Episode 1
血生臭い日常はいつ終わりを告げるのだろうか。
轟く銃声と悲鳴、鬱屈とした空気…。
この町を…我がファミリーが変えるしかない。
そう思っていた一人の少女。
茶髪のウェーブが掛かったロングヘアーとパッチリした瞳が愛らしい彼女は、アジトの屋上から
その混沌とした景色を眺めていた。
治安の悪さが空の色に表れた町…マジックシティは高度な文化都市であったが、
近年、極悪なマフィアに町を牛耳られて変わり果てていた。
このマジックシティに構えられた屋敷に住む少女、姫森鈴音。
僅かに見える白い雲に向かって手を伸ばそうとすると、その手を掴まれた。
驚いて後ろを見ると、そこには黒髪のウルフカットと泣きボクロが特徴の、
整った顔立ちの青年が立っていた。彼は溜息をつきながら言った。
「死にてぇのか、お前は…。」
「そんな訳ないでしょ。私はまだやらなきゃいけない事があるんだからね。」
「変な事してんじゃねぇよ、こっちは見ていてハラハラしたんだぞ。
とにかく、眠いんなら寝た方が良いぜ。アイツが心配してるからな。」
「アイツって…?あぁ、真尋ちゃんね。私はそんなにヤワじゃないから大丈夫なんだけどなぁ。」
「ったく、何言ってんだ…。」
呆れて溜息をついてる彼は柊原彰仁。
鈴音の右腕的存在の彼は書類の入った封筒を手渡した。
鈴音は急ぎ?と聞くと、評議会からのだが緊急じゃないから大丈夫だと答えた。
評議会は多く存在しているファミリーの、今までの功績から解散を言い渡したり
存続を認めたりするのが役割である。堅苦しいと評判だ。
鈴音は嫌そうな顔をして言った。
「ねぇ、何でこんなの書かなきゃいけないの?」
「連中の考える事はよく分かんねぇな…
とにかく、自分で書けよ。俺に押し付けられても困るからな。」
「はーい…。」
不服そうな顔をしつつも、自室に戻ろうとすると扉が開く音がした。
驚いてその音がした方向を振り向くと、白衣を着た紫髪でツインテールの少女が立っていた。
彼女は何やらニコニコと笑みを浮かべてゲーム機を持っている。
その状態で二人に話しかけてきた。
「さぁ、好きなキャラをこの中から選んでくれ!」
「ちょっと待って、いきなり過ぎて状況が分からないんだけど…。」
「釣れないねぇ…ただ、遊ぼうと思っただけなのに。新しい薬、持ってきたよ。
朝の放送がやけに元気が無いなぁと思ったからね。」
「助かるよ。しかし…お前が居ると、俺の生気が吸われる気がするんだよな…。」
そう言われた彼女は乾真尋。
医療や発明に長けており、精神に深い病を持つ鈴音に毎日新しい薬を調合している。
精神薬の小瓶の中には成分や使用方法がこと細かく書かれていた。
鈴音は感謝の言葉を伝えると、真尋は笑顔を崩さず返事した。
「どういたしまして。寝る前に必ず飲むんだよ。それで…やっぱり、思い出しちゃうのかい?」
「まぁね…。昨日飲んだ分があまり良くなくて、空に向かって手を伸ばしちゃったりしちゃうんだ。
お父さんとお母さんに、会えるかもって思って…。」
「まだ数年しか経ってないからねぇ…。一度負った傷はなかなか癒えないものさ。
それで、彰仁くん…敵襲の夢はどうだい?」
「見てないぜ。ただ、連中の気紛れで来る可能性はあるな…。
面倒だが、千夜とテツが次に行くファミリーの偵察で留守にしてるしよ…
屋敷にアイツらが残ってるだろ、それと俺達で問題ねぇか?」
「大丈夫だと思うけど…もし、危ないなら2人に帰ってきてもらおうと思うの。
少しでも戦力は多い方が良いと思うんだよね。」
「了解、仰せのままに。」
また後でな、と彰仁が1階へと戻ると、屋上には鈴音と真尋が残った。
真尋は医療面と開発面は問題無いのだが、戦闘力には不安がある。
メインで攻撃するよりはサポート役に徹してもらった方が良い、と鈴音は考えている。
考え事をしている鈴音に気付き、真尋はニコニコと笑っていた。
「ボス、もしかしてウチの事でも考えてるのかい?」
「あはは…バレちゃった?その、真尋ちゃんはサポート役で…アイテムの調達とか治療とかに専念して貰えたらなぁって。」
「そういう事か。まぁ戦えなくはないけど…ウチが倒れたら皆こけちゃうからな…
分かった、ボスの言う通りにしよう。」
「そうしてもらえると助かるよ…それじゃ、私は書類を片付けないといけないから…。」
「ああ、すまないね。終わったらゆっくり休むんだよ。」
そう伝えると、真尋は軽快な足取りで1階に戻っていった。
鈴音は封筒を持って書斎へと向かう。
姫森鈴音は僅か13歳で姫森ファミリーのボスに就任し…それから4年の月日が流れている。
目的はマジックシティに平和をもたらす事。
今は亡き両親から引き継いだ夢であり、同時に自らも叶えたい夢でもあった。
マフィアでありながら密輸や密売、民間人への暴力行為は一切行わない。
悪人は潰し、味方をなるべく増やしていく…それが姫森ファミリーの信条だ。
大きな夢を達成するために、自ら声を掛けていってメンバーを集めて行った。
その数は少ないが、日々確実に勢力と領地を拡大して行っている。
そんなファミリーの構成員である開発・救護担当の真尋は、1階のリビングでくつろいでいる
青年の頭を軽く叩いた。
「誰……?何だ、真尋ちゃんか。何の用?」
「おかえり、もう帰って来てたのか。何か情報は掴めたのかい?」
「まぁ、ボチボチかな。龍神ファミリーって聞いた事ない?そいつらが結構ヤバいんだよ。」
「初耳だ、詳しく聞かせろよ。」
彰仁も近くにいたのか、話に入る。
「つい最近立ち上げられたファミリーなんだけどさ、
アンダーグラウンドの世界で知らない人はいない位、あくどい連中なんだよ。
一般人に対しても平気で薬物を売りつけたりしてるんだってさ。」
そう話す金髪のマッシュルームカットとピアスが特徴の青年は大和理央。
射撃担当で姫森ファミリーが誇る敏腕スナイパーだ。
「つまり、俺達の最大の敵になるかもしれねぇってか…。もっと情報を集めないとな。」
「乃蒼ちゃんにも伝えた方が良いね。」
「ところでアッキー、突然なんだけどさ…そろそろ弾が切れそうだったから補充分買ったんだよ。
後で事務の方に言っといてくんない?」
「ああ、伝えておく。領収書は持ってるな?」
彰仁がそう言うと、理央は上着のポケットに突っ込んでいた領収書を手渡した。
そのまま、彰仁は事務室へと足を運んで行った。
しばらく沈黙が流れたが、また理央が口を開く。
「ボスの具合はどう?」
「まぁ…ぼちぼち、と言った所だね。ウチとも問題なく意思疎通が出来る。
酷い時は本当に苦労したものだよ、近づくだけで震えが止まらなくなってたからね。
そうなってしまったら、彰仁くん頼みさ…彼が居なかったら、どうなってた事か。」
笑顔を崩さないが何処か疲れている様子の真尋を見て、理央は言った。
「ホント、アッキーが居なかったら、オレがアンダーボスになっちゃうじゃん。
ちゃらんぽらんが出世しちゃうよ。」
辺りが笑いで包まれ、真尋も思わず笑ってしまった。
「ふふっ…ファミリーの方向性によってはアリなんじゃないのかい?
例えばお笑いグループさ。」
「テレビとか出なきゃいけないね。あぁ、忙しい…!」
冗談めかして理央と真尋が話している中、玄関の扉が開いた音がした。
留守にしていた藍色のショートボブと和装が特徴の少女、潜入担当の奥井千夜と
逆立てた緑髪が特徴の青年、特攻担当の福田哲弥が帰ってきた様だ。
「おかえり、二人とも。何か収穫はあったかい?」
「はい…龍神ファミリーの情報を僅かながら掴む事が出来ました。聞きたいですか?」
「それは勿論。」
真尋がそう言うと、千夜は哲弥に説明をお願いした。
「それじゃあボスの情報だ。調べてて驚いた事なんだが…
何と、かつて俺達…姫森ファミリーに在籍してたらしい。」
そう言うと、辺りがざわめいた。
「俺もまさか、と思ったんだよ。だけど…どうやら事実だったんだ。先代とはファミリーの方針を巡って激しい対立があって、それで…。」
「待ってくれ、その事は…スズは知ってんのか?」
事務室から帰ってきた彰仁が慌てて話に割って入る。
もし、初めて聞く真実ならば…今までよりも激しく動揺してしまうに違いない。
精神の均衡が崩れてしまうだろう…と危惧していた。
「知らないだろうな。ボスは自分が眠らされてる間に両親が殺されたと言ってたし、それに…記憶も混濁してる時があるからな。」
「伝えるのはまだ先だ。ひとまず俺達だけで共有しよう…心苦しいけどよ。」
彰仁がそう言うと、見張りをしていた赤い髪をした派手目の少女が慌ててアジトに入ってきた。
何やら焦っている様である。リビングに居た5人は少女の顔を見つめていた。
「大変!敵ファミリーらしき集団がアタシらの拠点に近づいて来てるよ…早く司令をお願い!」
「落ち着け、人数はどの位だ?」
「ざっと30人って所。」
「分かった…俺も出撃しよう、腕が鈍ったら困るんでね。
司令部には今から連絡しとく。」
彼女…迎撃担当の水無瀬香恋にそう伝えると、哲弥と理央が戦闘の準備を始めて位置についた。
香恋は落ち着いた様子に戻り、槍を構えている。
なかなか現場に現れない鈴音に対して理央はどこか、苛立ちを覚えている様子で哲弥に愚痴を言った。
「しかし、ボスは呑気だよね。こんな緊迫した状況だと言うのに降りて来やしないんだもん。」
「調子が良くないんだと思うな。真尋も言ってただろ…ああいう病気って波があるからさ。
不満があるなら彰仁に言って来いよ。お前とは親友なんだろ?」
「いや…いくらアッキーでもその事を言ったら…。」
「何だ?俺がどうしたってんだよ、理央。」
理央が驚いた顔をして振り返ると、刀を鞘から引き抜いてすっかり臨戦態勢になっている彰仁が居た。
「何でもないよー、嫌だなぁ…そんなおっかない顔しちゃって。
ボスがなかなか現れないからどうしたんだろうって心配してただけなのに。
オレはまだ死にたくないよ。」
「そうか?心配してる様には聞こえなかったけどな。」
哲弥が火に油を注ぐ様に口を開いた。
彰仁は理央に対して若干ムッとしつつも、いつものポーカーフェイスに戻ってから言った。
「理央、真面目にやらねぇと減給するぞ。」
「ヒエッ…。」
「ふざけてる暇はねぇ、分かってんだろうな?」
軽く凄んで見せると理央はすっかり大人しくなった。
そして、しばらくすると無線から青年の声が届いた。
「皆、聞こえるかい?建物内で千夜と理央と真尋は待機。
入り込んで来た者が居れば戦闘に入ってほしい。
外は彰仁、香恋、哲弥、友介、映子の5人で戦闘に臨んでくれ。
ボスにもしもの事が起きたらすぐ連絡するように、以上!」
「任せろよ、通信室の方はどうだ?」
「不具合は無し、良好だよ。」
そう答えた無線越しの青年は作戦指揮担当の月島航。
ミステリアスで飄々としてる優男風の彼は、
毎回的確な指示を送るファミリーの頭脳ブレーンなのである。
航はボスの容体を心配しているらしく、彰仁に大丈夫なのかと聞いた。
彰仁は遠くを見つめながら分からねぇ、なるようにしかならねぇと答えた。
「ちょっとアッキー、ボスはどうしたの?」
「いつもより痩せてる気がしたな、それに顔色も悪かった…。
だから、外に居る俺達が屋敷への侵入を許しちゃならねぇ。
終わったら部屋に行って様子を見に行ってやってくれ。きっと喜ぶだろ。」
「そっか…。」
香恋は不安が払拭されない様子であったが、気を持ちなおす事にした。
病気と戦っている我らがボスの為に、勝利を収めなければ。
一方…ボスの専用部屋とも言える書斎では、書類仕事を終えた鈴音が机に突っ伏して寝息を立てていた。
外の喧騒をものともせずに…。