36:魔法の唐揚げ、チーズソース掛け
「お嬢様方、ご試食はいかがですか?」
執事服に身を固めた魔王が、50代ぐらいの女性の二人組に唐揚げの試食を勧めた。「おかずカップ」に入れて爪楊枝を刺した唐揚げを、銀盆に乗せて流れるような仕草で女性達に手渡す。
長い銀髪を後ろにまとめた、顎髭のあるイケメンジジイ。
ウエイターなどという軽薄なものではなく、ガチな老執事のコスプレである。どう見ても場違いだが、それゆえに人目を引いている。
「あら、この唐揚げ、すごく美味しいわ!」
「本当! どこで売ってるの?」
魔王はすかさず写真入りメニューを見せる。
「キッチンカーから、揚げたてをお嬢様方のところまでお持ちいたします。この番号旗をお持ちになれば、会場内を歩き回ったり、どこかの注文待ちの列に並んでいただいても大丈夫でございます」
「移動していてもいいの? じゃあお願いしようかしら」
「ご注文ありがとうございます。7番、プレーン塩。8番、ニンニク醤油」
会場内にいる人工知能に通話機で注文を飛ばし、周作がスマホの指示に従って順番に唐揚げを用意する。
会場内には魔王が放った複数の無音ドローンが巡回し、番号旗の位置をリアルタイムで把握している。しかし認識阻害の魔法を付与されているため、誰もドローンの存在に気付いていない。
「7番様、8番様、お待たせしました!『魔王唐揚げ本舗』お届けサービスです!」
長い金髪をツインテールにしたメイド姿の美少女が、フィギュアスケートのような動きで地面の上をすべるように移動してきた。目立つ。ものすごく目立つ。
「おい、あの子、ローラースケートか?」
「いや、車輪はついてないぞ? ……どうして普通のブーツであの動きができるんだ? 魔法か?」
魔法である。靴に「飛翔」の魔法が付与されており、地表をすべって移動しているのではなく、地面すれすれを飛んでいる。この公園はローラースケート禁止だが、飛翔魔法は禁止されていない。
「ねえ君、今、空飛んでなかった?」
「スリックバック・ウォークって知ってます? 空を飛ぶように見える歩行パフォーマンスです!」
スマホの動きが、そのパフォーマンスだとは言っていない。聞いた人間が勘違いするのはスマホの責任ではない。
なお、生身の人間が自分の足だけで(車輪や強化外骨格を使わずに)離着陸する低速飛行(ハンググライダー、魔女の箒、タケ〇プター等)は航空法の規制対象外なので、空を飛んでも違法ではない。
しかし他人の土地(空中権を有する空間内)やドローン等の飛行が規制されている区域に入り込んだり、人や物にぶつかれば迷惑行為として通報される。
皆様が魔法で空を飛ぶ場合は、地権者に許可を得た上で、安全かつ節度ある飛翔を心がけていただきたい。
「メイドさん、その唐揚げって配達してくれるの?」
「はい! 唐揚げお届けサービスです! ご注文いただければ私がお客様のところまでお持ちします!」
金髪美少女がにっこりと微笑んで、メニュー表を見せる。
「じゃあプレーン醤油、チーズソースで」
「了解です! この番号旗をお持ちください! 会場内であれば、どこにいらっしゃっても旗を目印にお届けします!」
「お嬢ちゃん、こっちも注文いいかな?」
「はいおじさま、どれにいたしますか? 『魔王からあげ本舗』へのご注文、こちらでもお受けいたしまーす!」
一方でキッチンカーからは、日本人っぽくない奇妙なイントネーションの歌が、間の抜けた販促ミュージックと共に流れてくる。
「♪カ~~ラあゲ~~~、か~~らアげ~~、お~~イしい~~カ~~らァげ~~♪」
その歌を聴いた客達が、ふらふらと引き寄せられるようにキッチンカーのほうに向かっていく。
「くっくっく、魔力の無い下等生物共には、魔獣セイレーンの『魅了の歌』がよく効くようだ」
集客効果を見た魔王が、黒い笑みをうかべる。
そしてキッチンカーの前では、ペットサークルに入れられたチワワ態のチワキチが、玉乗りをしたり鼻先にボールを乗せたりして客寄せをしている。
チワキチの知能であれば注文品の配送を手伝う事も可能だが、公園内はペットの自由行動が禁止されているため、客寄せ以上のことができない。無念である。
「わんわん、かあいいねぇ」
母親に手を引かれた小さい女の子が、チワキチに手を振る。チワキチはそれに尻尾を振って応える。
魔王軍の序列で言えば周作よりチワキチのほうが上位なので、わんわん扱いされるのは本犬には少々不本意である。だがチワキチは周作と違って社会常識を良く理解しているため、今日は素直にロールプレイを演じている。
「唐揚げのご試食はいかがっスか~~」
女の子の母親が、周作にすすめられて試食ケース内の唐揚げを食べ、美味しいと言って唐揚げを買っていく。つられて何人もの客が次々に買っていく。
見た目にはインスタ映えしない地味な唐揚げだが、魔力風味はこちらの世界の住民にとって抗えない味がする。
キッチンカーでの直接注文が多いと、周作自身の能力では捌ききれない。スマホと連動させたタブレット端末の注文画面に、客自身でタッチ入力してもらって、スマホから遠隔指示をうけながら順番に商品を用意していく。
と言っても、あらかじめ作り置きして、容器に盛り付けて亜空間収納してある唐揚げを取り出し、必要に応じて味変ソースを掛けて渡すだけである。まだジュウジュウと音を立てている揚げたてアツアツの唐揚げが、一週間前からの作り置きだとは誰も思わない。
「はいお待ちっス! 美味しく召し上がれますよーにっス! はいお客さんも美味しく召し上がってほしいっス! お買い上げありがとうございますっス!」
売れた。どんどん売れた。素晴らしく売れた。
*************
「全部で……1497食、売れたっス……」
「すっごーい!!! お兄ちゃん、やったね!!!」
「わっお~~~~ん!!!!」
「……あのっ、こ、こんな大金、い、一日で、稼いで、いいんっスか?」
本日の売り上げを見て、周作はガタガタ震えている。
生まれてから一度も自分で金を稼いだことがない男が、一日で会社員の月給数ヶ月分の収入を手にした。もしこれがウェブ小説であったなら、ここから金銭感覚がおかしくなって破滅エンドに向かっていくフラグである。
「貴様が稼いだ金だ。スマホと相談して、好きに使うがいい」
「つ、使っていいんっスか?」
良くはない。こういう「商売になる」イベントは年に何度も開催されないし、確実に儲かる大きなイベントは参加が抽選方式になる。
今回はたまたま天候に恵まれて客足が伸びたが、大雪でも降ればイベント自体が中止になっていただろう。
要するに、このように売れるチャンスはめったに来ない。きちんと貯蓄して運営資金に回さなければ先が続かない。
そもそも屋台営業は「人が集まる場所」に陣取らなければ絶対勝てない、場所取りゲームである。
コネを使って一等地を格安の利用料金で確保できれば話は別だが、必死でイベント情報を集めて客が来そうな場所を探し、積極的に移動していかないと、あっという間に赤字になる。
キッチンカー運営は開業もしやすいが、失敗廃業率もあらゆる業種の中でトップクラスに高い、ギャンブル商売なのである。
「まあ、先のことは悩まずとも良い。貴様はもはや社長、一国一城のエリアボスなのだ。ケチケチせずにいろいろ使って経費にしろ」
「け、けーひ」
個人事業主の場合、支出領収書を集め、経費として国に申告すると(サラリーマンと違って経費そのものは支給されないが)収入がそのぶん減ったとみなされて税金が減額される。
目立つ支出でなければ、税務署もいちいち調査に来るほど暇ではない。飲み屋やキャバクラの領収書などを取引先の接待費という名目で、経費に混ぜておくのは自営業者の基本である。
大企業の社長であれば、愛人を住まわせるマンションを企業社宅、愛人へのお手当を秘書給与の名目で経費にするのも常識である。
エロ同人作家なら薄い本の購入費は経費、風俗ライターならソープラ(略)
「スマホが全部チェックして、申告までやるから大丈夫!」
ただし嫁が経理担当だと、行動や支出内容がバレバレになるのが難点である。
「よろしく頼むっス」
まあ女遊びも趣味の買い物もしない社長であれば、嫁にチェックされても痛くも痒くも無い。よって全部丸投げである。
「さて、明日からは営業場所が商店街に移る。そうなるとイベントとはまったく戦略が違ってくる。気を抜くことなく第二弾に移行するぞ」
「ういっス」
「りょーかーい」
「わんわんわん」
商店街で場所を定めてキッチンカーを営業するのは、固定店舗での商売に近い。
常連客がたくさんできれば安定した収入が見込めるが、キッチンカーには致命的な弱点がある。周作はまだそれを知らない。
(続く)
<次回予告>
夜空から落ちてきた謎の美女。その巨乳に浮き出た古代銀河王朝の紋章。深海に眠る伝説の宇宙戦艦を求め、魔王は南インド洋の孤島へと向かう。
次回「銀河帝国の遺産」
更新は明日19時10分。
正義に仇なす者を、魔王は許さない。




