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天外の観測者  作者: 神竜王
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2話

 異界顕現により親族と呼べる存在の悉くを喪いながらも、亡くなった両親や祖父母が遺してくれた財産を糧に高校生活を送り、推薦を戴いたのを機会に大学まで出た私が就いた職業は……工場作業員だった。

 工場作業員といっても職種によって作業内容は様々だが、私の場合はワークの着脱から寸法の確認までオートメーションの技術を多分に搭載した自動旋盤で異界由来の金属部品を切削してワークを完成させたり、完成したワークの寸法の誤差が部品図面の許容値の範囲内に入っているか、検査部門に引き渡す前にいくつか抜き打ちの精度の確認、自分の受け持つ機械で必要な数のワークが完成しているか、次回分の材料が足りているのかを確認し必要であれば発注を掛け、生産管理を行ったりしていた。

 規模的に中小の部類に入る企業であった為、若干割り振られる仕事の量が多くはあったが……まあ、典型的な現場作業員の事例である。


 ……いや、分かってはいるのだ。今までの語りからしてこの繋ぎはおかしいだろうと。普通は探索者になっているのが定石ではないのかと。何故この流れで工場で普通に働いているのだとは、おそらく私が聞き手なら思っていたと思う。

 ただ、その当時の私にとってはスキル的にわりと適した職業だと思っていたのだ。オートメーション技術に富んだ機械は得てして管理が困難である。僅かな動きのズレが干渉やかしり(・・・)に繋がり、結果的に機械的な事故に繋がっていくものだから。

 その点、『見る』事に秀でていた私は機械の不具合があればすぐに見抜け、機械的なトラブルは一度として起こした事がないほどだった。職業的にも、安定していた。


 ……とはいえ、そのような日常を繰り返していたのもつい昨日までの話だ。そう、己の有していたスキルの異質さを自覚した、あの時まで。

 私は光さえ見えない暗黒空間を漂いながら考える。此処は何処なのか。何が起きたのか。私はどうなってしまったのか。向こうから消えた事がどう影響するのか。私はどうなってしまうのだろうか。


 『観測者のスキルを持つ方々は自分が観測されている場合には確実に気付く事ができるそうです』

 『観測者とはいっても、見えるのは自分の目の届く範囲だけですね。視線の通っている場所は見えますけど物理的に見えない場所は見えません。千里眼だとか透視だとかはできませんね』

 『あとはまあ、視線が通っていたとしても遠すぎたりする場合も見えませんねー。スキルの限界かな? 観測者っていうと凄そうに聞こえるんですけど、能力の限界もはっきりしてて地味なスキルなんですよ』

 『保持者の少ない珍しいスキルなのに、それはちょっと残念ですね』


 きっかけは、仕事から帰りいつものようにぼんやりと眺めていたテレビで、スキルの特集を見た事だった。普段からテレビを見る事はあってもドラマやバラエティなど特定の番組を見るような事もなく、主にニュース番組を見ている事が多い私ではあったが、ニュース番組の一貫として流れるスキルの特集はこれまでにも何度となく見てきた。

 この日に限って取り立てて珍しくもないスキルの特集に目を引かれたのは、紹介されているスキルの内約が自分の保持するスキルと同一のものだったから。そして、だからこそ私は妙な点に気付いたのだ。


 ……千里眼や透視は出来ない? それはおかしい。私の観測はそれらを引っくるめて行われている。それに、他の観測者スキル持ちを観測した際、向こうには気付かれていない様子だったがーーと。


 些細な事から日常の中でふと思い浮かぶ程度の、素朴な疑問。自分と他人との間に横たわる差異。

 まず断言しておくと、私のスキルは『観測者』で間違いはない。これは異界顕現後の世界に於いて『鑑定』という破格のスキルの持ち主達が国に鑑定専門の役人として登用され、国民全員に義務付けられているスキルの鑑定を受けた結果なので疑いようもない。

 しかし私のスキルはどうもおかしい。出来ないはずの事が出来てしまっている。スキルによって引き起こされる現象というのは能力の範囲が決まっている。剣術スキルであれば素の身体能力の上昇に加え刀剣の扱いに優れ、火魔法スキルであれば魔力というエネルギーの獲得に加え火属性の魔法の扱いに優れる。剣術スキルの保持者がスキルの恩恵を槍などの他の武器では身体能力面以外では受けられず、火魔法スキルの保持者が他の属性の魔法の扱いに於いてスキルの恩恵を受けられないように、観測者スキルには観測者スキルなりの枠組みが存在するはずだ。

 観測者スキルは特集でも語られた通り保持者の少ない珍しいスキルの内の一つだ。ただ、珍しいというだけであって国に重要視されるようなスキルかというと微妙で、国も一定数は国軍に登用しているようだが積極的に採り上げる人材ではなかった。

 それゆえに観測者スキル持ちは国軍以外の普通の会社──特に観測者スキルの作用である目の良さが活かされる勤務内容の会社に勤めているケースが多く、こうしてメディアに露見する事はかなり珍しい。

 身近に他の観測者スキル持ちがおらず、また多くを語られる事がなかった為に、私は観測者スキルについてはざっくりと『視力や動体視力などの、何かを見る能力が上昇して視点が得られるスキル』だと思っていた。実際、鑑定を行った役人の方からはそのような内容の話を聞いた覚えがあり、役人自身も精々が「珍しいスキルですね」といった反応であったが故に、私はこれまで自分のスキルについて何の違和感もなく使用してきたということだ。

 鑑定を受けた当時の私が役人にスキルの内約を掘り下げて話を訊かずに、事務的にスキルの鑑定を終えて流されるようにして特設会場から帰ってしまったことで、今になってスキルの内約の差異が発覚した……ということである。


 それゆえの、素朴な疑問。私のスキルは……何かおかしくないか? もしそうだとしたら、私は──何か、異常なのではないか?

 自分のスキルへの疑問、牽いては自分自身への疑問。焦りもあった。異界への対策や経済の為に国に自分のスキルを開示する事は例外無く法律で定められている事であり、鑑定から逃れたりスキルの内約について嘘偽りを供述する事は固く禁じられている。

 鑑定スキルは鑑定可能な対象については確実性のあるスキルとして公開されており、鑑定スキルによる鑑定は絶対のはずだ。鑑定対象に対して鑑定スキル保持者の実力不足の場合、そもそも鑑定自体が失敗するようで、鑑定さえ成立すればその鑑定結果は絶対だ。鑑定ミスという事例など聞いた事がない。

 ……しかしだ。現実としてあってはならない差異が生じており、もしも自分が初の事例であるのなら、役所に名乗り出なくてはならない。このままでは下手をすると私は法に触れる事となる。隠し立てを行ったまま今の状態が世間に露呈すれば……私は犯罪者だ。


 心拍が早くなる。心臓の鼓動がやけに気になった。精神的な余裕を失っていた当時の私が、諸々の確認の為に観測者スキルを行使したのも無理はないと思ってほしい。

 そしてそれが私の人生に於いて決定的な分岐点となった。


 いつものように、スキルが発動したのと同時に。





 私は、地球上から消え去った。

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