花と蝶 ~ファンデル君~
ファンデル君視点です。
アリア様は僕の憧れだ。
目標にしている方だったりする。
尊敬してる……兄さんには「崇拝じゃないのか?」って言われてるけど。
アリア様は団長と違って大声で怒鳴るなんてことも、すぐ手足で指導なんてこともなさらない理想の先輩であり上司なのだ。
でも、アリア様のお立場は微妙というか……奇妙?
そう、奇妙だ。
アリア様には年下の姉上がいる……いた。
10歳も年下の姉上が、今は奥様。
その御方は皇帝陛下の姪御様。
天下無敵(ちょっと違うかな?)のリリエンシャール様。
ものすんご~い、美少女だ。
初めてお会いしたときは、びっくりしすぎて吐きそうになった。
白金の髪に皇帝陛下と同じエメラルドの瞳を持つ、自称『帝国一美人なお馬鹿』……ご自分で堂々と仰るところがすごい。
そして、そんなリリエンシャール様の弟から夫にステップアップ(これもまたちょっと違う?)なさったアリア様の本当の名前はアリアではない、というのは周知の事実。
だいたい、アリアは女性名だ。
この帝国内でもありふれた、よくある名前。
100人女性がいれば、絶対に7人はいるんじゃないかな~。
突っ込み所満載だけど、突っ込めない。
誰もが気づいているけど、そこは突っ込んではいけない。
知ってはいけない。
あの方は、家名すらないただの<アリア>。
皇帝陛下の姪御様である、リリエンシャール様の<アリア>だから。
リリエンシャール様の<アリア>。
それが疑問も矛盾も、真実すらも。
全て‘無かったこと‘にしてしまう。
今日はお茶にご招待された。
ん?
ちょっと違うかな!?
非番の僕はリリエンシャール様に呼び出された。
以前お見せしたトランプを使った簡単な手品を、また見たいと仰っていると……宿舎に使いとして、なんと休暇中のアリア様が直々に来られた。
近衛騎士の副団長、しかも宮廷騎士第一位のアリア様を使いっぱしりにするなんて!
そんな恐ろしい事が出来るのは、この世にリリエンシャール様と皇帝陛下だけだ。
普通の貴族とアリア様が違う点はもう1つ。
こんな時でも帯剣しているところ。
アリア様は<宮廷騎士>のお一人だから、いつでも帯剣している。
単なる騎士見習いの僕が帯剣するのは、制服の時……勤務中だけ。
そっとアリア様の様子を伺う。
比翼仕立ての白いピンタックのシャツには、上品なデザインのカフス。
アリア様の眼のお色に似てる……なんていう宝石かな?
きちんと整えられた漆黒の髪に、黒と見間違うような深い紫の瞳を持つ端整なお顔。
軽く組んだ足は長く、僕はしょっちゅう自分のものと見比べてしまって落ち込むけどね。
顔の造りはどうにもならないけれど、身長だったらアリア様に追いつける可能性がある。
だって、僕は13歳。
成長期真っ最中!
だから、希望はある……と、思う。
白磁のティーカップを持つアリア様の指は、剣を持つ方とは思えぬほど綺麗だ。
爪も丁寧に手入れされている。
形の良い爪1本1本がきちんと整えられ、艶を増す為に磨かれていた。
貴族なら、男だって爪の手入れはする。
まぁ、自分でやるんじゃないけど。
大人の身だしなみってやつだよね。
僕の身分じゃ専門家に任せるなんてできない。
だから自分でやらなきゃならないんだけど、ちっとも上手くできない。
驚くべきことに、アリア様はご自分でなされている。
団長は、しないけど……って!?
「……っ!」
アリア様の右の人差し指に、ありえないモノを発見してしまった。
うわわ。
まずいんじゃないの、これ!?
しない。
男性は、しない。
男でここまでするのは、あっちの世界の人種だけだっ。
しかもこの方は宮廷騎士第一位。
ある意味、男の中の男(?)っていうかですねっ!
僕の驚きは顔に出てしまっていたようで、それを察したリリエンシャール様が弾んだ声で仰った。
「やっと、気がついてくれたわね! 可愛いでしょう?」
「はい?」
「可愛いと思ったから、アリアの爪にもしてもらったの。ほら、私はお花よ!」
カップを置いたアリア様の手に、リリエンシャール様は白い手を添えた。
ご自分の花をアリア様の蝶に寄せて、得意げに言った。
「お花に蝶はとまるの。ね、アリア!」
「ええ。蝶は花にとまるものです……リリエンシャール、もうすぐ医師が来ますから診察室へいきましょう。ファンデル、今日は無理を言ってすまなかった」
「い、いえっ!」
あれ?
そう言えば。
僕、まだ手品してないんだけど?
お菓子食べてお茶飲んで、メレリン様のコンサートのお話をしただけだよ?
「え~っ、もうそんな時間なの!? 今日はやめて、明日とかにしない?」
「申し訳ありません、延期も中止も無しです。今回のものは皇帝陛下が望まれた、特別な健診ですから……リリエンシャール」
席を立ったアリア様は、慣れた動作でリリエンシャール様を抱き上げた。
「診察が終わったら、皇帝陛下の‘わんこ‘を見に連れて行って差し上げます」
「え、ほんとっ!? わんこの子犬、抱っこしたい! 早く終わらせて、陛下のところに行きた~いっ。診察室に急いで、アリア! のんびりしてないでよっ、もうっ」
「はい。リリエンシャール」
白金の髪を指で梳き、リリエンシャール様の額にアリア様はキスをした。
「あっ、ファンデル君! ……今度こそ手品、見せてね」
御二人の爪に描かれた、花と蝶。
リリエンシャール様…ふふっ、見たかったんじゃなく、見せたかったのかな?
「はい、リリエンシャール様。僕はこれで失礼いたします。今日はお招き下さりありがとうございました、奥様」
「うん、またね」
奥様と呼んでも、リリエンシャール様はもう怒らない。
陽を浴びる花のように、幸せそうに笑うだけ。