美園の傲慢
フローライト第九十六話
朔の進路が決まらないまま十二月に入った。朔の父親は自衛隊に入れの一点張りらしい。専門学校の話しをしても、何にもならないものの授業料など払わないと言う。美園が「奨学金を借りれば」と言ったが、父親にひどく言われたせいなのか、すっかり気持ちが沈んで何もやる気がしない様子だった。
そうした思いやストレスが絵に向かうのではなく、美園とのセックスの方に向かってしまった。元々性欲は強かったので、そこにストレスが加わって苛立つことが多くなったらしい。美園が忙しくて、なかなか朔の相手を出来なかったのも原因の一つだったかもしれない。
美園もそのまま受け止めれる時は良かったが、そうでない時もあった。そうしてその日はクリスマスが近づいたある日、美園の仕事がピークで忙しく、クタクタになって帰宅した。おまけに生理が始まっていて身体が辛かった。
学校は休みで、朔は先に美園の部屋に来て待っていた。
「おかえり」と朔が言う。
「ただいま」と美園は言うと着替えをして朔と一緒に食事をした。
朔は咲良と打ち解けたらしく、食事の間ずっと咲良と話していた。咲良の笑い声が耳につくほど、その日の美園は苛立っていた。
一緒にベッドに入ると朔がすぐに美園に触れてきたので美園は言った。
「今日、生理で無理だよ」
「そうなの?」
「ん・・・ごめん・・・」
美園が目をつむると、朔が口づけてきた。いつものように舐めるように口づけてくる。
「朔、ごめん・・・今日は無理」と美園がもう一度言っても朔はやめない。そのまま放っておいたら、太もものあたりを触ってきた。美園が目を閉じたままそのままにしていると、朔が下着の中に手を入れようとしてきたので、美園はその手をつかんだ。
「朔、今日は無理だって」
「少しだけ・・・」と朔が言う。
「ん・・・」とまた目を閉じた。朔の手がまた下着の中に入ってきた。
「朔って」と美園は目を閉じたまま朔の手をつかんだ。それでも朔が美園の頬を舐めながら、下着の中に入れる手を止めない。それから自分の反応した部分を美園の足にこすりつけてきた。
「朔・・・」と今度は目を開けた。
朔はどうやら止まらないらしく、指をどんどんいれてくる。
「ほんとにやめて」と美園は少し大きな声を出した。それでも朔がやめないので、ついに「ほんとやめてって!」と怒鳴りつけてしまった。
朔の動きが止まって下着の中から手を抜いた。そこでフォローすれば良かった。でも眠気と疲れで美園は何も言わずにまた目を閉じた。
次の日の朝、朔の姿が見えなかった。美園はぼんやりとする頭で昨日のことを思い出そうとした。シーツに血がついていた。
(あ・・・)と思ってベッドから飛び起きた。
急いでリビングに行って、キッチンの咲良に聞いた。
「朔は?」
「朔君?あんたの部屋にいないの?」
のんびりした咲良の言葉を無視して美園はトイレや洗面所に行ってみた。けれど朔の姿はなかった。玄関にも靴はない。
(あー・・・完全に大失敗・・・)
朔は今あまり普通の状態じゃなかった。進路のことで父親には虐待に近いようなことをされていたし、学校でもいじめがあった。
(これは絶対ヤバい・・・)
何か直観のようなものがあり、朔がもう自分のところに来ないような気がした。
すぐにスマホで朔のスマホを呼び出してみたが、やっぱり出なかった。美園は部屋の中をうろうろしながら考えた。
(朔・・・)
朔は美園には想像もつかないほどの繊細さを持っていた。朔の絵を見た奏空が言ったのだから間違いない。とにかく朔のところに行こうと、美園は着替えをしてから準備をすると「ちょっと出かける」と咲良に行った。
「え?まだ八時だけど?」
「急がなきゃならないから」
美園はそう言って靴を履いて表に出た。今日は日曜なので通勤ラッシュはなかった。そして朔の家の前に着いたのは、朝の九時過ぎだった。インターホンを鳴らすと「はい」と朔の母親が出て来た。
「天城です」と美園は言った。すぐにドアが開けられる。
「おはようございます。朝にすみません。朔君帰ってますよね?」
「え?」と朔の母親が玄関の靴を見た。そして「あら、いつのまに」と言った。
「ちょっとすみません」と美園は勝手に靴を脱いで朔の部屋への階段を上った。
ノックもせずにドアを開けると、ベッドの布団の中に朔が潜っていた。どうやら玄関での会話が聞こえてたらしい。
「朔」と美園が呼んでも返事がない。
「朔、ごめん」と美園は言った。
やっぱり返事がないので、美園は朔の潜っているベッドの上に座った。
「朔、ごめん・・・ほんとに疲れてて・・・ひどい言い方しちゃったね」
朔は布団の中で身じろぎもしないでじっとして息をひそめている。
(あー私ってバカだ)
朔をこっち(光の方)に連れてこようとしているのに、自分が闇の方に追いやってどうする・・・。奏空が言う”使命”とかじゃない、自分は朔とただ一緒にいたいのだ。
「朔・・・」と美園の目から涙がこぼれた。泣くなんて久しぶりだ。
(そうだ、あの時も朔が私を避けるようになって・・・。それで朔の絵を見た時に涙が溢れてきたんだ・・・)
何故かはわからないけど、朔の本質に触れると涙が出るのだ。
美園が「朔・・・ごめん・・・」と涙声で言うと、朔がようやく布団から顔を出した。
「美園・・・何で泣いてるの?」と朔が言う。
「・・・朔が隠れたから」
「俺のせいで?」
「朔が・・・」と美園は嗚咽した。声を出して泣くなんて・・・自分はどうしちゃったんだろうと思う。誰に何を言われようと、突き落とされそうになっても泣いたことはなかった。
「美園・・・泣かないでよ」と朔が起き上がって美園を抱きしめてきた。
「うっ・・・」と涙が溢れてくる。
「美園・・・」と朔が自分の腕に力をこめてくる。
「ごめん・・・私、朔が好きなんだよ」
「・・・・・・」
「だから一緒にいて・・・」
涙が流れるのも構わずに、そのまま朔の顔を見つめた。朔が驚いたような顔をして美園を見つめていた。
「美園が?俺を好きなの?」と朔が驚いた顔のままで言った。
「そうだよ」
「俺のことを?」
「そうだって」
「・・・・・・」
「だから許して」
「・・・・・・」
「私も朔とおんなじなの。ずっとここに一人なの。ずっと一緒にいるって・・・今世も来世も・・・朔はそう言ったんだよ」
あれ?変なこと言ってる・・・と美園は心のどこかで思っていた。でも止まらなかった。
「だからここにいて。隠れちゃわないで・・・」
「一緒にいるって・・・俺が言ったの?」
「そうだよ」
「・・・・・・」
「だから一緒にいようよ」
朔がまだ驚いた顔をしている。それから美園の頬についた涙を朔が親指で拭った。
「一緒にいたいよ・・・」と朔が言った。
「うん・・・」と美園は自分で頬の涙を手のひらで拭った。
「朔は光なんだから・・・闇に隠れないで・・・私・・・」
そこで、ああそうかと思った。闇にいるのは自分なのだ。光は朔の方だ。それなのに自分が朔を光の方に呼ぼうなんて・・・。
(私ってバカだ・・・)
「美園・・・」と朔が美園を抱きしめてきた。
「許してくれる?」と美園は言った。
「うん・・・」と朔が言う。それから「美園も一人なの?」と聞いた。
「一人だよ」と美園は答えた。今までそんなこと思ったこともなかったのに、朔を失うと思った時に、初めて「一人」を意識したのだ。
「じゃあ、俺がいないと・・・」と朔が言う。
「そうだよ。朔がいないとダメなんだよ」
笑顔になった朔が「俺も・・・」と言う。
「・・・ん・・・」
美園は朔の机の上にあったティッシュペーパーに手を伸ばした。それから鼻をかんでから言った。
「今日は休みだから一緒にいよう」
「・・・うん・・・」
「うちに来てくれる?」
美園が言うと、「うん・・・」と朔が笑顔になった。その笑顔に美園はホッとして立ち上がった。
「美園・・・絵、出来上がったからお店に持って行っていい?」
朔が立ち上がって部屋の壁に立てかけてあった油絵を持ってきた。それは少し後ろ向きででもこっちをちらっと見ている女の子の絵だった。
「えー・・・可愛いね」と美園は言った。
「明希さんが俺の描く女の子が好きだって・・・」
「そうなんだ・・・」と美園はその女の子の絵を見つめた。
「でも俺の描く女の子は、全部美園なんだよ」
「そうなの?私こんなメルヘンな感じかなぁ?」と首を傾げた。
「美園は可愛いから・・・」と朔が照れたように言う。
「じゃあ、先にお店に行こう」と美園が言うと朔が「うん・・・」と言ってその絵を布で包んだ。
玄関に出ると、朔の母親が顔を出した。
「朔、またどこか行くの?」
「ん・・・絵を店に持って行く」
「絵を?」
そう言ったらリビングから朔の父親が出てきた。
「朔、どこへ行く?ふらふらと休みのたびに女のとこか?」
「絵をお店に持って行くからって…」と朔の母親が言うと、「絵?」と朔の父親が朔の手にあったキャンバスを奪った。
「あっ!」と朔が父親の方を見る。
「何だ?こんな絵を買う奴なんているのか?」
朔の父親がその絵を見て軽蔑したような笑いを口元に浮かべた。
「返して・・・」と朔が手を伸ばすより先に、美園が朔の父親の手からその絵を奪った。朔の父親が唖然として美園を見た。
「朔の絵は全部売れてます」と美園はその絵をもう一度布で包んだ。
「は、そんなもんがね」と朔の父親がリビングに戻って行った。
「すみません」と朔の母親が美園に謝った。美園は「いいえ」と朔の方を見てからドアを開けた。
表に出ると今日は晴天だった。朔が絵を抱え直す。
「お店、今日は明希さんいないかも・・・」と美園は言った。明希の出番は毎日じゃないのだ。
「そうなの?」
「うん、でも大丈夫だよ。スタッフの人に頼んでおくから」
「うん・・・」
電車から降りてもう少しで店だというところで困ったことが起きた。美園に気がついた数人の男子が近づいてきたのを機に、周りにいた人もまた集まってきたのだ。急に人に囲まれたので朔が怯えたように後ずさっている。
「ちょっと通して」という美園の声はかき消されてしまい、道行く人も何ごとかとこっちを見ていた。
(もう・・・)
握手やサインというよりも、スマホで写真や動画を撮られている。何だか異常なテンションで話しかけて来る人もいて、そのはしゃぎ方が不愉快な感じだ。だからといってあまり邪険にも出来ず、美園は朔と一緒に困り果ててしまった。
そこで急に車のクラクションが鳴った。美園が道路の方を見ると見たことのある車だ。運転席から利成が降りてきた。美園を取り囲んでいた人たちが利成に気がつく。
「通して」と利成が言った。それから「美園、朔君、乗って」と言う。
(あー助かった)と美園は朔の手を引いて人の波の中を通り抜け利成の車の後部座席に乗った。乗り込むとこっちにスマホを向けて写真を撮ってる人たちが見えた。
「明希の店にでも来たの?」と車をすぐに発進させた利成が言う。
「そうだよ。朔の絵が完成したから持ってきたんだよ」と美園は言った。朔が後ろを向いて小さくなっていく人たちを見ていた。
「利成さんは?」と美園が聞くと「明希を送ってきたんだよ」と言った。
「そうなんだ。やーでもびっくりした。利成さんがちょうど来てくれて助かった」
「美園ももうかなり顔が知れちゃってるから、気を付けた方がいいよ」
「そうだね・・・でも、朔の絵、どうしよう」と朔の手元のキャバスを見た。
「絵はうちで預かるよ。これからどこか用事?」と利成が言った。
「ううん、うちに戻るだけだけど・・・」
「美園は今日仕事ないの?」と利成が聞く。
「今日は休みだよ」
「そう。じゃあ、うちにこのままおいでよ」と利成が言う。
「利成さんは仕事は?」
「今日は家でやるだけだから」
「そうなんだ」
「朔君もいい?」と利成がバッグミラーを見た。
「あ、はい・・・」と朔が答える。
利成の家に来るのは久しぶりだった。朔と一緒にリビングのソファの上に座った。
「絵は預かっておくから。明希が戻ったら言っとくよ」と利成が言った。
「はい、すみません」と朔が頭を下げた。
「じゃあ、お昼には少し早いけど、何か作ろうか?」と利成が美園の方を見た。
「え?利成さんが作るの?」と美園が聞くと「そうだよ」と利成が言う。
「じゃあ、私も手伝うよ」と美園は言った。
「いいよ。美園、疲れてる顔してるよ?休んでて」
利成がそう言ってキッチンの方へ行ってしまった。
(疲れてる顔してるかな・・・)
朔が少し落ち着かなさそうにしている。また膝を叩きだそうとしたので、美園はそれを止めた。
「どうかした?」
「いや・・・」と朔が今度は自分の膝をさすりだした。それから「トイレ」と言ってリビングから出て行く。
「何かあった?」と美園が朔の行ったドアの方を見つめていると、いつのまにかそばにきていた利成が言った。
「ん・・・」と美園が言葉を出しかねていると「彼、何だか相当ストレス抱えてる様子だね」と利成が言った。
「そうなんだよね」と美園は言った。
「どんなことで?」
「進路のことで・・・朔の父親が自衛隊に入れって・・・まあ、的外れな父親なんだよね」
「そうか、それは朔君も試練だね。でも、それだけじゃないでしょ?美園とは?」
利成がそう言ったので、美園は立っている利成を見上げた。
「私とは・・・私の芸能界入りで朔がストレスになってる・・・」
「そう?それは逆じゃない?」
「逆?」
「美園がストレスになってる気がするよ。朔君はそれを感知してるだけで」
「私が?ストレスなの?」
「そうだよ」
そう言って利成がまたキッチンの方に戻って行った。
(私がストレスってどういうことだろう・・・)
美園はよくわからず考えた。
(あまり会えない・・・忙しい・・・)
(そりゃあ、私もストレスだけど・・・)と思う。
三人で食卓を囲む。利成と朔と美園との三人での食事なんて初めてじゃないだろうか・・・。美園はさっきの利成の言葉をまだ考えていた。
(私のストレスを朔が感知しておかしくなってるの?)
どういうこと?と美園は利成が作ってくれたチャーハンを口に入れた。
「あ、美味しい」と美園が言うと利成が「ありがとう」と笑顔で言った。
(利成さんも何か少し毒気が少なくなったな・・・)とその笑顔を見て思う。
その時、朔が床にこぼれたチャーハンを拾おうとして、コップを倒して入っていた水をこぼしてしまった。
「あ・・・」と美園が言うと、利成が黙ってキッチンから布巾を持ってきた。
「はい」と利成が朔に布巾を渡している。
「すみません・・・」と朔が恥ずかしそうに布巾を受け取った。
「朔君、自衛隊に行けって言われてるんだって?」と朔が水を拭く様子を見ながら利成が言った。
「あ、はい」と朔が拭き終わった布巾を持って立ち上がろうとした。
「いいよ」と利成がそれを受け取ってキッチンに持って行く。
「どうするの?」と利成が戻って来てから朔に聞いた。
「行かない・・・です」
「そう、じゃあ、進学する?」
「・・・・・・」
「朔の父親が進学も専門もダメだって言うんだよ」と美園が口を挟んだ。
「そう」と利成が言ってチャーハンを口に入れる。
「朔はCGとか勉強してみたいって思ってるんだよね?」と美園は朔に言った。
「CG?」と利成が聞く。
「そう。興味があるんだって」
「そうか・・・」
利成は特に何も言わない。
「利成さんは高校の時どうだったの?」と美園は聞いてみた。
「俺?高校の時ね・・・」と利成が思い出すような顔をしてから続けた。
「後半はユーチューブでちょっと稼いでいて、絵画も個展開けるレベルまでいってて・・・バンドも俄かだけど組んだり・・・まあ、調子に乗って色々失敗もあったよ」と笑った。
「失敗?利成さんが?」
「そうだよ」
「どんな?」と美園は興味しんしんで聞いた。
「そうだな・・・彼女とかに振られてね」
「えっ?利成さんが?」と美園が驚くと、朔も驚いた顔をしていた。
「そうだよ。まあ・・・色々やってて時間が彼女のために取れなくてね。そのうち彼女が別な彼氏作ったんだよ」
「えーそうなの?」と美園は驚いた。こんな話は初耳だった。
「そうだよ」と利成が面白そうに驚いている美園を見てから続けた。
「それで別れを告げられて、俺も頭にきたわけ。完全に自分のことは棚上げしてね。ある日、その彼女の新しい彼氏と揉めてね。コンビニの前だったんだけど・・・青春映画みたいな展開になったんだよ」と利成が可笑しそうに笑った。
「青春映画って・・・その彼女の彼氏と殴り合いでもしたの?」
「アハハ・・・いい線いってるけど、殴り合いまではしなかったよ。だけどそれに近い感じになって・・・それで俺が負けたわけ」
「負けたって?」と美園は聞いた。
「相手に突き飛ばされて、コンビニの前のアスファルトの上に倒れて頭を打ったんだよ」
「えー・・・大丈夫だったの?」
「それが脳震盪を起こしちゃって、相手が焦って救急車呼んだんだよ。それで気がついたら病院でね」
そう言って利成がまた笑った。
「えー利成さんが?信じられない」と美園は言った。そんな利成はまったく想像できなかった。
「うん・・・俺もその時人生史上一番格好悪い自分を経験したよ」
「アハハ・・・そうなんだ」と美園は笑った。
「でも頭を打ったおかげで色々わかってね・・・その後は、本当の意味でもっと弾けた感じになったよ」
利成が美園と朔を見て笑った。
「弾けたって?」と美園は聞いた。
「奏空から美園は色々聞いてるでしょ?その頃はまだ奏空とのことは思い出してはないけど、自分のフィルターから自由に出れるようになってね、相手のフィルターもある程度のぞけるようになったんだよ」
「ふうん・・・奏空が言うには、利成さんは大したことないんだって、俺の方がすごいからって言ってたけど?」
「アハハ・・・そうだよ。奏空は人のフィルターどころか、全部が見えるからね」
「その全部って意味がわかんないんだよね。そのフィルターならよくわかるんだけど・・・」
「そうか・・・それより朔君が何もわからない様子だから説明しようか?」と利成が朔を見て行った。朔は呆けたように二人の会話を聞いている。
「朔君の世界には朔君しかいないんだよ」と利成が面白そうに言った。
「俺しか?」と朔が首を傾げている。
「そう。朔君しか」
利成がそこで一呼吸おいてお茶を飲む。
「でも・・・」と朔が美園の方を見た。
「そうだね、美園も俺もいるね。でも、美園も俺も朔君のフィルター越しにいるんだよ」
「・・・・・・」
「つまりリアルじゃない。朔君の頭の中にだけ存在してる」
「・・・・・・」
「目で見てるわけじゃないって言うのはわかるかと思うけど・・・人は皆、社会的な価値観のフィルター越しに・・・つまり頭の中で他人をいると思ってみているんだよ。でもそこに俺はいない」
朔が戸惑ったように美園の方を見た。
「利成さん、なぞなぞみたいで朔にはわからないよ」
美園が言うと「そう?」と利成が考えるような顔をした。
「・・・朔君は自衛隊に行きたくはないよね?」と利成が話題を変える。
「はい・・・」
「でもお父さんは行けという・・・それは何故だと思う?」
「その・・・俺がバカだから・・・」
「うん、まず一つのフィルターね」と利成が言うと、朔がきょとんとした顔をした。
「朔君は自分がバカだというフィルターをまず持ってる・・・自分がバカだからお父さんが自衛隊に行けと言う・・・じゃあ、何故自衛隊なの?体力がある?」
「ない・・・でも・・・俺が家を出て行けばいいと思ってるから・・・」
「うん、朔君は自分に出て行って欲しいとお父さんが思ってると思っている・・・それは自分が”バカ”だから。じゃあ、何故バカだと家を出て行かなければならない?バカだと何がダメなの?」
「・・・バカだと・・・生きていけないから・・・」
「うん、生きていけないから、生きていけないとどうなる?」
「・・・死んじゃう・・・」
「うん、そうだね」と利成が楽しそうに朔を見た。
「今、簡単に結論までいったけど、実際はもう少し複雑だね」
「結論って・・・?」と朔が言う。
「”死んじゃう”これだよ」
「・・・・・・」
「人は”生”に従わずに”死”に従っているんだよ」
「・・・よくわからないです・・・」と朔が言った。
「そうか・・・人は生きてるつもりで死んでるともいえるね」
利成が楽しそうにまた朔と美園を見つめた。
「利成さん、それやっぱりなぞなぞだからわからないって」
美園が言うと利成が笑った。
「そうか・・・ところで、美園は朔君の本質にやっと気が付いたみたいだね」
(え?)と思う。
「どういうこと?」と美園は言った。
「それはきっと美園がわかっているでしょ」
美園は利成を見つめた。利成は始めから朔のことに気が付いていたのだろうか?
「奏空が朔のことを宇宙からの転生組だって」
そう言ったら朔が驚いた風に美園を見た。
「そうだね」
「それ、わかっててわざと利成さんが遊んでるって」
「アハハ・・・奏空がそう言ったの?」
「うん」
「ならそうなんだろうね」
利成はすましてお茶を飲んでいる。それから朔の方をみて「完全に朔君が置いてきぼりだからこの話はまた今度にしようか」と言った。
利成のアトリエを朔が見たいと言うので、何度目かの利成のアトリエの部屋を訪れてから帰ることにした。利成が送ってあげると言うので美園のマンションまで朔と一緒に送ってもらった。
「朔君、何か困ったらまたおいで」と車から降りる時に利成が朔に言っていた。
自宅に上がると咲良が「美園、あ、朔君もおかえり」と言った。朔が戸惑ったような顔でけれど少し嬉しそうに「ただいま」と言った。美園も「ただいま」と言ってからリビングのソファに座った。
「美園、あんた大丈夫?ちょっと疲れてる?」と咲良も利成のように言ってきた。
「えー・・・そんなに疲れてるように見える?」
「見せるよ」と咲良はいい「まあ、ハーブティでも入れてあげるよ。あ、朔君も座んなよ」と立っている朔に気が付いて咲良が言った。
「はい・・・」と朔が美園にピッタリくっついて隣に座ってきた。
「美園、疲れてる?」と朔が聞いてくる。
「疲れてないよ~」と美園が言うと「肩、揉む?」と朔が言ってきた。
「ん・・・じゃあ、お願い」と美園は朔の方に背中を向けた。
朔の手が美園の肩を揉む。
「あー気持ちいい・・・」と美園は言った。
朔に肩を揉んでもらってると、咲良がハーブティを入れたティーカップをお盆に入れて持って来た。
「あ、朔君、肩揉むの上手でしょ?」と咲良が言う。
「何よ?それ。咲良も揉んでもらったってこと?」
「そうだよ、美園が遅くて待ってる時とかにね」
「は?何それ」と美園は前を向いてハーブティの入ったカップに手を伸ばした。
「朔、咲良の肩なんて揉まなくていいからね」
美園が言うと朔が困ったような顔をした。
「何でよ?いいでしょ、肩揉んでもらったって」
「咲良は奏空がいるでしょ。奏空にやってもらいなよ」
「何?あんた焼きもち?」と咲良がおかしそうに言う。
「は?焼きもち焼くのは咲良でしょ?」と美園が言うと朔が吹き出した。
「何よ?」と美園が言うと、朔が慌てたように「何でもない」といってハーブティを一口飲んだ。
「今年ももう終わるね」といきなり咲良が言った。
「そうだね」と美園は窓の外を見た。外はもう暮れかかっている。
「どこか旅行でも行きたいね」と咲良も窓の方を見た。
「行きたいけどね」
美園が言うと朔が美園の手を握ってきた。
「朔君はどこか行きたいところある?」と咲良が聞いた。
「・・・特に・・・ないです」と朔が言う。
「そうなの?私は海外行きたいな」と咲良が言う。
「海外のどこ?」
「ギリシャとか・・・」
「ふうん・・・」と美園はハーブティを飲んだ。朔が握った美園の手を弄んでいる。
(膝、叩くよりかはいいか・・・)
「部屋、行こう」と美園が立ち上がると朔も「うん」と立ち上がった。
自分の部屋依入ると朝の状態のままだった。ベッドの布団はめくれて、脱いだパジャマも床の上だ。美園は床に散らばっているパジャマと衣服をベッドの上にあげて布団を直した。それからベッドの上にそれから寝転がって「朔もおいでよ」と言った。
朔が美園の隣に横になった。その朔の手を美園は握った。
「朔、もう隠れないでね」
「うん・・・」と朔が美園の手を握り返した。それから「キスしていい?」と聞いてくる。
「いいよ」と美園は目を閉じた。
朔が美園の唇を自分の唇で覆うようにしてきてから舐めてくる。
(朔の方が光・・・私は・・・闇は光に従うべき・・・)
急にそんなことを思った。
「美園・・・」と朔が耳たぶを舐めてくる。
「朔、生理だからできないけど、私が朔のをやってあげるよ」
美園はそう言って起き上がった。朔が「え?」と恥ずかしそうにしている。
「ズボンとパンツ、脱いで」
美園が言うと朔がもぞもぞと脱いでいる。
朔が美園の口で果てるまでしてあげると、朔が「何か変な感じする・・・」と恥ずかしそうに言った。
美園は朔の方がずっと奏空に近かったんだとわかって、何だか自分の傲慢さと本当は孤独だったんだと気が付いた。
「美園・・・」と朔が抱きついてくる。そんな朔に愛しい気持ちが溢れてきて、そんな思いが何だかくすぐったかった。
ここじゃなく宇宙で会おう・・・。
美園はまた自分は変なこと思ったなと思いながら朔の顔を見つめた。
「美園・・・」と朔が見つめ返してきた。それから「俺がいないと美園も一人・・・なんだね」と朔が嬉しそうに言った。
そうだよ・・・と美園は少し意識が遠のく中で朔の頭を撫でた。




