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23:機械の少女が作りし何か

 周作は唐揚げを強く握りしめた。手の中にじわりと油が(にじ)み出る。


「チャー、シュー、メ~~~ン!!!」


 謎の呪文を唱えて放り投げられた唐揚げが、放物線を描いて空中を飛んでいく。そして地面に落ちると同時に、ドバスン!と大きな音を立てて爆発した。


「チャー、シューでは投げるタイミングが早すぎるっス。4拍目だと遅すぎるっス」


 魔王は周作の説明を聞いて、ほう、と感心した様子を見せた。


「それは自分で見つけたのか」


「何度か自爆して死んだっス」


「『死に覚え』か。素晴らしい。それができる勇気のある者は少ない。貴様はこの魔王が見込んだ通りの男だ」


「いや~、それほどでもないっス」


 まあ、普通の人ならそういう危険な事は最初からやらないし、痛い目に()ったら二度はやらない。それを平気で何度も繰り返せるのは、ある意味で凄い才能である。


「直射撃ちも練習したっス」


「ふむ、やってみろ」


 周作は手に持った唐揚げを前に突き出し、かぁっ!と叫んだ。目にも止まらぬ速さで唐揚げが打ち出され、5mほど離れた場所に立ててあった標的に穴があいた。


「なんと! 無詠唱の『唐揚げショット』だと!?」


 ちなみに異世界における無詠唱魔法の位置づけは、こちらの世界で言うと絵師の下書き無し一発清書に相当する。


「えっと、今のは『唐揚げショット』ではないっス。『か』っス」


「『か』?」


「本気でやると危ないんで、1文字だけ呪文を(とな)えて放ったっス」


「いやちょっと待て……貴様、もしかして凄いのか?」


 実際凄い。ただし凄いのは爆破だけなので、一芸特化である。


「うーむ、これならダンジョンに潜っても大丈夫そうだ。午後から実際に挑戦してみよう。ひとまず休憩だ」


「ういっス」


 魔王と周作がトイレ兼訓練部屋から出てくると、寝室兼居間でスマホとチワキチがそれを迎えた。


「お兄ちゃん、どうだった?」


「わんわんわわん?」


「バッチリっス。魔王様に合格点がもらえたっス」


「スマホよ、お前のほうは修行が進んだか?」


「うん! チワキチと一緒に、おじいちゃんから教わったお魚料理を作ってみた!」


「わんわん!」


「よかろう、昼食はそれを試食してみよう」


 魔王にそう言われたスマホは、作り置きの魚料理をキッチンカーの収納庫から持ってきた。時間凍結されていたので熱々の状態である。


「……何っスか、これ」


 スープやパンと共に供されたのは、周作が見たことのない料理である。

平たい生き物の死骸が、皿に流れた黃色っぽい濁り汁の中に置かれている。


「フランス料理だよ! ソールのブレゼ、ソース・アルベール仕立て!」


 日本語で言うと舌平目(シタビラメ)の蒸し煮、バターソース添えである。


 こういう大多数の日本人に味の想像がつかない料理が出てくるのは、ストーリー展開上は好ましくない。ここで必要なのはカレーやハンバーグのような、なじみ深いメニューである。

 男性が女の子の手料理に求める要素は、高級感ではなく親密感。それを判っていないようだな魔王!


「あ、あるべーる???」


 ソース・アルベールは、エシャレットとシャンピニオンをバターで炒めてノイリー・プラットを加え強火でアルコールを飛ばした後、フュメ・ド・ポワソンを加えて弱火で煮詰めシノワで()し、少量のフォン・ド・ヴォーを合わせてさらに煮詰めて作るソースである。


「高級料理は専門用語が多くて、素人が聞いても意味が判らん。スマホが判りやすいよう低級言語に翻訳して覚えさせた」


 ちなみに低級言語とは、使われている文字が0と1だけ、あるいはそれに近い機械用プログラムのことである。


「おじいちゃん、教え方が上手なの! スマホ覚えた!」


「はえ~~、スマちゃん、凄い料理が作れるようになったんっスね。あ、美味いっス」


 周作は毎回「美味い」しか感想を言っていないが、これは料理小説ではない。味覚表現など美味ければそれで良かろうなのである。食事シーンではそのへんの草でも食べさせておけば十分である。


「さて、ダンジョンに潜るにあたって注意事項がある」


 食事が終わりかけた頃、魔王が真面目な顔になった。周作は3皿めのヌガー・ドゥ・トゥールをおかわりするのを止めて、魔王の話に耳をかたむけた。


 とはいえ周作は何かを聞いても、それを全部忘れて行動してしまう。話を聞きながらメモをとったり、それを紛失せず持ち歩いたりするような高度な技能は、彼の能力を大きく超えている。

 しかし今は横でスマホが全文を暗記してくれて、必要な時にあらためて教えてくれる。ド忘れしても安心である。


「貴様はダンジョンマスターだ。ダンジョン内のモンスターは貴様の敵ではない。管理しているマンションの入居者のようなものだ」


「ふぁっ? じゃあ仲良くしておけばオッケーなんスね?」


「ただし住人は言葉が通じなかったり、決まり事を理解できなかったり、女や子供を襲ったりする。貴様はそいつらと対話して、言うことをきかせる係だ」


「うぎゃあぁぁ!!!」


 悲鳴が上がるのも無理はない。こちらの世界では、どんなスラムでも住民のモンスター率が100%という場所はない。まして一般人相手にもまともに会話できない引きこもりに、そういう連中と対話しろと言うのか。無理を言うな魔王!


「難しく考えなくとも良い。反抗的な相手は爆殺しろ。ダンジョンマスターが倒した場合、モンスターも復活(リスポーン)するから、お互いに消滅(ロスト)する心配は無い。遠慮なく対話するがいい」


「なんかその、それって対話って言わねぇ気がするんっスけど」


「論理的に対話できない相手は、物理的に対話するのが効果的なのだ」


 つまりあれだ、(こぶし)で殴り合えば理解しあえる的な。


「目標は『迷宮コーチン』がいる地下3階層だが、いきなりクリアしようと思うな。ダンジョンの中にどんな魔物がいて、どういう攻撃をしてくるか調べながら進むのだ。危なくなったら、このバッグの中に入っている『帰還の術符』を使えばこの部屋に戻れる」


 魔王は数々の冒険アイテムを詰めた、亜空間収納袋を周作に渡した。袋のストラップの先についている怪しい人形が、周作を見てケタケタと笑った。


「この袋の中には、初期装備としてスーパーで買ってきた普通の唐揚げが100kg入っている。それを投げながら進め」


「ういっス」


 唐揚げをぶつけて敵を倒しながらクリアを目指す。ゲームならそういう狂った設定もあるかもしれない。だがこの物語の舞台は現実世界の日本である。

 ふーんそういうものなんだ、と素直に納得していた方はここで正気度のチェックが必要である。


「このバッグと唐揚げは特殊アイテム指定なので、貴様が死んでもロストせず一緒にこの部屋に戻ってくる。しかしそれ以外、途中で拾ったアイテムはバッグ内に収納してあっても、貴様が死ぬと消えて無くなる。

貴重なアイテムを手に入れた時は一旦戻ってこい」


「ういっス」


 魔王はスマホを側に呼んで、彼女にも専用装備や道具を渡して使い方を詳しく説明した。いよいよ本番である。


「唐揚げチェンジっス!」

「唐揚げチェンジだよ!」


 周作とスマホは、魔法の腕輪を使って魔法少女に変身した。制服の背中には染め抜きの魔王軍マーク。商売繁盛、千客万来と書かれた前掛け姿は江戸前の職人風である。


 一般的な魔法少女とはイメージが少々異なるが、魔法を使う魔法世界のエージェントは、性別・年齢・容姿・服装・種族にかかわらず魔法少女である。魔法世界では少女という言葉は限りなく自由に満ちた概念なのである。


そ して彼らはさまざまな荷物を持って押し入れの……いや、ダンジョンの奥へと進んでいった。


 このダンジョン内では周作は何をされても復活する。だが迷宮の魔物が周作を捕らえて生きたまま内臓を引きずり出し、手足を食いちぎり目鼻をえぐり、尿道にボールペンを突っ込んだり、睾丸に焼けた針金を突き刺したりする描写はあるかもしれない。


 スマちゃんがオークの群れに襲われて陵辱されるシーンが描かれたりする可能性も無いとは言えない。  ヤバい。非常にヤバい。だが今の時点ではあくまで可能性である。そういう展開が待っているのかどうかは、まだ誰にも判らない。


(続く)


<次回予告>


 一瞬の油断で命が奪われる死の迷宮。徘徊する人型の魔物が周作に忍び寄る。スマホのできる事は、眼前でおきる惨劇を見守るのみ。


次回「撲殺は出会いと共に」

更新は明日朝、06時30分。

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