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1:異界人、東京に現わる

 千葉周作は、名刺を受け取ったまま固まっていた。


「魔王軍」代表取締役、魔王ガーデナー ―ー ビジネス用の名刺によく使われる日本語ゴシック体フォントで、名刺にそう書かれている。


 周作は何がなんだかよく判らない、という顔で目の前にいる怪人を見た。


 ドワーフの超絶技巧と、闇魔導士の秘術で創り上げられた漆黒の鎧は、同人誌即売会を徘徊するコスプレイヤーの中二病めいた着ぐるみとは一線を画している。判りやすく言えば、高級感と本物感が半端(はんぱ)ない。


「……この国の習俗では、オジギをして両手でメイシを差し出すのがアイサツだと学んだのだが」


 異世界の魔王、と名乗る人物、もしくは人ではない何者かは、威厳(いげん)に満ちたイケメンボイスでそう言いながら首をかしげた。フルフェイスマスクなので表情は読めない。


 周作はどう反応したら良いのか判らない。一度も就業したことが無い引きこもり歴10年の社会不適合者に、ビジネスマナーの常識など判るはずもない。


<駄目っス。逃げるっス。今すぐここから脱出するっス!>


 そう思ったものの、ネットカフェの個室は狭く窓も無い。唯一の出口には魔王が立ち(ふさ)がっている。

そうッ! 魔王を倒さぬ限り、この部屋からは出られないのだ!


「あ~、言葉が通じておらぬのか? ハロー、マイネーム・イズ・ガーデナー。マジカルキング・オブ・アナザーワールド」


「に、日本語でっ、だっ、だいじょぶっス」


 周作はかすれた声で、かろうじて返事を返した。


「そうか大丈夫か、それは重畳(ちょうじょう)


 魔王は満足そうにうなずくと話を続けた。ちなみに重畳とは重い(たたみ)のことではない。「重ねる」を象徴する畳のように、積み重なる喜びがあるという日本語表現である。


「単刀直入に言おう。貴様をヘッドハンティングしに来た」


 ビジネス相手に貴様呼ばわりは礼を失しているようだが、魔王はこれを尊敬語のつもりで使っている。実際、「貴様」は江戸時代までは「貴殿」と同様に敬語の一つである。


「へ、へっどはんてぃんぐ?」


「そんな泣きそうな顔をせずとも良い。首を狩りに来たのではない。ビジネス用語で『優秀な人材を自社に勧誘する』という意味だ」


 言葉の意味は判ったが、文章の意味が判らない。


 周作は昨日までニートだった。高校をギリで卒業したあと仕事に就かず家事も資格勉強もネット投資なども一切せず、家に引きこもっていた。6年前に母親が亡くなってからは、ほとんど自分の部屋から出ていなかった。


 昨年に父親が自慰の最中に事故死し、兄が家と土地を相続した。

周作は遺産分与で現金のみを受け取り、それを取り崩して通販で食料を取り寄せながら引きこもり生活を続けていた。


 ところが、いつのまにか兄が自宅を売却していた。

そして今日の朝、反社会団体の構成員めいた方々がやってきて、周作は実家だった場所から追放された。兄とは連絡がとれなくなり、どこに行ったのか判らない。


……居住権? 周作がそういう知識を持っていて、業者に権利を主張できる強メンタルとコミュ(りょく)がある人間だったら、そもそもヒキニートになっていない。


 こうして彼は今日、ニートから住所不定無職の不審者にジョブチェンジした。高卒で就業歴なし特技なし資格なし体力なし知識なし根性なしの28歳である。


 この真冬に野宿もできず、やむなくネカフェで夜を過ごすことに決めたものの、明日からどうすれば良いのか不安と絶望で涙と鼻水が止まらない。

 さっきまで個室内のパソコンで「住み込み業務 即入寮」を調べる代わりに「自死 苦しまない方法」を検索していた人間である。


 そういう人物がヘットハンティングされるような優秀な人材だと言うならば、コンビニでワンオペ業務が務まる人材はおそらく神である。


「貴様自身は気付いておらぬようだが、貴様には魔法を使う才能がある」


「ま、まほう」


「魔法というのは、魔力という、こちらの世界には存在しないエネルギーを使って、森羅万象(しんらばんしょう)を思うままにあやつる力のことだ」


 もしやアレか、女性との接点がないまま年月を重ねた男は、魔法使いになれるというアレなのか。


 というか、異世界から魔王が降臨してニートを勧誘するなど常識的にありえない。そういう説明を素直に聞いてしまっている千葉周作、社会経験が無いのでリアルとファンタジーの区別がついていない。

この状況は普通に考えれば危ない人の襲来、さもなければ新手の弱者搾取ビジネスか詐欺である。


「魔力無き世界の住人なれば、わが言葉を信じられぬのも無理はない。されど、この魔王には『鑑定』のスキルがある」


 魔王はそう言いながら、ずい、と千葉との距離を詰めた。髑髏(どくろ)を模したマスクの眼のあたりに、ちらちらと青い光が見え隠れする。


「わが魔眼は、万物(ばんぶつ)の隠された価値を見抜く。人呼んで『なんでも鑑定眼(かんていがん)』」


 ちなみに魔王は異世界固有の単語を、こちらの世界の住人に判りやすい言葉に意訳している。日本語ではコミカルに思える言葉でも、原語ではものすごくかっこいい言い回しである。


「貴様が成功者となるために欠けているものは何か、貴様には判るか」


「わ、わかんないっス」


しいて言えば全部。


「それは運だ。英語で言えばラッキー、ステータス表なら『うんのよさ』、省略表記であればLUK」


「よ、よくわかんないっス」


 魔王はくっくっく、と不気味に笑うと、周作に床に腰をおろすようにうながした。狭い個室の中で、周作と異世界の魔王は共に正座をして至近距離で向かい合う。正座できるのか魔王、フルアーマー姿なのに。


「成功者になれるかどうかは、ほとんど運で決まる。無敵の戦士になれる素養があろうとも、飢餓の国に生まれ、親が食物を奪いとれば幼いうちに死ぬ。プログラミングの天才が中世ナーロッパに転生しても、冒険者ギルドの掲示板にIT関連の求人募集は貼られておらぬ」


 周作は、あーはい、そーっスね、などと言いながらうなずいているが、何を言われているのかよく判っていない。彼の頭脳では、たとえば140字以内の文章でも内容を瞬時に理解することは難しい。


「転生の女神に出会ってチートを貰うのも、実家が太いのもイケメンに生まれるのも、本人が努力して得た成果ではない。貴様が不幸なのは貴様の努力が足りなかったからではなく、そういう運に恵まれなかっただけなのだ」


 才能ガチャでハズレを引きまくった生まれの不幸も、まあ運と言えば運である。


「だが貴様の運勢はたった今変わった。この魔王と出会えた事は幸運の極み。転生特典で最強チートを100個もらうよりも運が良い。

すなわち超ラッキー、スーパーラッキー、アンラッキーは帳消しになってラッキーが天元突破(てんげんとっぱ)した」


 ちなみに「天元突破」は「一目(いちもく)置く」と同様に囲碁に由来する言葉だが、言うまでもなく異世界に囲碁は無い。「俺とお前の二重の螺旋(らせん)、願いと希望をドリルに変えて、明日へと続く道を掘る」を意訳した表現である。


「貴様はもう悩む必要は無い。努力とラッキーが勝負すればラッキーが勝つ。ラッキーが極まれば、大宇宙の神となることすら可能なのだ」


「ほ、本当っスか」


「この魔王は嘘など言わぬ。ラッキーも実力のうちならば、すでに貴様はこちらの世界で一番の実力者だ」


 その言葉が嘘ではないという保証は無い。(だま)されるな周作。ラッキーで大宇宙神になった者が、どこの世界にいるというのだ!


「これは貴様が夢をかなえる最大のチャンス。この魔王のセミナーに参加すれば人生は必ず変わる。起業のノウハウを学んで社会の成功者となるがよい」


「せ、せいこーしゃ」


 早まるな周作、相手は魔王だ。仮に「世界の半分をお前にやろう」とか言われても、税金や諸経費を引かれて実際の手取りはジュース代程度だったりするのだ。その言葉には「健康食品の販売会員になって大儲け」とか「ボクと契約して魔法少女になってよ」と同じような罠が隠れている。


「力が欲しいか。社会に適応し、人生を生きぬくための力が」


「ほ、欲しいっス」


しゅうさぁ~~~く!!


「よかろう。今ここから、貴様はこの魔王のビジネスパートナーとなった。わが深淵なる魔導の力で、伴走型のマネジメントと幅広きサポートを与えよう」


「ういっス」


 おい待て!


「そして貴様は今、精神的ストレスでボロボロの状態だ。この魔王が、その苦しみから解放してやろう」


 何をする気だ!


「状態異常魔法『安眠』」


 ぐう。(地の文は眠ってしまった)



<次回予告>


 翌朝からの怒濤(どとう)の展開は、周作の予想の斜め上を行く。

東京の北端、魔王が作りあげた活動拠点で、周作は人にあらざる者と出会う。


次回「東京都北区魔王城」

予約投稿は明日朝8時20分。

全62話、約20万字。おおむね25時間ごとの更新。最終話(令和7年8月5日に予約投稿)まで執筆済。

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