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35:出動! 魔法のキッチンカー!

「うわわんわんわんわんううううわわおんうおおおおおおん!!!!」


 べろべろべろべろべろちゅっぱぱっちゅべろろろれろん。


「うおっぷ! やめろ、やめろっス、チワキチ!! わーった、わかったから顔を舐めるのを、うっぷ」


「わっお~~~ん!」


「あ、起きた。おはようお兄ちゃん! もう朝ごはんできてるよ! 早く歯と顔を浄化して! 今日は遅刻しちゃ駄目だから!」


「うい~~っス」


 テーブルの上にあるのは菜っ葉と油揚げの味噌汁、コーチンハンバーグと目玉焼きとサラダ菜とチーズをはさんだマフィン。それと、いちご味ミルメークを入れた牛乳である。


「味噌汁とマフィンって、相性が悪くないっスか?」


「えっ! お料理さんって、仲良しさんと、仲()しさんがいるの!?」


 はい。組み合わせによって大喧嘩したり、結婚(マリアージュ)したりします。


「スマホ、知らなかった……このひと達、命の取り合いを始めちゃう関係?」


「あわわわわ、ちょっと聞いてみるっス!」


 ひょいぱくもぐごく。


「うん大丈夫! みんな仲良しっスね! 学校給食だとこんな組み合わせもけっこうあるっスよね! ありがとスマちゃん、起きたら朝ごはんが用意されてる生活って最高っス!」


 周作はスマホに笑いかけながら、美味しそうに朝食を食べ続けた。


 このように、何かしてもらった時に、「表情や動きで喜びを表現しながら」お礼を言うのは社会生活の基本である。


 しかし周作は、今までそれをうまくできなかった。返事をする時に、どういう表情や態度が適切なのか判断できず、不審がられたり呆れられたり殴られたりしていた。


 頭の回転が速ければ、状況をその場で分析して的確なロールプレイを演じることができる。だが行動音痴の場合、定型的な反応ができる人から「普通」の人の行動をあらかじめ演技指導してもらって、「受け答えの呼吸」を習得しておかなければ瞬時の返しは不可能なのだ。


 そして今、周作がお礼を言えたのは魔王が特訓した成果である。


 今まで描写されてはいないが、周作は瓢箪(ひょうたん)に息を吹き込んだり、大岩を割ったりする修行を通じて、他人に対する表情の作り方やお礼を言う時の態度、常套句(じょうとうく)など対人交流のさまざまな呼吸を、瞬時に繰り出せるようトレーニングしていたのである。


「お兄ちゃん……?」


 だが、どうしたことだろう。お礼の言葉を聞いたスマホの表情は不審そうである。いったいどこが間違っていたんだ周作!


「お食事を食べる時は、家族みんなが(そろ)って『いただきます』って言って食べはじめるんじゃないの?」


「あ”!!!」


 ひきこもり生活が長かった周作は、スマホに言われるまで、世間には「自分一人で食事を食べ始めない」という「常識」がある事を完璧に忘れていた。


 そして周作に、スマホが問いかける。


「お兄ちゃん、一人で食べるほうが好き?」


 ちなみにこの質問は皮肉ではなく、人工知能が人間行動について純粋に確認しているだけである。だが周作の(あせ)りは半端ではなかった。


「いややややややっ!!! そんな事はないないないない、絶対、ずえええぇぇったい無いっス!!!!! 今のはただの味見っスよ味見!! 予行演習っス!! 本番はスマちゃんと一緒に食べたいっス! 食べるっス! 一生のお願いだから一緒に食べてくださいっス! 一緒に食べてくれなかったら金玉むしり取って死ぬっスうぅぅぅぅ!!!!!」


 相手が普通の人間だったら、ドン引きする言動である。行動音痴は、普通の人なら思っていてもやらない行動を、衝動的にやらかしてしまうのである。


「りょーかい! スマホはお兄ちゃんと一緒にお食事を食べます!」


 スマホはとても嬉しそうに、周作のことが可愛くてたまらないという表情をした。人外の思考は人間にはよく判らない。


「わんわんわん!」


「チワキチも一緒にお食事食べようね!」


「わおん!」


 チワキチにドッグフード主体の食事を並べ、一同がテーブルを囲んで、あらためて朝食開始である。


「「いただきます」」「わおおんおん」


 かつての周作にとって血縁者との食事は、何を考えているのか理解できない生物と同席させられる、ストレスフルな拘束時間だった。


 一緒に食事するぞ、と言われて席を共にすると、お前の態度は変だと一方的に責められ、「普通」になれと説教された。

 どうして一緒に食事をしないといけないんっスか? と聞けば、俺と一緒に食事をするのが嫌なのか! と怒り狂われ、本気で蹴り飛ばされた。


 普通の家庭では、家族と一緒に食事するのが楽しい。

周作も知識として知ってはいたが、その情報に現実感は無かった。


 だが話の中だけの存在だった「楽しい食卓」が今、彼の目の前にあった。


 人工知能と犬を相手にした食事。一般人から見れば哀しい「ごっこ遊び」であろう。しかし周作にとっては、それは物心ついてから初めて得た「家族の食卓」だった。


******************


 食事が丁度終わった頃、空中からドアを叩くようなラップ音が聞こえた。


「魔王だ。部屋に出現しても良いか?」


 周作が許可すると、謎の空間から魔王が にゅっと姿を現わした。


「まだ朝の交接中だったか?」


「あ、大丈夫っス。丁度終わったところっス」


 うん、その返事は交接という言葉の意味がよく判っていないな?


「では支度(したく)しろ。出陣だ」


「ういっス」


 職住一体のキッチンカーなので、奥のワンルームから車外に出てくれば、そのまますぐに出発である。チワキチは戦獣形態になり、馬用のワークハーネスを参考にした特殊牽引装置を装着した。


 トレーラーなどの牽引(けんいん)される構造物が公道を時速40キロ以上で走る場合、専用牽引装置の使用、ブレーキや方向指示器など一般車両に準じた機能設置、陸運局へのナンバープレート登録、および自動車損害賠償保険への加入が必要である。要するに軽車両ではなく、自動車として扱わねばならない。


 常識的に考えて、そんなものを運転免許を持たない人間が動かして良いわけが無い。しかし動物が動かす車両については、一般車両に準じた走行自体がそもそも想定されておらず、交通法規に運用条件が明記されていない。そこで魔法の力が働いて、一般交通の邪魔にならないという条件で運用が黙認される事になった。なったのだ。いいね? 


 周作は「変化の腕輪」で仕事着に変身し、念のため自転車用ヘルメットをかぶる。物置き……ではなくキッチンカーの先頭にとってつけた「御者ぎょしゃ席」に座ってシートベルトを締め、チワキチの手綱(たづな)を握る。馬車ならぬ犬車である。


「行くっスよ!」


「ヴォオオオオン!!」


*****************


 走る。

 物置が走る。

 交通法規に従って道路を走る。

 車輪のついた物置が、巨大な黒い狼に()かれて一般車道を走行していく。


 異様である。目立つ。恐ろしく目立つ。

 外壁に書かれている魔王軍のマークと「魔王からあげ本舗」の文字が嫌でも目に入る。実質的に宣伝カーを兼ねている。


 スマホがキッチンカー内部座席に座り、車載カメラとミリ波レーダー、レーザーレーダーなどの各種センサーで周辺情報をリアルタイムで把握する。


 現在位置を全地球測位システム(GPS)で確認しながら、道路混雑情報なども参考に、チワキチの耳元につけた通話機に走行指示を与える。

 それらと平行してウインカーを出したり車輪の向きを変えたり、ブレーキをかけたりして物置の運行を制御する。


 実質的には人工知能(ファティマ)による自動運転だが、日本では公道での完全自動走行は特別な申請許可が必要になる。原則として人間の運転者、すなわち周作(マスター)が乗っている必要がある。


 そのため周作が御者席に座っているが、ただの飾りである。お(まわ)りさんには判らんので、人間が(ぎょ)しているように見えればそれで良い。

 この物置は人間が運転する車より安全であり、走行に関して何一つ問題は無い。


 とはいえ、こういう変な物体が移動していると、見た人が驚いて警察に通報することもある。が、あらかじめ警察の交通課の方々も魔王の魔法で洗脳……事前に出向いて根回し済みなので、心配はいらない。いらないのだ、いいね?


「よーし、着いたっス!」


 キッチンカー祭りの会場となる東京都内の某公園。ライバルとなる同業者達がすでに集まってきていて、立て看板を出したりしながら準備を始めている。


 本日の天気は快晴。風も無く、おだやかな日曜日。数多くの来場者が見込まれる。しかし周作が売るのは昨日と同じ、ただの唐揚げ。

 はたして「魔王からあげ本舗」に勝機はあるのだろうか。


(続く)


<次回予告>


 イベント会場に降臨した魔王が、魔界の力を解き放つ。金髪ロリが風となり、黒狼が玉に乗り、弱者男性が唐揚げを売る。


次回「魔法の唐揚げ、チーズソース掛け」

更新は明日18時50分。

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