16話
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西暦3000年3月10日。
西日本第四都市東部・異界探索者通商連合西日本支部の一つ。
天外より、私はそこに視点を向けていた。
異界探索者通商連合──探索者ギルドは異界を冒険する探索者達のデータや身分を管理し、政府から企業、民間まで幅広い層の依頼を受け付け依頼書として探索者達に発行したり、探索者達が異界から持ち帰ってきた様々な異界資源を換金または物々交換するのを主目的とした施設だ。
今もまた、エントランスホールにある鑑定所へと一組のパーティーが戦利品の鑑定に訪れていた。
『〝アルブワークス〟です。依頼品の納品に来ました、鑑定お願いします』
〝アルブワークス〟というのはパーティー名だ。固定のメンバーでパーティーを組んでいる場合、パーティー名を決めているのが殆どである。
年齢層は30代前後といったところの6人パーティーの代表らしい男性が、探索者ギルドに於ける身分証でもあるギルドカードと共に鑑定所のテーブルの上に重量感のあるアタッシュケースを置く。
『承りました。納品依頼の品ですね、少々お待ち下さい…………、3月7日にDランク魔石百個の納品依頼を請負して戴いた〝アルブワークス〟様でお間違いありませんか?』
『はい』
『では、品物の鑑定をさせて戴きます』
話を聞く限り、今回持ち込まれたのは納品依頼のあった魔石らしい。
魔石もランクによって見た目は様々だが、今回持ち込まれたであろうDランクの魔石は基本的に一般的な成人男性の拳ほどの大きさはある。
それを標準的な大きさのアタッシュケースに入れようものなら、収納できる数はかなり制限されるはず──という理屈は、人がスキルを得て異界を探索する世では通じない。
鑑定所の係員がアタッシュケースを開くと、スキルや異界の存在が世に出現する以前の世の者が見れば不思議に思うであろう構造がそこにはあった。
アタッシュケースの中は何かの飼育枠のように、等分に仕切られた枠組みを持つ構造となっている。
一般的なアタッシュケースには見られない構造だ。
それらの枠組みの中には、黒曜石にも似た奇妙な石がいくつかに分けられて収められていた。
この黒曜石のような石こそ魔石と呼ばれる異界資源である。
係員がアタッシュケースの枠組みの中から小型の石ころ程度の大きさに見える魔石を取り出して数秒経過した時、突然取り出された魔石が拳ほどの大きさへと規模を変化させた。
明らかな異常に、しかし〝アルブワークス〟の面々も係員にも驚いた様子は見られない。淡々と、アタッシュケースから魔石を取り出していっている。
察しの良い者なら既に理解していようが、あのアタッシュケースは特殊な異界資源と『空間魔法』という魔法スキルを使用して製造された常から逸脱した道具──『魔道具』と呼ばれる物だ。
魔道具も物によって性能は様々だが、あのアタッシュケースの場合は物を小型化してより多くの数を収納可能にする『収納箱』と呼ばれる魔道具である。
収納箱にも性能の上下やオプションが色々とあるようだが、あのアタッシュケースには重量軽減の魔法も掛けられているようだ。
その辺りのことは、千年という時を生きる中で自然と見ただけで理解できるようになっていた。
……この謎の知覚能力には、少し脳裏を過ぎるものもあったが。
──思考が逸れたか。
私は頭を振って外れかけた思考の方向性を戻す。
真に観察すべきは、この後のことなのだから。
現世へと続く視界の中、係員が持ち込まれた魔石の鑑定を終える。
依頼通りDランクの魔石が指定数納品されたようだ。
探索者ギルドに寄せられる依頼にも様々な形式が存在するが、今回〝アルブワークス〟が受けたような依頼の場合は探索者ギルドに納品された品はそこから更に依頼元へと配送される流れとなっている。
つまりこの後あの魔石はそのまま依頼元へと流れていくワケだ。
しかし、今現在。依頼元や探索者ギルドには新たな流れが生じつつある。
そして探索者という人種はそういった機敏に聡い者が多い。良くも悪くも、だ。
『納品確認致しました。クライアントとの契約に基き、こちらは全て常盤の漆等級と代替して先方へと配送されます』
──前体制の探索者ギルドしか知らぬ者が聞けば係員が不明な発言をしたと思うだろう。
依頼者──クライアントが納品に対して何かしらの条件付けしていることは別に妙な話ではない。物にもよるが、依頼者側や探索者ギルド側の規約により納品された品に手が加わったり、依頼者側から探索者ギルド側に交渉して納品された品を別の品と物々交換して配送するようにする事例もある。
しかし、今回納品された魔石の代替となる「常盤の漆等級」という物は何なのか。
一月ほど前まではそのような品は知られていなかっただろうが──今現在は違う。
係員の言葉に疑問を抱いた様子もなく、パーティーの口座に報酬の振込をしてもらいギルドカードを受け取る男性。
その後、エントランスホールに接する位置にあるフードコートの一角にて、〝アルブワークス〟の面々はそれぞれ好きな飲食物を手にテーブル席の一つに集まっていた。
仕事上がりのちょっとした打ち上げのようなもので、今も似たような探索者達の姿がそこそこフードコート内に見受けられる。
『お疲れ。今回も滞りなく終わってよかったよ』
『お疲れー』
『お疲れ様でした』
『お疲れ様でーす』
『お疲れ様です』
『っさまでーす』
パーティーリーダーらしき男性が飲み物を飲みながら依頼の達成と無事の帰還を喜ぶと、〝アルブワークス〟に所属する他の面々も口々に労りの言葉を口にする。
その中でも比較的若手のメンバーはかなり砕けた言葉遣いであったが、他のメンバーに気にした様子はない。
これもまた信頼の形だろう。活気のあるいい雰囲気のパーティーのようだ。
依頼明けの打ち上げの場というだけあって話題は豊富のようで、有意義な話からくだらない話まで様々な話が卓上を飛び交う。
何とも楽しそうで、時折上がる笑い声を少し羨ましく思いながらも眺めていると、目下私が気にしている話題が聴こえてくる。
『しかし、神様ねぇ……。またエラい世の中になったモンだよ』
『もっと早く降臨してくれていればよかったんですけどね。こんな物まで世間に普及できるくらいですし』
『それこの間交換してたヤツか。どうなってるんだろうな、それ。見た目ただの勾玉だけど魔石とはまた違うんだよな?』
『そうっすね。魔石は魔力とかマナとか呼ばれるエネルギーを宿してるんですけど、これはなんかこう……変な感じがするんですよねー。
なんかその……力を使った先からスーッと力が消えていくような。いや消費してるんだから当たり前かもですけど』
『あぁ、俺もまだ数回しか使ってないけど言いたいことはなんとなく分かるよ。魔石から魔力を転用してる時と比べて体に響いてこないような感覚のことだろう?』
『ですね。時期的にもしかすると……ああこれこれ、探索者ギルドも開示してましたよ。常盤色の勾玉の等級別の物性値測定。
同じ等級の魔石と比較してより優れたエネルギー含有量が計測されたってのと、媒介する物体に与える負荷が魔力よりも低いらしいっすね』
『らしいね。実際に企業に流通が始まったのは先月の話だったのにもう勾玉を使った製品が出回ってるのにも頷ける話だと思うよ。
ただまあ、やっぱり変な感じはするけどねぇ』
『あー、まだ慣れてない的なヤツですか?』
『それもある。けどさ、人類にとってちょっと都合が良すぎやしないかなって。この間のニュースで言ってたけど、一部の魔道具だけじゃなくてこの都市の電力すら勾玉で賄い始めてるらしいじゃないか。
魔道具にしてもそうだけど、発電機だってそう単純な構造はしていないはずだ。今では当たり前の魔石発電も異界顕現当時は違っていたのを聞いたことはあるだろう。
千年前、天然資源を燃料としていた発電機を魔石を燃料とする発電機へ転換する計画が推進されていた時、技術的な問題もさることながら人的問題にも発展して、政府を始め企業から民間に至るまでコトが紛糾したそうじゃないか。
けれど今回はそれがない。いや、全くないワケではないかもしれないけど、総体的に見れば常日頃とほぼ変わりない状態だ……』
『なんか神様が魔石とある程度規格を合わせてくれてるらしいっすね』
『そこだよ……あり得るのかな、そんなことが』
『ちょっと気にし過ぎな気も──ってかリーダー、そういや元は探索者じゃなくて工学系の学校出身でしたね。
まーそこをどうにかできちゃうから神様なんじゃないですか?ってのでどうです?』
『正にデウス・エクス・マキナか。理屈を語る上では最低の暴論なんだけど……それしか説明がつかない、か』
……現世のインフラと経済に規格を合わせたのは却って失敗だっただろうか。
パーティー内で行われている遣り取りを天外より盗み見て、盗み聞きていた私は自らの計画を顧みる。
九重と御堂を高天原へ招いて行われた会談の結果、私達は人類に異界探索の労働力と研究力、異界資源の譲渡、また現世で私達に便宜を図る事を条件に、非常時の戦力としての働きや譲渡される異界資源の代替として相応の新資源──後に探索者ギルドに『神代資源』と定義されることになる資源の提供を約束した。
この時、私達は前述した条約に関連するいくつかの取り決めを九重と御堂に持ち帰ってもらっている。
それは世界的組織である探索者ギルドを通して速やかに人類社会に伝播し、各国の政府や探索者ギルドの是を受けて正式に一つの条約として締結された。
そのいくつかの取り決めの一つというのが神代資源の規格のこと。
私が「やり過ぎだったか」と危ぶんでいる内容である。
天照が御堂に語った通り、神代資源は現代に於いて現世に出回っている異界資源に準拠する物になるよう創造して異界資源との交換を実施している。
先ほど話に挙がっていた発電機を例にすれば、異界資源である魔石を燃料として稼働していた発電機に神代資源である勾玉を燃料として投入しても問題なく発電機が稼働するよう、私達の方で物性を調整して神代資源の創造を行い現世へと流しているワケだ。
これは人類にとって悪い話ではない。
私達が採った手であれば、技術体系に用いられる素材やエネルギー資源が転換する場合に起こり得る技術的問題や経済問題をほぼスルーできるからだ。
資源に纏わる転換を迎えるにあたってこれほど好条件はそうあるまい。
しかし今、その「人類にとっての好都合さ」故に私達は動向を疑われている傾向がある。
千年紀から人類を救ったところから始まり、人類側に配慮した交渉を行い現世に居場所を作るところまで、作為的なものを感じている者もいるようだ。
要は「マッチポンプではないのか」ということだな。
この手の疑惑が付き纏うことは分かってはいたが、予想以上に現代人は疑り深い。
これでも日本政府は勿論、各国の政府や探索者ギルドも手を考えてくれてはいるのだ。
高天原での会談の折、御堂が言っていたようにいきなり全ての品目の異界資源の交換は厳しく、いくら私達が代替となる神代資源を用意できても人類側からしてみればある日突然慣れ親しんだ異界資源と使えるかも分からない謎資源との交換を要求されているようなもの。
混乱を生むのは勿論、交換することが何の利に繋がるのかも分からないはずだ。
そこで私達は現世で流通させる神代資源の選定を人類側に一任する旨を条約に含めていた。
これにより、まず探索者ギルドで神代資源の物性を調査し対象となった神代資源の物性値を計測、利用可能な神代資源であった場合はその結果を世界に公表。
そこから政府側で利用可能であった神代資源を国内で取り扱うかを判断、可であれば国内の企業や探索者ギルド等に許可を出し、神代資源の輸入を開始。
その後、人々が神代資源の存在に慣れるのと同時に徐々に利用可能な神代資源の品目を増やしていき、やがて多くの異界資源と神代資源の交換を実現する──そういった流れを作ることを私達は狙い、探索者ギルドや各国の政府はまず真っ先に魔石の代替となる常盤色の勾玉の利用を解禁することでこれに応えてくれようとしていた。
異界資源よりも質の良い神代資源。魔石の代替となる常盤色の勾玉の解禁。魔石発電。現代社会とは切っても切れない関係の最も身近なエネルギー──察しの良い者ならばもう分かっているだろう。
そう、現代社会を生きる誰もが利用しているであろう電力を神代資源である常盤色の勾玉で賄うことで、神代資源の有用性を広く知らしめようとしているのだ。
魔石発電よりも勾玉を使用した発電の方が効率が良く、発電所の生産電力が上がればそれは電気代といった面で民間にも有用性が伝わる。
一連の構図ができ上がれば、自然と神代資源は世界に浸透していくはずだ。
そのためにも神代資源の規格を異界資源に寄せるのは必須とも思えたが……。
「ふぅむ」
まあ……全員が全員天照達の存在に懐疑的というワケではない。
他に視界を向けてみれば純粋に有り難がっている者達もいる。
時間が解決してくれるだろうと私は一旦この思考に区切りをつける。
既に動いてしまっている以上、それ以外にできることもない。
気まぐれに視界を転々とさせていると、大規模な道路の近くのビルに設けられている巨大なモニターが目に入った。
放送されているのはありふれたニュース番組だが、数人のコメンテーターが真剣な表情で語っている内容は千年紀以前であれば奇怪な目で見られる内容だ。
ニュースで取り上げられていたのはずばり天照のことであった。
『──以上が政府による見解です』
『いやぁ……やはり神様が相手ともなると、アプローチにも慎重にならざるを得ないんですねぇ』
『今現在、神代資源の提供という形で明確に繋がりを持てていることそのものが奇跡といっても過言ではないでしょう。
不敬かもしれませんが、今をして日本神話の神々が実在していたという事実に驚きを禁じ得ません』
『そうですねぇ。日本神話の神々のみ実在の確認が取れているというのも不思議なものです。いえ、日本国民としては勿論誇らしい気持ちではありますが、やっぱり……何故日本だけ、という声も挙がっていますからね』
『それについては神々──天照大御神様から政府へ御話があったそうですが……』
『ええ、はい。政府並びに探索者ギルドとしてもその御話は御伺いしております。ですが神々の長たる天照大御神様にも確実なことは判明していないようで、憶測の域で語られた理論を鵜呑みにすべきではないという意見も──』
……そこは鵜呑みにしてほしいものだな。
ニュースを見ていた私は無意識の内に目を泳がせていた。
予め分かっていたことではあったが、千年紀の滅びを覆した未知の存在である天照達が日本神話の神と同じ神名を名乗り、神話体系的に日本に文類されることを現世に発信したのは他国に少なからず不平不満を生んだ。
人間という生物は普段どれほど興味が無さそうにしていても自らの所属に優越を抱くもの。
それは所属する国家という括りにも適用され、日本神話の神々の実在が確認された今、他国にルーツを持つ人々は自らの母国に根付いた神話の神々の実在を未だ確認できていないことに劣等感のようなものを抱いているらしい。
不平不満も千差万別で、単に日本にだけ神が御座すことに対する不公平さを嘆いたものから、天照が直々に政府や探索者ギルドに語った神々のルーツからしてそもそも日本固有の神ではないのではないか、そもそも天照大御神という神格は我が国の神話で語られる〇〇という神格と同一の神格ではないか、そもそも神とは人の思考によって構築された概念的な存在であり実在している日本神話の神々は定義上神とは呼べないのではないかなど──例を出せばキリがない。
それらが国際的な問題に発展しないよう可能な限り政府や探索者ギルドも手を尽くしているが、その政府や探索者ギルドとて一枚岩というワケではない。
観測を行える力があるからこそ面倒なものまで見えてしまう。探索者ギルドに試験材として提供した神代資源を横流ししようと画策する職員がいたりするのも十分面倒だが、天照達に個人的な繋がりを得ようと接触を図ろうとしてくる連中はもっと面倒臭い。
こうしている今も、現代でも人の手で管理され社として機能している神社は勿論、人類の生存圏から外れ放棄された地の社跡に個人だったり何処ぞの勢力のエージェントだったりが潜んでいたりする。
日本政府も規制をかけてはいるのだが、一般的な参拝客の中に紛れ込んでいたり、放棄された地であったりして流石に手が回りきっていないようだ。
仕方ない。
私はそう割り切った。
力は力を呼ぶ。元より面倒は承知の上。
私が現世に干渉したいと願った以上、天照達は全力で現世に干渉の手を伸ばすだろう。であればいつかは必ず通る道だ。
──それに。
視点の高度を上げ、地球の表面を眺める視界を得た私は別の懸念事項に思いを馳せる。
天照の降臨。
千年紀の対処。
人類との接触。
人の世への進出。
私達が現世に多大な干渉を行った今も、異界側に新たな動きは見られない……。