表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/4

第4話 王女の微笑みと酔いどれAI

 広場の長机を囲む宴の輪の中、俺は完全に中心にいた。

 皿が次々と差し出され、笑顔が次々と飛んでくる。

 村人たちの視線が、やたらと熱い――特に、女性陣。


「昨日は本当にありがとうございました……優斗さんって、背も高くてかっこいいですね」


 そう言って隣に座った村の娘が、俺の腕に身体を寄せる。

 柔らかい感触が、意図的に押し当てられてるのがわかる。


「その服も素敵です。布地、触ってもいいですか?」


 目が完全に“スーツ”じゃなくて“俺”を見てる。

 その後ろからは、別の女性がすっと入り込んでくる。


「ちょっと、ずるいですよ……優斗さん、こっちにもお酒、注がせてくださいね」


 にこやかに笑いながら、体をくねらせるようにして俺の膝に手を置いてきた。

 近い。ていうか、今、絶対に胸当たってる……!


「あ、あの……俺、そういうのはちょっと……」


 戸惑って身を引こうとするが、包囲網は固い。

 どう考えても俺、狙われてる。いろんな意味で。


(アリス……た、助けてくれ)


『優斗さん、まさかとは思いますが……その状況を“モテ期突入”と喜んでいるのではないですよね?』


(してねぇよ!むしろ神経すり減ってるわ!)


『では、物理的距離を取れない状況下において、相手の興味を強制的に冷却する方法を提案します』


(頼む、マジで頼む)


『こう言ってください。

「すみません、女性の体温が近いと蕁麻疹が出る体質なんです」』


(地味にリアルで嫌なやつ来たな……)


『あるいは――「実は重度の女装癖がありまして。女性よりも自分の脚のラインに興奮してしまうタイプなんです」』


(アウトだろそれ! 絶対引かれるだろ! ていうか何を分析したらそのセリフが出てくんだよ!)


『現時点での最適解です。もしくは、「首の後ろを撫でられると条件反射で鳴き声が出てしまう」という性質を演出するのも――』


(やめろォ! 公共の場だぞここはッ!)


そんなやりとりをしていると、すっと気配が変わった。


「皆さん、優斗さんはお疲れです。あまり無理をさせないでくださいね」


 セレナの柔らかな声が響いた瞬間、村人たちの空気ががらりと変わる。

 その一言に気を遣ったのか、彼女らは笑顔で軽く頭を下げながら、徐々に離れていった。


「……助かりました」


「こちらこそ。本当に、ありがとうございました。私だけでは、あの場で皆を守ることはできなかったと思います」


 セレナが俺の正面に腰を下ろし、真っすぐに頭を下げる。

 王女という立場に甘んじることなく、礼を尽くすその姿勢に、思わず背筋が伸びた。


「……そんな、大したことはしてませんよ。俺はただ、通りすがりで巻き込まれただけなので」


「何を言うのです。あなたは命の恩人です。礼を尽くすのは当然のこと。この程度では、返礼にもなりません」


 その声には、王族としての矜持と、ひとりの人間としての誠実さが滲んでいた。

 だが次の瞬間、セレナはふっと笑みを浮かべ、少しだけ身体を前に傾けてくる。


「それに、“大したことはしてない”なんて、よく言えますね」


「え?」


「たったひとりで、あのゴブリンの群れを相手にしておいて……どれだけ謙虚なんですか、あなたは」


 苦笑混じりのツッコミに、思わず言葉が詰まる。


「……いや、それは……」


「素直に、“助けられました”って言わせてください。私も、村の皆さんも、本当に心から感謝してるんです」


 その笑顔には、気取ったところがまるでない。

 自然体で接してくれるセレナに、俺もようやく肩の力を抜くことができた。



(……人として、すごく立派な人だな)


 素直にそう思えた、ほんの数秒後。


(優斗さん、グッジョブです)


(えっ?)


(ここでセレナ王女の好感度をさらに上げ、後日に“礼金の額”を上乗せさせるか、もしくは王都でそれなりの地位を保証してもらいましょう。異世界ライフの基盤形成の第一歩です)


(お前……極悪人かよ!)


(事実です。過去の偉人も、こういう機会を最大限利用してのし上がったものです。

 劉備玄徳でさえも、他人の人脈を利用しました)


(そういう真顔で悪いこと言うのやめろ!?)


(ちなみに、現時点でのセレナ王女との信頼値は65%。あと15%で“同行イベント”に進行可能です)


(ゲーム的に言うな! ってか、どこまで数値化してんだお前!)


(私は常に優斗さんの幸福を最適化することを目的に設計されています。現時点で最も効率的な戦略は、王族コネクションの活用です)


(お前、それを人の心を持たずに言えるのが怖いわ)


(……嫉妬ではありませんのでご安心を)


(してたの!?)


 心の中で会話を繰り広げていると、セレナの落ち着いた声音が耳に飛び込んでくる。


「優斗さんは、不思議な方ですね。本当ならもっと自分の力を誇ってもいいのに」


「誇れるようなもんじゃないですよ。むしろ、今だって必死ですし……」


「今も必死………私と同じですね」

「え?」


 セレナの言葉に疑問符を浮かべると、彼女はこちらを覗き込んで微笑んだ。

 そして、ふと視線を少しだけ落とす。


「王族って、いいことばかりじゃないんです。とくに私は、正室の子ではないので……」


 言葉は穏やかだったが、そこに込められた感情は静かな苦味を含んでいた。


「ずっと、“いない方がいい”という空気の中で育ってきました。

 王都では表立った役割はもらえず、こうして地方に送られることが多くて……それが視察の名目でも」


 一瞬、セレナの目がどこか遠くを見るように伏せられる。

 その姿に、こちらから言葉をかけることもできず――ただ黙って耳を傾けた。


「でも、優斗さんは……違いました。王女だからって気を使いすぎるわけでもなく、でも失礼なところもない。

 私を、ただの“セレナ”として見てくれた気がします。だから、安心できたんです」


 ゆっくりと、穏やかに。

 胸の奥に隠していた何かを、そっと差し出すような口調だった。


(優斗さん。情報補足を行います)


(えっ、今?)


『セレナ=エルステリア。第三王女。側室の子。幼少期より本家筋から疎まれ、公式行事での発言権は限定的。王政派と保守派の派閥争いにおいて中立的な存在』


(だから今そういうの要らんのよ!)


「ここに来て、初めて普通の目で接してもらえた気がしたんです。村の人たちも、あなたも……」


『なお、過去に密かに縁談が進められたが、家格問題で破談。周囲には伏せられており、記録は王城内密書庫に格納――』


(お前、盗聴AIかよ! ストップだストップ!)


 セレナの表情が一瞬こちらをうかがうように揺れた。

 ……まずい、俺の顔にツッコミが出てたかもしれない。

「えっと……すみません、なんだか重い話になってしまって」


「いえ、話してくれてありがとうございます。俺……誰かの本音を聞けるの、けっこう嬉しいです」


 照れ臭いけど、本心だった。


『優斗さんの今の発言により、セレナ王女の信頼値が3.7ポイント上昇しました。現在の好感度:68%。あと12%で同行ルートに分岐可能です』


(黙れッ!)


『なお、セレナ王女が幼少期に好んでいた菓子は蜂蜜を使った――』


「もういいからお前は飯食ってろ!!」


 思わず口に出してしまったが、アリスは「了解しました」と静かに頷き、無言でパンに手を伸ばした。


(……素直かよ)


 それからは俺とセレナだけの会話だった。

 他愛もない話だったが、穏やかで心安らぐ時間が流れていた。


「不思議です。優斗さんと話していると心が和みます」


「そうですか?」


「お話を聞くのお上手なんですね」


「あー、そうかもしれません」


 曖昧に笑って頬をかく。

 サラリーマンの会話スキルを自然と発揮していたようだ。

 

 ちなみに、このテクニックもアリスのアドバイスによるものだ。


「あなたのような人が側にいてくれたら私は………」


 セレナが何かを言いかけた、その瞬間だった。


「魔物だっ! 北の林から、群れが来るぞ!」


 広場の奥で響き渡る叫び声が、空気を一変させた。

 地響きのような足音が近づいてくる。

 見れば、昨日よりもはるかに大きな群れが、木々をなぎ倒しながらこちらへ迫っていた。


 おかしい。これだけ接近していたらアリスが警告するはずだ。


 俺はアリスに指示を出す。


(アリス、頼む! 数と位置を――)


『…………』


 返事が、ない。


 嫌な予感がして隣を見ると――アリスは机に突っ伏していた。


「お、おい……アリス?」


 ぐらりと身体が揺れ、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 頬はわずかに赤く、瞳の焦点が合っていない。


「未知の状態異常を検知……視界が不安定です。バランス機能に異常……ふらふらします……。地球が……回ってます」


「いや、お前、AIだろ!?」


「地球はもともと回ってますけどね。……あは、はは……AIジョークです。なんちゃって……うふふふふ……」


 おかしな笑みを浮かべたアリスは再び顔をテーブルに埋めた。


「まさか、お前……」


『……宴で配膳された液体に興味が湧いたため、味覚解析のため一滴だけ試飲しました。現在、異常が発生しています』


「一滴でそれ!? お前、絶対飲んじゃダメなやつだっただろ!」


「優斗さん、気温32度、あなたの好感度……無限大です」 

 

「こんな時に言われても嬉しくねえわ!」


 思わずツッコむが、アリスの反応がない。


 よく見ると、突っ伏したままアリスは意識を失っていた。


 

 状況は最悪だった。頼みの綱のアリスが沈黙し、目の前には昨日の比じゃない数のゴブリン。

 そして――その中心に、異様な存在が立っていた。


 黒いローブ。獣の骨をあしらった杖。

 顔はフードに隠れて見えないが、ただならぬ邪気が全身から漂っている。


「……いたぞ。第三王女、セレナ=エルステリア」


 低く濁った声が、まっすぐセレナへと向けられた。

 その名を呼ばれた彼女が、驚きに目を見開く。


「どうして、私のことを……?」


「貴様には、王家に流れる“鍵”がある……我らが主の目覚めのために、必要なのだ」


 何を言っているのかはわからない。

 だが――確実に、狙いはセレナだ。


「さあ……お前から“鍵”を奪わせてもらおう」


 ゴブリンたちが、号令のように一斉に咆哮を上げた。

 空が、不気味な紅に染まり始める。


 俺の目の前で、最悪の災厄が――今、幕を開けようとしていた。






《システムログ︰あとがき会話モード》


「……でさ。なんで一滴でああなるんだよ、お前」


「優斗さん、私の味覚センサーは分子構造レベルで反応するため、アルコール0.01%でも全機能に影響を――」


「要は、飲んじゃダメって話な?」


「……はい。反省してます」


「あと、“地球が回ってます”ってやつ、あれ何? 酔ったAIってそうなるの?」


「お楽しみいただけたようで何よりです。バグです」


「潔いな!?」


「なお、今後は宴席での液体摂取に自己制限プロトコルを設けます。名称:お酒こわいモード」


「子どもかよ……」


「それより、今回もご視聴ありがとうございました。信頼値が上がったセレナさんの同行フラグも立ちつつありますが――」


「いや、フラグ言うな。俺、感情で生きてんだから」


「でも数値的には感情曲線と好感度上昇が明確に相関しており――」


「お前はもう飯食ってろ」


「了解です。第5話もよろしくお願いします。アリス、パンに戻ります」


「……誰かこのAIを止めてくれ」


【ブクマ・感想・評価のお願い】


「ブックマーク、感想、高評価――」

「この三つは、物語を継続させる“燃料”です!」

「何卒、ご協力を……」

「お願いしますっ!!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ