12:廊下突き当たりの迷宮
ガラスの向こう側で、赤い炎が燃えていた。
スマホは駆け寄って扉を開こうとしたが、魔王が止めた。
「開けるな!」
密閉空間で火が燃えている時、いきなり扉を開けてはいけない。新鮮な外気が流れ込むと爆発的に燃え上がる場合がある。いわゆるバックドラフト現象である。
「でも……でも、お兄ちゃんが!!!」
魔王はスマホの肩を押さえて動けないようにしながら、ぽつりと言った。
「手遅れだ」
スマホは大声をあげて泣き崩れた。
やがて内部の酸素が乏しくなり、火は徐々に弱くなって消えた。ガラスの向こうには元の姿をとどめていない、炭化した黒い塊がころがっていた。
「あれ? 何を騒いでるんっスか?」
「お兄ちゃん! スマホのせいで、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが、お芋を食べられなくなっちゃったあぁぁ!!」
電子レンジの扉の向こうで、加熱しすぎて燃え上がったサツマイモから、ぶすぶすと煙が立ちのぼっていた。
「電子レンジで作る焼き芋は、加減が難しいのだ。目を離すとこういう事もある。もう泣くな。この魔王が何とかしてやろう」
魔王は空中から装飾過剰な長い杖を取り出し、柄を握って魔力を込めた。杖の横に並んでいる宝石が下のほうから5つ輝く。
「魔力量はこの程度で十分だろう……貴様、この杖を持て」
「ふぁっ?」
周作の手に、怪しい杖が渡された。
「先端をその炭に向けて復唱しろ。『魔王の名において、周作が命ずる』」
「魔王の名において、周作が命ずる」
「『焼け焦げた芋よ、元の姿に!』」
「焼け焦げた芋よ、元の姿に……うわっっ!」
杖がビカビカとゲーミングパソコンのようにド派手に光り、七色の光が炭化した芋にふりそそいだ。瞬時に焦げ芋は生芋の姿に戻った。
「なっ、何っスか今のは?」
「その杖に組み込まれている、復元の魔法だ。どんな失敗でも無かったことにできるが、死者蘇生よりも魔力を使う。普通なら芋ごときに使う魔法ではない」
「じゃあ何で?」
「小娘に泣かれるのは気分が悪い。今度は失敗するな」
「わかった! おじいちゃん大好き!」
そう言われた魔王は、何とも表現しがたい表情をした。
「……いいから早くやりなおせ」
真剣な顔で再挑戦するスマホを横目に、魔王は周作に話しかけた。
「貴様もそろそろ社会に出る準備をしなければならん。この魔王がチュートリアルを用意した」
「ちゅ、ちゅーちゅーとり?」
初心者指導のことである。
「いきなり生身の人間と接するとストレスが大きい。魔法で作りだしたバーチャルキャラから始める」
よく考えてみたら、今まで登場している周作の会話相手は、すべて人外である。
「練習場所として、一階の廊下のつきあたりにダンジョンを作った」
魔王なのでダンジョン程度はカジュアルに作る。
「ダンジョン内はヒューマンの街を模して作ってある。3階層にコンビニがあるので、そこに行って唐揚げを買ってこい」
内部にコンビニのあるダンジョンは、「なろう」ではそれほど珍しいものではない。
「持ち帰り袋は有料だ。この亜空間収納袋を持っていくがいい」
空間収納アイテムは勇者パーティー級のSSレア魔道具だが、魔王にとってはトートバッグ感覚である。
「店員はノンプレイヤーキャラなので、『イラッシャッセー』『アタタッスカー』『センヒャッケンニナリャース』などの決められたセリフしか話さない。
会話の練習にはならんが、とりあえず目の前にヒューマンがいる状況に慣れる事が重要だ」
「ういっス」
周作もやる気になっている。
「これが初期装備の『こんぼう』」
「ふぁ?」
「敵が出てきたら、これで殴って倒す」
「ふぁっ!! てっ、敵が出るんスか?」
「ダンジョンだから普通に出る。だが浅い階層の敵は戦闘力が低く、移動速度も遅いので貴様でも2~3回殴れば倒せる。第1階層で出てくるのは『酔っぱらい』と『カルト勧誘』だ」
「……あのぅ……それって……人間っスよね?」
「ヒューマンの姿をしているが、魔力で作られたバーチャルキャラだ。倒せば光の粒になって消え去る。その際に『寿司折り』や『小銭入りの財布』『幸運の壺』などのドロップアイテムが手に入ることもある」
ちなみに「幸運の壺」は「つかう」コマンドで運気が下がる。幸運を吸い取る壺である。
「ダンジョン内では足元に気をつけろ。電柱の根元などにトラップが生成されている事がある」
うっかり踏むと足が汚れる。
「通り沿いに民家があるが、玄関に鍵がかかっていない家は中に入れる」
「入っていいんっスか?」
「自由に入って、引き出しの中や、押し入れの奥にあるアイテムを取ってよい。その際に住人が攻撃してくるが、殴れば倒せる」
「それって、ただの強盗っスよね?」
「倒したあと、死体が消え去る前なら素材がはぎとれる」
「素材? って何っスかそれ。服まで強奪するんっスか」
「いや、骨とか皮とかだ。それを集めるとオリジナル装備が作れる」
「いやいやいやいや、『江渡貝くん』じゃ無いんッスから勘弁してほしいっス。何でそんな猟奇な仕様になってるんっスか」
「別に猟奇ではない。狩猟ゲームではよくある仕様だ」
ただしコンセプトは魔族の習俗に合わせている。
「まあ向こうから襲ってくる敵以外、戦闘は必須ではない。逃げようと思えば逃げられるし、チュートリアルだから攻撃をうけても実際にはダメージ0で、命の危険は無い。ただの『おつかい』なので気軽にチャレンジしてこい」
「はじめてのおつかい」である。
「この魔王は運営なので同行できない。スマホには少し用があるので、今回は貴様一人で行ってもらう」
今回はド〇クエで言うとシリーズ1であり、パーティーは組めない。ヒロインは魔王と一緒に、魔王城から主人公の旅立ちを見送るポジションである。
「わんわんわん!」
「お前は運営の眷属だから、中に入れない。留守番だ」
「くぅ~~ん」
「さあ行くがよい。そして探すがよい。唐揚げが売られているその場所を!!」
(続く)
<次回予告>
迷宮の中で待ちうける巨乳。それは唐揚げの手前に仕掛けられた危険な罠。
深層に眠る酒とつまみに酔いしれる時、破滅がそっと忍び寄る。
次回「D&D」
更新は明日18時10分。




