19:闇のクローゼット
扉を開けた向こう側には、8畳のワンルームがあった。
空調はあるが窓は無い。部屋の大きさにそぐわないダブルベッド。壁際に犬用ベッドもある。
フローリングの床には部分的にカーペット、その上に小さなテーブルがあってノートパソコンとプリンターが乗っている。
飾り気のないシンプルな部屋。いわゆる家具付きワンルームダンジョンである。
「今日から貴様らはここに住んでもらう」
「ふぁっ!? ここに? 住むんっスか!?」
「迷宮主はダンジョンに住むのが普通だ」
「その、なんとかマスターってのは何なんスか?」
「この魔王はいくつもダンジョンを持っているが、そのすべてを1人で統括するのは労力が大きい。そこで各ダンジョンの維持管理を配下の者に分担させている」
「住み込みの管理人って事っスか?」
「理解が早い。この魔王がダンジョンのオーナーで、貴様が管理人だ」
物件の所有権は無いが、運営は一任される。俗に言う雇われマスターである。
「食事はある程度差し入れるが、自炊や外食の頻度を増やしていく。台所はキッチンカーの調理場を使え。
そっちはクローゼット、こっちのドアの奥がトイレと洗面所。このダンジョンに風呂はないから『浄化の杖』を使うか銭湯に行け」
「お風呂は無いんっスか」
「一般家庭にそのような危険なものは作らぬ。統計資料は無いが、わが世界で浴室のある住居は、日本の家で家庭用サウナがあるくらいの割合だ」
ちなみに日本の交通事故死者数は年3000人前後だが、入浴時(前後を含む)の死者数は2万人弱である。入浴は交通事故の6倍の命を奪う危険行為なので、浄化魔法がある世界でわざわざ入浴するのは、一部の物好きだけである。
「ここは車の中だから、キャンピングカーと同様に固定資産税はかからない」
営業店舗の賃貸料を払うどころか、持ち家の税金すら払う必要が無い。
すなわち、料理の質をより高く、値段をより安くしても経営が成り立つ。ダンジョンマスターは、外食業界で言うところの「家賃を払っていない料理」が提供できるのである。
ちなみに類似概念に「年金生活者が経営している食堂」「マンションオーナーが趣味でやっているテナント」などがある。
「軽車両なので自動車税も不要だ。住民票を置いている自治体に住民税をとられるが、今は無収入なのでまだ非課税者だ。
商売を始めたら水道利用料、通信費、食料購入などを経費にして節税する。水は魔法で出せるが、電気やガスと違って使用量ゼロだと怪しまれる。近くにある水道を利用契約し、消費実績を作る」
「……けーひ?……せつぜー?」
「あー難しいか、判らなくていい。個人事業主の確定申告などはスマホに会計アプリで作らせる。月極駐車場の支払いや生活費、金銭管理のすべてはスマホが一括管理する」
「ういっス」
「そこのノートパソコンはスマホの子機だ」
「こき??」
「スマホの記録情報を見たり、アプリで作った書類をプリントできる」
「じゃあ、お兄ちゃんの画像コレクションもここに映」
「わーわーわーわー!!!!!」
良かったな周作。見られるらしい。
「それと、この部屋はダンジョンの一部なので、ダンジョンの法則が適用される」
「ダンジョンのほーそく?」
「つまり……こうだ」
魔王はノートパソコンを持ち上げると、いきなり床にたたきつけた。筐体が歪み、ディスプレイが割れて飛び散った。
「「え????」」
周作もスマホも同時に声が出た。
「ここで一旦、この部屋から出る」
一行は全員部屋から出て、ふたたび部屋に入る。
パソコンは元に戻っていた。
「このように、部屋から誰もいなくなると内部状況がすべてリセットされる。置き忘れた物があると消えて無くなるので、重要書類や財布や着替えはこの部屋に持ち込まないようにしろ」
「わかったっス。でもリセットする仕組みにする必要って、あるんっスか?」
「ゴミ屋敷対策だ。貴様がカップラーメンの汁や、飲み終わったペットボトルを放置しても自動的に片付く」
ただし脱いだ靴下やパンツを放置して室外に出てしまうと、消えて無くなるのが欠点である。
「部屋にある程度の大きさの生き物がいる時はリセットされない。リセットされたくない場合は観葉植物か、金魚の水槽でも置いておけ」
裏技である。
「大事なものはダンジョン外、キッチンカー部分にある収納庫に入れておけ。一定以上の大きさの生き物は入れられない仕様だが、生命活動の無い物であれば合計重量5トンまで収納できる。
扉を閉めると中の時間は停止するので、揚げたての唐揚げが熱々のまま半永久的に保存できる」
ホットショーケースよりも便利である。というかこちらの世界では、使い方しだいで一財産作れる魔導設備である。
「これは付属の備品だ」
魔王は空間からあまり大きくない箱を取り出し、周作に手渡した。動かすとジャラジャラと音がする。周作が箱の蓋を開けると、中には小さな人形のついたキーホルダーがいくつも入っている。
「何スかこれ……えっ!? うわああああ!!!!」
人形たちの顔が動いて、周作のほうに一斉に視線を向けた。周作と目が合うと全員がケタケタと耳障りな笑い声をあげ、また動かなくなった。
「呪いの人形キーホルダーだ。これで貴様と縁ができた」
「ぴゃあああ! 呪いって何なんっスかあぁ!」
「これはだな、……『ダンジョン脱出』」
魔王はキーホルダーを一つ取り出し、呪文を詠唱して消滅させた。
「消えただろう? 魔法で部屋の外に転送した」
「ふぁ??」
「貴様の足元を見てみろ」
周作が下を見ると、転送されたはずの人形が足元にころがっていた。
「ぴゃあああああ!!!!」
「貴様から10メートル以上離れた場合、ダンジョンの中だろうが外だろうが呪いの力で戻ってくる。海に捨てても崖の下に投げても、いつのまにか貴様の側に戻ってくるのだ」
「ふええええ、そんなものが何の役に立つんっスか」
「財布やカード入れ、鞄など大事なものにつけておくと、盗まれたり置き忘れたりしても物品ごと手元に戻ってくる」
ただし、寝ていても風呂に入っていても寄り添ってくるのが難点である。
「不要な時は、収納庫に入れれば効果が発動しなくなる」
裏技である。
「おじいちゃん、クローゼットが開かないよ」
押し入れを調べていたスマホが、魔王に話しかけた。
「その押し入れはダンジョンマスターが手を触れて生体認証し、パスワードを唱えて音声認証し、さらに魔力を流して属性認証しなければ開かない」
マルチファクタ認証クローゼットである。
「開けても、手を放すとすぐ閉まるオートロック方式だ」
「何でそこまで厳重なんスか?」
「この押し入れの中には、こちらの世界にけっして解き放ってはならない闇が封印されている。
だがダンジョンマスターである貴様にだけ、その秘密を見せてやろう。開けてみるがいい」
周作は、恐怖におののきつつ封印を解き、ゆっくりと押し入れを開けた。
「ふぁっ?」
中には何も入っていなかった。ただの空っぽの押し入れである。
だがよく見ると、床に四角い穴が空いている。穴の中は暗く、深さがよく判らない。鉄製の梯子が垂直に設置され、底知れぬ闇の底へと続いていた。
「……あの、この穴って何っスか?」
「入り口だ」
「入り口?」
「地下第一層に向かう出入り口。この魔王が魔界から運んできた遺伝子情報を元にして受肉させた、さまざまな魔物が下層に閉じ込められている。
ここから先はチュートリアルでも関係者区画でもない。冒険者が命をかけて挑む、本番環境の迷宮が実装されているのだ」
(続く)
<次回予告>
恐るべき魔物が棲む闇の迷宮。魔法の国の王様が、魔法の変身アイテムを少女に与える。
次回「魔法少女・マジカル周作」
さあみんな!魔法のパワーで明日02時40分に更新するわよ!