13:ダンジョン・アンド・ドランカーズ
「何の成果もっ!! 得られませんでしたああああっス!!」
トランクス1枚だけ身につけた半裸の周作が、床で土下座をしている。
「……まあ見れば判る。どこまで潜れた?」
「地下2階までっス」
「モンスターの出ない休憩所で、自動販売機から缶ビールを買って『おでん缶』でもつまみにしていたか?」
「なっ、なぜそれをっ!!!」
「図星か」
魔王はすべてお見通しである。
「そうしたら、妙な男が出てきたか?」
「そ、そうっス。目が合ったら『今俺を見たな? これでお前とも縁ができた!』とか言われて、エロいお姉さんがたくさんいるお店にむりやり連れていかれたっス」
「楽しめたか」
「じょーだんじゃねーっス! あんなアダルト巨乳軍団なんか求めてねーっス!! 怖くて怖くて出された酒も口にできなくて、何を話していいのかも判らなくて無言で震えてたっス!」
「会計はどうなった」
「お姉さん達が飲み食いした分も全部請求されて、こんなに払えないって言ったら、身ぐるみ剥ぎ取られてダンジョン外にほっぽり出されたっス」
「あのダンジョンは、特定階層に留まっていると『ぼったくり』に逢って地上に強制送還される仕様になっている」
「そういう事は先に言ってほしかったっス!!」
「午後から再挑戦だ。とりあえず新しい服を貴様にやろう」
魔王は『とくばいのふく』を周作に着せた! 周作は守備力が2あがった! かっこよさが1さがった!
「あとは昼飯を食べてからだ」
「ねえお兄ちゃん! スマホ、電子レンジでお昼ごはんを作れるようになったよ!!」
「ふえー、そうなんスか。何を作るんっス?」
「カップうどん!!」
「かっ……」
魔王はすかさず周作に麻痺呪文をかけ、耳元で小声でささやいた。
(余計な事は言うな。作ってもらった物は感謝しながら食え)
周作がわずかに同意する動きを見せたので、魔王は拘束を解いた。
スマホはカップうどんの中から取りだした麺を、水とともに耐熱容器に入れて電子レンジにかけた。
乾麺を水から電磁加熱すると、お湯で戻すのに比べてモチモチした食感になる。
できあがったら高級卵の卵黄と、白だし、どこのご家庭にもある白トリュフ油を混ぜて完成である。
「できたー! お兄ちゃん食べて!」
「い、いただきますっス」
ずるずるずぞぞー。
「……初めて食べる味っスけど……うん、美味いっス」
「やったー!!」
「この魔王は味見をしていないが、塩加減は丁度良かったようだな。
醤油を入れるとトリュフの香りが負けて、ただの釜玉ウドンになってしまう。薬味のネギも個性が強すぎるので微妙だ。鰹節などのダシ素材で作った香味油と、トリュフ油をブレンドした商品も市販されているが、当たり外れが激しい」
手打ち生パスタならともかく、カップうどんに そんなものを使う人間はいないぞ魔王。
「あれ、魔王様は食べてないんっスか?」
「スマホのはじめては、お兄ちゃんにあげるって決めてるから!」
周作はむせた。
ちなみに、こういう料理を作るよりも冷凍パスタをチンしたほうが簡単かつ安上がりである。素人が考えた料理にありがちな罠である。
一方で魔王が取り出したのは超(略)大型カップ焼きそば。乾燥時の商品重量1キログラム、熱量4184キロカロリー、塩分24.6グラム、絶対に一人で食べないでと注意書きが書かれている商品である。
「ふぁっ? 魔王様、それを一人で食べるんっスか?」
「貴様も欲しいのか?」
「そーじゃなくって、一人で食べたらダメって書いてあるっス」
「この程度のカロリー、対戦車魔法を1発放てば消費する」
「塩分は? 致死量じゃないんっスか?」
病人だとマジで死ぬ塩分量である。健康人でも一度に塩分30グラムを超えると危険である。
「この魔王には塩類腺があるのだ。海鳥が海水を飲んでも平気なのは知っているか?」
「いや知らねっス」
「暇があったら調べてみるがいい。塩分過多などという言葉は魔王の辞書には無い」
魔王は窓際に置いてあった再生豆苗をジョキジョキと切って焼きそばに乗せ、熱湯をかけて蓋をした。
「これでビタミンも摂れる。土手で採ってきた草のほうが栄養豊富だが、今日は忙しいのでこれで代用する。……それにしても、少しおかしいと思わんか」
「何がっスか?」
「この食い物だ。どこがカップ焼きそばだ。カップでも焼きでも蕎麦でも無い。これはボックス茹でヌードルだ」
千葉県にある「東京ド〇ツ村」のようなものである。
「わが世界のドコカノ王国にあった『わくわく巨乳ランド』と同じだ。あの時は、この魔王の期待を裏切った罪、王国ごと滅ぼして償わせた」
いかん、日本も滅ぼされてしまう!
「心配するな、こんなつまらぬ事で滅ぼしたりはせん。この魔王が怒るのは決して譲れぬ部分に関してのみだ。だがそこに妥協を強要されれば、あとは命の取り合いしか残らぬのだ」
「ふぇぇぇ、オレっちも改宗しないと処されるんっスか?」
「貴様の性癖はこの魔王には共感できん。だが、貴様にわが嗜好を押しつけようとは思わぬ。
わが世界には『宇宙帝国の前王朝の皇帝が巨乳好きだったら、銀河の英雄伝説は違う物語になっていただろう』という言葉がある」
「ふぁっ? どういう意味っスか?」
「ここでは詳しく説明できぬが、1人の男の性癖が変わると、宇宙の歴史が根底から書き換わってしまうという実例があるのだ」
こちらの世界の歴史家が言う『クレオパトラの鼻』の銀河大戦版である。
「それゆえ、この魔王は他者の性癖には干渉せぬ事にしている。わが世界に戻って大きく豊かでたわわな果実をこの手に掴みとり、思うがままに堪能できればそれで良い。
かつては先代の勇者にそれを阻まれたが、今度こそわが理想は達成されるのだ。ふはははははは」
魔王、悪役ムーブでノリノリである。というか好きなものの話だと饒舌だな魔王。
「なんか、昔いろいろとあったんスね」
「うむ、あの頃はまだ、この魔王も若かった」
「ねー、おじいちゃんの若かった頃の話が聞きたい!」
「……それほど面白い話ではない。本筋とは関係も無いからやめておこう」
「スマホが聞きたいの! ねーねーねー聞きたーい!」
「わんわんわん」
「あーこら髭を引っ張るな。わかった、これを食い終わるまで待て」
「はーい」
「わんわん」
「正座して待つっス」
「貴様も聞きたいのか?」
そして魔王の物語は語られる。
(続く)
<次回予告>
ついに明かされる勇者の性癖。魔王の野望を阻むために勇者と3人の仲間達、戦士と僧侶と商人が魔王城に現われる。その時のラストバトル、魔王の若き日の黒歴史が今ここに晒される。
次回「黒き追憶」
更新は明日20時20分。