6話
力の行使と同時に、私はどっと脱力感を覚える。消耗しているのだ。今まで力を使っていて初めての経験だった。
自分が身に宿している何らかのエネルギーが放出され、私の観測を通して像を結ぶ。
自らの眷属となる創造体の創造。
それが千年の時を経た私の新たな力だった。
地球の島国、日本。そのある一角に空から赤みを帯びた金色の光の粒子が降り注ぎ、白熱現象にも似た発光を伴って瞬く間に規模を拡大。極太の光の柱と化したそれは宇宙にまで届き、地球で戦闘を繰り広げていた人とモンスター双方の側が衝撃を受けた様子で光の柱──或いはそれが放つ力の波動に気を取られている。
ただ一人、それを引き起こした張本人である私だけがその光の柱の中心で起きている「誕生」を見守っていた。
極光の中、尚も赤く眩い黄金──夕陽色の光の粒子が、一人の女性の姿を象っていく。
足首の辺り、ともすれば地面にまで届いてしまいそうなほどに長い豊潤な黒髪は、下側の方で黒の筒を金の装飾で飾られた小さな筒型の髪留めで十本に分けて纏められ、形の良い細い眉の辺りまで自然な形で伸ばされた前髪の下には、赤き黄金──夕陽色の瞳が二つ。
身長はおよそ175センチほどと女性としてはかなり長身の部類に入るだろう。バランス良く女性らしい起伏に富んだ肢体には、幾重もの衣を纏っている。外側には赤と白、内側には青と紫を基調としたその衣は、十二単衣と呼ばれている着物によく似ていた。
こうして誕生を果たした私の眷属は、光が収まると辺りを軽く見回した後、ゆっくりと空を見上げた。夜明けを迎える薄闇の空を映した切れ長のその双眸を観測越しに見た私は思わず息を呑む。
そして、恐る恐る問うた。
「私の声が聴こえるか」
……事前に分かってはいた。私の創造体には私と繋がりを持てる力が備わっている可能性が高いと。
しかし確定するまではどうにも不安を覚えてしまう。今回私が眷属創造の力を行使したのには、世界に干渉したいという私の願い──いや、素直に欲望と言おう。欲望が多分に含まれている。
出来るかもしれない、という希望がやはり出来なかったという絶望に変わるのは、悠久の時を生きた私とて流石に堪える。それ故の不安だったが、私の創造体はすぐにその不安を払拭してくれた。
『確と聴こえております、我が君よ』
「そうか。安心したよ……本当に」
女性にしてはやや低めの、透き通った静かな声音だった。
それに対して私が返せたのは何ともお粗末な答えだった。自分で聞いていて声音にも何処か覇気が無いように思える。
これでも、心中穏やかではないどころか狂喜乱舞していたりするのだが。
長い孤独は、私から表現力というものを奪っていたらしい。心が死んでいないだけマシと思うしかないか。
一先ず安心した私は、次いである事を確認する。
「君に確認したい事がいくつかある」
『何なりと』
「私の現状はどこまで把握している?」
『おそらくは我が君が知るほぼ総ての記憶を有しております。我が君がその場所に在らせられる経緯も、その後の推移も』
「なるほど。たぶん私が君を創造した直前までの記憶を受け継いでいるのだろう。一応、記憶の内容を簡単に聞かせて貰えるか?」
『はい。では、明確な記憶が続いている我が君の幼少期よりお話し致しましょう』
そうして彼女から聞いた内容は全て私の記憶通りであり、彼女が自らが創造される直前までの記憶を私と共有している事が分かった。
そこまで記憶を共有しているという事は、無論私の望みも把握していた。
「話が早くて助かる。早速だが君に試して貰いたい事があってな」
『私の方から我が君に干渉して、我が君をこちらに喚べるか。或いは私がそちらとこちらを行き来出来るか、ですね』
「ああ。……出来そうか?」
この辺りが未知数だった。
私と私の眷属たる創造体との間には明確な繋がりがある。
この繋がりを利用して、私が地球に帰還出来ないか。もしくは彼女が私が居るこの空間と地球を往来出来ないかを期待したが……。
『申し訳御座いません、我が君……。我が君の御姿は視えております。こうして謁見は叶っているものの、私には我が君に謁見以上の干渉を行えません』
「……やはりか」
『はい……私が行き来する事も現実的とは言えません。実質不可能かと。我が君が滞在なされているその空間の次元・位相・座標全てが不明なのです。我が君が放出した力の軌跡から逆算しても、遥か彼方……空の向こう側、この宇宙ですらない何処か遠い所だと、辛うじて分かるのはそれだけです。
こうして謁見が叶っているのも、私の力というよりは我が君の力に依るところが大きい可能性が高いかと』
やはり簡単に済む問題ではなかったらしく、彼女の力を以てしても問題の解決には至らなかった。
それはまあ、仕方ない。元よりその辺りについては想定の範囲内だ。
切り替えていこう、と私は一旦その問題については保留する事にした。
差し当たって確認すべき事はまだある。私から彼女への力の供給と、彼女自身の力の回復力についてだ。
これに関しては簡単で、確認もすぐに終わった。
私から彼女に力を補給する事も可能であり、彼女自身もまた自前の回復力で力の補給が可能だったのだ。
強いて出来ない事があるとすれば、彼女の出力を超えた力を供給しても出力の上限を高める事は出来ないという程度か。
何にせよ、彼女は彼女でエネルギー的に自己完結が可能な存在であり、エネルギー問題で困る事は無さそうだった。
これはこれで重要な要素なので、私は安堵した。眷属たる創造体が活動エネルギーに困るようであれば、この先の展望が成り立たないからだ。
そうして一連の確認を終えた私は、ふとまだ彼女に名を与えていない事に気付く。
いつまでも「彼女」「眷属」「創造体」では不便であり、彼女も名はあった方が便利なはずだ……たぶん。
「突然ですまない。君に名を付けたいと思うのだが、いいだろうか?」
『是非。我が君より名を賜るなど、此の身に余る光栄です』
「そうか。ありがとう」
私がそう打ち明けると、彼女はその美貌に満面の笑みを浮かべて小さく低頭した。
その従順さと忠誠を嬉しく思いながらも、私は考える。
名前……彼女に相応しい名前。と、考える私は自然と彼女の全体像を眺める観測視点となり、今になって気付く。
草や木、分厚く繁栄した苔などに侵されて判別が困難だが……私が彼女を創造したこの場所は、かなり規模の大きい社のようだった。
この辺りは近隣での度重なる異界の発生と五百年前の大陥落の影響を受けて人類の生存圏としては放棄されて久しく、かつては威容を誇っていたであろう建造物は既に屋根から潰れるようにして崩壊しており、美しかったであろう境内も自然に呑まれて荒れに荒れていた。
正に人が居なくなった世界に取り残された建築的人工物といった様子のその社は……特に神道に明るいわけでもない私でも知識としては知っていた。
西日本のこの辺りにあった大規模な社といえば、確か──。
「確か……出雲大社といったか?」
『この社跡の事ですね。滅びて久しいようですが……』
私の呟きを彼女が引き取ってくれた。
そう、此処は出雲大社だ。日本でも有数の観光地として有名であり、最古の神社の一つとしても知られている。
しかしそれももう昔の話だ。五百年前の大陥落を契機に、元々近隣で危険度の高い異界が複数顕現していたこの土地は危険域として放棄される事となり、その時に出雲大社は移転という扱いで別の場所に再建築されている。
それ故、もう此処は単なる跡地でしかなかった。
それが私の気を引いた。
跡地とはいえ……神社か。
彼女を見る。
まるで日本神話に語られる女神のようだと思った。
ふと、こちらを見つめ返す彼女の姿が色付いた。
彼女を照らす赤く輝く黄金のような光は夜明けの太陽が齎すものだ。それに照らされた彼女の姿は陽の女神と呼ぶに相応しい。
確か出雲大社の祭神は全く別の神格で、私の脳裏に浮かんだ神格は此処とは別に社を構えていたような気がするが……真っ先に思い浮かんだのが日本神話の最高神の神名だったのは、曙光に照らされた彼女の姿が余りにもその神格として適合していたからだ。
気付けば自然と、その名を呼んでいた。
「──天照。君の名は天照だ」
『我が名、拝領致しました。此れより私は天照。──権能はどうなさいますか?』
「察してくれてありがとう。重ね重ねすまないな。創造して間も無いというのに、君には助けられてばかりだ」
私が与えた名から様々な事を想定してくれたのだろう。
彼女──天照の洞察力に感謝しつつ、先を続けた。
「権能も、天照の神名にある程度寄せてくれた方が今後動き易くなるはずだ。可能な限り天照大御神を意識してほしい。
元々、天照大御神には『遍く万象を照らす神』として幅広い分野で加護を能える神格という神性が存在する。行使可能な力の範囲は広く、自由度は高いはずだ。
天照大御神として振舞ったとしても、大抵の事は対処出来ると思う」
『拝命致しました』
「よし。では……今地球で起きている事について、我々の動き方を決めたい。まずは──」