4.塔のレオポルド
「聞いたからって素直に教えてくれるのか?」
相手は何といっても塔の魔術師団長だ。
『学園時代の同級生の弱味を教えてくれ』などというふざけた問いに、すんなり答えてくれるとも思えない。
そういう意味では、新竜騎士団長のライアス・ゴールディホーンは、まじめに考えてくれるあたり、とてもいいヤツだとユーティリスにも思えた。
(でもたしかにライアスだと、オドゥには手こずるかもな……)
好感の持てる人物だけれど、オドゥに軽くあしらわれるようでは、竜騎士団長としては物足りない。そこは師団長としては先輩格のレオポルドが、うまくカバーするのだろう。
ユーティリスが頭の中でそんなことを考えていたら、ライアスはそれをためらいととったらしい。
「聞きにくいなら、俺もいっしょに聞いてやろう」
「いいですね。ついでにチョーカーのことも聞いてみてください」
「う……」
にっこりとさわやかにライアスは笑い、ララロア医師もホッとしたようにいい笑顔でうなずく。返事をする前にユーティリスはたたみかけられた。
「じゃあ、あとでいっしょに行こう。その前にララロア医師に相談したいことがある。ドラゴンの気持ちを落ちつかせる、いいハーブはないか」
「ドラゴンを鎮静化させるようなハーブですか?」
ライアスは悩ましげに髪をかきあげた。少し悩むふりをするだけでも、顔に精悍さが加わり、男らしい色香がムダに漂う。
「昨年までは俺も見習いで、アガテリスにしか乗らなかったから、ミストレイとだとどうにも勝手が違って……感覚共有はできるが手こずっている」
「ははぁ……それでハーブですか」
「竜騎士団の記録を見たら建国の祖バルザムも、竜王ソルディムのためにハーブを集めて乾燥させ、寝床に敷きつめてやったりしていたらしい」
「竜騎士団の記録には載ってないんですか?」
「ただ『ハーブを集めた』と。シャングリラ周辺で採れるハーブだろうし、ドラゴンたちの火傷に塗る膏薬を作るときも、ララロア医師には知恵を借りたからな」
にっこり。さわやかに笑いかけられ、ララロア医師は苦笑した。
「私はいちおう人間相手が専門でして」
「書き散らしたメモのようなものでも、あれば助かるのだが……奥宮には何か残ってないだろうか?」
それにはユーティリスが首を横に振る。
「バルザムは日記も残していないんだ。一生涯を捧げてエクグラシア中を駆け回って、国家の安定に力を尽くしたからね。ゆっくり記録をつけるヒマもなかったのさ」
「そうか……」
澄んだ青い瞳を曇らせ、肩を落とした竜騎士団長を、ユーティリスも何とかしてやりたかったが、バルザムが記した日記は未だに見つかっておらず、そんなものは存在しないと思われた。
「ドラゴンの嗅覚は鋭いから、あまり香りはキツくないほうがいいかな。それこそ感覚共有で探ればいいんじゃないか?」
「そうなのだが、乾燥させると香りが変わるハーブもあるし、野山で感じる感覚で選ぶわけにもいかなくて」
「それもそうか。うーん」
簡単にドラゴンを手なずけられる薬草があれば、建国の祖バルザムも三日三晩、死闘を繰りひろげる必要はなかっただろう。ユーティリスもいっしょになって首をひねっていると、ララロア医師が思いついたように声をあげた。
「あ!」
「どうした」
「記録ですよ。バルザム本人は残していなくても、初代魔術師団長だったスーリア王妃なら、何か書き残しているのでは?」
「そうか!すると……」
「どちらにしろ僕たちは、塔に行かなくてはならないってことだね」
ライアスとユーティリスはふたりで顔を見合わせた。
魔術師団の塔は塔で、他者を拒むような独特の空気感がある。そびえ立つ尖塔は天空舞台より低く建てられているが、師団長室は最上階にあり、螺旋階段の途中に魔術師がそれぞれ自分の部屋を持っている。
ライアスは慣れた足取りで、一階の入り口から師団長室前に転移し、ユーティリスもそれに続く。団長補佐のマリス女史がにこやかに、師団長室の扉を開けた。
「ようこそ、ライアス。もう『ゴールディホーン団長』とお呼びすべきね」
「よしてください、マリス女史……っと。敬語はいけないんだった」
ポリポリと困ったようにほほをかくライアスを招きいれながら、マリス女史はクスクス笑う。
「まだ慣れないでしょう。アルバーン師団長は最初からああでしたけど」
その向こうにレオポルド・アルバーンが、むすっと不機嫌そうに座っている。いや無表情だから不機嫌に見えるだけで、実際はそうではないかもしれないが……ライアスが入ってきても、彼はひとことも口を利かなかった。
「ユーティリス殿下もこちらまでお見えになるのは珍しいですね。成人おめでとうございます」
「ありがとう」
マリス女史からの祝いの言葉に、ユーティリスが礼を言っていると、レオポルドが立ちあがった。
「スーリア王妃がドラゴンの世話について、何か書き残していないか……という問い合わせだったな。書庫にいくつか手記があるから、それをまず見せよう」
(ちゃんと文章をしゃべってる……)
ユーティリスが驚く横で、ライアスがうなずく。
「頼む。ドラゴンが好むハーブについて知りたい。バルザムと同じようにあいつらの寝床に敷きつめてみようと思う」
「バルザムと同じように?」
けげんそうに眉をあげたレオポルドに、ライアスは笑顔できっぱりと言い切った。
「ああ。それでドラゴンといっしょに寝るつもりだ」
「ドラゴンと……」
「いっしょに⁉」
レオポルドが銀の眉をひそめ、ユーティリスは赤い目を丸くした。
「竜騎士団の記録ではバルザムは数ヵ月、竜王ソルディムと寝起きをともにしたらしい。その中で感覚共有のスキルも開発されたそうだ。俺もそれぐらいやれば、竜王を乗りこなせるのではないかと……」
ライアスはどこまでも大まじめだった。レオポルドが息を吐く。
「たしかに。毎回訓練で失血死しそうになってはたまらんな」
「心配かけたな」
師団長同士の会話が、わりと平気でヤバい。
(師団長同士ってこんななんだ……)
口数が少ないレオポルドも必要とあればしゃべるし、逆にわざわざ言葉にしなくとも、意思の疎通ができているようだ。
ユーティリスがぼんやりと見守っていると、黄昏色の瞳が彼のほうを向いた。
「王子もドラゴンと寝たいのか?」
「えっ、いや、僕は……」
「いや。たまたま居合わせた彼が、医務室で造血薬の調薬をしてくれたんだ」
「ええ。それでバルザムが記録を残していないか、聞かれたんですけど……奥宮にはなくて。スーリア王妃が書き記したものなら、塔にあるんじゃないかって」
ユーティリスは一生懸命しゃべったけれど、魔術師団長は長い銀色のまつ毛がときおり、まばたきをくり返すだけで、その表情はいっさい変わらない。
(しゃべりにくいな……)
ふだん愛想のいい人間に囲まれているだけに、なおさらそう感じた。レオポルドは納得したのか軽くうなずき、先頭に立ってスタスタと書庫に向かう。
(こんなんでオドゥの話が聞きだせるのか?)
ユーティリスはちょっと不安になる。ララロア医師には悪いが、彼が何とかしたいのはチョーカーよりもまず、オドゥ・イグネルという錬金術師だった。