28:魔王の昼酒
「拝啓 厳寒の候、保健所様はますますご清栄のこととお慶び申しあげます。平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、私どもはこの度キッチンカーの新規営業を……」
「スマちゃん、毛筆で和紙に書かなくっていいっス。こっちの開業申請用紙にボールペンで書いてほしいっス」
「丁寧なお手紙を添えたほうが良くない?」
「ふぁ?……え、えっと……そうなんっスか魔王様?」
「そこまで丁寧にやる必要はない。計画書段階では婉曲な表現が必要な事も多いが、申請段階まで来れば必要書類だけでもかまわぬ」
「えんきょくな、ひょーげん……?」
「たとえば『自己資金がゼロ』を『多方面からの出資を募る』
『まだ何も決めていない』を『今後の検討課題』
『早く帰れ』を『ぶぶ漬けでもどうどすか』
『アイラブユー』を『月が綺麗ですね』
『あんたを応援してるよ』を『お腹いっぱい唐揚げをお食べ』と表現する」
後半はビジネス用語ではない。魔王は異世界の住人なので、微妙に知識がズレている。
「スマホも知ってる! 『お兄ちゃん、駄目』っていうのが、えんきょくなひょーげんでしょ?」
「それは婉曲表現というより、言葉以外の要素で意図を伝える非言語コミュニケーションだ。言葉ではなく感情を読み取らせようとする態度は、社会生物にしか理解できない」
つまり、彼女が顔を赤らめながら小さな声であえぐように言う場合と、
ざーこざーこ、と煽りながら笑って言う場合、
汚物を見る目つきで冷たく吐き捨てるように言う場合、
どういう状況で、どのような表情や口調やタイミングで言ったかによって、同じ言葉でも意味が違ってくる。言葉ではなく空気を読まなければならない。
……で、どのパターンで言われたい?
「対人営業では、文章力よりノンバーバルな感情表現を瞬時に理解できる社会力のほうが重要だ。企画プレゼンなら論理的な記述より、長所をアピールし弱点を読み取らせない婉曲表現力。実践段階では社交力よりも現場データを解析する専門知識力が必要になる」
全方面で能力値が水準以上、という人材は希である。対人営業は得意だが企画書が書けないとか、製作作業は得意だがコミュ力に難があるとか、能力に凹凸があるほうがむしろ普通である。
「だから定型的なヒューマンは互いの得意・不得意をパーティーを組む事で補い合う。長所や短所を的確に把握できず、戦士を後衛に配置して『簡単な魔法すら使えないのか』と責めるリーダーは、ただの馬鹿だ」
ちなみに新人全員を前衛に配置して「物理戦闘ができない奴は死ね」というような指導をする上司もいるが、それは馬鹿ではない。脳筋でブラック耐性のある企業戦士のほうが自分の奴隷にしやすいので、破壊選別をかけて魔術士を淘汰しているだけである。
「オレっちはどういう仕事に向いてるっスか?」
「普通ではない仕事に向いている」
ダイレクトに言えば普通の仕事に向いていない。職業適性が「自由業」とか「芸術家」とか婉曲な表現で示されるタイプである。
「お兄ちゃんが苦手な事は、スマホがお手伝いするから大丈夫!」
そうッ! これからの時代は足が無い人にはAI制御・電動アシスト筋電義足が提供され、事務能力が無い人は美少女型人工知能が24時間アシスタントしてくれるのである!
なお、美少女がお嫌いな方は巨乳秘書でも美青年執事でもガチムチの下僕でもネコ型でも、お好きなタイプに変更が可能である。未来の世界では弱者も立派な労働者となって、パートナーの購入費用を一生かけてローンで払い続けながら納税するのだ。
「書類が書けたら保健所に持っていけ。スマホよ、この男を迷子にさせぬようしっかりと導いて、正午までに必ず連れて戻るのだ」
「うん、わかった! ……えっと、お昼に何かあるの?」
「うむ、詳しい事は戻ったら話す。とりあえずキッチンカーの申請を済ませてこい」
「はーい」「い、行ってくるっス」
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「つ、疲れたっス。書類は無事に受け取ってもらえたっス」
「ご苦労だった。提出した書類が通れば、一週間ほど後にキッチンカー設備の確認検査がある。それで問題が無ければ、その翌週ぐらいには営業許可が下りるだろう」
いよいよ商売開始である。
「ひとまず昼食を済ませよう。今日は我々にとって初めての外食だ。何でも好きなメニューを頼むがよい」
一行がやってきたのは、周作たちのキッチンカー設置場所から歩いてすぐ、商店街の中にある小さな飲食店である。
「すごいすごいすごい!!! うわぁぁ~~、 このお店、スマホが生まれて初めて見るお料理さんしか無い!!
ねえおじいちゃん、どれを頼んでもいいの!?
「一番高いメニューでも良いぞ。遠慮はいらん」
「スマホ、全部食べてみたい!!!」
「お前の胃袋で全部は無理だろう。3人で別々のものを頼んでシェアしよう」
なお、今回チワキチは店外につながれた状態で待機している。残念だが、この店は介助犬以外は同伴不可なので我慢である。
「お兄ちゃんは何にする?」
「えーと、じゃあ豚玉で」
「スマホは海鮮スペシャルミックス!!!」
魔王はお好み焼き屋の店員を呼んで、豚玉焼きとスペシャルミックス焼き、ラーメンスナック入り特製もんじゃ焼き、生ビールひとつとウーロン茶、オレンジジュースを注文した。
「魔王様だけ生ビールっスか?」
魔王は不敵な表情で、くっくっくと笑う。
「労働に励む哀れなヒューマン共を横目に、美酒を味わう。これぞ魔王たる者の特権だ」
「オレっちはお茶なんっスか?」
「貴様はこれから仕事がある。アルコールは夜まで待て」
「ふぁ? 仕事?」
「その前に腹ごしらえだ。頼んだものが来たぞ」
自分で焼く用の、お好み焼き生地である。
引きこもりだった周作は、このようなものを自分で焼いた経験は無い。
お店の人に頼めば焼いてくれるのだが、魔王は他人に頼る事を許さない。
とは言っても、自由にやらせると謎物体が錬成されてしまうので、魔王が丁寧に指導する。鉄板の火加減は魔王が調節し、生地の広げ方や裏返すタイミングなども細かく指示を入れる。異世界にあるカシミン焼きと作り方がほぼ同じなので、そのへんは手慣れている。
「……こ、これでいいんっスか?」
「うわ~~美味しそうに焼けてる!!お兄ちゃんすごい!!!」
魔王は満足そうにうなずいた。
こういうささやかな達成体験ですら、今までの周作には何一つ無かった。小さな事であっても自分でやりとげ、他者から褒められる事が周作の成長に必要だ。魔王はそう考えている。
「ねえおじいちゃん、お好み焼きを3次元計測アプリで形状記録してもいい?」
「別にかまわんが、3次元データにする必要があるのか?」
「あとで3Dプリンターで出力するの!!」
記念写真ならぬ、記念立体である。
スマホがお好み焼きの回りをくるくると動きまわって光学計測する。
機械などを手に持っていないので、周りにいる他人から見ると、ただの行動が危ない少女である。人目が痛いぞ魔王。
魔王はジョッキのビールを飲み干すと、焼けたお好み焼きを皿にとりわけた。そして空いた鉄板の上に、もんじゃ焼きの具を移す。両手にコテを持ち、鉄板を傷つけない絶妙な力加減で具材を細かく刻む。少し油で炒めてからそれを使って鉄板の上にリング状の土手を作り、真ん中にソースで味付けした生地を流し込む。
スマホは生まれて初めて見る、本物のもんじゃ焼きに大興奮である。
「うわうわうわ!!! 何かグツグツ煮えてる! こんなの見たことない!! 動画でも記録するっ!!」
くだらねー記録をとってるな、とお思いの読者もおられるかもしれないが、日常のつまらない記録も、時間が経てば重要な風俗資料になる。
戦後まもない頃、発祥したての「もんじゃ焼き」はほとんど具の無い貧相な食べ物だった。しかし今は「カマンベール丸ごと一個焼き」のような高級化が進みつつある。
庶民の屋台ファストフードだった握り寿司が10万円の寿司懐石に進化し、1976年開業の弁当屋が広めた「のり弁」が2500円の高級弁当になって和食専門店で売られているように、未来の世界では「高級もんじゃ懐石」が日本の伝統食として富裕層に提供されるようになっている。
その進化過程のリアルタイム記録は、100年たてば冗談抜きで貴重なアーカイブなのである。
「……さて、そろそろ午後の仕事について説明しておこう」
魔王は鉄板に張り付いていた もんじゃ焼きの最後の一片を小ベラでこそぎ取って口にはこび、2杯目のジョッキを空けると、周囲に魔法で遮音壁を作った。
「この商店街でちょっとしたイベントがある。貴様はそれに参加するのだ」
「い、イベント? のど自慢大会とか、福引き大会とかっスか?」
「いや、そうではない」
魔王は周囲に目を配り、小声で周作にささやいた。
「妖魔が現われて、住人を襲うのだ」
(続く)
<次回予告>
異形の存在が空間を裂いて姿を現わす。賢い人々は逃げ惑い、愚かな人々はスマートフォンで魔物を撮影しようとして犠牲者になっていく。だが、商店街を護る正義の使者がここにいた。
次回「出撃! 魔法少女!」
更新は明日午前11時20分。
ジェンダーフリーな少女たちが、今、立ち上がる。




