30:妖魔ハンター周作
前回の妖魔騒ぎから一週間後。
周作たち一行は、商店街の一角にある小さな酒類販売店に来ていた。戦後まもない頃に建てられたらしい、かなりくたびれ……歴史を感じさせる店がまえである。
「ここが、あの男が営んでいる個人商店だ」
本日、魔王は神主が着る狩衣を着用している。
周作とスマホはその補佐役という設定で、下級神職と巫女の服。
チワキチは戦獣態になって、異世界のチャグチャグ祭で従魔が身につける色鮮やかな装束を装備している。
「この魔王が話をするから、貴様は余計な事は言うな。もし何か聞かれたら適当にごまかして、こちらに話を振れ」
「ういっス」
酒屋に入って声をかけると、安江と呼ばれていた女性が奥から出てきて中に案内された。チワキチは安江の了解を得て、酒屋の店先で待機である。
店舗の間口に比べて奥ゆきが長い造りである。大きな住居ではないが、東京23区内で持ち家なので、現在の基準ではむしろ資産家の部類である。
「おお! お待ちしておりました!」
あの時に妖魔に襲われて苦しんでいた男性が、奥の和室で待っていた。分厚い一枚板の座卓の前に金糸で縫った座布団が敷かれ、一行はそこに腰をおろす。
安江が高そうな有田焼の茶碗に玉露を入れて、皆の前に並べた。
魔王は男性に向かって一礼し、話しはじめた。
「あらためてご挨拶させていただきます。わたくしめは、猪飼野 真央と申します。とある団体にて祀職を務める者にございます。
決まりがあって詳しい事情は口外できませぬが、この仕事の報酬は団体本庁から頂く事になっております。先日に電話でご説明させていただいたように、権田様からは、お代はいっさい頂戴いたしません。ですが」
「…ですが?」
「浄霊の儀式が終わった後、設置する神霊棚に毎朝、少量のお酒を捧げていただきたいのです。それによって妖魔は鎮められ、善き神霊へと変わり、家内安全・商売繁盛の福の神に変じます」
「酒だけで良いのですか?」
「ジュースでも唐揚げでもかまいませぬ。祀って何かを捧げ、畏敬の意を示す事が肝要なのです。それを続けている限り、祀られた者は権田様の守護精霊となってこの家を守ってくれるようになります」
権田氏は、うーむ、と唸ってしばらく考えこんでいた。
「……正直言って、霊がどうのこうのという話は今でも半信半疑ですよ。車を乗り捨てた件で、あのあと警察に呼ばれて話をしました。あの場所にいた人達で、化け物の姿を撮影できた人は1人もいなかったそうです」
「スマートフォンでは写真が撮れなかった、と?」
「うちの車を撮った動画を見せてもらいましたが、映っていたのは車だけで、化け物の姿はどこにも映っていなかった」
「ああ、霊は普通のカメラには映りませぬからな」
「一時的に頭がおかしくなった人間がたくさんいた、何か変なガスか何かが漏れて集団幻覚でも見たのではないか、というのが警察や消防の見解です」
そう言って、権田氏はお茶を一口すすってから話を続けた。
「……とは言え、あの時の怖さは忘れられません。『あれ』がまた来るかもしれないと思うと耐えられない。たとえ気休めでも……あ、いや今のはたいへん失礼な言い方でした。ぜひその、お清めをお願いしたいと思います」
魔王は権田氏、安江と一緒に酒屋の店内に行き、店の壁に小さな神棚っぽいものを取り付けた。
権田氏から許可をもらって店内にチワキチを連れ込み、スマホを呼び寄せ耳元でささやいて指示を与える。
「貴様は唐揚げの槍を持って、入り口に立て」
周作が言われた通りに槍をかまえると、魔王が謎の呪文を高らかに唱えた。その音声に合わせてスマホとチワキチが不思議な踊りを踊る。
詠唱と踊りが終わると、魔王が小さな声で一同に言った。
「皆様……絶対に声を上げないで! 落ち着いて、ゆっくり表通りのほうを見てください」
一同が言われたほうに目を向けると、酒屋の店先に白と黒の複雑な模様をした、謎の球体が出現していた。前回もそうだったが、昼間なのに堂々と人前に出てくる。大胆不適な妖魔である。
安江が ひぃ、と声にならない叫びをあげて腰を抜かす。権田氏も うっ、と声をあげて固まった。
周作は焦ってはいるがパニクってはいない。だいぶモンスター慣れしてきている。
「大丈夫です。そのまま動かないで! 終わるまで声を出してはなりません。……唐揚げを、霊に」
魔王が周作に命じて、唐揚げを球体に与えさせる。球体は触手を小刻みにふるわせながらそれを受け取ると、球体上部へと運んだ。
「権田様、あなたからお酒を捧げるのです」
権田氏はぶるぶる震えるだけで動けない。魔王はこっそりと状態異常解除の魔法をかけて、権田氏の恐怖心を解きほぐす。
「この酒杯を、霊のほうに差し出してください」
そう言って、魔王は盃の乗った三宝、つまり神前に置く捧げ物を乗せる台を、権田氏に持たせた。権田氏は恐る恐る球体のほうに進むと、震える手で三宝を前に突き出した。
触手が伸びてきて酒杯を受け取ると、球体上部へと運ぶ。
妖魔はその酒を……たぶん飲み干す動作なのだろうが、みゅよんみゅよん、と体をふるわせなから盃の中身を上部に流し込んだ。そのあとすべての触手を空中に大きく広げ、ふゆ~んふゆ~ん、と舞い踊るように動かす。
そのあと触手の先端からキラキラと花火のように光る粉をふりまきながら、権田氏の持っていた三宝に空になった盃を戻した。
そして球体は金色に光り輝くと、ゆっくりと空中に舞い上がり、しだいに姿が薄くなって、ほわん、と消えた。
「……無事に終わりました。権田様、その盃の裏側をごらんください」
権田氏が盃をひっくり返すと、赤いキスマークがついていた。
「妖魔は、守護精霊に転化いたしました。その赤い文様は、これからは権田様のお味方になるという、精霊からの約定の印でございます」
「あれが……味方に……」
「力を持つ存在と関わりを持ってしまった時、それが災いをもたらす結果になるのはよくあること。より大きな力で、その存在を滅ぼして消し去るのも一つの解決方法ではございます。されど、戦いには多くの犠牲を伴うのが世の常」
魔王はそこで一度言葉を止め、天・地・玄・妙・神・辺・変・通・力・治、と周囲の低級霊を祓う神道の九字切りの呪法を行った。
よく数えると10文字あるが呼び名は九字である。宇宙幕府と戦う宇宙戦隊12人がキュウレ〇ジャーと名乗るようなものである。
「力ある存在と縁を持ってしまったなら、祟られぬよう礼節を持って触らぬ場所まで離れ、されど軽んじてはいないという証拠に祀りを欠かしてはなりませぬ。近づかず遠ざからず、適切な距離を保つのです。そうすれば」
「そ、そうすれば?」
「力ある者は味方となり、その助力を得て開運大吉、商売繁盛、家内安全、増刷再販。大凶の時は小凶で済み、小吉の時は大吉が訪れ、大吉の時はスーパー超吉となりましょう」
そう言って魔王は権田氏に深々と一礼した。
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和室に戻った魔王に、権田氏と安江がぺこぺこと頭を下げながら菓子折りと謝礼金を差し出してきた。魔王はさりげなく「鑑定」して、それが大手和菓子店の高級羊羹詰め合わせであることを把握した。
「せっかくのご厚意ですゆえ、菓子折りは頂戴しておきましょう。ですが礼金はお返しいたします」
「ええと、その、本当に無料でよろしいのですか?」
「皆様の幸せを守ることが我々の使命、本庁から与えられた役目でございます」
そう言って魔王は菓子折りの入った手提げ袋を周作に渡した。他人の前では亜空間収納は使わない。
「ただ、権田様に一つお願いがあります。今回の件について他人に話をしないでいただきたいのです。噂が広がると我々の活動に支障が出ます。権田様も、霊の話をしたら正気を疑われます。お互いのため、口外せぬほうがよろしかろうと」
「は、そうおっしゃられるならば……いや今回は、何とお礼を申し上げたら良いのやら」
「お役に立てて幸いでございます。こちらにいる、わが孫がこの商店街で商売を始めたいと申しておりまして、下見に参りましたところ、たまたま今回の事件に遭遇いたしまして……僭越ながら首を突っ込ませていただきました」
「は? こちらのお若い方が? ご商売を? この商店街で?」
「はい、キッチンカーを使って唐揚げ売りをすると申しております。ですが余所者ゆえ、町の様子や決まり事などをまったく知りません。……この町でそのような事を相談できる方を、どなたかご存知ありませぬか?」
そう言われた権田氏は、自分の膝を ぽん、と叩いた。
「おお、ならばこの権田がお孫さんの面倒を見させていただきましょう! 私は、この商店街の商店会長を努めております!」
(続く)
人間社会、それは理不尽で、すべてを貪りつくす巨大な魔物。周作が目指すのは魔物と戦うハンターか、それとも魔物を味方にするテイマーか。商店会の新しい一員となった男が、社会という魔物に対峙する。
次回「商売という名のデスゲーム」
更新は明日13時50分。




