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17:温泉に棲む巨大魔獣

 見たこともないほど大きな露天風呂だった。


 大きい。あまりにも大きい。円形の浴槽は温泉という言葉から想像するレベルを超え、もはや海である。


 対岸まで直線距離で約30キロ、その浴槽面積は琵琶湖を少し上回る。名も知れぬ飛行生物が上空を「かっぽ~~ん」と鳴きながら飛んでいく。


「……空が青いっス。太陽が(まぶ)しいっス」


「太陽ではない。レイリー散乱を使った再現照明だ。日本でもDALI調光機能を搭載したハイエンドモデルが売られている」


「さわやかな風も吹いてるっス」


「ゆらぎ空調だ」


「まるで魔法みたいっス」


「魔法みたい、ではなく魔法だ。着火ライターも魔力で発火させれば魔法だ」


「見ても区別がつかないっス」


「過程は違うが出力結果は同じだからな。高度に発達した魔法は科学と見分けがつかない」


 魔王と周作は遠浅の砂浜の岸辺でデッキチェアに寝そべり、日光浴っぽい事をしている。人工照明でも太陽光と区別がつかなければ、引きこもり男の自律神経を整えるには効果的である。静かに打ち寄せる波の音もほどよい刺激になっている。


 魔王は海水パンツにアロハシャツ、顔にはサングラス。ビーチリゾートを楽しむ不良老人といった風情(ふぜい)。周作は海パンとTシャツである。


 日本人の感覚だと温泉で水着着用は邪道だが、日本以外では露天風呂は屋外温水プール感覚なので、こちらのほうが世界標準である。


「おじいちゃーん!! カニさんがいたー!!!」

「わんわんわん」


 水着姿のスマホが、ユノハナガニに似た白いカニを持って沖からぱしゃぱしゃと駆け寄ってくる。


「オンセンガニか。温泉の湧出口に棲んでいるやつだな」


「これって食べれる?」


「このダンジョンにいるのは本物ではなく、魔力で作った疑似生命なので食えん。茹でると消滅する」


「じゃあ、おうちに返してあげたほうがいい?」


「湧出口は湯温が200度くらいあるから、近づくと火傷する。沖合は水深も深い。適当な場所で放して自分で帰らせろ」


 ちなみに一般的な風呂は100度以上にならないが、この露天風呂の底のほうは深くて水圧が高いので200度でも沸騰しない。記述間違いではないので修正連絡は不要である。


「わかったー!」


 スマホはまた沖にぱしゃぱしゃと駆けていく。チワキチが犬かきでそのあとを追う。


「……あの水着って、何なんっスか?」


「何って、ただのスクール水着だ。こちらの世界では、水着回に必要不可欠なものだと聞いた」


 別に不可欠では……いや不可欠なのか? 識者のご意見をお待ちしたい。


「オレっちが知ってるスク水と違うっス」


「最近はああいうデザインなのだ。昭和期の旧スクは見た目がエロすぎるという理由で廃盤になった」


「駄目っス! オレっちが求めているスク水は、胸に名札がついたあの古典的なデザインのっ!」


 泣くな。わかったからそういう談義は余所(よそ)でやってくれ。


「次までに特殊通販で買って用意しておこう。胸に名札を縫い付ければ良いのだな?」


 どこの通販だ。というか買うな魔王。名札をつけるな魔王。


「それはそうとして、発注しておいたキッチンカーが納入された。明日はそれを見に行く」


「ふぇっ!? その話って、まだ進んでたんっスか?」


「何を言っている。今まで貴様に経験させてきた事は、すべて唐揚げ屋となるために必要な修行だったのだ。気がついていなかったのか?」


「ふぁっ!? オレっち修行してたんっスか!?」


「訓練を修行だと感じさせるようでは調教……教師として未熟だ。一緒に遊んでいるように思わせて、ストレスを感じさせずに目的の技能を身につけさせていくのが優秀なトレーナーだ」


「じゃあ新しい修行は、追加でやらなくてもいいんっスか?」


「包丁を使って肉を切る修行はそのうちやる。捕獲レベルの高い食材にも対応できなければいかん」


「……捕獲レベル?」


 周作が魔王に何か質問しようとした時、風呂の浅瀬で遊んでいたスマホが悲鳴をあげた。戦獣モードに変化したチワキチのグォウグォウと吠える声が聞こえる。


「スマちゃん!!!?」


 その時に周作が見たのは、温泉の浅瀬にいるスマホのほうに向かって、風呂の底からゆっくりと泳ぎながら浮かび上がってくる、巨大な蛇のような影だった。


「む、温泉サラマンダーか。これを持っていけ」


 魔王が空中から先が二股になったフォークのような(やり)を取り出し、周作に渡す。


「あの魔物の目の前にそれを突き出せ。刺さなくていい。見せれば止まる」


「わかったっス!!!」


 周作は槍を(つか)むと全力で走った。しかし砂地に足をとられて速度が出ない。


 スマホも周作のほうに来ようとしているが、温泉の中ではうまく走れない。


 彼女の後ろの湯面から目の無いぬめぬめとした肉塊が ぬう、と音もなく首をもたげた。鮮度が落ちた肉のような、濁ったピンク色。


 それは地球の生物で言うと、水棲両生類のミズアシナシイモリを思わせる生命体だった。イメージとしては体長10メートルの巨大ミミズ。

 より具体的に言えば、児童用設定だとセンシティブ判定されて画像が非表示になる両生類、アトレトコアナに似ていた。


 チワキチが魔物とスマホの間に入りこみ、吠えて威嚇(いかく)し魔物の動きを止める。少し遅れて周作がたどりつき、魔物の前に槍をつき出した。すると槍の先に大きな唐揚げの塊が出現した。


「ふぁっ?」


 魔物は首をくねくねと動かしながら唐揚げに近づき、しばらく調べたあと頭部の中央に縦についている口を開き、唐揚げをぱくりと飲み込んだ。


「食べてくれたようだな」


 いつのまにか魔王が周作の後ろに立ち、その横でスマホが不安そうに寄り添っている。


「そいつはこの温泉のマスコットキャラ、温泉サラマンダーのサラちゃんだ」


 サラちゃんは美味しい唐揚げを食べて、喜びの舞いを踊っている。


「おじいちゃん、この子、噛んだりしない?」


「歯は無いから大丈夫だ。攻撃性は無い」


 人畜無害。ただ色と形がちょっとだけ何かに似ていて、人前で画像検索しないほうが良いだけの、おとなしい生物である。


 スマホはサラちゃんに近づいて、そっと頭をなでた。


「顎の下は刺激するな。そこはそいつの弱点で……」


 だが魔王の忠告は遅すぎた。スマホの指が敏感な部分に触れ、魔物は瞬時にして限界に達した。


(続く)


<次回予告>

 勢いよく飛び出る魔物の放出物。顔も、髪の毛も、水着を着用したその体も、すべてが白濁した汁にまみれてドロドロになる。


次回「それはそれとしてキッチンカー」

更新は明日、というか日を超えた24時20分。


 まああれだ、ヨーロッパサラマンダー(実在)を刺激すると耳腺から白い液を噴出するような感じ。エロい要素? 両生類の生態解説にそんなものは無い。

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