29:出撃! 魔法少女!
魔王は言った。これからこの商店街に妖魔が現われ、住人を襲う、と。
「よ、よーま???」
ヨーヨー・マ(1955~)、中国系アメリカ人のチェロ演奏家。
いや違う、そうじゃない。
「妖魔とは、妖しげな魔物のことだ」
「えっと、ヒーローショーか何かをやるんっスか?」
「そうではない。本物の魔物がこの商店街に現われるのだ」
魔法少女の出番である。
「いやちょっと待ってほしいっス。何でオレっちが?」
「貴様は『自分が留守の時に限って宇宙人や怪獣が現われる』と不満を言っていたではないか。
喜ぶがいい、今回は貴様が主役だ。それとも妖魔では相手として不足なのか?」
「いやいやいやっ、そーじゃなくって、オレっちに相手する力が不足してるんっス!!」
「むしろ能力のないほうが素晴らしいんだと平気で戦えば、逆に能力が開いてくる。そう岡本太郎も言っている」
「いやそれ誰っスか?? つーかこの商店街はダンジョン内とは違うっスよね? ここで戦って死んだら死んじゃうっスよね?」
「今回は、この魔王が横についている。心配はない」
「ま、魔王様も戦ってくれるんっスか?」
「戦いはしないが、即死攻撃からは守ってやる。致命傷までは自分で治せ」
「ふぎゃあああぁぁ!!!」
会計を済ませた魔王は、絶望に満ちた顔になった周作をむりやり店外にひきずり出した。物語が停滞することを魔王は許さない。
外にいたチワキチは、周作のただならぬ様子を見て、何事かとスマホに訴えかける目をした。スマホがチワキチを抱き上げた時、遠くから何か人の騒ぐ声が聞こえてきた。
「うむ、時間通りだ。スマホと血わキ知は、この魔王から離れぬように後ろからついてこい。指示があるまで手は出すな。……こら待て、貴様はスマホの後ろに隠れるんじゃない。この魔王の前に出るのだ。
あー逃げるな、足を止めず向こうに走れ。ぐずぐずしていると芋虫に変えるぞ?」
逃げてくる人達を避けながら、一行は商店街を小走りに進んでいく。
騒ぎのあった場所まで行くと、一台の軽自動車の屋根の上に奇怪な物体が乗っていた。
白と黒が入り交じった模様の、巨大な丸い塊。直径は2mぐらい、表面に動物の肋骨のような凹凸があり、呼吸をするように全体が膨らんだり縮んだりしている。目鼻らしきものは見当たらない。
謎の球体の下方から伸びた ーー 根なのか触手なのか、何と呼べば良いのかよくわからないが ーー そういう感じのものが軽自動車に巻き付いている。 自動車の運転手がアクセルを踏んでいるらしく、激しいエンジン音がひびく。しかし縛り上げられたタイヤはまったく回転しない。
本体から空中にも10本ほどの触手めいたものが広がり、にゅほん、にゅほんとリズミカルに伸び縮みしている。
「なっ、何っスかあれ!?」
「ノパロゥイポホだ」
「え? な、何っスか!?」
「今は名前などどうでもいい。戦いに集中しろ。来るぞ」
魔王の言葉が終わると同時に、触手の先端から四方八方に光が放たれた。魔王は空中に魔法障壁を張り、それを防いだ。
「混乱魔法だ。あれに当たると裸踊りをしたくなる」
周作が周囲を見渡すと、魔法に当たった太った中年男性やスタイルの良い女子高生が、そちらこちらで服を脱ぎ捨てている。
「逃げずにスマホ撮影などしているからだ。馬鹿どもは放っておいて妖魔の相手をしろ」
「なっ、何をすればいいんっスか、唐揚げショットで吹っ飛ばせばいいんっスか?」
「手荒なことをすれば、自動車の中にいる人間に危険がおよぶ。温泉サラマンダーを手なづけた方法を使うのだ」
魔王は先端に唐揚げを刺した槍を亜空間から取り出し、周作に渡した。
「それを奴の方向に差し出せ」
「ぴええええええ」
周作は恐怖で泣き叫びながら、必死になって唐揚げを妖魔のほうへと突き出す。触手めいたものが みゅい~~んと伸びてきて唐揚げを受け取り、本体の上部へと運んだ。
「あ、あそこが口なんだ! 今、妖魔さんが唐揚げを食べています!! あの独特の動きは、たぶん喜んでいます!!」
「わんわんわん!」
スマホは視界を魔法撮像モードに切り替え、戦いの一部始終を実況録画している。
食べ終わった妖魔は、さらなる唐揚げを求めてすべての触手を周作のほうに みゅいーん、みゅいーんと伸ばしてきた。
「今度は唐揚げを渡すな。自動車の上から引き離すように、地上へと誘導しろ」
周作は魔王に言われたとおり、ほーらほーら美味しい唐揚げっスよ~~、と言いながら妖魔を誘う。不気味な球体は自動車から触手をほどいて、もぞもぞと動きだし、ずるるどん、と道路の上に落下した。
「そこで一度唐揚げを食わせろ。スマホよ、自動車の中のヒューマンを今のうちに外に逃がせ」
魔王の指示をうけてスマホが軽自動車に駆け寄る。中にいた二人はパニック状態だったが、声をかけて落ち着かせながら車内から脱出させた。
「よし、あとは腹一杯になるまで唐揚げを食わせ続けろ。槍を上下に2回振ると、おかわりが出現する」
妖魔は休みなく唐揚げを捕食しつづけた。まだ食べるの?と思いはじめた頃、ようやく触手が止まった。ゲップをするかのように臭いガスをボフっと吹き出すと、転移魔法を使って亜空間へと消えていった。
「お義父さんっ! 苦しいの!? きゅ、救急車を呼ばないと!」
自動車から助け出された60代くらいの男性が、胸を押さえて苦しがっている。
横にいる40歳くらいの女性が、大慌てでスマートフォンをバッグから取り出した。しかしパニック状態になっているらしく、手がふるえてロック解除に手間取っている。
スマホが急いで男性に駆け寄り、完全回復薬を一口飲ませる。男性はふう、と息をついて落ち着いた様子になった。
「ああ安江さん、もう大丈夫だ。楽になった」
「お義父さん!! 本当に大丈夫なの!?」
「何だかすごく体が軽い……お嬢ちゃんすまないね、助かったよ」
「無理しちゃ駄目! えーと、ヤスエさん? に今、救急車を呼んでもらうから!」
「おおっと、救急車なんて大げさな事はやめてくれ。家に帰って休めばいい。安江さん、歩いて帰るぞ」
「ちょっとお義父さん、歩いて大丈夫? うちの車はどうするの?」
「あとで取りにくればいい。車には怖くて乗れねぇよ……あの化け物は何だったんだ?」
周囲は裸踊りをする人々、それを撮影しに来た人達、何があったのかと集まってきた群衆、さらに警察や救急もかけつけてきて大混乱である。軽自動車が乗り捨ててあるのは邪魔だし駐車違反なのだが、現場はそういう事を気にしている状況ではなくなっている。
「今のは餓鬼魂でございます」
いつのまにか魔王が横に立っていて、助けられた男性に向かって敬語で話しかけた。
「が、がきだま?」
「この場所では太平洋戦争中に、多くの人々が大空襲で亡くなっております。供養されることなく放置された迷える魂が集まり、妖魔となって顕現したのでございます。今、わが孫が『唐揚げ施餓鬼』を行いましたゆえ、当分の間は現われることはございませぬ」
「……当分の間……おい待ってくれ、当分って、そのうちまた出てくるのか?」
「妖魔というものは、一度でも関わりのできた相手に執着いたします。いずれまた襲われることになりましょう。その前に対処しておく必要がございます」
「たっ……対処って……いったい何をすれば!?」
「人に災いをなす悪しき霊も、祀って信心することにより、人々を護る良き神霊に変えられます。よろしければ我々がそのお手伝いをいたしましょう」
男性はものすごく複雑な顔をした。言葉だけ聞いたら、どう考えても祈祷詐欺である。しかし現実に妖魔に襲われている以上、それは嘘だと言い切る気にもなれない。その表情を見て魔王は言葉を続けた。
「ああご心配なく、霊感商法などではありませぬ。お代などはいっさい頂戴いたしません。妖魔を封じ、人々の安寧を守る事が、わが一族に代々引き継がれてきた使命なのです。われら妖狩りの力をお貸しいたしましょう」
(続く)
平安時代の陰陽寮の流れを組み、占卜方術の技をもって悪しき妖魔を鎮める一族が現代にいた。
……という設定を魔王に覚えさせられた元ニート、千葉周作の妖魔退治の物語が今ここに始まる。
次回「妖魔ハンター周作」
更新は明日昼12時40分。
*この物語はフィクションであり、実在する妖魔や千葉周作さんとは無関係です。




