18:それはそれとしてキッチンカー
「おはよーっス。昨日は大変だったっス」
周作は、ものすごく透明感のあるツヤツヤした顔で魔王たちに朝の挨拶をした。髪の毛も輝くような色艶でサラッサラである。
「お兄ちゃんごめんね、昨日はサラマンダーちゃんの汁を飛ばしちゃって」
「あー気にしなくていいっス。温泉で洗ったらすぐに落ちたし、スマちゃんが悪いわけじゃねーっス」
「温泉サラマンダーの分泌液は肌に良い。対価を払うから顔にかけてほしいという女性も多いぞ。貴様は全身美肌になれて幸運だ」
魔王は朝食をテーブルに並べ、スマホがそれを手伝っている。
「今日は薯餅蛋餅と精力湯だ」
つまり「ハッシュドポテトとノビル入り薄焼き卵を台湾風クレープで巻いたもの」と「スプーンで食べる野菜と果物の美容スムージー」である。ちなみにチワキチの分はノビルは抜いてある。
「今日は城から出てヒューマンの町に行く。支度をしろ」
城の外に出るのは何日ぶりだろう。スマホに至っては、今の身体になってから外出するのは初めてである。
周作と魔王は特徴の無い地味な服。スマホも性別不明のダサい服に着替えた。スマホはさらに髪の毛を結いあげて帽子の下に隠し、ダサ眼鏡と不織布マスクを着用した。
「……なんでこんなボロい格好にするんっスか?」
「貴様のような貧相な男が金髪美少女を連れ歩いていたら、職務質問されてしまう。極力目立たないようにする。今回は移動にも転移魔法は使わん」
というわけで徒歩とタクシーで目立たないように移動する。
周作にとって人間社会はストレスが大きいので、精神安定ポーションを飲みつつ行動している。
スマホは今の身体になってから初めての人間界なので、ワクワクドキドキ気分で見るもの聞くものすべてが珍しい。
「お兄ちゃん! あそこに猫さんがいる! 生猫さんって初めて見た!! あっちは本物のラーメン屋さんだ! コインランドリーさんもある! あっ電柱さん!!」
魔王にあまり騒がぬよう注意されつつ、一行が到着したのは同じ区内にある、とある商店街のはずれである。
「ここの月極駐車場にキッチンカーを置かせてもらった」
「駐車場料金は?」
「管理者が貴様と親しかったので、格安で契約できた」
そう、親しかったのだ。一度も面識が無くても。
「これが貴様のキッチンカーだ」
魔王が指し示したのは、小型トラックの荷台に載る大きさの四角い構造物。
「……屋外用の物置に見えるんっスけど」
「元は物置だが、内部をキッチンに改造してある。
洗い場2槽と手洗い専用槽、それぞれに非接触型の水栓。
大型給水および排水タンク、太陽光発電と蓄電システム、室内の電源コンセント、空調と換気扇と照明。作業テーブルと電気式自動揚げ物機に収納庫」
「でもこれ、車じゃなくって物置っスよね?」
「よく見ろ。車輪があるだろう」
物置の下にゴムタイヤがついている。
「エンジンは無いが、引けば動く。つまり車だ」
「引いて動かすんっスか!?」
「血わキ知が引く。戦獣形態になれば3トンぐらいは普通に牽引できるが、牛車や馬車は総重量2トンまでという規制がある。それに合わせて設計した」
スマホに抱っこされたチワキチが、ぱたぱたと尻尾を振っている。
「それって、キッチンカーって言うんっスか?」
「動物が引く移動物は馬車でも牛車でも犬ぞりでも、道路交通法では軽車両、すなわち車でありカーだ。だが原付自転車と同じで運転免許はいらん。だからこのキッチンカーは、免許の無い貴様でも運用できる」
ちなみに広い意味では人力で引く屋台もキッチンカーである。ただし人力屋台は洗浄設備などの設置が難しいため、東京都では原則として新規の営業許可は出さない方針である。
魔獣を使った大型引車での営業に関しては、詳しい事は管轄の保健所にお問い合わせいただきたい。
「外装は、魔法で強化したガルバリウム鋼だ」
「が、がるばりうむ?」
ガルバリウムはアメリカのベスレヘム・スチール社が開発した特殊鋼材で、高い耐腐食性を持ち、ブリキやトタンの上位互換材として屋外用物置によく使われている金属素材である。
「核戦争にも耐えられるよう、各種の強化術式が付与されている。では中を見よう。出入り口は貴様の生体認証で開けられる」
「鍵じゃないんっスね」
「貴様はすぐに落として無くすからな」
魔王はよく判っている。
「踏み場をつけてあるが、段差が大きいから気をつけろ」
魔王に続いて周作が登り、チワキチを抱いたスマホの手を引いて上がらせる。照明をつけると、新品のキッチンが照らし出された。
「内壁はオールステンレス。床もフロア用のすべり止め加工・ステンレス鋼材だ」
火事の時に燃えてしまう素材だと保健所の検査が通らない。不燃ボードでも良いのだが、金属のほうが消毒・清掃が楽である。ちなみにステンレス内装だと値段が5割以上高くなる。
「これからやる事は他人に見せられない。入り口を閉めろ」
周作は疑問を感じる余裕もなく、あわててキッチンを閉鎖する。
「正面の流しの上……そう、目の前の壁だ。そこに魔法陣が描いてある」
「まほーじん??」
「そこに手を当てて、マスター登録しろ」
「マスターとーろく????」
周作は、魔王に言われたとおり壁の丸い模様に手を当てた。
<汝、コノ構築物ノ主トナル意思アリヤ>
「うわっ!! 何か声が聞こえたっス!!!」
「『ある』と答えろ」
「ふぁっ、あ、あるっス」
そう答えると、周作の周りに黒い霧が現われ、その身体が闇に包まれた。
「ふぁああああっ!!! 何が起きたっスかあああ!!!」
「いちいち驚かなくても良い。認証登録しているだけだ」
周作が大騒ぎしているうちに、黒い霧は消えた。
「もう一度、魔法陣に手を当てて認証パスワードを唱えろ」
「ふぁっ???」
「どうせ忘れるだろうから、書いてそこの壁に貼っておいた。読みあげろ」
「こ、これっスか? えーと『美味い! 絶対に美味い! 魔王からあげ本舗』」
他人からは標語にしか見えない張り紙の文面を、声に出して読み上げると声紋認証が作動した。
ゴゴゴゴ、と地の底から響くような音がする。キッチンシンクがゆっくりと左右に分かれていき、壁の中から謎の扉が出現した。
「……なっ、何っスかこれ。何で壁の中に扉が??」
魔王はやれやれ、という様子で周作に説明した。
「まだ判らんのか。このキッチンカーはダンジョン空間への入り口になっている。貴様は今日から『唐揚げの迷宮』の迷宮主になったのだ」
(続く)
<次回予告>
「唐揚げの迷宮」、そこに隠された魔王の秘密とは。周作は今、ダンジョンマスターとなりその深淵を覗く。
次回「闇のクローゼット」
更新は明日深夜、02時30分。
封印されしクローゼット、その奥にあるものは誰にも見せられない。