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天外の観測者  作者: 神竜王
10/18

10話

 ────────────────


 『素晴らしい。見事な立ち振る舞いだった』

 「勿体無きお言葉です……!」


 高度50000フィート──メートル換算にして地上約15000メートルの大空にて、天照は遥か天外に座す偉大なる創造主と言葉を交わしていた。


 天外の君も天照も誰かにこの光景を見られる可能性があるのは織り込み済みである。

 天照は自身を中心にある種の結界を展開しており、仮に何者かにこの場を見られたとしても天照はただ佇んでいるだけに見えるだろう。

 謁見を阻む要素は無い。


 『正直に言えばな、私は今気分の昂揚を抑え切れていないくらいに舞い上がっている──そう、浮かれているのだ。

 地球に干渉出来たのが嬉しくて堪らない。そしてこれからも天照を通して干渉を行っていけると考えると胸が高鳴ってくる。

 はははははは。ああ、もうどうしたらいいものか』

 「総ては我が君の思うがままに。その道を阻むものはこの天照が消し去りましょう」


 天照の視界、此処ではない何処か遠くの空間を映したその眼には、ある人物が見えていた。

 そして天照はその人物の事をよく知っている。同じ記憶と知識を持って誕生したが故に。


 身長は179センチと、180には僅かに届かぬほど。

 そしてその身長よりもずっと長いであろう銀灰の長髪に、タンザナイトのような色合いの星雲漂う宇宙が如き瞳を持つ中性的な美貌の男だ。

 天照によく似た切れ長の双眸は、しかし怜悧さを感じさせる天照とはまた異なり何処か穏やかな印象を見る者に与える。

 処女雪のように白い肌を持つ肉体は細過ぎず太過ぎず全体的にバランス良く肉付いており、その場所から長い間身動きらしい身動きを行っていないにも関わらず細く靱やかな筋肉のラインがうっすらと見て取れた。


 そんな、浮世離れした御姿を持ちながらも温厚さを感じさせるこの人物こそ天照の創造主であり、天照に取っての総てだった。

 そんな最愛の君が、ころころと無邪気に笑っていた。

 天照の働きを見て、だ。


 天照は歓喜の余り言語としての意味を成さない叫び声を挙げたくなるのをぐっと堪え、優雅に低頭してみせる。


 『さて、これからどうコトが運ぶかだな。見た感じ苦戦こそすれ人類が敗北するような危険性はもう無いと見ていいだろう。

 と、なると問題は戦後だ。私達の思惑通りにいけばいいのだが……』

 「日本国内はともかく、海外からの干渉が気になりますね」

 『その通りだ。正直、予想らしい予想も出来ていない。九重の影響力も海外の動きまでは抑え切れないだろう』


 悩ましいな、と天外の君は瞑目した。

 天照もまた、すらりとした顎に片手を添えて思考する。


 「……戦後の状況にも依りますが、即座に武力行使による干渉を行ってくる可能性は低いと見ていいでしょう。

 九重とは別に、私が今滞在している高度よりも上の方から見られている感覚がありました。この感じは、人工衛星という物ですね。

 つまり私の姿と力は当初の予定通り各国に知れ渡っていると考えた方が良いかと。この条件で無闇に武力行使に出る愚か者が居るとすれば、そもそもそのような思慮の足りぬ者の事は考慮するだけ無駄です。

 残りの可能性の中でも高いと考えられるのは……やはり使節団の派遣でしょう。私に接触を図り、此の身を人類に取って都合の良い枠組みの中に組み込もうとしてくるはず。

 この時厄介なのは国という枠組みが絡んできた場合でしょうか。予定通り、私は日本を本拠地として人の世に干渉していくつもりですが……他国が自国の戦力として私の存在を求めるのは目に見えています。

 良からぬ事を画策する者が出てくるのは避けられぬかと」

 『ふぅむ……他国となると宗教問題も絡んでくるのか。宗教関係には詳しく無いが、確か天照大御神は何処かの神話の神格と同一視されていなかったか?』


 腕を組み首を傾げている天外の君と同じように天照も記憶を辿るが、明確な神名は思い出せなかった。

 そもそも天照の記憶と知識は創造主から受け継がれたものだ。創造主である天外の君が思い出せないものを思い出せるはずもない。

 天照は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


 「他の神話については無視するしかないでしょう。何か騒がれたとしても天照大御神として通した方が正統性が際立つかと」

 『そう、だな。下手に他の神話の神格と混淆した立場を得るよりも、純粋な一つの神話の神としての立場を得た方が安定するか。

 他国からの干渉に対する解答はそれで通そう』

 「了解しました。あとは計画の土台となる日本についてですが、日本国内での活動は九重の協力と合わせてかなり幅が利かせ易いはずです。

 計画の大筋に添って、臨機応変に対処致します」

 『ああ、天照に一任する。もし力の補給が必要であればいつでも伝えてほしい。私には力を送る事しか出来ないからな……力だけは何故かあるのだ、自分の服すら創造出来ないのにな』


 嘆息して組んでいた腕を解く天外の君。

 銀灰の長髪が揺れ、均整の取れた美しく靱やかな裸体が露になる。

 見惚れた天照はうっとりと囁くようにして言う。


 「お美しゅう御座います我が君……」

 『全裸では格好も付かないがな、はははははは……』


 天外の君は首を横に振り苦笑いしている。

 天照を創造したはずの天外の君は、しかし物を単体で創造する力は持ち合わせていなかった。

 新たに天照のような創造体を創造しその創造体から物を受け取ろうにも、まず天外の君が滞在している空間にどういうワケか創造体が存在する事が出来ないらしくその手も使えない。

 結果、天外の君は麗しい肉体を曝け出している状態が続いていた。

 天照に取っては、天外の君には申し訳も立たぬが眼福と言わざるを得なかった。


 『まともな衣服であれば、どんな物でもいいのだが……』


 天外の君がそう呟いた刹那、その御姿が揺らいで変わる。


 銀灰の長髪はそのままに、星雲漂う宇宙が如き紺色の瞳は、終焉を迎える銀河が如きピジョンブラッドの瞳へと色を変え、靱やかな筋肉のラインが薄く見えていた肉体からは筋肉のラインが薄れ、変わりに全体的に程良く肉付いた曲線美の美しい肢体へと様変わりしていた。

 形良く実った豊かな乳房と丸みを帯びた臀部を持つその肉体は正に女性のそれであり、天外の君は男性体から女性体へとその御姿を変えていたのだ。


 天外の君は自らの肢体を見下ろし、感慨深げに言う。


 『不思議なものだな。肉体の性別がころころと勝手に変わっていた頃は性差による違和感を感じていたものだが、今では男性体と女性体どちらも違和感無く私であると感じられる。

 これも慣れというものなのか、或いは……』


 男性体同様に切れ長の目つきでありながら穏やかさを感じさせる美貌は、しかし何処か妖艶さを孕む艷麗なものへと変化していた。

 やや目を細めがちに語る天外の君の御姿に、同性の肉体でありながら天照は密かにごくりと生唾を呑む。

 優れたる美は同性ですら惹き付けてしまうものだ。


 何事か考えていた天外の君はそっと息を吐くと男性体へと戻る。


 『話が逸れてしまったな、すまない……といっても現時点ではもう計画について語れる内容も無いのか』

 「はい……この計画は長い目で見る必要がありそうですし、初動はどうしても人類の動き方に影響されますので」

 『此度の乱が治に還るまでは手持ち無沙汰になる、と。であれば天照、もし良ければこのまま私の話し相手になってくれないか?

 長く孤独な時間を過ごしていたのでな。こうして言葉を交わし合うだけでも楽しいのだ。どんな話題でも構わない』


 そう語り愉快そうに微笑む天外の君に、天照はただでさえ早くなっていた胸の鼓動が更に加速したのを自覚した。

 そっと着物越しに胸に手を当てると、只人であったのなら命を落としているであろう心拍数が伝わってくる。

 それを抑え込むように着物を軽く握ると、天照は熱い吐息と共に謳い上げる。


 「この天照、僭越ながら喜んで御相手させて戴きます。総ては我が君の思うがままに」

 『ありがとう。では、何から話そうか──』



 地上で人類と異界の乱が続く最中。

 遥か上空では、主従による和やかな会話劇が繰り広げられていた。



 ────────────────


 西暦3000年1月10日。

 名称を『千年紀』と定められた世界的異界陥落事変の終息から3日目の午前10時頃。


 「此処が件の大社跡地か」

 「はっ。現在は西日本第二都市に位置している出雲大社の移転前の跡地かと」


 九重は自らが長を務める特務機関の部隊を率いて、新年を迎えたあの日仮称アンノウンと遭遇した大社跡地を訪れていた。


 また、今回この地に訪れているのは九重とその部下達だけではない。

 西日本防衛隊総司令官『御堂みどう 総司そうじ』。

 御堂家の現当主であり実家の家業として神社を保有しているが、兄妹の中で下の妹の方に神職に相応しいスキルが発現した為、強力な戦闘系のスキルが発現していた兄である御堂は軍人の道を選び西日本防衛隊に入隊。

 その後、御堂自身の優れた能力と周囲からの好評価も相まって、数年前に西日本防衛隊総司令官として任命。

 現41歳という若さにして総司令官という立場にある傑物の一人だ。


 御堂は偵察の提案をしてきた部下に少し待つように告げると、傍らの九重に声を掛ける。


 「私には気配らしい気配は感じられないが……お前はどうだ、九重?」

 「自分も同じく。初遭遇時同様、アンノウンの気配は感じ取れません」

 「そうか……ああいや、だがこの際それはいい。最後にアンノウンの姿が確認されたのはこのポイントに降り立っていくところであり、その後の行方が判明していない以上採るべき手は変わらん。

 しかし九重ですら知覚不可能な相手ともなると、このまま行方が分からなければ厄介だな。まだこの大社跡地に留まってくれていればいいが……」


 御堂は険しい表情を浮かべる。

 御堂の考えでは仮称アンノウンが現れる位置はある法則性があると踏んでいた。

 すなわち、神社や寺などの神道・仏教に列せられるファクターが存在する土地だ。

 そしてこの時、もし神社だけではなく寺にも現れるとなれば宗教的に厳しい問題が立ちはだかってくる。

 仮に仮称アンノウンを明確に人類側に取り込めたとして、仮称アンノウンをどの国の枠組みに組み込むのか、そこから発生する仮称アンノウンに関する権利を何処に付与するのか。

 問題は山積みだ。いずれにせよ話が複雑化するのは目に見えていた。

 御堂と九重の推測通りであれば、仮称アンノウンはこの日本という国に於いて最も影響力を持つ『神』である可能性が高いのだから。


 と、そこで御堂は一旦思考の海から浮上する。

 今はただ行動すべき時だと。

 先程偵察の提案をしてきた部下に声を掛ける。


 「私と九重が先行する。偵察班は今回は探索班として私と九重が通った後を探索してくれ。決して私と九重より先に進行しないように」

 「了解です」


 普段は進行先の様子を探らせる事の多い偵察班を後ろに下げ、御堂は移動を開始する。

 九重も自らの部隊に御堂の部隊と共に行動するように指示を飛ばすと、御堂の隣に並び歩き始めた。

 九重は懐かしむように目を細めて語り掛ける。


 「総司令とこうして現場に出てくるのは久しぶりですな」

 「フッ。総司令官、だからな。最後に現場に立ったのは私が総司令官の役職に任命される以前の6年前か。

 だが心配は無用だ。総司令官になった後も訓練は怠っていない。自分の力は把握している。その上で、私もまだまだ現役のつもりだよ」


 周囲の警戒をしながらも御堂はニヤリと笑ってみせた。

 戦術スキル『領域業師』。

 スキルの位階としては九重の持つ『剣聖』と同等の強大なスキルだ。

 分類的には支援系のスキルであるこれを、御堂は軍人として錬磨された技術と肉体を併用して幅広い分野で活かしている。

 味方の支援から自分単体の戦闘能力の向上まで大抵の事は熟せる。

 特に強力なのは付与能力の解釈の広さ。

 領域業師は単なる強化のみならず『特性の付与』という能力を兼ね備えており、これの応用性が段違いに高いのだ。

 カバー範囲の広いスキルに軍人の知識と技術が合わさって弱いはずもなく、御堂は世界的に見ても有数の戦士である。

 衰えていないのであれば前線に出てくるだけの力は十分だ。


 見た目、細面で神経質そうな冷たい顔立ちの御堂が浮かべる好戦的な笑みに、九重は「頼もしいですな」と苦笑した。

 中年のエリートサラリーマンのような見た目からのこれである。

 外見と中身が一致しない事のいい例だ。


 そんなやり取りを傍らに、御堂と九重は大社跡地の境内を進んでいく。

 木製、鉄製、銅製の鳥居を通り拝殿へ、そこを迂回し更にその先、本殿に。

 ぼろぼろに風化した塀の中央部にある崩れかけの門、本殿到達直前のその場所で御堂は足を止めた。

 九重もそれに倣い足を止める。


 「この門の先だな?」

 「はい」

 「そうか。──行くぞ九重」


 道中、仮称アンノウンは発見出来なかった。

 探索班からも目ぼしい報告は上がってこず、今も後方を探索中だ。

 もし仮称アンノウンがまだこの大社跡地に居るとすれば、それは初遭遇時に居た本殿に他ならない。

 御堂は覚悟を決めると、門の角からそっと顔を覗かせた。

 そして瞠目する。

 気配は感じなかった。

 こうしている今も気配など感じていない。

 しかし目の前の光景がその感覚を否定する。

 風化し崩れ去った本殿の近くに転がっている苔むした大岩の上に、その存在は腰掛けていた。


 九重の報告と衛星の映像データ通りの御姿だ。

 いくつもの黒金の髪留めで飾られた、烏の濡れ羽のような長く艷やかな黒髪。

 赤き黄金が如き夕陽色の双眸。

 日本人的な色白の肌の美貌に、十二単衣にも似た幾重もの着物。

 その着物の上からでも見て取れる抜群のプロポーション。

 見間違うはずもない。

 新年を迎えたあの日の夜明け、際限など無いかのように無数に出現した異界の穴を外部からの攻撃で葬り去った、前代未聞の存在。

 仮称アンノウンがそこに居た。


 御堂は揺れる心を鎮めるように深呼吸すると、門の角から出て姿を現す。

 九重もそれに追従した。

 二人はそのまま歩みを進めていき、仮称アンノウンから十メートルほど離れた位置で足を止める。


 さて、どう口火を切るか──御堂がそう考えていた時、仮称アンノウンが動いた。

 大岩に腰掛け両手を後ろに付き、上体を少しだけ後方に傾けて空を眺めていた仮称アンノウンの首が傾き、切れ長の目が御堂と九重の方に向けられる。


 「人の子か。この寂れた地に、随分と大所帯で押し掛けたものよ」

 「……失礼しました。人の尺度ではこういった場合、行動を起こす時に大人数が必要になり易いのです。

 どうか、平にご容赦を」


 今回のこの作戦行動の頭目は御堂だ。

 故に、まずは御堂が仮称アンノウンとの対話に臨んだ。


 御堂の部隊は御堂自身を除いて40名、九重の部隊は九重自身を除いて32名。

 どちらの部隊も一部隊としては小隊ほどの規模だが、二部隊揃えば中隊ほどの規模にまで膨れ上がる。

 大所帯と言われても過言ではない数字だ。どの道、どちらか片方の部隊だけでもそう言われていただろうが。

 人数を把握されている事への疑問は無い。

 仮称アンノウンであれば、その程度の感知は容易だと予想出来ていた事だから。


 こちらの人数を気にしたような言葉とは裏腹に、仮称アンノウンからは特にそれを咎めるような様子は見られないが、御堂は様子見も兼ねて下手に出た。

 今求められているのは円滑な会話だ。

 相手を怒らせるような言葉は可能な限り避けねばならない。

 尤も、仮称アンノウンの感情の揺れ動きが人の尺度で計れるものなのかは不明だが……。


 「今は構わぬ。本来、神域とは只人が立ち入ってよい場ではないが……その無礼、見逃そう」


 仮称アンノウンはそう答え、傾けていた上体を起こすとふわりと重力を感じさせない所作で大岩から飛び降りた。

 大岩は分厚い苔に覆われていたが、仮称アンノウンが座っていた場所に苔が剥がれたような痕跡は残されていない。

 身に着けている着物にも汚れ一つ無く、苔むした大岩に直接触れていた繊手も綺麗なまま。

 職業柄、相手の様子を見る事に長けた御堂はその様子を見て様々な可能性を脳裏に浮上させたが、すぐに思考を引き戻して目の前の事に集中する。

 常識の範疇に収まっている相手であれば実体の無いゴーストかレイスの類いかと疑っていたところだが、仮称アンノウンは埒外の存在だ。

 低次元からの干渉は受け付けないという事もありえる故に、思考は留めておくべきだった。


 「して……何用で此処に参った? そこの人の子は私との約束を果たしに来たのだろうが、汝は何故此処に?」


 仮称アンノウンは九重を一瞥した後、御堂を見据える。

 威圧感のようなものを感じているわけでもないのに、心身が勝手に萎縮するのを御堂は自覚した。

 ただ眼前に存在しているだけで圧倒されていた。

 御堂は意識して気を引き締めると、口を開く。


 「私は御堂総司と申します。西日本防衛隊の総司令官を務めている者です。此処へは貴女の恒久的な御助力を得るべく参りました。

 その話の前に、まずは御礼を申し上げたく思います。この度の事変に於いては、御協力戴き誠に感謝しております」

 「よい。それで汝の語る恒久的な助力とは何を指すものだ?」


 御堂としては様子見として選んだ言葉だったが、仮称アンノウンは軽く流すと本題の方に移る構えを見せた。

 予想以上に反応が薄い。本題以外の話題では関心を引けなさそうだった。どうやら政治じみた婉曲的な話題は避けた方が吉と見た御堂は、会話の流れに添う形で話題を展開していく方向性に舵を切っていく。


 「これから先、貴女に御助力戴いた今回の事変のような出来事が起きた際、再び貴女の御助力を得たいのです。

 今回の事変……我々人類の間で『千年紀』と称されるようになった世界的異界陥落現象は、あのまま進行していれば人類を絶滅に追い込んでいたでしょう。

 我々は千年紀を甘く見てはいません。貴女の御助力が無ければ数日中に戦線は崩壊し、一月保たずして人類滅亡の時を迎えていたはずです。

 もし再び千年紀のような事変が起きた時、人類が人類の力のみでその事変に立ち向かえばその時こそ未来はありません。

 だからこそ貴女の御助力を得続けたい。人ならぬ超越者であろう、貴女の存在が人類には必要なのです」


 包み隠さず人類側の思考を打ち明ける御堂。

 妙な意地を張らずに人類側の絶望的不利を訴え、慈悲を引き出そうとしているのだ。

 少なくとも既に一度、仮称アンノウンは人類を救っている。意図についてはどうあれ、仮称アンノウンは考え無しに乞われるまま動いたのではなく、明確に人類を守護する意思を持って動いた可能性が高いと御堂は踏んでいる。

 とはいえ、交渉という観点から見れば弱みを見せていく御堂の応手はあまり良くはない。

 それを自覚しているからこそ御堂は様々な思惑を巡らせていたのだが、仮称アンノウンの答えは単純明快なものだった。


 「よかろう。必要以上の助力はせぬが、汝ら人の子が持て余す事象には私達・・が力を貸してやる」


 どくりと心臓が強く波打った。

 意図も容易く言質を取れたから? 確かにその通りだ。

 だがそれだけではない。

 仮称アンノウンは今何と言った?

 「私達」と、複数形で物を語ったではないか。

 まるで仮称アンノウンのような超越者が他にも存在しているかのように。


 「──名を」


 ここだ。

 ここしかない。


 邂逅から今に至るまで、ずっと問えずにいた事を問う時が来た。

 御堂はそう直感し、とうとうその問いを仮称アンノウンに投げ掛ける。

 時代の転機を決定付けるであろう、その言葉を。





 「貴女の御名をお聞かせください」





 隠し切れず、僅かに震えてしまった声音で紡がれた名を問う言葉に、仮称アンノウンはこう答えた。









 「私は天照。遍く万象を照らす赤き黄金、陽の女神にして高天原を統べる最高神である」

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