東京ダンジョンタワー外伝~神木刹那、我は此処に在り~
この短編は、『東京ダンジョンタワー~平凡会社員の成り上がり迷宮録~』に登場する神木刹那のサイドストーリーとなっております。
本編を読まなくても楽しめるものとなっておりますので、是非読んでいただけらと思います。
「や~っと終わった~」
「ねぇ帰りにス〇バ行かない?」
「なんで中練なんてあるんだよ……雨の日ぐらい休ませろってんだよなぁ」
「マジそれな」
物心ついた時から、何かが違うと漠然とした違和感を抱いていた。
でも何が違うのか、それが自分でもよく理解ってはいない。
その違和感が余りにも漠然としすぎているからだ。
――“私”がいるこの世界はなんなんだ?
綺麗に並んでいる住宅。舗装された道路。空高く聳え立つ高層ビル。一日中明るいコンビニ。蟻のように群れを成して走る車。鳥のように空を飛ぶ飛行機。
可愛らしいランドセル。勉強するための学校。クルクルと回る先端が尖ったシャーペン。人が映るテレビ。電話もゲームもできるスマホ。
くたびれたスーツを纏い死んだ目をして歩くサラリーマン。声が五月蠅くスカート丈が短い女子高生。深夜に爆音を鳴らす暴走族。路上で煙草を吸う喫煙者。
目に付く全てのものに違和感を覚える。
こんなものはまやかしだと、何かが訴えてくるんだ。
『次は○○~次は○○~、降りる際はお手元の――ピンポーン。
『○○に停車します。危険ですので、バスが停車するまで立ち上がらないでください』
「ありがとぉ~ございぁした」
――“私”はなんだ?
違和感を抱いているのは、この世界に対してだけじゃない。
それは自分自身に対してもそうだった。
母親譲りの整った顔。ハスキーな声。柔らかな肉付きの細い身体。艶やかな髪。ひらひらと舞うスカート。
どれもこれもおかしくて変だった。
女の子の見た目をしている自分を見ていると滑稽で笑ってしまいそうになる。
どうも身体と精神が噛み合っていない気がした。
色々と調べた結果、性同一性障害が一番近いと思われた。
私は女ではなく、男なんだと。体は女だけど、心は男であると。
だから女の見た目をしている自分がおかしいんだと。
が、それさえも違う気がした。
男だ女だと性別などではなく、もっと根本的なもの。
身体と魂が合っていない。
ちぐはぐというか、噛み合っていないんだ。
上手く言えないけど、そうとしか言えない。
――私はなんだ?
――私は誰だ?
生きている世界が違う。己自身も違う。何もかもが違う。
私――神木刹那は、そんな違和感を常に抱きながら、十七年間退屈な日々を送っていた。
◇◆◇
ガチャリと、家の鍵を開ける。
雨で濡れた傘に付着している水滴をパッパッと払いながら、ドアを開けて家の中に入った。
「ただいま」
おかえり。と言ってくる者が家に居ないのに挨拶を毎回しているのは何故だろう。この世界に自分が存在していると少しでも証明したいからだろうか。
傘立てに傘を乱暴に入れ、靴を脱いで上がる。
真っ直ぐ自分の部屋に向かい、『せつな』と書かれたプレートが掛けられているドアを開ければ、物が乱雑に置かれている汚らしい部屋が視界に飛び込んできた。
とても今をときめく女子校生の部屋とは思えないぐらいきったない部屋だ。
自覚しているのにも関わらず、片付けようとは微塵も思わないけど。
「あっつ……」
学生服を脱いでその辺に投げ捨て、その辺にあったTシャツと短パンを着て部屋を出る。
リビングに行って冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで一杯飲むとシンクに入れた。
「さて、やりますか」
肩を回し、テレビの下に置いてあるゲーム機をガチャガチャと弄る。テレビをつけ、本体の電源を起動させてコントローラーを握った。
「昨日充分レベルは上げたからな。今日でクリアしてやる」
私はゲームが好きだ。いや、好きなものがゲームしかなかった。
小さな頃からずっと家に引きこってゲーム三昧。なので友達は一人もおらず、私は俗に言う“ぼっち”という奴だった。
何故、私がゲームの魅力に取り憑かれてしまったのか。
それはゲームの中が、この世界とは別の世界だったからだ。
特にファンタジーもののゲームは、どうしようもなく心が惹かれてしまう。
勇者だとか、魔王だとか、剣や魔法だとか、モンスターだとか、バトルだとか、広大なフィールドだとか。
今いる世界とはまるっきり違うその世界観がたまらなく好きで、少しでもゲームの世界に浸りたいのだ。
ファンタジーの世界なら漫画や小説にもあるけど、何か物足りなかった。それらも好きではあるけれど、やはりゲームでなくては駄目だった。
アイドルや若手俳優、オシャレな服やブランドもののバック。どれに対しても全く興味が沸かない私が、唯一楽しいと言えるものがファンタジーゲームだったんだ。
ファンタジーゲームが好きな理由がもう一つある。
それは、ファンタジーゲームの世界観を懐かしく感じるからだ。郷愁というやつだろうか。
上手く表せないが、ファンタジーゲームをしている時だけ胸が高鳴り、心が激しく踊ってしまう。
――ここが私の世界だ。
私でない何かが、そう叫んでいる気がした。
できることならば、この世界に入りたいと思うぐらいに、私はゲームに熱中していた。
◇◆◇
「だだいまぁ~~」
「うわぁ~ひっでぇガラガラ声」
「あれ~せっちゃんまだ起きてゲームしてる~。駄目だって言ったのに~」
深夜零時を回って帰ってきたのは、母親の神木麻莉奈だった。
黒のドレスっぽい衣装の上に、コートを一枚羽織っただけの煽情的な格好。かなり酒を飲んでいるようで、声がガラガラで足下がふらふらしていた。
母さんがこんな夜遅くに帰ってきて、あんな派手な格好をしているのはスナックのママをしているからだ。
いわゆる水商売ってやつ。
といっても、私は母さんの仕事にケチをつけたことも不満を抱いたこともなかった。水商売だって立派な仕事だし、女手一つで私を育ててくれた母さんに感謝はあれど、文句や恨みなんてものはい。
まぁ、世間一般的には遠慮されガチなので、母さんは私に申し訳なく思っているみたいだけど。
父親? 私が小さい頃に浮気して出て行った。それ以上語ることなんて何もない。
母さんは食卓の椅子にぐでっと座りうつ伏せになると、ゲームを続行している私に問いかけてくる。
「そういえばさ~、せっちゃんの机の上に進路調査票? みたいなの置いてあったけど、せっちゃんは進路どうするの~?」
「あ~~、まだ何も考えてないな~」
「え~、せっちゃんって高二でしょ~。来年卒業だし~、やりたい事とかないの~?」
「ないな~」
ラスボスまで辿り着いた私は、イベントシーンを眺めながら適当に答えた。
やりたい事って言われても、本当に何も浮かばない。頭もそんなに良くないし、得意なことも一つもない。
だから高校卒業した後の将来、何をしていいかわからなかった。
「じゃああれ、プロゲーマーとか? 今はeスポーツって言うんだっけ? せっちゃんゲーム得意だし、それになっちゃえば?」
「いや~、私がしてるゲームはプロ向きじゃないからな~無理なんじゃない」
「そっか~。じゃああれは? ゲーム配信だっけ? お客さんにもいるんだけど、結構稼げるらしいよ~。せっちゃんなんか可愛いから、ファンとかいっぱいつくんじゃな~い」
「私はトークが下手だから、配信者は無理じゃないかな。まぁ、やってみるのもありかもね」
おっと、なんだこのボス。
いきなり即死の攻撃してくるなよな。ラスボスだからって何しても言いわけじゃないんだぞこら。
「遠慮はしないでね。せっちゃんが大学を通えるぐらいのお金は溜めてあるんだから」
「……」
ゲームに夢中になっていると、不意に母さんがそんな事を言ってくる。だからつい、コントローラーを握る手が止まってしまった。
「今んところ予定はないけど、いきたくなったら言うよ」
「ど~んとこいよ~!」
ようやくラスボスを倒し、ゲームクリアとなる。
エンディングの最後までしっかり堪能した私は、ゲーム機の電源を消して立ち上がった。
「すぅ~、すぅ~」
「こんなところで寝るなよな。風邪引くだろ」
食卓に突っ伏して完全に眠ってしまった母さんにため息を吐いた私は、毛布を持ってきて静かに掛ける。
「将来……か」
そんなもの、私にあるのだろうか。
ある日。
学校に行くと、何故か教室が騒ついていた。クラスメイトがスマホを見てやけに興奮している。気になったので、耳をすまして会話を盗み聞く。
「ねぇ昨日のニュース見た~!? 東京タワーに入れなくなっちゃったんだって~!」
「見た見た~! 中に閉じ込められた人もまだ救助されてないんでしょ~!?」
「東京タワーだけじゃね~らしいぞ。世界中の有名な塔も入れなくなってるらしいぜ!」
「えっマジ!?」
(東京タワーに入れない? んな馬鹿な話があるわけ……)
会話の内容からすると、突然昨日東京タワーの出入り口が開かなくなってしまったらしい。
しかも一日経っても未だに開かないんだとか。
それに出入り口が開かなくなったのは東京タワーだけでなく、世界中の有名な塔も同じようになっているみたいだ。
興味を抱いた私は詳しく知りたいとスマホを手に取り、ネットやSNSで情報を集めていく。
クラスメイトが言っていた通り、ネットは閉ざされた東京タワーのことで持ち切りだった。
そして東京タワーだけでなく、他の国の塔も同じようになっているのも本当だった。
閉ざされた東京タワーは、何をしても開かないらしい。自衛隊が強行突破を試みても、何一つ傷をつけることができないみたいだった。
「なんだか恐いよねぇ……」
「もしかして宇宙人の仕業とか?」
「まっさか~!」
「でも、中にいる人も早く助け出されるといいね……」
塔に閉じ込められた人たちの安否を案じるクラスメイト。
だが東京タワーに閉じ込められた人たちは、一週間経っても助け出されることはなかった。
2022年某月。
この日のことを、人類は一生忘れないだろう。
東京タワーが開かなくなってから一週間後。
事態は唐突に急変した。
日本政府が全国民に対して、こんなことを発表したのだ。
――扉は開いた。しかし、中は異世界だった。
「……は?」
何を言っているんだこいつらは。頭がおかしくなったのか?
責任から逃れたくて出鱈目なことを言い出したのか。
誰もがそう思っただろう。
しかし、政府の言っていることは間違いではなかった。
私はすぐにネットやSNSで情報を調べて、真偽を確かめようとする。
すると、扉が開いたのは東京タワーだけではなく、他の国の塔も同様に開いて、塔の中は異世界になったという情報が拡散されていた。
それを裏付ける証拠は、「YouTubeを見ろ」という書き込みによるものだった。
世界一の動画配信サイトであるYouTube。
今ではすっかり人々の日常と化し、ユーチューバーという職業まで存在している。私もゲーム動画を見たくてYouTubeは普段使っている。
そんなYouTubeに、東京タワーの中が異世界だという証拠があるそうだ。
すぐにYouTubeを開くと、急上昇ランキングのトップにライブ配信があった。それをタップして画面に映る映像を見ると、私は驚愕した。
「なんだ……これは……」
画面の中には、広大な草原が広がっていた。
草原の中で、数名の自衛隊員がスライムらしき物体に銃を撃ち込んでいる。
日本だけではない。
外国の塔の動画も、同じように人とモンスターが戦っている。
ファンタジーゲームのような世界で、生身の人間がモンスターと戦っている。
その映像は決してCGや作り物ではなく、全てが本物のように感じた。
「はは……嘘だろ?」
その映像を見た時、私はどんな顔をしていただろうか。
驚いたのか。恐怖したのか。それとも笑っていたのか。
ただ、一つだけ確かなことがある。
画面に映る動画を目にした時、私は筆舌に尽くしがたい懐かしさを抱いたのだ。
2022年某月。
この日、世界は震撼した。
◇◆◇
世界中の塔が異世界に変貌してから、早くも半年が経った。
その半年間で、異世界について多くの情報が発見された。
・異世界には電波が通っている。
異世界にいる同士で電話やメールができるし、ネットにだって繋がる。電波が通っているのは中だけではなく、現実世界にも繋がっていて、中から外にも連絡が可能になっている。
・異世界は現実世界と時間や気候がリンクしている。
現実世界が夜になれば異世界も夜になるし、外で雨が降っていれば中も雨が降ったりしている。(リンクしているのは塔周辺の時間や気候)
・異世界は先に繋がっている。
ステージは一種類だけではない。ステージのどこかに階段があり、階段を登ると新たなステージに行くことができる。階段を降りると元のステージに戻れる。
また、ステージには自動ドア(他国はそれぞれのドア)があり、自動ドアに入ると現実世界に戻れる。
・異世界にはモンスターが存在している。
それも全く見たことがないモンスターではなく、ゲーム好きなら誰もが知っているスライムやゴブリンなど、創作でよく使われるモンスターと外見が酷似していた。
・モンスターには現実世界の兵器が通用しない。
これは日本や他国の自衛隊がモンスターと戦っている動画で分かった。重火器や鈍器などで殴っても、モンスターを倒すことは不可能だった。
モンスターを倒すには、殴る蹴るなどの身体の一部での攻撃、もしくは異世界で手に入れられる能力や武器での攻撃しか倒せない。
・モンスターを倒すと、アイテムがドロップする。
アイテムというのは、剣や盾などの装具だったり、回復アイテムである小瓶だったり、小さな石ころだった。
小さな石ころは『魔石』と呼ばれ、魔石は一つでやばいくらいの電気エネルギーを貯め込んでいることが研究者によって判明された。
・異世界にはステータスやレベルといった概念がある。
RPGゲームに備わっているステータス。レベルに職業、HPやMP、攻撃力や防御力など、その者の能力値が設定されてあり、ステータスは可視化できる。
また、モンスターを倒すことでレベルが上がる。
一つ上がることによってステータス値は上昇され、成長できる。
・異世界には魔術や武技、スキルなどの概念が存在する。
これもゲーム同様、何もないところから火炎や水球を生み出したりすることができる。
恐らく異世界について一番興奮をもたらしたのが魔術の存在だろう。古今東西、人間は魔術に憧れを抱き、一度は使ってみたいと夢見ていたからだ。
スキルは【体力増加】や【火炎魔術】といった、身体を強化してくれる能力や魔術を覚えるためのものだ。
様々なスキルがあり、またレベルを上げることでさらにスキルを強化できる。
アーツは、スキルから取得すると覚える技だ。例えば【剣術】スキルのレベルを上げれば、『パワースラッシュ』という強力な攻撃技を覚えられる。
・異世界で死んでも、無傷で現実世界に戻れる。
異世界はかなりリアルに忠実になっている。五感もうそうだし、痛覚などもしっかり反映される。モンスターから噛みつかれれば痛いし血が出て、首を掻っ切られれば死ぬ。
だが、例え死んだとしても現実世界に戻され、出口の前に突っ立っているそうだ。
この仕様は凄く有用で、異世界に入っても安全が確保されたし、死の危険を顧みず多少無茶をできるようになった。
ただし、死んだ時のペナルティーがあり、もし死んでしまったら48時間異世界に入ることは不可能になった。
・異世界に入っている人物のライブ映像を、YouTubeで見ることができる。
誰がどうやって配信しているのかは判明されていないが、異世界にいる全ての人間のライブをYouTubeで見ることができるんだ。
これもまた世界中に興奮をもたらした要因の一つだ。
だって、自分が異世界に入らずとも楽しむことができるんだから。
ただし、普通に血が出たり身体が欠損したりと過激なグロテスク描写があるため、興奮と同じくらい忌避されている。
噂によるとYouTube本社は動画を削除したり非公開にしようとしたのだが、不可能だったらしい。
・異世界はダンジョンと呼ばれるようになった。
モンスターやアイテム、ステータスや魔術といった概念があり、ファンタジーゲームと同じ世界観であることから、異世界はダンジョンと呼ばれることになる。
というのも、誰かがSNSで「これダンジョンだろw」みたいな投稿が拡散され、それがトレンド1位になり、正式にダンジョンと呼ばれるようになったんだ。
「……と、今出てる情報はこんなところか」
ノートに書かれているダンジョンの情報を確認しながら、私は一人ぼやいた。
ダンジョンが出現してから、私はダンジョンに熱中した。
好きなゲームにも一切手をつけず、YouTubeの動画を見たりネットやSNSで情報を集めまくった。
それほど、私はダンジョンの世界に取り込まれてしまったんだ。
まぁ、私のような奴は五万といるだろうけどな。
今や世界中の話題はダンジョン一色になり、朝も昼も夜のニュースも全てダンジョン関連のものばかり。
そりゃそうだろう。
こんな、世界を揺るがすような大事件が起きたんだから、注目せざるを得ない。
報道の中には、「ダンジョンからモンスターが出てこないのか?」「中に閉じ込められてしまった人達はどうなっているのか?」「東京タワーごと破壊したほうがよいのではないか?」など、ダンジョンが危険視されているものもある。
それも当然だろう。
ダンジョンの出現に興奮する者もいれば、恐怖を抱く者もいる。
なんせ得体が知れないのだから。どんな災いが降りかかってくるのか分かったもんじゃない。
今のところ、全体の九割の人間がダンジョンに恐怖していると思われる。
人間にとって未知というのは好奇心をくすぐるものでもあるが、恐怖の対象でもあるからだ。
「あと五分か……」
壁にかけられた時計を見て、ぽつり呟く。
どうやら日本政府が今日の午後七時に、ダンジョンに関して重大な会見をするそうだ。
それを見逃すまいと、私はテレビの前でスタンバっている。
スマホで見ていたダンジョンライブを消し、テレビの電源をつける。
七時になった瞬間、テレビ画面が映り変わると、スーツを纏う一人の男が現れた。
『国民の皆様。こんばんは、私は合馬秀康といいます。私の方から、皆様にお伝えしたいことがあります。それは事前に告知していたものである、目下最大の問題である東京タワーについて、でございます』
「合馬……秀康……」
テレビの中で会見している大柄な男――合馬秀康は、威風堂々とした態度でマイクを持ちながら口を開いた。
『皆様もご存じの通り、現在東京タワー並びに各国の塔は、異世界――ダンジョンと呼ばれるものに変貌されていました。馬鹿げた話だと思われますが、残念ながらこれは現実です。
夢でも冗談でもありません。現在確認されている351名の民間人が、今もダンジョンの中に囚われており、救出の目途もたっていない状況となっています』
「あの情報は本当だったのか……」
東京タワーは突然ダンジョンに変貌した。
では、ダンジョンに変貌する前に中に居た人間はどうなったのか?
その答えは彼が言ったように、一人として助け出されていない。生きているのかさえ、不明だった。
『そこで我々日本政府は、ダンジョンに対応するための新たな機関、ダンジョン省を新設することに致しました。そしてダンジョン省の大臣には私、合馬秀康が任命されました』
「ダンジョン省……大臣……」
なるほどな、ダンジョンに特化した機関ってことか。そしてダンジョン省のトップに、合馬がなった訳だな。
『ダンジョン省は自衛隊と連携し、囚われた民間人を救うため今もダンジョンの中で必死にモンスターという化物と戦っています。
ですが、圧倒的に数が足らず救出が困難となっております。そこでダンジョン省は、国民の皆様に協力をお願いしたく有志を募ることに致しました。有志は、ダンジョンに因んで“冒険者”と呼称します』
「冒険者……だと」
なんだその……懐かしくも胸躍る響きは。
『今から約半年後、一般人にもダンジョンを解放することに決定しました。国民の皆様も冒険者になれば、ダンジョンの中に入ることが可能になります』
「マジ……かよ!!」
全身に鳥肌が立った。
だってそうだろ。私たちもダンジョンの中に入れるんだぞ!!
モンスターがいて、魔術が使える、あの美しくも残酷な異世界の中に行けるんだ!!
『冒険者の登録は、様子を見る為に抽選形式で千名に限定させていただきます』
たった千人かよ!? しかも抽選って……。
どれだけの人間が応募すると思ってやがる。万? 百万? 凄い倍率になるぞ。
くそ……誰もかれも冒険者になれる訳じゃないのか。
『冒険者になるための条件は、開放時に十八歳以上を迎えていることです。条件や抽選方法など、詳しくはダンジョン省のHPをご覧になってください。それと同時に、ダンジョン省は冒険者を支援するための行政施設――通称“ギルド”を設立することに致しました』
十八歳か……いけるな。
半年後だったら私も既に十八歳になってる。はは、運はまだ私に味方しているようだ。
それとギルドか。
そういえば東京タワーの前で大規模な工事が始まっているって情報を耳にしたが、ギルドを作る為だったらしい。
冒険者にギルド……お堅い政府の割に、ワクワクさせてくれるじゃないか。
『我々日本政府、そしてダンジョン省大臣合馬秀康は、国民の皆様の安全を第一に考えております。囚われた351名の国民を救うため、また皆様の平和を守るために我々は粉骨砕身となって取り組んでいきますので、どうかご協力のほど、宜しくお願い致します』
合馬大臣が深々と頭を下げると、パシャパシャと一斉にフラッシュがたかれた。
そこからは記者による質問が始まるが、私はもうテレビから意識を外していた。
「やった…やったぞ!!」
全身が歓喜に震えあがり、声を張り上げてしまう。
行ける、行けるんだ! あの世界に!!
何をしても行ってやる。どれだけかかったって行ってやる。
ダンジョンに行けるのならば、私はもう何もいらない。
そう思っているのは私だけではないだろう。
非現実な世界に憧れる者は、多少なりともいる筈だ。
ダンジョン省設立。合馬大臣任命。一般人のダンジョン開放。冒険者とギルド。
この会見は日本中を大きく沸かした。
大人も子供も、学生も社会人も、ネットもSNSも、全ての人間がダンジョンについて盛り上がっている。
勿論賛否両論はあるだろう。
一般人に危険なことをやらしていいのかとか、ギルドとか冒険者とか政府は遊び感覚でやっているのかとか、不満の声も多数上がっている。
だが、それを覆すほどのダンジョンブームが巻き起こった。
多くの者がダンジョン省のHPに殺到し、冒険者になるため抽選に応募する。
勿論私もすぐに応募した。
当たる確率は限りなく低いが、僅かでもダンジョンに行けるならやらずにはいられない。抽選の結果は、ダンジョンを解放する一か月前あたりに発表するようだ。
すぐにその日を迎えた。
深夜零時。私は神に祈りながらスマホを握っている。何故ならこの日に、ダンジョン省から抽選結果のメールが送られてくるからだ。
「きた!」
何度も更新していると、ダンジョン省からメールが届く。
画面をタップしてメールを開くと、内容はこう書かれてあった。
『おめでとうございます!! 貴方は冒険者の資格を手に入れました!! 貴方の当選番号は『1』です!!』
「あ、当たった! 当たったぞ! やったぁあああああああああああああ!!!」
当たった! 当たったんだ!!
しかも当選番号が1! 私が1番最初にダンジョンに入れるんだ!!
なんという幸運だろうか!! もうこれは、運命としか言いようがないだろ!!
喜びを堪えきれない私は、深夜にも関わらず絶叫した。
「も~せっちゃ~ん、夜中に大声出さないでよ~。近所迷惑でしょ~」
仕事から帰ってきて寝ていた母さんが起きてきて、瞼をこすりながら注意してくる。
私はそんな母さんに、こう告げたのだった。
「母さん。私、冒険者になるよ」
◇◆◇
「当選者の方は、こちらで順番通りに並びなりお待ちくださ~い」
「いよいよ今日この日を迎えてしまいました! 見てください、大きく聳え立つギルドの正面で今、冒険者に選ばれた千人の一般人が列をなして並んでおります!」
ついにダンジョン開放の日がやってきた。
東京タワーに訪れた私は、係員に当選したことを伝えると長蛇の列の先頭に誘導される。
背後には、私と同じように一般人が列になって並んでいた。
ふふ、やっぱり先頭っていうのは気分が良いな。
ずっと後ろには、多くのマスコミ報道陣がこちらに注目している。報道陣の前にはバリケードが設置されていて、関係者以外立ち入り禁止となっていた。
「時間となりました。今から数名ずつご案内しますので、係員についてきてください」
「「おお……」」
係員がそう伝えると、ざわざわと当選者たちが騒つきだす。
彼等に釣られたのか分からないが、私も変に緊張してきた。
「「東京ダンジョンタワーにようこそ」」
「「……」」
係員に誘導され、十名ずつ中に入る。
すると多くの職員に出迎えられ、私は圧倒されてしまった。
(ギルドの中はこんな風になっているのか……)
きょろきょろと、ギルドの室内を見渡す。
ギルドって言ってたから、つい漫画やアニメに出てくるような荒々しい部屋模様を想像していたが、全然そんなことはなかった。
室内は凄く綺麗で、病院や市役所などの公共施設のような造りになっている。
「冒険者の登録はあちらの十番窓口で行いますので、ご案内致します」
係員についていき窓口に向かう。
椅子に座り、登録に必要なものをバックから取り出して職員に渡した。
用意するものは履歴書や、本人確認のための免許証や保険証といった身分証明証。ダンジョン省のHPに必要な物は書かれていたので、しっかりと忘れずに持ってきていた。
数分後、職員は持ち物を返してきてこう言ってくる。
「これから三十分ほど面接を致しますが、よろしいですか?」
「大丈夫です」
「では、係員について行ってください」
指示に従い、待機していた係員に連れられ面接室に向かう。
面接室には男性が二人いて、「なんで冒険者になろうと思ったのか」といった質問をされたり、「冒険者としてのルール」を聞かされた。
三十分後、面接が終わった私は十番窓口に戻される。
「こちらが神木様の冒険者証となっております。紛失したり破損すると再発行には手数料とお時間を頂きますので、ご注意ください」
「はい」
職員から銅色のカードを渡される。
カードにはランクがあり、銅色、銀色、金色と上がっていくそうだ。
はは、それもゲームみたいで結構凝ってるじゃないか。
「これで冒険者登録は終了となります。このままダンジョンに向かわれますか?」
そう問いかけてくる職員に、私は「勿論」と即答した。
係員に誘導され、正面の通路を真っすぐ行くと広い場所に出る。
気になって視線を彷徨わせていると、係員が説明してくれた。
「こちらは冒険者しか入れない場所になっております。あちらが装備受け取り場所、あちらがアイテムの換金場所となっております。そして左右の部屋には更衣室があるので、着替える際はそちらで行ってください」
「へぇ……」
係員の説明に関心する。
やっぱりダンジョンで得たアイテムや装備は持ち出し禁止なのか。そんでアイテムはお金に換金できると。更衣室もあるなんて、至れり尽くせりだな。
「こちらの機械に冒険者証を通してください」
「はい」
係員に提示された私は、さっき貰った銅色のカードを機械に通す。
そこから違う係員に誘導され、狭い通路を歩いていった。
そしてついに、あれが視界に現れる。
「自動……ドア」
目の前には、東京タワーの出入り口である自動ドアがあった。
そしてドアの周りには、銃を装備した自衛隊が無表情で突っ立っている。
(あの先に、ダンジョンがあるのか)
緊張と期待により、心拍数が上がっているのが分かった。
係員や自衛隊に見守られながら自動ドアの前に行くと、勝手にドアが開かれる。
ドアの先は、漆黒の空間広がっていた。
「では、よい冒険を」
係員の言葉を背に、私は自動ドアの中に足を踏み出したのだった。
◇◆◇
「うっ……」
自動ドアの中に入り、一瞬だけ意識が飛んだ後。
瞼を開ければ、眼前には広大な草原が広がっていた。
「ここが……ダンジョン」
どこまでも続く青い空。空を漂う白い雲
燦々と降り注ぐ陽光。そこかしこに木が立っていて、温かい風が雑草を揺らす。
空気は新鮮で、柔らかい大地の匂いが鼻を擽った。
美しい世界を目にした刹那、“私は全てを思い出した”。
『俺にかかればドラゴンなんて楽勝よ!』
『冒険こそロマン! ダンジョンには夢がある! 夢を追い求めるのが冒険者ってものよ!』
『死になくなければそこを退きな! 俺を誰だと思ってやがる!?』
『俺はガロウ。史上最強の冒険者、【無敵】のガロウだ!!』
「ぐぁぁあああああああああああっ!!!」
膨大な記憶が脳裏を駆け巡った。
それはある男の記憶。
一人の男が、モンスターと戦い、様々なダンジョンで冒険する物語の記憶。
激しい頭痛に耐えきれず、私は頭を抱えながらその場にうずくまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
記憶は途切れ、頭痛が収まる。
一人の男の人生を垣間見た私は、笑い声が口から零れた。
「はは……はははっ。そうか……そうだったのか!!」
やっと理解った。
やっと気づいた。
私は異世界の冒険者、【無敵】のガロウだったんだ!!
孤高にして最強。常勝無敗。
二対の愛剣をその手に、数多のモンスターと戦い討ち倒してきた。
様々なダンジョンに挑戦し、幾度となく胸躍る冒険を繰り返してきた。
人々から憧憬と畏怖を込められ、いつしかこう呼ばれるようになった。
史上最強の冒険者、【無敵】のガロウ、と。
――私は私じゃなかったんだ。
それに気付いた瞬間、全ての歯車が噛み合った。
ちぐはぐだった身体と精神が、寸分違わず一体となる。
「そうか……私は……」
“俺”は……転生したのか。
「■■■ッ」
「おお、スライムじゃないか」
眼前にモンスターが現れる。
丸っこくて、目と口がなく薄水色で半透明なスライム。ゲームだと序盤に出てくる雑魚モンスターで、俺がいた異世界にもいた。
「■■ッ!!」
「ふん」
「――ッ!?」
俺に向かって飛び付いてくるスライムを殴り飛ばすと、スライムは爆散して飛び散り、淡く光ながらポリゴン状となって消滅した。
「ははっ」
久しぶりにモンスターを屠る感触に、喜びが満ち溢れてくる。
抑えきれぬ衝動のままに、俺は全力で駆けだした。
「はははははっ!!」
地面を強く踏み締め、思うがままに大地を駆ける。
その懐かしさに、高揚感からつい笑い声が出てしまった。
「ワンッ!」
「はーーーはっはっはっは!!」
「ギャッ!?」
襲い掛かってきたウルフの鼻っ面を蹴り飛ばし、怯んでいる間にのしかかった。
身動きを封じ、何度も何度も顔面を殴打する。
ウルフを撲殺した俺は、返り血を浴びた両手を天に衝き上げ、高らかに叫んだのだった。
「ここにいる!! “オレ”はここにいるぞ!!」
◇◆◇
「ああ……あれが自動ドアか」
ウルフをぶっ殺した後、太陽が沈み月が出るまでオレはこの世界を堪能していた。
気が済むまで片っ端から遭遇するモンスターを殴り殺していき、懐かしさに歓喜していると、目に見えるところに自動ドアがあることに気付いた。
「これで帰れるのか。おかしな設定だな」
自動ドアの前まで行くと、扉が開いて漆黒の空間が姿を現す。
もっとこの世界に居たく、帰るには惜しいが、この華奢な身体を考慮すると一度帰還したほうがいいだろう。
なんせ今は【無敵】のガロウではなく、体力も筋力もない只の女子高生神木刹那なのだから。
「またすぐに戻ってくる」
そう告げると、オレは自動ドアの中に入り現実世界に戻ったのだった。
「……戻ってきたみたいだな」
「お帰りなさいませ。ご気分はいかがですか?」
「ああ、問題ない」
一瞬だけ視界が暗転した後、目を開けば出口用自動ドアの前に突っ立っていた。
心配して声をかけてくる自衛隊とスタッフにそう返すと、彼等は驚いた顔を浮かべていた。
後になって知ったのだが、どうやら今日戻ってきた冒険者のほとんどは殺されたか、転移による吐き気で体調を崩してしまったらしい。
その点オレは夜遅くまで帰ってこなかったのに、全く平気な態度だからキョトンとしていたようだ。
しかもどうやら、今日冒険者になった千人の中でオレが一番最後までダンジョンに残っていたそうだ。
「ご案内しますので、ついてきてください」
「ああ」
スタッフに連れられて、オレは今朝来た広間に戻っていく。広間に冒険者は一人もおらず、物静かで少々不気味だった。
「はっはっは、まさか死なずにこんな遅くまでダンジョンに居るとは予想もしなかったよ。当選番号1番神木刹那君」
「あん? なんだお前――!?」
突然現れた男に驚愕してしまう。
気配もなく現れたのもそうだが、目の前にいる男に見覚えがあったからだ。
(ダンジョン省大臣、合馬秀康……なんでこいつが?)
背が高く、体格が良い身体にスーツを纏った男。凛々しい顔立ちに、野獣のような眼光。
ダンジョン省大臣、合馬秀康。
今や時の人となり、日本では知らない者が居ないほどの有名人だ。
なんでそんな奴が、こんなところにいるんだ?
怪訝な眼差しで見つめていると、合馬大臣は小さな笑みを零した。
「そんなに警戒しないでくれ。私はただ、君と少し話がしたいだけだ」
「ここのトップが、オレなんかになんの用だよ」
「それを今から話す。ついてきてくれ」
そう告げる合馬大臣は踵を返して歩き出してしまう。
有無を言わさぬ態度に気圧されながらも、オレは後をついていった。
広間を出ると、冒険者登録をする際に面接した面接室に入る。
座ってくれと促されたので、指示に従い椅子に座ると、合馬大臣も対面に座った。
「んで、話ってなんだよ?」
「単刀直入に聞こう。君は異世界からの転生者だね?」
「なっ!?」
なんでわかった!?
言い当てられて動揺するオレに、合馬大臣は「やはりな」と言いた気に口角を上げた。
今更誤魔化しても無駄だと察したオレは、合馬大臣に問いかける。
「どうして分かった?」
「なんとなくだよ。君のダンジョンでの様子を動画で見て、なんとなくそう感じたんだ。なんせ私も、異世界の転生者だからね」
「――っ!?」
合馬大臣の口から伝えられた言葉に絶句してしまう。
こいつが……ダンジョン省の大臣がオレと同じ異世界の転生者だと!?
困惑していると、さらに新たな情報をぶっこんでくる。
「因みに異世界に居た時は、魔王■■■だ」
「■■■だと!?」
「その様子だと、私を知っているようだね。という事は、私たちは同じ世界、同じ時代にいた者かもしれないな」
魔王■■■。その名前は知っているさ。
オレがいた世界では人間と魔族が争っていた。その魔族を纏める王が■■■という名前だった筈だ。
まぁ、冒険者のオレは魔族との争いなんか興味がなかったから、余り詳しくは知らないがな。
確か、最後は勇者ってのに打ち倒されたとは聞いていたが。
まさか魔王がこちらの世界の人間に転生しているとはな……運命って奴は何を考えているのかわからねぇ。
「あちらの世界での君の名前を聞いておこうか」
「ガロウ、オレは【無敵】のガロウだ」
「ガロウ……ふむ、聞いたことがある名だな。確か私の配下の一人がガロウという冒険者に殺られていた気がするが……それは君かね?」
「さぁな。オレは喧嘩を打ってくる奴をぶっ殺していただけだ。殺した相手のことなんざ興味ねぇよ」
オレは孤高にして最強だった。
気にいらねぇ奴や歯向かってくる奴は、人間だろうが魔族だろうが関係なく全て薙ぎ倒してきたからな。
一々覚えてねぇよ。
「では、君のことは何と呼べばいいかね。ガロウと呼べばいいのか?」
「いや……」
オレは一拍置いた後、口を開く。
「このままでいい。オレは神木刹那だ」
確かにオレは、転生する前の記憶が甦り、【無敵】のガロウであったことを思い出した。
だがしかし、この世界に生まれ落ちて、十八年間神木刹那として生きてきたこともまた事実。
神木刹那として生きてきた軌跡は間違いなく本物だ。
神木刹那、そしてガロウ。
この二つが混じり合い、一つになったのがオレなんだ。
私でもなく。俺でもない。
オレなんだ。
「そうか。なら神木君、ここからが本題だ」
「あん? まだ本題じゃなかったのかよ」
「勿論さ。神木君、君に提案したいことがある。どうか日本の救世主になってくれないだろうか」
「救世主……だぁ?」
真面目な顔して本題なんて言うから身構えていたが、突拍子もないワードに首を傾げる。
いきなり何ヌかしてるんだこいつは。
「なんだよ救世主って。冗談キツいぜ魔王さんよ」
そう吐き捨てると、合馬大臣は「冗談でこんな事は言わないさ」と言い続けて、
「今、日本は多くの問題を抱えており、衰退の一途を辿っている。少子高齢化、物価の値上げ、電力不足、挙げればキリがない。
そして今一番大きな問題がダンジョンだ。未知なる世界、囚われた民間人、これから起こり得るであろう最悪な結末。それらの恐怖は国民を不安にさせてしまっている。
中にはダンジョンに好意を抱いている者もいるが、それは全体からみれば極少数に過ぎない。九割以上の大多数は、不安と恐怖に今も脅えているよ」
「……」
「だからといって、人間の手でダンジョンをどうにかするのは現状不可能だ。ならどうするか? そこで私は考えた。人々の恐怖を斬り裂く英雄、もしくは救世主を作るしかないだろうと。ダンジョンを恐怖の対象ではなく、娯楽の一部にしようと考えたのだ」
「……その為に、一般人にもダンジョンを解放したのか」
「その通りだ。他国の真似事になってしまうが、私は最初からこうすることを考え準備を整えてきた。一般人を冒険者としてダンジョンに入れ、恐怖の対象から娯楽……エンターテインメントにすることを画策していたのだ。
人間という生き物は慣れるのに早い。最初は疑っていたとしても、受け入れればすぐに生活の一部だ。ユーチューバーだってそうだろう? 最初は誰もが馬鹿にしていたが、今では誰も彼もが受け入れている。私より遥かに稼いでいる者もいるではないか」
確かにその通りだ。
人間は未知に弱いが、一度受け入れてしまえば広がるのはあっという間。
しかも今はネットやSNSですぐに情報を発信できるから、どこからだって情報を得られる。
「だが受け入れて貰えるところが難しいところでもある。一般人をダンジョンに入れるのは何事か! 冒険者なんか廃止しろ! と今も政府に数えきれないほどの苦情がきているしね。
そこで救世主の出番だ。剣と魔術でモンスターをバッタバッタと倒す。金になる魔石やアイテムを手に入れる。その動画をYouTubeで一般人が見れば、娯楽として楽しんでくれるだろう。俺や私も冒険者になりたいと思う者も増えてくるだろう」
「要は……オレに見せ物になれってことか?」
そう問うと、魔王は厭らしく嗤った。
「分かっているじゃないか。人間に限らず、生物というのは強い者に憧れる。圧倒的な強さに心が惹かれる。居ないならば作るしかない、希望という名の救世主を。
だから私は、救世主になれる資格の者を今日の当選者から探していた。まさか初日から見つけられるとは思っていなかったがな。時間がかかると思っていただけにこれは嬉しい誤算だった」
「ならアンタがなればよかったじゃねぇか。救世主によ」
魔王が救世主ってのも笑えるけどな。
「そうしたいのは山々だが、私は裏方でなければならない。成さねばならない事もあるしな。だから神木君、日本の救世主になってはくれないだろうか」
「オレがそれになるとして、メリットとデメリットを教えろよ。話はそこからだ」
「そうだな、まずはメリットから話そうか。もし私と契約してくれた場合、金銭面での援助、自衛隊の活躍により手に入れた装具アイテムを好きなだけ与えよう。君はゲームをしているか分からないが、スタートダッシュというものは大事だろう?」
そうだな。ゲーマーならスタートが一番大事である事はよく分かっている。
最初で如何に他者と差をつけるか。それは恐らくダンジョンに置いても重要だろう。
その点オレは、初回の当選者に選ばれたから勝ち組ではある。
「はっ、それくらいのメリットならオレ一人でも手に入れられる。それはダンジョンに入ってよく分かった。だからそのメリットは全く魅力的じゃね~な」
「そう言うと思ったさ。だから私個人で君に与えられるメリットがある」
「へ~、なんだってんだよ」
「魔術だ。私が君に魔術を教えてやろう」
「はっ……?」
今こいつ、なんて言った?
魔術だとか言わなかったのか? まさかこの世界で魔術が使えるとでも言うのか!?
「魔術って……とても信じられねぇな。なら証拠を見せてみろよ、魔術を使えるっている証拠をよ」
「いいだろう、ほらこの通りだ」
「なっ!?」
問い詰めると、魔王はあっさり魔術を使った。
手の平の上で、何もないところから炎が上がっている。それだけではなく、水や雷といったものも発生させていた。
オレには分かる。あれは手品なんかじゃない。
正真正銘魔術だ。
(はは、マジでこの世界でも魔術が使えるのかよ!?)
衝撃の事実に興奮を隠せずにいると、合馬大臣は満足気に口を開いた。
「これで信用してくれたかな?」
「ああ。どうやら本当みたいだな」
「この世界にも魔力は存在している。だが普通の人間は魔術を使うことができない。魔術を使える者は条件があるが、神木君は条件を満たしているからすぐにでも魔術を覚えられるだろう。どうだい? 救世主になってくれる気になったかな?」
「気が早ぇんだよ。まだデメリットを聞いてねーだろうか」
「あ~そうだったな。デメリットは二つ。君が手に入れる魔石は全て我々に捧げること。魔石は一つだけでもかなりの電気エネルギーを保有していて、電力不足を補う重要なものだ」
あ~、そういえばそんな事言ってたな。
こいつの事だから、他にもなんか使い道を考えていそうだが。
「もう一つは?」
「神木刹那の過去を抹消することだ」
「はっ?」
オレの過去を抹消する?
何を言っているんだこいつは。そんな事できる訳ねーだろうが。
「救世主とは最強にして孤高でなければならない。他人に弱みを見せることをしてはいけないんだ。だから君がこれまでの過去に携わった全ての人間の記憶から、神木刹那という人間の記憶を消去する。
さすれば、謎に包まれた救世主の誕生だ。」
「そんな事が……できるのか?」
「できるさ。私ならね」
「全ての人間ってのは……オレの母親もその中に入っているのか?」
「残念だが、例外はない」
「……」
そうか……こいつの提案を受ければ、この世界に神木刹那を知る者はいなくなるのか。
それは……母さんも。
『遠慮はしないでね。せっちゃんが大学を通えるぐらいのお金は溜めてあるんだから』
瞼を閉じれば、母さんとの思い出が走馬灯のように甦ってくる。
女手一つで、“私”を育て愛してくれた母さんの顔が……。
「さぁ、どうする?」
その問いに、“オレ”はこう答えた。
「いいだろう。アンタの提案に乗ってやる。救世主でもなんでもやってやるよ」
「ありがとう。その言葉を聞けて安心したよ」
そう言って握手を求めてくる合馬大臣の手を、オレも固く握った。
もう後戻りはできない。
オレは今日から、新たな人生を歩み出す。
「じゃあ早速、魔術を教えてくれよ」
「いいだろう。君にすぐに覚えてもらいたい魔術があるんだ」
「へぇ、どんな?」
そう問うと、合馬大臣はこう答えた。
「認識阻害という魔術だ」
◇◆◇
「さて、やってやろうじゃねぇか」
次の日。
オレは再びダンジョンの地に訪れていた。
昨日のような私服ではなく、全身にダンジョン産の装備を纏っている。
それらは合馬大臣から与えられた物だ。
背中には二本の剣。軽い鎧と、漆黒のコートを羽織っている。
それだけではなく、多数のアイテムも所持していた。
合馬大臣からの指示はただ一つ。
誰よりも先にダンジョンを進み、迫り来るモンスターを薙ぎ倒せ。
たったそれだけの、シンプルな指示だった。
オレは背負う鞘から二本の剣を抜くと、大地を駆け、遭遇するモンスターを斬り裂いていく。
オレの過去を知る者はもういない。
だけど――、
「オレはここにいる」
神木刹那はこれから多くの冒険者と出会い、様々な冒険を経て、人々からこう呼ばれるようになる。
日本最強の冒険者、と。
お読みいただきありがとうございました!!
いかがでしたでしょうか?
ちょっとだけ書こうと思っていたら、二万文字近く書いてしまいました…。
神木刹那という人間を、このサイドストーリーで少しでも分かっていただけたら嬉しいです。
よろしかったら本編の方も、そして先日発売された書籍のほうも手に取って貰えたら嬉しいです!
書籍の方は本編にない書き下ろしのエピソードもあるので、是非よろしくお願いします!