3.オドゥの弱味を探るユーティリス
治療を終えて、ララロア医師は額の汗をぬぐった。
「こんなもんでしょう。魔術師団長が応急処置をしてくださって助かりました。それにユーティリス殿下も、調薬の腕前はなかなかですね」
「どういたしまして。いつも僕のほうが、気を揉ませる立場だからね。レオポルドは魔術師団長なのに、よく竜騎士団で訓練をしているみたいだけど……ライアスがいるからかな」
ベッドに起きあがったライアスは、くしゃりとさわやかに笑った。
「ああ、あいつはああ見えて生きものが好きで、アガテリスのこともかわいがっているし。竜騎士団なら好きなだけ体が動かせるから、ストレス解消にきているそうだ」
戦闘中の険しい表情とちがい、甘やかな笑顔はそれだけで王城にいる女性たちが悲鳴をあげそうだ。あいにく第一王子もララロア医師も男なので、すんっとしていたが。
「ストレス解消……」
「まぁ、あの若さで魔術師団長ですからねぇ。塔では息抜きをするヒマもないでしょう」
ララロア医師はそういって、ユーティリスにウィンクする。
「第一王子だって研究棟で羽を伸ばしているようですし。体のサイズは変わりませんが、健康状態は良好です。奥宮にこもっているより、気楽なのではないですか?」
「まぁね」
体のサイズが変わらないのを気にしているのはまわりのほうで、ユーティリス自身はいたって快適に研究棟で過ごしていた。
もう一生このままでもいいかな……と思いはじめている。けれどそれにはひとつ難題があった。
「そういえばライアス、オドゥのことを聞いてもいいか?」
「オドゥのこと?」
「そう。あいつの弱点とか、苦手なものとか……とにかくあいつの弱味を知りたい」
ララロア医師が目を丸くした。
「うわ、殿下。ストレートですねぇ」
「師団長相手に回りくどく聞いてもしかたないだろ」
まじめな顔で言い返していると、ライアスも眉をひそめてアゴに手をあてて考えこむ。
「オドゥの弱味……それは俺も知りたい」
「ライアスも知りたいのか?」
ユーティリスは意外に思って聞き返す。竜王戦を制した竜騎士団長ライアスは、まちがいなく最強の竜騎士だし、魔術師団長レオポルドを除けば、エクグラシア最強といえるだろう。
そのライアスがオドゥの弱味を知りたいとは……。するとライアスはあっさりと答えた。
「学園時代から鍛錬で、オドゥとはよく手合わせをしたが、俺のほうがよく負かされた。いつもやりこめられてばかりで、今もあいつのことは苦手だ」
「今も苦手……」
ユーティリスはぼうぜんとした。
(ライアスのほうがよく負かされただって?)
「それじゃ僕が勝てるわけないじゃないか!」
「殿下はあいつに勝つつもりだったのか?」
ライアスのほうが驚いている。たしかに体格から何から、知識でさえもオドゥに勝てる要素など、今のユーティリスにはひとつもないけれど。
「当然だろう。あいつは何だかんだと、ちょっかいをだしてくるんだ」
ムカついた気分でぶすっと答えると、ライアスは彼の顔色をうかがうこともせず、首をかしげた。
「あぁ……それは殿下のことが可愛いんじゃないかな。オドゥは学園時代のレオポルドにも、よく世話を焼いていたし」
「僕には迷惑だ」
竜騎士団長にまで可愛いといわれたため、ユーティリスの機嫌はさらに悪くなった。ララロア医師が興味深そうにメモを取りながら、のん気な声をだす。
「へえぇ……じゃあ魔術師団長と殿下両方を、彼は間近で観察しているわけですね。ちょっと話を聞いてみたいなぁ」
それにはライアスが微妙な顔をした。
「うーん、どうかな。オドゥはかならず対価を要求するから、ララロア医師が知りたい情報にも、何か要求されると思う」
「えっ、それはまいったなぁ。王城勤めのしがない身の上なのに。相手が錬金術師じゃ、何を要求されることやら……死体とか臓器だってマジでほしがりそうですよね」
ほしがるものが物騒すぎるけれど、あながちオドゥだとあり得るから、そこはユーティリスも先輩錬金術師のフォローができない。
「オドゥのことは兄のオーランドも『あいつは強い』と学生時代から買っていたし、むしろ弱味なんか探そうとしたら、かえって返り討ちにされそうな気がする」
ライアスの意見にユーティリスも同感だが、それでもやはり何か見つけたかった。
「ライアスまでオドゥのことが苦手だとは……」
ユーティリスがため息をついて肩を落とすと、ライアスは気の毒そうに彼を見て、ちょっと考えてから口を開いた。
「俺はあいつのことが苦手だけど、レオポルドはそうでもないように思う」
「じゃあ魔術師団長に話を聞くしかなさそうですね」
ちょっと待て。親しみやすそうなライアスと違い、いきなりハードルが高くなった。