰されてしまう。
「金や時間をかけるヒューマンは評価がうるさい。店の内装や清潔感や接客態度、行った事が自慢になる話題の店か、画像をSNSに上げて『いいね』がもらえる絵面の料理か、あらゆる要素を評価の対象にする」
「料理が美味いだけじゃ、駄目なんっスか」
「かつて京都の、とある老舗料亭の副料理長が独立して店を持った。本店に劣らぬ会席料理を8割の値段で提供したが、経営がうまくいかず廃業した」
「美味くて安いのに、お客さんが来なかったんスか?」
「老舗料亭に行けば、歴史的建築物で家具調度や書画を鑑賞し、伝統工芸の器に美しく盛り付けられたビジュアルに感動し、厳しい教育をうけた給仕女性からサービスをうけ、幕末の名士や明治の文豪と同じ場所で同じものを食する聖地巡礼も楽しめる」
「えっとその、どの要素も、料理そのものでは無いっスね」
「その店に出入りする財界人や政治家と同列になったという満足感、その経験を他人に披露して満たされる承認欲求、そして家族や友人と『非日常』を共に過ごす喜び。それらをすべて提供できるのが老舗料亭という、体験型娯楽施設だ」
「ディズ〇ーランドで、非日常を楽しむみたいな感じっスか」
「その通りだ。『ブランドとしての歴史』、『そこにある物語との出会い』、『客のために訓練されたスタッフ』、『憧れの場所に行く高揚感』、それらが新興店にはすべて欠けていたのだ。
料亭に来る客は料理だけを求めているのではない。料理以外の要素を含めた、心の贅沢を味わいに来ている。客は料理ではなく、体験を食っているのだ」
普通に美味しければ良いという客は、お手軽価格の「おばんざい」の店に行けば十分だし、一食に何万円も払う客は「贅沢」を味わえる店を選ぶ。京都のような激戦区では「普通の料亭」は淘汰されてしまうのである。
「地味な食材を非凡な技術で至高の料理に仕上げたとしても、その技術を理解できる客など一握りしかおらん。馬鹿でも知っている高級食材を使って、馬鹿でも判る贅沢を演出せねば、料亭という商売は成り立たない」
とはいえ料亭によっては、儲かる商売だけで良しとしてはいない。成金から集めた金で、伝統食材を契約購入して絶滅危惧料理を伝承していたりもする。獣脂をぶちこんだギトギトラーメンで儲けて、淡口ラーメンの提供を続けるようなものである。
「一方で贅沢でない店は客単価が安いので、大勢の客が来なければ商売が成り立たない。ムチャクチャ高い値段で少人数の金持ちを相手にするか、貧乏人相手に安くて値段相応のものを大量供給するか、どちらかに徹しないと商売としては続かない」
「オレっちがやるのは後者っスね」
「そうだ。安っぽいキッチンカーで『贅沢』を提供するのは難しい。イベント会場や観光地ならその場の雰囲気で売れてしまったりもするが、固定販売であれば固定店舗に勝てる要素が無い」
「こてーてんぽ」
「つまり店舗としての総合点では、フライドチキンのチェーン店や、唐揚げがメニューにある居酒屋、手作りの『おそうざい屋』、弁当屋にすら勝てない。
そして値段の点では大量仕入れのできる大資本スーパーや、コンビニチェーンの唐揚げに勝てない。キッチンカーには何一つ勝てる要素が無いのだ」
250円でそこそこ美味しい唐揚げが買えてしまう地区で、その倍の値段の唐揚げを買う理由は普通の人間には無い。
一方で味や雰囲気にこだわる人間は、安っぽい屋台で唐揚げを買おうとは思わない。厳選した食材で採算を考えず自作するか、高級焼き鳥屋の唐揚げコース5000円に行くのである。
「加えて言えば、食にこだわらぬヒューマンの場合、食事は娯楽として優先度が低い。外に食い物を探しに行くよりも、適当なスナック菓子を食って部屋でエロ動画を見ているほうを選ぶ」
「ああっ! 思いあたる部分がっ!!」
「それゆえ貴様のライバルは飲食業者ではない。サブスクのコミックに音楽、ネトゲや無料動画、世の中にあふれまくった、あらゆる娯楽と競わなければならんのだ」
「うへぇ、むちゃくちゃハードルが高くなった気がするっス」
「そのハードルを超えるためには、唐揚げに行列店のラーメン並みの習慣性と中毒性を……」
魔王が何か話そうとした時、ズドン! と部屋が揺れた。
エレベーターに乗った時のような、奇妙な加速感。
周作達がいる部屋はダンジョンの一部である。外で何かがおきても、普通の物理振動なら異空間まで伝わってくるはずが無い。
「何だ、この揺れは」
魔王ですら正体が判らぬ謎の振動。
それは東京上空で、はるか未来の世界との時空ゲートが開かれ、強烈な重力波が異空間まで到達した日であった。
(続く)
<次回予告>
悪の天才が抱いた歴史改変の野心。未来の世界で建造された巨大な侵略ロボットが新宿の町を蹂躙する。だが周作は黙っていない。今だ出撃からあげ本舗、正義の唐揚げをぶっ放すのだ!
次回「蒸気式巨大二足歩行機兵」
明日20時20分、吹き上がる熱い湯気が、商店街にたちこめる。




