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2.ケガをしたライアス

挿絵(By みてみん)

竜騎士団長ライアス・ゴールディホーン

(絵:よろづ先生)

 ライアスは見あげるように背が高く、筋肉質の体なのに圧迫感を感じないのは、まだ若くて甘い顔立ちをしているからだろう。


 ライアスは眉をさげて診察室の内部を見回した。


「中庭からすまない。少しララロア医師に相談があって……だが診察中なら出直そう」


「いいえ、診察なら終わりましたよ。ゴールディホーン竜騎士団長、何かご用ですか?」


 ララロア医師に招きいれられた彼は、ユーティリスに目を留める。最初は気づかなかったのだろう、驚いたように目をみはった。


「ユーティリス殿下」


 ユーティリスは軽くうなずき、精一杯威厳を保ってたしなめる。


「ライアス。きみはもう竜騎士団長なのだから、僕のことはユーティリスでいい。『殿下』はつけないでくれ」


 ただ医師にもライアスにも、少年がふんすと胸を張ったようにしか見えなかった。


「えっ、あぁ……そういうことも慣れないといけないんですね。ではユーティリス……」


(きっと僕のことは子どもに見えているんだろうな……)


 モゴモゴと言いにくそうに口ごもる彼に、ユーティリスはため息をついてさらに注意した。


「敬語もなしだ。竜騎士団長はエクグラシアを守る双璧の長、堂々としていてくれ」


「わかりました……っと。承知した、ユーティリス」


 こくりと素直にうなずいてから慌てて言い直し、照れたようにくしゃりと笑うライアスの笑顔に、ユーティリスは引きこまれた。


 無愛想なことで有名な、魔術師団長のレオポルドと同期で仲がいいと聞いているが、それにしてもふたりを足して割ったらちょうどいいのでは……と思えるほどの好青年だ。


「それでどうしましたか、竜騎士団長。血のにおいがしますね」


「あ、はい……じゃなかった、ええと。訓練中にケガをして」


 ララロア医師のいう『血のにおい』がさっぱりわからなかったユーティリスは、ドアのところに立つ青年を見あげた。


 確かに服はところどころざっくり破れているが、むきだしになった肌は白く、どこにも傷はなさそうだ。


「ケガ?どこに?」


 ライアスは困ったように髪をかきあげた。


「ああ。傷はレオポルドが治癒魔法を。浄化の魔法もかけたから血も残ってないはずだが……出血が多かったので、『念のため医務室へ行け』と」


「すぐに診察台へ!」


 顔色を変えたララロア医師が動き、すぐにライアスは診療台に寝かされた。ごろりと横になった男の青い瞳の焦点は、よく見ると微妙に合っていない。


「骨と内臓に異常はない。ただ出血が多かったから……」


「どこを切ったんです」


 ライアスの言葉は無視して、ララロア医師は冷静に魔法陣を展開すると、顔をしかめてチッと舌打ちをした。ライアスは申し訳なさそうに彼を見あげる。


「鎖骨のあたりをザックリと。すまないがレオポルドにも叱られたばかりなんだ……じゅうぶん反省している」


「なら私はたっぷりの嫌味でも言いましょうか。訓練中のケガとは……どれだけボーっとしてたんです」


 術式を紡ぐ医師の目が据わっていた。ただでさえ竜騎士団は彼の仕事を増やしがちだ。新任の騎士団長にも自重してほしい……というのが彼の本音だ。


「まだ……ミストレイとの共有がうまくいかなくて。それで考えごとを……そうだ、レオポルドが『ララロア医師に相談しろ』と」


 がばりと起きあがろうとした騎士団長を押しとどめて、ララロア医師はユーティリスに聞いてきた。


「殿下、調薬のご経験は?」


「え?」


「殿下を診るために、人払いをしたんです。騎士団長はだいぶ失血していますので、私は彼と話をしながら傷ついた組織を修復します。造血薬のレシピは棚にありますので」


 できないと言える雰囲気ではなかった。いつも柔和な笑みを絶やさない医師が、厳しい表情でつぎつぎに魔法陣を展開していく。


 ユーティリスはライアスを横目で見ながら、慌てて棚をあさって調薬レシピを取りだした。パラパラとめくればすぐに造血薬は見つかる。


「マウントダボスの肝臓?すごそうだな……」


 新任の騎士団長が大怪我を負ったなんて、王都三師団の評判にもかかわる。レオポルドが応急処置をしたため、外見だけはとりつくろっているが、ララロア医師は助手を呼ぶつもりはないのだろう。


 ユーティリスは慎重にレシピの素材を集め、調薬の魔法陣を展開すると、キッチリ分量どおりに素材を足していった。


「つっ……」


 いくつかの素材をいれ終えたとき、ライアスが顔をしかめた。


「切れた神経をつなぐときは痛みますよ。気絶してもいいんですけどね」


「このていどなら……だいじょうぶだ」


「痛覚遮断を使わないところはほめてあげますが、そもそもケガをするのが不注意です」


「返す言葉もない」


 力なく笑う騎士団長の横で、ユーティリスはようやく調薬を終えた。ホッとして背中の緊張をとくと、ララロア医師が瓶を持ちあげる。


「おお。これなら合格ですね。リコリス女史に習ったんですか?」


 瓶をたぷりと揺らして品質を確かめ、ララロア医師はうれしそうにうなずく。


「造血薬ははじめて作ったよ。調薬はオドゥ・イグネルに習った」


 研究棟でヌーメリアに会うことはほとんどない。わりとほっとかれているので、魔道具ばかりいじっていたユーリに、手がすくといろいろ教えてくれるのはオドゥだった。


「へぇ、あいつも一人前にやってるのか」


 ライアスの声に、ふたりは診察台を振り向く。ユーティリスはゆっくりと身を起こしたライアスに造血薬を渡し、どう見てもまずそうなそれを、彼がごくごくとノドを鳴らして飲むのを見守った。


「あいつって……オドゥとライアスは知り合いか?」


「学園で同期だからな。レオポルドとも親しい」


 ライアスはそう言い、唇のはしに残る薬液を、右腕でぐいっと拭う。


「あいつが……」


 ユーティリスはまばたきをした。金の竜騎士と銀の魔術師、そこにオドゥが加わったところを想像しようとして……できなかった。


「ああ、そういえばカーター副団長について歩く若手がいましたね。思いだしました」


 ララロア医師は納得したようにうなずいた。


「ひょろっとしたほうは僕と同じぐらいだからね」


「ひょろっとしたほう……」


 ユーティリスにはすぐ、だれのことだかわかった。





 けれど翌年ララロア医師から、結婚したヌーメリアへの想いを、ため息まじりに聞かされたとき。


「えっ……あっちを選んだヌーメリアの趣味っていったい……」


 王城内にもファンが多い、ララロア医師の顔をまじまじと見つめ。首をかしげることになるとは……このときは予想もしなかった。


 ――それはまた別のお話。




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