2:東京都北区魔王城
東京在住の全女学生を差し出すか、日本という国家が地球上から消滅するか、決断までの猶予は残り1時間。
都庁上空に浮かぶネオミステリアン星人の巨大宇宙戦艦に、航空自衛隊の通常兵器はハナクソをぶつけたほどにも効かなかった。
東京都知事は急病を理由に公務を離れ、対応を日本政府に一任した。在日米軍は日本から撤退して静観を決め、国連は日本の国内問題であるとして対応策の決議を保留した。
どうする日本。要求を受け入れて政権が炎上するか、日本が物理的に炎上するかの二択である。対策会議はナートゥダンスのように激しく踊って一歩も進まず、責任所在をうやむやにしたまま、なしくずし的に後者になりそうな気配が漂っていた。
だがその時、勇壮な販促ソングを流しながら飛翔魔法で大空を駆け抜ける一台のキッチンカーがあった!
そうっ!! それは総合商社・魔王軍ホールディングス傘下でファストフード事業を展開する「魔王からあげ本舗」の若き社長にして魔法の勇者、千葉周作の勇姿である!!
異星人の戦艦から放たれた、数百万機の戦闘ファンネルが一斉にキッチンカーに襲いかかった! だがその嵐のような攻撃を、周作が展開した魔法バリアが跳ね返す!
周作、キッチンカーのサンルーフから姿を現わしたっ!! 「勇者の爆雷」の詠唱だっ!! 上空に現われた巨大な雷球!これは大きいっ! 雷撃の電磁パルスで周辺の電子機器を状態異常にする範囲攻撃、ECM魔法の発動だぁ~~っ!!
発動と共に天空に広がる無数の稲妻っ! 音よりも早く広がっていく強烈な電磁波っ! 敵の統制が乱れたっ! 間髪を入れず放たれる周作の必殺技、グランデエクストラショットこく旨からあげプレミアム!
魔法力で光速の30%まで加速された唐揚げが、戦艦めがけて打ち込まれたぁぁ~~~っ!
やったっ! 見事に決まったああっ!! 唐揚げの運動エネルギーが、命中した瞬間にとてつもない熱量に変換されて戦艦は大爆散! プラズマの雲となって蒸発しているぅ~~~っ!!
魔法の勇者に向かう敵なしっ!! 宇宙最強、唐揚げ無双ぉぉっっ!!!
ここで周作、地上に被害が及ばぬように展開していた魔法バリアを解いたっ! 斜め45度を向いて決めゼリフ!
「国連常任理事国が許しても、ウチの店の唐揚げが許さねぇっス」
日本は救われた! ありがとう千葉周作! すごいぞ千葉周作! 今夜のおかずは唐揚げだ! 美味い! 絶対に美味い! 魔法のからあげ、魔王からあげ本舗!!!
とあるユーチューバーがアルミホイルを巻いたスマホで撮影していたこの動画は、ネット上に投稿されると1時間足らずのうちに20億再生を突破。
SNSは「#唐揚げの勇者」「#空飛ぶキッチンカー」「#ミラクルフライドチキン」「#周作さま私を抱いて」などの関連タグで埋め尽くされた。
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……という場面で周作は目が覚めた。彼の寝ぼけた目に映るのはネットカフェの天井である。
おお、なんということだ。ここまでの描写は、周作が見ていた夢だったのだ。もしこれがネット小説だったら、夢オチ展開に呆れた読者はブラウザバック決定である。
「ようやく起きたか。店舗限定サービスのモーニングトースト食べ放題の時間が終わってしまったぞ」
70歳ぐらいに見える、長い銀髪の老人が個室の入り口を開け、周作の半開きの口から流れたヨダレを眺めている。
「はぇ?」
「まだ寝ぼけているのか。魔王ガーデナーだ。あの姿では目立ちすぎるので、変化の魔法を使った。コミックコーナーにあった本から、シンセングミのヒジカタ・トシゾーという男の姿を借りてみた」
新撰組の土方歳三? 彼は34歳の時に函館・五稜郭の戦いで戦死しているはずである。どうしてそんな年寄りの姿なのか、地の文には理由がよく判らない。
眼光は鋭いが、外見的には枯れ衰えたジジ……男性の年配者である。つきとばして走れば逃げられそうではないか。
いや待て、うかつな事をしてはいけない。この銀灰色のロングヘアーに顎髭を蓄えた男は土方さんではない。外見は似ているが、その正体は炎魔法を火の鳥の形に変えて放つことができる、恐るべき魔界の王なのだ。
「時間が惜しい。チェックアウトして拠点に移動するぞ。40秒で支度しろ」
「ういっス」
支度と言っても、周作の持ち物は少ない。
底のほうにゴミが貯まった汚いナップザックに全部まとめて入れてあるので、それを背負えば終了である。
会計を済ませてネットカフェを出ると、そこは東京23区の北端、埼玉県との県境を流れる荒川の河川敷であった。
「ふぁっ? ふぁあああああああ????」
「転移魔法で移動過程を省略した。そこにあるのが、こちらの世界に作り上げたわが城だ」
魔王が指さしたのは高さ1.5メートル、縦横2メートルほどの、全体が青い防水シートで覆われた構築物。
それは住所を定めず自由生活している方々が、廃材と工事用シートで作る屋外生活用の拠点。いわゆるブルーシートハウスである。
「しばらくの間、この魔王と共にここに住んでもらう。では財布を出せ」
「ふぁっ!?」
「持っている現金を全部よこせ」
混乱した周作が素直に財布を渡すと、魔王は財布のマジックテープをベリベリと開け、中身を抜いて返した。
「スロットに行ってくる。今の季節はヒューマンには寒い。わが城の中に入って待っていろ」
「す、すろっと?」
「パチンコよりも換金率が良いのだ。すぐ戻るから心配するな。軍資金を稼いだら10倍にして返してやる」
そう言うと、魔王はふたたび転移して空間に消えた。
逃げるなら今のうちである。しかしどこに逃げるというのか。ブルーシートハウスに入る気にもならず、行くあても無い周作は呆然とそこに立っていた。
どれぐらい時間が経っただろうか。寒さで体が冷えはじめた頃、少し離れた場所で がさがさ、と音がした。
何だろう、と思った周作が近寄ってみると、膝ほどまである枯れ草の中で、黒い小動物がぷるぷる震えていた。
「……チワワ?」
おお、なんということであろう。それは犬であった。発症致死率ほぼ100%の狂犬病ウイルスを媒介し、アジア地域だけで年間3万人以上の命を奪っている、地球上で最も邪悪な肉食獣。旅行者の死亡要因ランキング、哺乳類部門2位の危険動物である。ちなみに死亡要因ランキング1位はホモ・サピエンス。
毛並みの悪い痩せたロングコートチワワは、捨て犬のような目で周作を見あげた。首輪がついていないので、実際捨て犬であろう。
「……お前も、捨てられたっスか?」
周作はナップザックの中を探り、たまたま持っていたブロック栄養食を取り出した。半分に折って黒チワワの目の前に置いてやると、狂ったような速さで食べてしまった。さらにもう半分。結局、2本を全部与えてしまった。
人間の食べ物を犬に与えてはいけない。チョコレート味だったら毒物だし、チーズ味なら塩分過多である。そもそも空腹時にいきなり食べさせると危ない。しかし満腹したチワワは喜んで尻尾を振っている。意外と丈夫な奴である。
「自分で獲物を捕らえたのか」
しゃがんでいた周作がその声に驚いて振り返ると、いつのまにか後ろに魔王が立っていた。
魔王は手を伸ばしてチワワを捕まえ、眼を青く光らせながらしばらく眺めた。
「食べても害はなさそうだ」
「ふぁっ!? 食べるんっスか?」
「こちらの世界の者は、他の生き物を食べねば生きていかれぬのだろう? 感謝を込めて命をいただくのだ。この魔王がディオスドルを作ってやろう」
「ふぁっ? でぃおす……??……何っスか、それ」
「魔族がヒューマンを捕らえた時に作る宴会料理だ。こちらの世界で言えば『マフィアの拷問焼き』に似ている。食べた事は無いか?」
「な、ないっス」
「では食べさせてやろう。こいつを調理する」
周作は焦った。ここで止めないと、昼食は焼きチワワである。
震える犬の細い首に、魔王の手がかかった。あわてて周作は魔王に声をかけた。
(続く)
<次回予告>
チワワは丸焼きを免れるのか。哀れな小動物の運命やいかに。周作のお昼のメニューが決まる。
次回「魔王の饗宴」
更新予約は明日の午前9時20分。