第3話
リリエンシャール視点です。
私が入院している間に。
出来過ぎ君の弟は優勝して、宮廷騎士第一位になっていた。
だから、アリアは皇帝陛下にご褒美を貰える事になった。
普通は屋敷とか地位とか、宝物とかをもらう。
メイにアリアがご褒美券(?)をもらったと聞いた私は、さっそくそれを姉である私の為に使わせることにした。
――陛下の飼っているわんこの赤ちゃんを、貰ってきてちょうだい。
病院に私を迎えに来たアリアに、私は言った。
陛下のわんこは特別種で、とっても貴重で珍しいの。
真っ白いふわふわの毛で、大人になるとサーカスで見た虎みたいに大きくてとんでもなく賢い……その特別なわんこを、私は前々から狙っていた。
陛下には何年も前から何度もお願いしたんだけれど、お許しが出なかった。
わんこの飼い方専門書でお勉強したから飼わせてと、陛下に言ったのだけれど……本当は表紙しか読んでない。
中身をぱらぱらと流し見ただけ。
お馬鹿な私は本を開いただけですぐ降参して、アリアに読んでもらった。
とても覚えられないから、私の代わりにアリアに覚えてもらった。
私と血が繋がってるとは思えないほど頭の良い陛下には、それがばれていたのかもしれない。
陛下と私は親子みたいに顔が似ているのに、残念ながらお脳の出来は顔と違って似なかった。
でも、私は諦めなかった。
お馬鹿な私が駄目なら、賢い弟が私の変わりに飼えばいいんだもの。
アリアのモノは私のモノだって、本人もよく言ってたし。
陛下のご褒美券を持った賢いアリアが「わんこ下さい」って言えば、きっと貰えると思った。
なのに。
アリアが陛下にもらったご褒美は、わんこじゃなくて。
私、だった。
4才の時に足が無くなってから、私は女王様だった。
反政府グループのなんとかってところが、陛下を狙って仕掛けたトラップに私がひっかかり。
陛下は無事で、私は右足がどっかに行ってしまった。
右足が消えてから。
陛下はますます私に優しくなり、なんでも言うことを聞いてくれるようになった。
それからずっと、私は女王様だった。
私は皇帝陛下の姪……母様は陛下の姉上。
陛下と母様は双子で、とっても仲良しだった。
母様のお腹にいた時から私には縁談がひっきりなしだったって、父様が顔をしわしわにして言っていた。
16歳になり、成人した今は周りがとっても煩くなっていた。
陛下が姪の私に甘いのは、貴族間では有名だもの。
自分で言うのもなんだけど。
私は亡くなった母様とそっくりで、十人中十人が絶賛する美人。
でも、顔以外は取柄が無い。
頭も悪いし、性格もこんななので……母様譲りで陛下が大絶賛のこの顔以外、救いようが無い女だったりする。
身体だって丈夫じゃないし、右足が無い。
私が義足だってことは、貴族なら皆が知っている。
皆、知っていて求婚してくる。
『リリエンシャール』じゃなくて『皇帝陛下の姪』と結婚したいから。
ふふんっ、お馬鹿の私にだってそれくらいは分るのよ?
お馬鹿だからと甘く見ないで、貴族のぼんぼん君達!
こんな私とアリアが結婚したのは、父様が亡くなる前に私のことを頼むって言ったからだと思う。
優しい子だから、父様の最後のお願いをきいてくれた。
父様の最後のお願いを陛下も知っていたからか、お許しは意外なほどすんなり出て、私はアリアと結婚した。
でも、書類上の結婚だと思っていたの。
これで陛下の姪を妻にと望む面倒な人種から、おさらばできて私は万々歳。
父様が亡くなってからは、求婚者が屋敷にまで来るようになって最悪だったから。
アリアは、弟は父様に恩がある。
それに姉思いの優しい子だから、こういう形で煩い人達を追い払う方法をとったんだって……私はお飾りの奥さんで、他にきちんとした奥さんを娶るんだって思ってた。
……こんな私なんか。
アリアの姉様にしてもらえても、お嫁さんになんかなれっこないんだもの。
式はしたくないって言った私の希望通り、その日は普段と変わらない1日だった。
そのはずだったのに。
夜になって。
浴室から出ると、何故かアリアが廊下に立っていた。
侍女達はアリアに一礼して、全員下がってしまった。
アリアは無言で私をひょいっと抱き上げて、自分の部屋に連れて行った。
「どうしたの、アリア? 今日は眠いから、アリアの部屋でボードゲームはやらなくていいよ? 本も読んでくれなくていいし。あ、そうだ! 明日のランチはアリアのパンケーキが食べたいの。だからお仕事は休んでちょうだい」
私はそう言ったけど。
アリアは返事をしなかった。
私に絶対服従の弟なのに。
「アリア、私は自分の部屋にもど……アリア?」
「今日から私は貴方の夫です。書類にサインをしたのをお忘れですか?」
「忘れてないけど、でも……な、なに? アリア、どうしたの?」
アリアが私によく分からない変な事をし始めたので、私はとっても困ってしまった。
どうしていいか分からなかった私は、もういない父様をついつい呼んでしまった。
父様は来なかった。
それはそうよね、死んじゃったんだもの。
だからアリアの名前を呼んだ。
いつだって私の味方だった、賢くて何でも知ってる弟。
私は分からないことがあると、父様かアリアにきくことにしていたから。
ねえ、アリア。
これって何?
なんでこんなに醜い傷に、そんなに嬉しそうな顔して触るの?
どうしてこんな変な身体に、そんなに優しいキスをしてくれるの?
気持ち悪くないの?
父様はいつも悲しそうな顔で、薬を塗ってくれたのよ?
お医者様はしかめっ面で、難しい顔をして診察するのよ?
ねえ、アリア。
どうして答えてくれないの?
アリアが、私を無視するなんて。
無視するなんて、これは……意地悪してるの!?
パンケーキのお返事もしてくれなかった。
これは最重要なことなのに。
私の明日のランチはどうなるのよ!?
ま……まさか、ランチ抜きってこと!?
ひどい。
ひどすぎる。
意地悪。
アリアが、この私に意地悪するなんて。
よし、陛下に言いつけちゃおう!
そう、決めた。
翌日。
寝たふりをしてる私にアリアは「リリエンシャール。陛下にお会いしてきますね?」と言って、寝室から出て行った。
私はアリアがお出掛けしている間に、宮殿にある陛下のお仕事部屋に行った。
陛下にアリアを叱ってもらおうと思ったから。
昨夜、アリアは私にすんご~く意地悪だった。
意地悪どころじゃない、あの子は不良になっちゃったのかもしれない。
たった1人の姉である私に、パンケーキを焼いてくれないなんて……ランチ抜きにしようとするなんて!
もう父様がお家にいないから、陛下にアリアをびしっと叱ってもらおうと考えた。
私が陛下にお願いを言う前に。
陛下は、アリアを地下牢に入れたと仰った。
地下牢……それはちょっと、やりすぎだと思った。
それに地下牢じゃ、パンケーキを焼けないってことくらい私にだって分かる。
心優しい姉様である私は、アリアが謝るなら昨夜の事を許してあげるつもりだったのに。
たった2人の姉弟……家族だし。
アリアが昨夜、私にしたことはとってもびっくりしたけど。
あんなことより、パンケーキのことのほうが大問題だった。
怪我の治療で痛い思いをたくさんしてきたから、心の広~い姉様の私はあれくらいで根に持ったりしない。
だから陛下にお願いをした。
アリアを今すぐ牢から出して下さいって。
陛下から「良い子の弟に戻れ、余の可愛いリリィにパンケーキを焼くのだ」って命令してって、お願いしたの。
だって、地下牢なんて可哀想。
見たことも行ったこともないけれど、きっと暗くて怖い所に違いないもの。
陛下に怒られて良い子の弟に戻ったアリアにパンケーキを焼いてもらって、一緒にお庭でランチ。
それが私の決めた『本日の予定』だった。
アリアのパンケーキはふわふわで、とっても美味しいから、大好き。
なのに。
陛下は、アリアを牢から出してくれなかった。
それじゃ、困るのに。
牢から出してくれないと。
アリアの焼いたパンケーキに、生クリームと苺のソースをかけて食べれない。
私のランチ計画はどうなるのよ!?
頭にきた。
だいたい、この私の弟なのに、地下牢なんて……!
とりあえず、家出をして陛下を困らせようと思った。
家出といっても。
1人で外に出たことなんてないから、庭に隠れることにした。
私のお家は広大な宮殿の敷地内にある。
母様の結婚は許しても、外で暮らすことは陛下が許可しなかったから。
とりあえず、お家の庭にある温室に隠れた。
3時間も隠れていて、私は飽き飽きしていた。
朝食も昼食も、食べてないからお腹も空いていた。
こんなにお腹が空いたのは、初めてだった。
お腹がぺこぺこだと、お腹は鳴る。
絵本に書いてあった通りで、ちょっと感動した。
アリアが温室に駆け込んできたとき、とっても嬉しかった。
お腹のぺこぺこ感が消えちゃうくらい、嬉しかった。
私の計画通り、私が居なくなったことが陛下に知らされて……陛下は私を探させるために、アリアを地下牢から出した。
良かった。
牢から出れて、良かった。
綺麗で優しい、私の弟。
私のアリア。
父様がいなくなっちゃった私の、たった1人の家族。
私が見つけた、私のアリア。