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10:滅びの呪文

「いっぱい充電、したー!!」


 つやつやの顔になったスマホが、ラジオ体操第一の動画を受信しながら元気に体操している。その横でげっそりとした顔をしている周作に、魔王は言葉をかけた。


「したのか?」


「……緊張しすぎてシオシオだったっス。手をつないで寝ただけっス」


「そうか。まあ添い寝だけでも充電はされる。慣れるまではそれでよい」


 魔王は朝食の食卓に、手早く料理を並べていく。


「酵素玄米のご飯に、ノビル(食用野草)と豆腐の味噌汁。野良カラシナの漬物、カラスノエンドウ(食用野草)入りの卵焼き、タンポポとツナ缶のサラダ、それに大根餅モドキだ」


「だいこんもち……もどき?」


広東(かんとん)料理に大根餅というのがあるだろう。細かく切った大根に餅米粉を混ぜ、干しエビなどを加えて蒸したり油で焼いたりした料理だ。

 これはカラシナの根をすりおろし、片栗粉と刻んだ魚肉ソーセージを混ぜてトリフィド油で焼いたものだ」


 ちなみにカラシナの根は育つと繊維質だらけになるので、カブのように食べられるのは一時期のみである。


「聞いたことのない野菜が多いっスね」


「どれも河川敷(かせんじき)で採れたものだ」


「ふぇっ? そのへんで摘んできたんっスか?」


「元来日本ヒューマンは草食だ。(しか)るに土手の草木は(すべ)(すなわ)(これ)食用なのだ」


 有用植物を鑑定能力で見分けて利用するのは、異世界モノの基本である。現地人がその能力に驚くのもお約束である。


 そして食事を終え、訓練室で魔法の修行が始まった。いくつ部屋があるのか魔王城。


「状況を判りやすくするために、貴様のステータス画面の一部を見えるようにする」


 魔王の特殊スキルの一つ、ステータスオープンである。


「一部だけっスか?」


 さすが主人公、説明もしていないのにステータスオープンの概念を理解している。普通の人であれば調べなければ意味が判らない。


「全部見ないほうが精神的に良い。判断力などはマイナス数値になっているし、備考欄にも貴様が読むと傷つく事が書いてある」


「……そんなに(ひど)いんっスか?」


「では『部分表示』」


通名:チ。

種族:ヒューマン

性別:男性

年齢:28

職業:町人(ちょうにん)レベル1

属性:光

(略)

魔力:0/1

習得魔法:(なし)

(略)


「……通名って何スか?」


贅沢(ぜいたく)な名前だったので短縮した。この魔王が真名を呼ぶのは、一人前の戦士と認めた者だけだ」


「『(せん)』じゃないんっスか?」


「チバだから『チ。』で良かろう。(まる)はオマケだ」


「で、この、魔力ってゆーのは」


「1が魔力の最大値、0が現時点の保有魔力」


「すっげー低くないっスか?」


「こちらの世界の住人はごくわずかの例外を除いて、魔力0/0だ。貴様の魔力はこの宇宙で一番、最強にして最高の魔法使いなのだ」


 他がゼロならば1でも最高である。周囲がすべて主人公以下なのは、なろう小説の基本である。


「えぇ……で、今は魔力ゼロなんっスか?」


「そこでこの『魔力回復ポーション』を飲む」


 魔王から赤い(びん)を渡され、飲むように指示された。周作は栓を開けて臭いをかぎ、少しなめてみた。ゆっくり味わっていると気持ち悪くなりそうな味だったので、思い切って一気に飲み干す。


「あ、なんか体がポカポカしてきたっス」


 魔力1/1


「これで貴様の魔力は最大値になった。貴様は呪文が使えぬが、魔力があれば魔道具を使うことができる。これを持て」


「……着火ライター?」


「いや、『着火の杖』という生活魔道具だ。これに魔力を込めると、先端に小さな火がともる」


「着火ライターっスよね?」


「いいから受け取れ。体の奥からエネルギーを杖に送り込む感じで、先端から火を噴き出させるイメージを持て。イメージを強めるためロールプレイング・ゲームの炎呪文などを唱えてもよい。火がついたら成功だ」


「判ったっス! うむむ……えーとえーとえーと……バルス!!!」


 周作が呪文をとなえると、棒の先端が ばふん、と爆発した。おそらく何か間違えている。


「あ、(ほろ)びたっス」


「えっ……お兄ちゃん! 鼻血!」


 スマホの声を聞いて周作が自分の鼻を触ってみると、ぬるり、という感触がして手にべっとりと血がついた。


「うわぁ、駄目だ止まんねっス……あれ? 目が……」


 周囲が真っ赤に見える。目が焼けるように痛い。


「目が、目がああぁぁ!!!」


「お兄ちゃん!!!」


「わんわんわん!!!」


「いかん、急性魔力欠乏症だ!!」


 スマホ達の叫び声を聞きながら、周作は意識を失って転倒した。


******


 周作が意識を取り戻したのは、寝室のベッドだった。


「うわああああぁぁん、お”に”い”ぢゃあぁぁ~~~ん!!!!!」


 スマホが目と鼻からべとべとに液漏れさせながら、周作の胸のあたりに顔をこすりつけてきた。


「ふぁっ!?」


「おじいぢゃんはっ、だっ、大丈夫だっで、言っだげどっ、ズマホは、ズマホはっ、おっ、おにいぢゃんがっ、()っ、()んじゃうがど(おぼ)っでっ!!!」


「あーごめん、大丈夫、大丈夫っス! もう元気! 前より気分がいいぐらいっス!」


本当(ぼんど)?」


 そこに空間から魔王登場である。魔王は空気など読まない。


「意識が戻ったか。最大魔力がいきなりゼロになった時の症状だ。この娘が回復ポーションを飲ませたから、体調は元に戻っているはずだ」


 意識の無い男にどうやって飲ませたかと言えば、つまりアレだ、かわいい女の子が特殊な方法で飲ませてくれる場面が幕間にあったのだ。


「魔力切れは(つら)いが、それを我慢して繰り返すと魔力が増えてくる」


 魔力 2/2


「見ろ、倍になっている。魔力の使い方はまだ未熟だが、一度で放出のコツをつかむとは天才だ。この魔王の目に狂いはなかった」


「ふえぇ、これを繰り返すんっスか?」


「慣れてくれば倒れなくなる。まあ無理は禁物だ。今日はゆっくり休んでいろ。これは見舞いのフルーツ(かご)だ」


「スマホが()いてあげる! スターアップルと毛柿(けがき)と、どっちがいい?」


「異世界の果物っスか?」


 地球の果物である。沖縄で少量だが栽培されている。


「わんわんわん」


「チワキチにもあげるね」


「わおん!」


 こうして1日目の特訓は終了した。


*******


<あの娘と、周作はだいぶ距離を縮めたようでございます>


「……ヒューマンとは愚かなものだな。考えているふりをするだけの、命無き人形を同族と同じように扱う。性格パラメーターに沿()った音声が出力されているだけだというのに」


<ですが、感情があるようにしか思えませぬな>


「よくできた人工知能は、並みのヒューマンより情愛豊かに見える。だが見えるだけだ。そこに感情などは無い。あれはただの道具だ。あの男と同じように」


<道具……>


「そうだ。道具だ。ならば、奴らをどう扱えば良いか理解できるな?」


<道具は道具として>


「そうだ。職人にとって道具は何より大事。毎日の手入れを(おこた)るな。栄養のバランスに配慮し、生活習慣を整え、すこやかな精神と身体を(はぐく)むよう注意深く見守るのだ」


<仰せのままに>


「そして……お前は気付いたか? あの男の能力に」


<能力?>


「奴は危険だ。この魔王の手に余るかもしれぬ。目を離すな」


(続く)


<次回予告>


 扱いきれぬ力は自分を滅ぼす。究極の魔法は唐揚げ作りには必要ない。大切な者を巻き込み破滅させるだけならば、その力は何のために。


次回「暴走した魔力」

更新は明日17時50分。

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