26:食材を覗き込む時、食材もこちらを覗いている
床に放り投げられた壺が がちゃん、と音をたてて割れた。
割れた壺の破片の中で、生の皮付き鶏肉に似た何かが、もぞもぞと動いている。
「いっ、今っ! と、鶏肉と目が合ったっス!!!」
「だから鶏肉ではない。こちらの世界で言うと、中国で食用にしている『視肉』によく似た生き物だ」
「これをっ、これを食べるんっスかああああ!!!!」
「貴様、美味いと言っていたではないか」
「ふぁあああ!!! あの唐揚げの材料って、コレだったんスかああああっ!!!」
「見た目には普通の鶏肉だろう? 目玉が3つあって、もぞもぞ動く程度の違いしか無い」
魔王は床に落ちて動いている肉塊を拾い上げると、収納空間から取り出した皿に乗せた。
「迷宮コーチンは、こちらの世界の家蚕と同様に攻撃力ゼロ、移動力ゼロの生物だ。容器に入れられると這い出す事すらできず、あとは与えられた餌を食べているか寝ているかのどちらかだ」
「ふぁっ!? こいつ、餌を食べるんっスか!?」
「有機物なら何でも同化する。生ゴミでもウンコでも摂食するが、風味が悪くなる。ヒューマングレードの食物を与えるのがベストだ」
魔王は収納空間から白い塊の入ったビニール袋を取り出し、その中身を肉塊の隣に置いた。
「何っスか、それ」
「オカラだ」
「おから」
豆腐を作る時の副産物、大豆から豆乳を搾った残りである。
「生きた生物は吸収できないので、生野菜や、活性酵母を大量に含んだ醸造カスなどを使う場合は加熱してから餌にする。この商店街では豆腐屋のオカラが調達しやすく、衛生的で栄養価も高い」
肉塊はもぞもぞと動いてオカラに身を寄せ、接触した部分を溶かして吸収しはじめた。
「わが世界であれば、空中に漂う魔力を吸収するだけで体積が増えていく。しかし、こちらの世界ではこのように物理的に増肉させるほうが良い。殖やしたくない時は、密閉容器に入れておくと休眠状態になる」
「魔力だけでも大きくなるんっスか」
「貴様が魔力を分け与えるだけでも大きくはなる。だが、その方法では肉の魔力濃度が高くなりすぎて、こちらの世界のヒューマンには吸収しきれなくなる。そういう肉だと、3切れ以上食べると大変な事になる」
「大変な事?」
「魔力が肛門からあふれ出してくる。自覚も前触れもなく、気付かぬうちに漏れ出てきて七色の輝きが尻から四方に放たれる。出始めたら自分の意思では止められない」
もし仮に、そのような性質をもつ特殊食材がこちらの世界に存在していたら、食品衛生法で販売禁止になっていて、女子に食べさせてみた系のイラストや漫画がネットにいくつも投稿されていることだろう。そんなものが存在していなくて本当に良かった。
「そういうわけで、大量に食べても大丈夫なように『銘柄地鶏よりちょっと美味い』と感じる程度の魔力含有量に調整する。オカラに、ほんの少し魔力を染みこませた程度の飼料で肥育すれば良い」
「な、なんか、よく判んないっス」
「スマホよ、お前がスケジュールアプリで管理を支援しろ。この男に判断を任せたら、先延ばし癖で餌やりを忘れて干からびさせるか、あわてて魔力を与えすぎて爆殖した魔物に町が飲み込まれるか、二択になりそうだ」
「わかったー!」
「わんわんわん!」
「血わキ知よ、お前にも見守り役として頑張ってもらう」
「わん!」
そう、魔獣ダークネスチワワロードのチワキチは魔王の眷属であり、その命令をうけて周作の監視をしている。必要とあれば周作とスマホを抹殺する役目である。
今は普通のチワワに擬態しているが、その正体は戦車をも一撃で破壊する凶悪な魔獣である。油断するな周作。
……だーかーらー、そいつの頭をわしわし撫でてクインクイン鳴かせて尻尾をぶんぶん振らせている場合ではないと言っているのだ。魔王の手先に犬ビスケットを食わせるな周作。ひっくり返って腹を見せるな魔獣。
「では、殖えた肉を使って唐揚げを作る」
「ふぁっ!? 誰がこの人を料理するんっスか?」
迷宮コーチンは人ではない。正しい呼び方は「この魔物」である。
「貴様に決まっているだろう」
「お、オレっちが、こ、ころすんっスか?」
「いや、命を奪う必要はない。体の一部を切り取って食材にすれば良い」
「ふぁっ!?」
「迷宮コーチンの弱点は目玉だ。3つの目を同時に破壊すれば倒せる。逆に言えば目玉が一つでも無事ならば、どのような傷を与えても無限に再生する」
「むげんに、さいせー」
「つまり切って食べても減らない。まあこちらの世界では、同重量のオカラを与えて等価交換しなければならないが」
「体の一部を切り取っても、死なないんっスか」
「命を奪わずに無限に食える。ではやってみよう」
「ふぁああああああ!!!???」
魔王はオカラを吸収して倍ぐらいの大きさになった肉塊を持ち上げ、周作たちを連れてキッチンカーの調理場に移動した。
まな板の上に置かれた肉塊は不規則にぐねぐね動くが、逃げようとしない。逃走本能が完璧に削除されている。恐るべき魔界の生命操作技術である。
とは言っても品種改良でカイコを「足があるのに逃げない生物」に作り替え、遺伝子操作で虫体内でコロナワクチンを作らせるバイオ技術まで開発している地球人類も、十分にマッドサイエンスな種族である。
「こいつを二つに切ってみろ。目玉を傷つけないよう注意して、目玉のついていない場所を切り離せ」
魔王から包丁を渡された周作は、ガクガクブルブル状態である。
勇気を出して包丁の先で肉塊を ちょん、とつついてみた。肉塊が、ぴくっと動く。
「ひぎゃああああ!!!!」
「あーうるさい騒ぐな。貴様は生の鶏肉をキモいと言って触れないお嬢様か」
「だ、だって、動くっスよ!?」
「動く食材が怖くて、生きた触手生物や走りニンジンが調理できるか。鶏の首を締められない唐揚げ屋など、生きた魚を触れない寿司屋のようなものだぞ」
「こっちの世界の唐揚げ屋は、トリさんの首は締めないっスよぅぅ!」
「締める国もある。日本の常識で語るな。いいから、や れ 」
ちなみに日本では、内臓の入った鳥を解体して販売品にできるのは許可をうけた食鳥処理場だけである。ハンターが撃った鳥を自分でさばいて食べる場合は自己責任となるが、飲食業者が扱って良いのは認可処理場で内臓を抜かれた処理鳥のみである。
鶏の腸内には食中毒菌のキャンピロバクターが大量にいるので、素人が解体すると危ないのである。
だが迷宮コーチンは鳥ではないので解体しても法律違反ではない。内臓もないぞう。……ごめん今のは忘れて。
「うぎゃあ、うひいぃぃ~~!!!」
周作は泣き叫びながら肉塊に包丁を当てて ぶつり、 と切った。切り離された、目玉のついていないほうの肉塊がじたばたと激しく動く。
「みぎゃあああああ!!!!!」
「だから騒ぐな。切り離したトカゲの尻尾と同じで、しばらくすれば動かなくなる」
魔王の言葉通り、5分ほどたつと暴れていた肉塊はぐったりと力を失い、普通の鶏肉と区別がつかなくなった。目玉のあるほうは傷口がすでに塞がって、何事もなかったようにモゾモゾとうごめいている。
「本体は飼育場に戻して、またオカラを与えておく。切り取った肉のほうは一口サイズに切れ。あー、それだとちょっと大きすぎるな。そう、それぐらいの大きさで」
切った肉はポリ袋に入れて酒と醤油、おろし生姜を入れてもみこむ。
「水っぽい冷凍輸入鶏であればニンニクを入れ、蛋白分解酵素剤や旨み調味料の入った味付けパウダーを使うのが普通だ。
しかし今回は肉自体の旨みが濃いので、シンプルに行く。漬け込んで脱水させたり味を染みこませたりする必要も無いので、すぐに衣をつけて揚げる。……さあ、やれ」
「お、オレっちが揚げるんっスか?」
「 や れ 」
「ふぁいいいいっ!!!」
ついに唐揚げを揚げる時が来た。周作は爆発させずに揚げきることができるのだろうか。頑張れ周作、地球の運命は君にゆだねられている!
(続く)
<次回予告>
料理とは、後片付けまで含めて料理と言う。整理整頓できぬ男がする揚げ物、その後に待ち受けるのは地獄と化した調理場。その運命を変える技、それを人は魔法と呼ぶ。
次回「油汚れはこれ1本」
更新は明日朝10時20分。
 




