21:営業申請は保健所で
「死因は外傷性脳損傷、ほぼ即死だ。痛みを感じる間もなかっただろう」
「……お兄ちゃん、痛くなかったの?」
「あー、そーっスね。意識が飛んで、気がついたらスマちゃんが泣いてたっス」
復活した周作は頭をさすりながら、ねぼけた顔でそう言った。
「今回は苦しまない死に方だったからな。だが衝撃で前後の記憶が飛ぶことが多いから、できるだけ死なぬほうが良い」
爆風でぐちゃぐちゃに吹き飛んだ家具は、一旦部屋を出たのでリセットされている。
床のカーペットの上に魔王と周作とスマホとチワキチが座り、テーブルの上に乗った魔王差し入れのテクス・メクス料理を紙皿に取り分けて食べている。
本日のお昼ごはんは「脂肪が少なくゼラチン質と旨み成分の多い、日本短角牛の肩バラ肉の大きな塊を、角煮のように柔らかくなるまで薪釜の熱煙で半日ほど火入れしたテキサス風バーベキュー」と「食用サボテン入りメキシカンサラダ」、「メキシコ在来品種ブルーコーンで作ったトルティーヤ」である。
「貴様がダンジョン内で死んだ場合、自動的にこの部屋に強制送還されて再スタートになる」
「今回は死んだのがこの部屋だったから、そのままここで復活したんスか」
「そうだ。パーティーで行動している場合は、メンバーが一人でも生き残っているうちは帰還しない。しかしスマホは『持ち物』という扱いなので、一緒にいても貴様が死んだ時点で全滅判定となり、この部屋まで戻される」
その説明を聞いたスマホが、不安そうに質問した。
「お兄ちゃんが自動で戻ったら、スマホはダンジョンの中に置き去りにされちゃうの?」
「死亡時に持っていたアイテムは、基本的にすべて紛失してしまう。しかしお前も含めて、この魔王が与えた装備や持ち物は例外だ。この部屋に一緒に戻ってくるから安心するがいい」
一同はライムの果汁を絞り込んだメキシコビールを飲みながら話を続けた。チワキチはビールを飲めないので水を飲んでいるが、スマホは22歳なので飲酒しても問題は無い。まだ昼間だ? 昼間だからこそビールが美味いのだ。
「それはそうと、あの爆発って何だったんスか」
「『唐揚げショット』が目の前の壁に当たった結果だ。唐揚げを目標にぶつけて爆発させる術式が、腕輪に組み込んである」
「ふぁっ!? 唐揚げって、爆発するんスか?」
「知らんのか? 中ぐらいの唐揚げ1個のカロリーはTNT火薬換算で約80グラムに相当する。自衛隊のMK3手榴弾が227キロカロリー、唐揚げ3個分くらいだ」
つまり手榴弾は唐揚げ換算で約100グラム相当である。
「魔法力を上乗せすれば、破壊力は天井知らずに上がっていく。理論的には唐揚げ一個で銀河系を滅ぼす事も可能だ。今回は室内で使うには魔力を込めすぎだった。練習して、ダンジョン内で使える威力に調整する必要がある」
「どこで練習するんっスか?」
「今、そこのトイレの設定を変えておいた」
周作はトイレのドアを開けてみた。目の前に、ごく普通の洋式便器と手洗い場がある。
そしてその後ろには、見渡す限り何もない大平原が広がっていた。
「トイレ部屋の縦横高さを各10キロメートルに変更しておいた。そこで練習しろ。音は外に漏れない仕様だから、何をやっても大丈夫だ」
「トイレの空間をそのまま拡張したんスか」
「部屋数を増やす変更作業が面倒臭かったのだ」
これでは用を足す時に落ち着かない。トイレ部分だけ衝立で囲っておいたほうが良いと思う。
「実際にダンジョンに入るのは、もう少し唐揚げショットの練習をしてからだ。その間、小娘には調理実習をさせておく」
「料理の修行っスか?」
「料理以前に、まず基本常識を教えなければならん。他者に包丁で斬りかかってはいけない、などという説明動画はネット上に無いからな」
「斬りかかったら駄目なの?」
「そりゃ駄目っス!」
「なんで?」
「だって斬ったらピューッって血が出て、イタタッて凄い事になるっス」
魔王はやれやれ、という顔で説明を引き継いだ。
「スマホよ、包丁はヒューマンを斬るための道具ではない。包丁は軽いので、斬り付けても致命傷を与えづらい。
狙うならば腹だ。垂直に突き刺したあと、全体重をかけて、肛門まで二枚おろしにするつもりで切り下げろ。内臓や太い血管を切断すれば、初級治癒呪文では手に負えなくなる」
ちなみに「二枚おろし」とはまるごとの魚をさばく時に、胴体を背骨に沿ってまっぷたつに切り離す解体法のことである。
「だが脳以外への刃物攻撃は、致命傷を与えても行動不能になるまで1分以上かかる。その間に反撃されて一撃で即死させられることもあるし、上級治癒呪文の使い手なら即座に回復されてしまう」
スマホはうんうん、とうなずきながら聞いている。周作はちょっと引いている。
「包丁が必要になる状況に持ち込まれたら負けだと思え。逃げられるうちに全力で逃げて距離を引き離す事を優先しろ。武器を持っていないヒューマンが相手なら、最強の護身術は合気道でもスタンガンでもなく、足に合ったスニーカーと全力疾走だ。お前は情報戦用で、近接戦用に調整されていないことを忘れるな」
「わかったー!」
「鍋やフライパンの使い方もそのうち教える。防具を装備していない相手であれば、フライパンで思いっきり殴って瞬時に行動不能にするほうが実戦的だ」
余談だが、異世界では家事担当者、たとえばメイドさんが暗殺職を兼ねているのが普通である。包丁やフライパンの扱いはメイド道の基本技術である。
「いずれにしても訓練は明日からだ。今日はもう貴様らは修行しなくて良い。午後は管轄の保健所に、キッチンカー営業の事前相談に行ってこい」
「じ、じぜんそーだん?」
「営業許可証を申請する前に、保健所の担当者に営業計画書を見せ、その内容で許可が出るかどうかチェックしてもらうのだ。
OKが出たら本番の営業申請書類一式を提出、書類に不備がなければキッチンカーを保健所に運んで書類と一致しているか確認をうける。問題点が無ければ営業許可証が発行される」
「ふええええ、覚えきれないっスよぅ」
「スマホよ、お前がスケジュール管理して、その日にその場でやる具体的なタスクだけ順番に教えてやれ。こいつが余計な事をしはじめたら止めろ」
「りょーかーい!」
「これが営業計画書だ。今後、貴様が衛生管理責任者として保健所の担当者と交渉することになる。
『飲食店』ではなく、『道の駅』などでの委託販売もできる『そうざい製造業』で営業許可を申請しておく」
「ふええええええ、わかんないっスうぅ、オレっちがやらないと駄目っスか?」
「大丈夫だ。貴様はコンビニまで往復できるぐらいに成長している。自信を持って保健所に行ってこい」
そう言って、魔王は紐で吊るしたお守りを周作の首にかけた。
「これは他ヒューマンと仲良くなれるお守りだ。担当者と向かい合ったら、これをはずして相手に手渡すのだ」
「ま、魔法のお守りっスか?」
「うむ、これがあれば相手はフレンドリーになる」
「そ、それなら安心っスね」
「計画書の1枚目に、申請したい内容をすべて書いてある。貴様は『読んでください』と言って、お守りの次にそれを渡すだけで良い」
周作はまだ不安そうである。魔王はやれやれ、という感じで笑いながら言葉を続けた。
「スマホよ、手を引いて目的地までナビしてやれ。買い食いさせたり、迷子にしたりするな」
「はーい、行ってきまーす!」
「い、行ってくるっス」
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「やれやれ、やっとここまで話が進んだか。これでまだ半分というところだな」
<営業許可というのは、簡単に取れるものなのですか?>
チワキチが魔王に思念波で質問する。
「設備が合格基準をクリアしていれば、普通は問題なく通る」
<心配はいらぬ、と>
「いや、今回の内容ではおそらく通らない」
<は?>
「お前が保健所の担当者だとしよう。『魔獣が引っ張る引き売り屋台の営業許可をください』と言ってきた奴がいたら、そんなものに許可を出すか?」
<……出しませぬな>
「役所というものは、前例の無い業態にはほぼ許可を出さん。議員や有力者に根回しして口利きさせ、許可を出す担当者や上司が責任逃れできる状況にしてから申請を出すのが常識だ。
しかし今回は、もう少しダイレクトな手段を使う」
<ダイレクトな?>
魔王はくっくっく、と黒い笑いをしながらこう言った。
「あのお守りの中に、ヒューマンがフレンドリーになる魔法のアイテムを入れておいた。たっぷりと鼻薬を嗅がせるのだ、担当者にな」
(続く)
<次回予告>
無理を通して道理を蹴散らす。自分でできたと思わせたなら、そこに自信が生まれ出る。すべては魔王の手の中で踊る。
次回「戻ってきたらエロ動画」
更新は、明日04時10分。