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第2話

アリア視点です。

 無事(とは、言い難い部分もあるが……)に初夜を終えてもなお、私を弟だと言う自称姉な妻を背負いながら考えた。


 弟。

 弟……。

 まだ私を、弟で通そうとするとは……。

 私の方が10歳も年上だと認識しているのに、この人は私を弟だと言う。

 夜を共に過ごしたのに、この人は未だに私を弟だと言う。

 ある意味、凄い。

 さすが、"リリエンシャール様”だ。


 出会ったのは、彼女がまだ6歳の時だった。

 騎士見習いだった私を、たまたま通りがかった車椅子に乗せられた"美しいお人形さん”が指差し、大声で言った。

 喋ったから、人形ではなく人間だということが分かった。

 それほどまでに、彼女は幼い頃から美しかった。


 ーー父様! あの子、私の弟にしたい!

 ーーリリィ? あの少年を弟に? どう見たってお前より年上だぞ?

 ーーいいからさっさと捕まえてちょうだい!

 

 他人だとか。


 ーーすまないな、少年。

 ーーえ? ジャガス様!? あ、あの?


 年上だとか。

 車椅子に乗った小さな女王様には、常識的な事は一切通用しなかった。

 その日から私は弟で、彼女は姉になった。


 ーーあなた、今日から今から私の弟だから!

 ーーお、弟? あの、僕は、いえ、私は君よりずっと年上でっ……。

 ーーそれがなに? 陛下にお願いすれば、なんだって"だいじょうぶ”なのよ! ねぇ、父さま?

 ーーあ~、うん、そうだな、リリエンシャール。


 彼女が私を選んだのは。

 私の髪と眼が、気に入りの絵本に出てくる人物と同じだったからという理由だった。

 そのうち飽きるからしばらく付き合ってくれと、憧れだった近衛騎士団の団長に頭を下げられて……宮殿内にある団長の屋敷に連れて行かれた。

 姉だと言い張る6才の女の子はとても我侭で癇癪もちだったけれど……共に過ごすうちに知った内面は、硝子で出来た花のように脆く、どこまでも透明で美しかった。


 彼女は私などが触れてはいけない、【皇の血】の……特別な少女だった。

 だが、ある日。

 小さな彼女は私の手をとり、言った。


「アリアは弟だから、触っていいの。あのね、家族は特別なのよ?」


 ーー特別、ですか?

 ーーそうよ! アリアは特別! だから、こうして手を繋いでお散歩していいの。


 でも、父様達には内緒よと、白金の髪を揺らし……皇帝陛下と同じエメラルド色の大きな瞳で私を見上げ、屈託無く笑った。


 少女の小さな、小さくあたたかな白い手は、剣を持つようになっ硬くなった私のこの手だけでなく……私の心も、掴んでしまった。


 彼女は、数年経ってもわたしという玩具に飽きなかった。

 彼女が私に飽きる前に、彼女の父親が死んだ。


 受け入れられぬ悲しみに泣く彼女の髪を撫で、思った。

 愛しいと、思った。

 彼女が、この人が愛しいと……欲しい、と。


 弟なら、家族だから手を繋いでいい。

 ならば。

 もっと。

 もっと、貴女に触れるにはどうしたらいいのか?


 その答えは、彼女の父親……彼は【皇の血】の皇女を妻にした。

 そして、【皇の血】の姫リリエンシャールが産まれた。


 皇族でない者が【皇の血】に触れるには。



 ジャガス様のように、なればいい。

 皇帝陛下に認められ、配偶者になればいい。

 



 今年の初め。

 彼女の父親は任務中に負った怪我が原因で、自宅療養中に亡くなった。 

 半年間の喪が明けた翌月は、宮廷騎士と呼ばれる特別な騎士13人を選出する為の御前試合があった。

 近衛に所属していた私は、自称姉である彼女の『命令』で選考会に出ることになった。


「はい、姉様。『私は貴女のために宮廷騎士第一位を目指します』」

 

 昔から、騎士達のよく使われる有名な求婚の文句に。

 自称姉の少女は、ふくれっつらで答えてくれた。


「いいこと、アリア! そのなんとかこんとかって大会で絶対、勝つのよ! お祝いのケーキを注文しちゃったんだから、負けたら駄目なんだからねっ!?」


 義足変更の手術日程と祭典が重なり、1週間入院するの彼女は試合を見に来れない。

 試合を見ては、もらえない。

 つまり、見られる心配は無い。

 本気で試合に臨んでも、勝ちに行く私を見られなくてすむのは好都合だった。


 リリエンシャールは、負けちゃ駄目と言った。

 つまり、『私の為に、勝ってください』ということだ。

 それは、騎士に求婚された女性の定番の返答。

 少々言葉は違うし、彼女らしい横柄で上から目線の言い方だったけれど。

 勝ったら私の妻になることを、彼女は承諾してくれたのだ。

 そう思った。

 思って、しまった。


 どうせ知らぬだろうからと、駄目もとで口にした求婚の文句だった。

 言ってみたかっただけだった。

 彼女が返事をしてくれるなど予想外で、私は舞い上がってしまった。


「はい、リリエンシャール。貴女の為に、私は勝ちます」


 今までは近衛騎士で充分だと考えていたので、適当な所で手を抜いていたが。

 リリエンシャールの為に勝ちに行き、私は勝った。

 勝ち残って、宮廷騎士第一位の称号を得た。

 こんなことを言うのは申し訳ないが、思いの他、簡単だった。

 私を扱き抜いて剣術を叩き込んでくれた彼女の父親に、心の底から感謝した。

 ……レベルの低い面子に恵まれたのかもしれない。

 後日、陛下が今回は不作だったと苦笑していた。



 ※※※※※※※




 それに気づいたのは、陛下が私の妻になるように彼女に命じた時だった。

 私の勘違いだった。

 私の思い違いだったのだ。

 私の横に立っていた、彼女の顔を見た時だ。

 浮かれていた心が、一瞬で凍りついた。

 彼女を驚かせようと注文していた純白の婚礼衣装も、式などしないという彼女の希望により出番が無かった。

 陛下の午前で婚姻証にサインしながら。


 ーーアリアの本当の奥さんはいつここに来るの?


 と、彼女は私に言ったのだ。


 本当の奥さん。


 彼女はあの小さな頭で、この結婚は姉思いの弟が皇帝陛下の姪に群がる者を追い払うために偽装結婚をしてくれたのだと解釈したのだ。

 自分のことを馬鹿だと言う彼女だが、けっしてそんな事はない。

 でなければ、こんな結論に達することはないのだから。




 ーーア、アリア!? ねぇ、ちょっと、なにしてるの?


 もう“年上の弟”なんかじゃない、夫なのだと分かって欲しくて。



 ーーやだ、脱がさないで! 傷が見えちゃうからっ……見ないでっ! やめてよ、やめてったら!


 ずっと触れたかった酷い痕だらけの綺麗な身体に、手を這わせ口づけた。


 ーー父さま、父さま!


 我が儘放題で育った彼女は、たびたび変わる家庭教師から中途半端な教育しかされておらず。

 男女の関係についても、まったくの無知だった。

 行為を理解できぬ彼女は、死んだ父親を呼び。


 --アリア、アリアッ……これって、なんなのよ、なんでこんなことするの? ねぇ、アリア!


 そして私の名を何度も口にした。


 解らない事があり、彼女が困った時。

 それに答えるのはいつも父親か、弟の私だったから。





 翌朝、寝具にもぐって出てこない彼女を残して出仕した。


 ーーリリエンシャール。陛下にお会いしてきますね?

 ーー……。


 彼女は普段でも、昼前まで寝ていることが多い。

 だらしがないのではなく。

 普通の女性より、身体が弱いのだ。

 これ以上ないほど丁寧に、優しく触れたつもりだったけれど。

 彼女の身体には、負担となってしまったようだった。


 そばにいてあげたかったけれど。

 彼女の保護者である皇帝陛下に、私は結婚の報告しなければならなかった。

 陛下は【皇の血】の保護者であり管理者であり……所有者なのだから。

 謁見の間の壇上に現れた陛下の、リリエンシャールと同じエメラルドの瞳を見た時。

 重大な事に気がついた。


 ーー……。


 言ってなかった。


 1度も。

 好きだと。


 ずっと、好きだったと……愛していると。

 彼女に、リリエンシャールに言い忘れていた。 

 10年間、その言葉を口にしないように自制し、黙っていたせいだろうか?

 陛下には、そのことを正直に話した。


 ーー今すぐ屋敷へ帰り、彼女に告白します。


 そう言った私は。


 ーー……ほう、アリアよ、貴様は死にたいようだな?


 陛下に命じられた同僚達の手で、地下牢に入れられた。



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