11:暴走した魔力
大きな爆発だった。
床に倒れたスマホの美しい金色のアホ毛は焼け焦げてチリチリになり、部屋の中に嫌な臭いが広がっている。
周辺には爆発で飛び散った肉片が散乱し、焼けた油がぶすぶすと白煙をあげている。周作はぴくりとも動かず、生死が判らない。
チワキチが回復ポーションをくわえて走り寄り、瓶を噛み砕いて中身を周作の上にぶちまけた。飲ませるのに比べて効果が劣るが、応急処置としては有効である。
「何だ、何がおきたのだ」
魔王が空中から現われ、驚いた表情で周囲を見回す。
「わおおおおん!!」
「魔法制御に失敗しただと? お前とスマホがついているからと思って、この魔王が目を離したのがまずかった。こいつの危険性を甘く見すぎた」
魔王はスマホに生体部品を修復する復元ポーションを飲ませ、汚れた顔や服を浄化する。
「うぅ……おじいちゃん……お兄ちゃんは?」
「大丈夫だ。奴ももう元に戻っている」
周作は ふぇぇ、と間の抜けた声を出しながら上体を起こし、周囲をきょろきょろと見回しながら、口をぽかんと開けている。
「いったい何をしたら、こういう状況になるのだ」
「えっとその、言われたとおり、唐揚げを作る練習をしてただけなんスけど」
揚げ鍋は爆発の衝撃で変形し、中にあった油と鶏肉が部屋の中一面にぶちまけられ、床は熱で焦げている。
「爆発した時の状況を詳しく教えろ」
「あーえー、衣をつけた肉を油にボトって入れたんっスけど、温度がまだ低くてジューッって言わなかったんで、魔導鍋に魔力をこう、 オレっちの手からガーっと流して」
「いや普通は何をしても爆発はしないぞ? どういう流し方をしたらこういう事になるのだ。貴様には何か特別な才能でもあるのか?」
「いやそれほどでも、うへへ」
別に褒めてはいない。
「ふむ……これは興味深い。予想外の結果だ。貴様はこの方向で能力を伸ばしたほうが良いのかもしれん。いずれにせよ、これで貴様はまた一歩成長した」
魔力 4/4
「着実に魔力が増えている。この調子で魔力量を増やしていくのだ」
「いくつぐらいまで増やせばいいんッスか?」
「目標は8ギガだ」
「えっと……日本語で言うと、いくつっスか」
80億である。
「つまり2の33乗だ。30回ちょっと訓練すれば目標値に達する」
「あーそーなんっスか、なら良かったっス。とんでもねー数字まで増やせって言われたら、どーしよーかと思ったっス」
「案ずるな。この魔王が深遠なる魔導の力で、貴様を作り替えてやる……よし、浄化できた。今日はもう終わりにしてリビングルームで待て。この部屋を掃除したら行く」
ああ、これは駄目な上司である。
自分でやったほうが早い仕事でも、あえて部下にやらせて経験値を積ませなければ部下が育たない。
そして部下は「手伝わなくてもいい」と言われても自分から手伝って、経験値を積まなければ駄目なのだ。
……ウンコがやる気ムーブを出しても、注意力欠陥で無限に失敗するからむしろ動くな? うんまあ、そういう場合、一芸特化に注力させて、それ以外はすべて周りの者がやるというのも合理的ではある。掃除が魔王のする仕事かどうかは、また別の話だが。
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そのあと彼らは昼食に鮒飯を食べ、魔王が午前中に牧志の公設市場で買ってきたサーターアンダギーとホットさんぴん茶を味わった。
ちなみに鮒飯とは、「背骨を取ったフナを小骨ごとミンチにして油で炒め、根菜や油揚げと共に醤油味のダシ汁で煮込んでご飯にかけた岡山の郷土料理」である。
フナは食用魚種の中でトップクラスに旨み成分が多いため、「良い魚を適切に調理した場合には」驚くほど美味い。
「でもお兄ちゃん、今日は危なかったよ! 火事になってたらお兄ちゃん、死んでたよ!」
「ううう、ごめんっス」
「くっくっく、きちんと謝れる貴様には見込みがある。言い訳をして失敗を認められぬ者に成長は無い。
失敗した理由を正しく理解し、その対策ができた時に失敗は成長の糧となる」
「ま、魔王様は、失敗しても怒らないんっスか?」
「遠慮なく失敗しろ。新人は非常識な事をしでかすのも仕事のうち、部下の失敗をフォローするのは上司の仕事だ。
この魔王はそのやらかしを分析し、常識を知っている者には思いつかない新規要素を見つけ、実戦にフィードバックする技術を開発していく。重要なのは失敗のどこが失敗だったのか認識し、正しい解決手段を見つけ出していく事なのだ」
企業戦略で言うところのPDCAサイクルである。ちなみに周作の場合はPDFCAサイクル、つまりDo(実行)の後にFail(失敗)がデフォルトで組み込まれている。
「わんわんわん」
「お前にも役目がある。いずれ改めて指示を与える」
「わおん!」
そして周作は頭をかきながら、改めて魔王に質問した。
「でも魔王様、なんでここまでオレっちの面倒を見てくれるんスか?」
「ああ、貴様にはこの魔王の事情を、まだ説明していなかったな」
魔王は沖縄銘菓「のーまんじゅう」を、もしゃもしゃと食べながらそれに答える。
「この魔王がこちらの世界に転移してきたのは、事故が原因なのだ」
「事故? トラックにはねられたんスか?」
「いやそうではない。わが社の新しい拠点を錬成する大規模術式の展開中に、魔力が暴走したのだ」
「ふぁ?」
「本題とは無関係なので、このへんの話は聞き流して良いが……
この魔王の世界ではヒューマン族と魔族が長きにわたって敵対していたが、わが社がヘッドハントしたヒューマンの新幹部が当代勇者と交渉し、二つの種族は休戦協定を結ぶ事になった」
「仲直りしたんっスか」
「まあ仲は悪いままだが、業務提携をとりまとめ、共同でわが社の新拠点を作ることになった」
「新しい魔王城を建てるんっスか」
「まあそういう感じだ。で、そこで働く数百万人の女子社員の採用も内定し、順調に開業の準備が進んでいた」
こちらの世界とは採用人数のケタが違う。サウジアラビアで建設中の全長170キロメートルの超巨大社屋でも、就業予定者は38万人である。
「ところが『巨乳美女のみを採用する、外見差別企業を許すな!』などと主張する集団が現われて面倒臭い事になった。
そのテロリスト共が空間鎮祭の会場で反魔法爆弾を爆発させ、空間制御の術式が乱された。そして短時間ではあったが、こちらの世界とつながった」
「よくわかんねーっスけど、大変だったんスね」
「うむ、大変だったのだ。この魔王はその時に時空の裂け目の中に吸い込まれ、こちらの世界に落ちてきてしまった」
「望んでこっちに来たわけでは無いんっスね」
「そうだ。元の世界に戻るには光属性の魔力が必要なのだが、この魔王は残念ながら闇属性で……月桃の香りがするな、この饅頭」
魔王は手に持った饅頭の残りを口に入れ、お茶を飲み干してから言葉を続けた。
「そこで貴様に力を貸してもらいたい。この魔王が貴様の持つ光の魔力を高めるので、それを使ってこの魔王を元の世界に送り届けてもらいたい。
貴様を成功者に育てあげるのは、それに対して支払う対価だ」
魔王なのだから強制的に命令すれば済む話だが、現在の魔王軍は現地住民とのフェアトレードを企業ポリシーにしており、業務提携するかどうかは相手の自由意思にまかされている。ちなみに提携を拒んだ場合は国ごと滅ぼす。
「判ったっス。魔王様のお役に立てるよう頑張るっス!」
「うむ、頼むぞ」
<……魔王様、頑張らせても大丈夫なのですか?>
チワキチが心配そうに思念波を送る。魔王は周作達に聞かれぬよう思念波でそれに答えた。
<大丈夫でなくとも、計画を進める。その結果この世界が滅びたとしても、わが目的をはたせれば、それで良い>
(続く)
<次回予告>
|魔王の迷宮。それは欲望を抱えた者が集まる場所。彼らが求めるのは富か、栄誉か、唐揚げか。その闇に潜むコンビニ営業の明かりが、夜食を求める者を呼び寄せる。
次回「廊下突き当たりの迷宮」
更新は明日18時10分。
取り返しのつかぬ間違いも、魔法の力で解決だ!