24:撲殺は出会いと共に
「早かったな」
魔王は、部屋のベッドの上に出現した周作の姿を見て、そうつぶやいた。
気を失って倒れている周作の横でスマホが座り込み、驚いた顔で周囲を見回している。
「ここに戻ってきたという事は、誰かにやられたのか」
「お兄ちゃんが、緑色の小人さんに殴られたの!」
「ゴブリンか」
周作は妙なうめき声をあげると、頭をさすりながら上体を起こした。
「……あー、オレっち、また死んだっスか」
「状況を教えろ」
「えーとっスね、第一階層は順調だったっス。七色のネバネバした奴とか、黄色い水玉模様で毛の生えた奴とか、やっつけながら進んだっス」
「マルチビタミンスライムと、キマダラシリカジリだな。それで?」
「2階層に降りて、赤くて黒くて奇声を発する奴を倒したんスけど」
「スベスベチチモグリも出たか」
「その時、後ろから『コンニチワー!』って声をかけられたんっス。
ふりかえったら緑色の小人がいたんっス。で、『あ、こんにちは』って挨拶を返したらそいつが近寄って来て、いきなり棍棒で頭を叩き割られたっス」
「それは油断したな。他者という存在は、その気になれば貴様の命を奪える生き物だという事を忘れてはならぬ。殺意とアイサツは表裏一体なのだ」
馴れ馴れしく近寄ってきた者に対しては、「止まれ、それ以上近寄ったら撃つ」が正解である。
「というか、ゴブリンの『こんにちは』はそもそもアイサツではない。ただの鳴き声だ」
「ふぇっ? 鳴き声??」
「アイサツという行為には、ヒューマンに敵対行動をおこさせないようにする抑制効果がある。それを学習した個体が、ヒューマンの鳴き真似をしているのだ」
「なき、まね」
「ゴブリンは鳴き声を聞かせた相手の反応を見て、そいつが敵か味方か、餌にできるか距離を置くべき相手か判断している。こいつはナメてもいい相手だと判断された場合、餌として狩られる」
「ナメられたら駄目なんっスか?」
「ゴブリンの世界では、相手にナメられることは死に等しい。ナメた態度を見せた相手はすぐさま棍棒でぶん殴り、自分はナメてはいけない存在なのだと周囲に判らせておかなければ〇されてしまうのだ」
「うへぇ、法律なんか無いんっスね」
「まあ日本でも、人を〇してはいけないという法律は無いが」
「え? いや、あるっスよ?」
「いや無い。『故意に人を〇した者は死刑を含む刑罰に処す』というような条文はあるが、『人を〇してはいけない』とは書かれていない。対価を払う覚悟があれば〇しても良いのだ」
いや、良くは無いぞ魔王。
『人を〇してはいけない』というのは宗教的戒律で、法律ではない。絶対に駄目だなどと言うのは、思考が止まった宗教原理主義者だけだ」
「そ、そうなんっスか?」
いや納得するな周作。駄目に決まってるだろ!
「よく考えてみろ、『人を〇してはいけない』という法律があったら盗賊団が攻めてきた時に、騎士団が相手を斬り倒すことも禁止されてしまう。
法律というものは『故意に』などという抽象的な言葉を入れて解釈の幅を広げ、例外規定を山ほど用意して、裁判長の判断で有罪にも無罪にもできるように作ってあるのだ」
ちなみに裁判は正しさや真実を追求する場ではない。悪でも出鱈目でも、裁判長を言いくるめてしまえば勝ちになる言論ゲームである。なお、納得させる手段には買収・脅迫・国家権力の介入なども含まれる。正義? そんな単語は六法全書には無い。
「魔王様の世界では、誰かを〇しても罪にならないんっスか?」
「わが世界には殺人罪という言葉は無いが、ヒューマンの国家では同胞の命を奪った場合には殺人税がかかる」
「ふぁ? 税金? 払えなかったらどうなるんっスか?」
「返済が済むまで、国家債務奴隷の身分に落とされる」
こちらの世界で言うところの公務員である。福利厚生が充実していて一般奴隷よりも待遇は良いが、いかなる業務でも残業でも休日出勤でも就労拒否権はない。債務完済までは過労で心を病んで自ら命を絶っても蘇生され、強制的に仕事に戻される。完済までは死ぬことも休むことも退職することも許されない。逃走防止と居場所把握の魔法もかけられているため、逃亡も不可能である。
「領民同士で争うのは国にとって望ましい事ではない。領民にやってほしい事には援助金を出し、やってほしくない事には課税するのが施政者の常識だ。
国内生産を増やしたい時に輸入税を減らしたり、消費力が減っている時に消費税を上げたりする領主がいたら頭がおかしい」
ただし領地の発展よりも自分への利益誘導を優先する悪代官などは、領民が苦しむことを判っていて非常識をやっている場合もある。自分の任期中に儲けられれば、領地がどうなろうと知ったことではない。
「魔王様の国でも、殺人税をとってるんっスか」
「わが領地では楽市楽座の制度を施いているので、何をやっても無税だ。諸国から暗殺者が集まって地域経済を発展させている」
ちなみに魔王が限度をわきまえない馬鹿を処する場合も無税である。これが末端構成員に対する抑止力となっている。
「話を戻すが、そういうわけでゴブリンは殴ってわからせるしか無い。ちなみにこれが、わが世界で使われている『ゴブリンわからせ棒』だ」
「……釘バット?」
「金属製の棍棒に、釘っぽいトゲを植え込んだ殴打棒だ。致命傷を与える力は日本刀などよりも低いが、これで殴ると相手を行動不能にしやすい」
なお、日本刀は慣れない者が使うと、わりと簡単に折れたり曲がったりする。素人が刃物を使う場合、粗雑に扱える青竜刀やブッシュナイフのほうがおすすめである。
「うえぇぇ、そんなもんで殴ったら危ないっスよぅ」
「いや危なくない。普通の釘バットなら、釘の頭が相手の頭蓋骨に食い込んで抜けなくなるので使い手が危ない。しかしこれは刺さった時に引っ張ると釘が抜けて、相手の体内に残る。
残った釘からは毒が出て、相手に持続ダメージを与え続けるのでさらに安心だ」
「もうちょっと平和的な対話はできないんっスか?」
「対話と言っても、ゴブリンのコミュニケーションはほぼ非言語だからな。仲良くしたければ『非言語理解』のスキルが要る」
「ひげんご?」
「言葉ではなく、態度や表情でお互いの意図を伝えあうのだ。奴らは言葉を使わなくても仲間と共感を分かち合えるイベント、たとえば太鼓を叩きながら一緒に踊ったり、誰かの歌を聴きながら皆で明かりを振って歌い手を応援するような集会を好む」
「ふぁっ!? 言葉で気持ちを伝えたら駄目なんっスか?」
「言葉のやりとりは時間がかかる。集団で狩りをする生物は、アイコンタクトだけで瞬時に意図が伝わらなければ、仲間に入れてもらえないのだ」
「あいこんたくと」
スポーツの試合などで、わずかな合図だけで仲間の考えを理解し、連携方法を変えていく戦い方のことである。
「群れで行動するためには、説明されなくても仲間がしてほしい事を理解できて、指示されなくても仲間が望む行動をとれる能力が必要なのだ。
仲間が何をしたいのかよく判らなかったり、手伝いたくても能力的にできなかったり、自分のやり方にこだわって仲間と違う事をしたがる個体は群れから追放される」
「やめてほしいっス魔王様、その説明はオレっちにも効くっス」
「いいから聞け。魔物の中にはゴブリンやオーク、狼系など集団行動する種族もいるが、定型的な魔族は単独行動が基本だ。『みんなで仲良くしよう!』などと言う者はウザがられて追放される」
「ふぁっ!?」
「だから集団活動が好きな魔族は魔界を離れ、ヒューマンの一行に参加する。そして集団活動に向いていないヒューマンはこの魔王が拾いあげて個人活動をさせる。『追放する勇者あれば、拾う魔王あり』と言うやつだ」
「つ、つまりオレっちは」
「明らかに集団に向いていないので、この魔王の担当だ。貴様は出会うべくしてこの魔王と出会ったのだ。これはもはや運命の導き、貴様が成功者になるまでの物語は、すでに最終話まで全62話が予約投稿されている」
「せ、せいこーしゃ」
「さあ再びダンジョンに挑め。この魔王の指示に従えば、光り輝く明日が待っている!!」
「ういっス!!!」
大丈夫か周作。前に進む気になったのはいいが、「成功者」と呼ばれる者が幸福だとは限らない。前に進んで何かを得ても、それと引き換えに何かを失った話は山ほどある。相手は魔王だぞ周作! 最後に全部ひっくり返されて破滅して、鬱展開バッドエンドを迎えるかもしれない!
信用するな周作! しゅうさあああく!!!
(続く)
<次回予告>
迷宮の闇の中にうごめく、封印されし魔物。その許されざる性癖に周作は恐怖する。奴に必要なのはハバネロソースと生ワサビ、あるいは良く効くマスタード。
次回「ダンジョンに食材を求めるのは間違っていませんか」
更新は明日朝、07時40分。




