25:ダンジョンに食材を求めるのは間違っていませんか
ボボ~~ンという音と共に、ワンルームのベッドの上に周作とスマホが出現した。
「ふぁっ?」
周作は周囲をキョロキョロと見回している。
「『帰還の術符』を使ったのか。今回は死なずに戻れたようだな」
「えっと、ボスっぽい奴をやっつけたんっスけど」
「階層主を撃破したのか。地下3階層のボスはゴブリンジェネラルのはずだが」
「あの全裸ビンビン野郎は、そういう名前だったんスか」
「ボス部屋に入った者を老若男女オスメス無性を問わず、スライムでもヒューマンでもヤギでも性的に襲ってくる。貴様の尻は無事だったか」
「いやちょっと待ってほしいっス。どうしてそんな危ねぇ奴が野放しになってるんっスか」
「野に放してはいない。『このダンジョンには、こちらの世界にけっして解き放ってはならない闇が封印されている』と最初に言ったはずだ。深層に進めば、貴様はさらにおぞましいものを見るだろう」
奥にはもっとやべぇ性癖の奴が。いやいや今回は3階層までだ、進まなくていい進まなくて。
「今回は遠くから唐揚げをぶつけて、出会った魔物を全部倒していったんス。でも最後の部屋にいた、そのゴブリン何とかって奴は、こっぱみじんに爆破しても平気で」
「平気?」
「唐揚げショットで頭をふきとばしても、次の瞬間には元に戻ってるんス」
「ああ、それは貴様の勘違いだ。ダンジョンマスターに倒された魔物は、消滅せず復帰ポイントに戻って復活する」
「ふっきぽいんと?」
「貴様が倒された時に自分の部屋で復活するように、モンスターも決められた場所で復活する。ボスの復帰ポイントはボス部屋なので、倒すと無傷の状態でその場に再配置される」
「ふぁっ!?」
「一瞬で頭をふきとばすと、痛みや苦しみを感じないので本魔物には倒されたという自覚が無い。何回やっつけても平気で襲いかかってくる」
「ふぇえええ、じゃあ頭を狙ったら駄目だったんスか!?」
「その通りだ。逆らう気が失せるように、苦痛と恐怖を与えて心をへし折らなければならない。
手足を吹き飛ばして動けなくしてから鼻や耳を削ぎ、顔の皮を剥いで腹を割き、生きたまま内臓をひきずり出して股間を大型カッターナイフでえぐり取り、肛門に漏斗を突っ込んでハバネロソースと生ワサビを混ぜて流し込めばよかったのだ」
やめろ、そういう情景を描写させられたら地の文の心が折れてしまう!
「そんな事は知らねぇっスから、そのうち相手の心が折れるだろうと思って、100回以上続けて爆破したっス」
「お兄ちゃん、164回だよ!」
「そうなの? んで、途中で魔力切れになって、スマちゃんに魔力ポーション出してもらって飲んで、また魔力切れになってポーション飲んで」
「完全回復を15回繰り返したの!」
「最後のほうは唐揚げを放つと相手が一瞬で蒸発して、そのまま突き抜けて部屋の突き当たりがどんどん削られていって、すっげー奥のほうで爆発の光が見える感じになってたっス」
「お兄ちゃんはもっと頑張るつもりだったみたいだけど、魔力ポーションが品切れになったの!」
「で、魔力切れで気絶しそうになりながら、残った唐揚げを普通に投げてぶつけたんスけど、それも品切れになって」
「ふむ、そこで諦めて逃げてきたのか」
「えっと、その前にキャベツを丸ごとぶつけたっス」
「キャベツ? そんなものを持たせた記憶は無いぞ。亜空間収納袋は、一定サイズ以上の生命体は入らぬ仕様のはずだが」
言われないと気付かないが、生野菜は生き物である。茹で野菜や焼き野菜や冷凍野菜にしなければ収納できない。
「収納袋とは別に、スーパーの手提げ袋に入れて持って行ったっス」
「手提げ袋に」
しまった、描写していない! 他にも荷物があったから気がつかなかった!
「唐揚げだけ食べると胸焼けするから、キャベツがあるといいかなーと思って、昨日買っておいたっス」
ダンジョンに食料を持ち込むのは基本だが、キャベツを持ち込む奴はあまり聞いたことがない。何? 屋外ジンギスカンならキャベツは普通に持っていく? 申し訳ないが屋外でジンギスカンを焼く習慣は東京にはない。
「で、キャベツを投げつけたら、そいつが足元にころがったキャベツに襲いかかって、えーとその」
「陵辱したのか」
ああっキャベツさんの貞操が! 抵抗する力を持たない無垢なキャベツさんが、外側の葉をベリベリと剥かれて!
「……ボス部屋に入ってきた生き物を見境なく襲うのは知っていたが、キャベツでも襲うのか。この魔王も初めて知った」
運営が想定していなかったイベントの発生である。
「ゴブリンって、ずいぶん尖った性癖してるんっスね」
「その言い方は主語が大きすぎる。キャベツを襲うゴブリンは特殊個体だ。女性が乗った自転車のサドルを見て欲情するヒューマンがいるからと言って、ヒューマンの性癖は尖っていると評されたら心外だろう」
「そんな人がいるんスか?」
「サドルフェチで検索を」
しなくていい。しなくていいから。
「で、そいつがキャベツを襲っている隙に、横の宝箱の中にあった壺をとって、部屋から逃げてきたっス」
「部屋から逃げた? ……ああ、ボス撃破の判定で部屋が開放されたのか。ダンジョンマスターが攻略するとボスが無限復活する仕様は、修正が必要だな」
魔王は「なんでも鑑定眼」で周作のステータスを見た。
(前略)
職業:ダンジョンマスター レベル26
属性:光
体力:43/43
魔力:1048576/1048576
戦闘力:5
防御力:5
精神力:3
かしこさ:7
すばやさ:13
うんのよさ:大吉
判断力:マイナス3
習得呪文:(なし)
(後略)
「ボス連続撃破で、貴様のレベルは爆上がりした。体力は以前の5倍以上、『かしこさ』や『すばやさ』は倍以上、判断力も以前に比べてかなり上がった。魔力は2の20乗まで来たから、もう少し修行すれば目標の数値に達するだろう」
「レベルアップは嬉しいんスけど、目的のニワトリが見つからなかったっス」
「ニワトリ?」
「ニワトリを生け捕りにしてこい、って言ったじゃないっスか」
「ああ『迷宮コーチン』の事か? それはニワトリではない。わが世界で改良された食用家魔だ」
「かま?」
「家で飼育される魔物だ。家で飼われる哺乳類を家畜、糸を採るために飼われるイモムシを家蚕と言うようなものだ」
ちなみに品種改良されていない|採絹用昆虫は野蚕と呼ぶ。検索ワードはワイルドシルク。
「貴様がボス部屋から持って帰った、その壺の中に『迷宮コーチン』が入っている。中身が生き物だから、収納袋の中に入らなかっただろう?」
「ふぁっ!? この壺の中にニワトリさんが!? だから魔法の収納袋に入れようとしたらエラー音が出たんっスか」
周作はスーパーの手提げ袋の中から、キャベツぐらいの大きさの壺を取りだした。
「だからそれはニワトリではない。壺の口にはってある、お札を剥がしてみろ」
「ふえええ、開けたら毒虫とか悪霊とかが、みっしり詰まってたりしないっスか?」
「3階層には蠱毒の壺は出現しない。心配するな」
周作は壺を封印していた呪符をべりべりと剥がし、蓋をあけて中を|覗《》きこんだ。
壺の中で もぞり、と何かが動いた。生々しい色の肉塊が、中で回転するようにうごめいている。生の皮付き鶏肉のような、ぶつぶつした鳥肌の外皮。外から入ってきた光を嫌がるように「それ」はぎゅっと目を閉じていた。
「ふぁっ!?」
手も足も、鼻も口も無い謎の生き物が、ゆっくりと目をあけた。
3つの黒い瞳と視線が合った周作は、うぎゃあああ、と叫んで壺を放りだした。
(続く)
<次回予告>
それはいつ生まれたのか誰も知らない。暗い音の無い世界でうごめく肉塊。鶏肉のようで鶏肉ではない、それは何かと尋ねたら。
次回「食材を覗き込む時、食材もこちらを覗いている」
更新は明日朝、08時50分。




