表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

第4話

私は魔石をそっとオルゴール箱へ戻す。

出会った頃のリアム様はそれはそれは…類まれなるかわいらしさだった。

絵師も筆を折るほどの絶世の美少年。

思い出す度に、うっとりする。

もちろん、少年と青年期のはざまのうつろいゆく現在の魅力も甲乙つけがたい一瞬の輝きを放っている。

私たちはずっと仲良しだったのにリアム様が13歳になられたころから反抗期に入られて…。それは現在も絶賛継続中だ。

一瞬、反抗期ではなくただ私がリアム様に嫌われているだけだという不安がよぎるが、私は気づかないふりをした。

もうすぐ学園の新学期。

主人公とリアム様の入学式に、開始される乙女ゲーム。

つぶせるイベントはどんどんつぶしていかなくちゃ。

再度羽ペンをつかみ、かろうじて思い出すことのできるイベントをどんどん書き出していく。

うーん。全部をつぶすことは…時間的に不可能ですわ。同学年でないことが不利です。

私の分身がたくさん欲しいところです。

できることからコツコツと。

まずは主人公より先に、ハンカチを渡しましょう。

このハンカチをきっかけにフラグがたつのです。

思い人に一針ごとに心を込めて刺繍をほどこす行為はそれ事態がとてもロマンチック。

私はなぜ今までこんなにシンプルで素敵なアプローチを思いつかなかったのでしょう。

挽回しますわ。

私は机の上のベルを鳴らしてマリリンを呼び出し、刺繍セットを用意するようお願いした。

さて…それから2日半。

熱も下がらないこともあり、ふらつきながらもベッドで口うるさいマリリンの目を盗み、こっそりと刺繍を縫っている。

愛が一目でわかるような凝った図案を本から選んだが…素人には難しすぎた。

おかげで手の指があちこち針で刺した後で傷だらけ。

悪戦苦闘の結果、簡単なイニシャルを縫うことで妥協する。

できることからコツコツと…。

ですが、主人公が渡すことになる見事な刺繍に比べて…とてもしょっぱいですわ…。

ようやく不格好ながらもリアム様のイニシャル「L,E」が完成した。

私の瞳の色と同じグレーの糸を使ったので、アピールもばっちり。

リアム様は喜んでくださるでしょうか。

ハンカチを綺麗に四つ折りにして、ベッドのサイドにあるテーブルに置くと、私は仲良しだったころのリアム様に想いを馳せる。

そうですわ。

確か10歳にお成りのころにはリアム様は既に無詠唱で魔法を使いこなしていた。

「長い詠唱の意味をイメージに落とこむと無詠唱で魔法が展開できるよ」と、柔らかい笑みとともに、なんでもないことのようにさらっと離れ業の説明をして下さった。

詠唱がとても長くて…暗記すらできない私には至難の技だ。

そういえば前世の異世界転生ライトノベルでは無詠唱のイメージで漢字を使う設定がありましたわ。

できたりして。

ふと思い付き、私は両手を広げて「炎」とつぶやく。

すると、私の両手に今まで操ることのできなかった魔力が集中して凄まじい炎が噴き出した。

えええ!?

うそでしょう?

瞬く間に炎はリネンに燃え上がり、呆然としている間に天蓋ベッドはメラメラと焼けている。

鼻につくにおいに、息がまともにすえず、私はベッドから転がりおちる。

バタンと扉の開く大きな音がした。次の瞬間、バケツを上からひっくり返したような大量の水が上から降ってきて、部屋は一気に消化されるとともに水浸しになった。

私の目の前に、イニシャルだけを残して焼けこげたハンカチが水に流されてきた。

それを見て「せっかく…。ようやく縫えたましたのに…」と、私は失意で床につっぷすと、ふわりと上着がかけられた。

かけられた上着からはとんでもなくよい匂いがして、思わずくんくんと犬のように匂いをかいでしまう。

はっ。はしたない。

公爵令嬢にあるまじき態度ですわ。

私は今の行為をなかったことにしてすました声で「ありがとう」と、上着をかけてくれた者に視線を向けると、そこには眉根を寄せて不機嫌な顔をしたリアム様のエメラルドグリーンの瞳があった。

私は美形の怒った顔がこの世で一番美しいと常々思っております。

いえ、決して怒られたくはないのですが…。

人間の一番激しい感情は「怒り」で、激情をたたえた瞳は…ものすごくずきゅんとくるものがあるのです。

リアム様はすぐに治癒の魔法を私にかけ、怪我が残ってないかを一通り確認すると深いためいきをつかれた。

リアム様のおかげで針の傷跡のなくなった綺麗な指をまじまじとみていると、「一体何があったのです」と、リアム様が私にきつい口調でお尋ねになった。

「あの、その…。なぜか一度も成功しなかったのに…急に魔法が使えて…ベッドがいきなり燃えてしまいましたの。」

私がまごつきながら言うと、リアム様が蔑むような瞳を向けてきた。

ひゃーん。

背筋がぞくぞくと寒くなるほどの恐怖心を味わいながらも、胸がドキドキして体の奥底から湧き上がる痺れる快感に震えてしまう。

私…自分でも変態チックだと思いますわ…。

そんな目で見られますと…。うっとりしてしまいます。

成長前で160㎝しかないリアム様がふいに174㎝の私を横抱きにすると、「休める部屋はどこだ」とメイドに聞きます。メイドの案内で別室に私を運ぶと柔らかなソファーに私を下ろし、私を振り返ることなく駆けつけてきたマリリンに「彼女に着替えをさせなさい」と言ってそのまま去って行った。

私はと言うと、突然のお姫様だっこに脳内がお祭り騒ぎのフィーバー状態でリアム様を引き留めることすらできなかった。

一応、私の体調不良のお見舞いにいらしてくださったようですが…リアム様もびっくりですわよね…。

焦げ臭い匂いがして、扉を開けば大炎上。

リアム様の水魔法のおかげで、被害は私の天蓋ベッドだけで済みましたが、あのままだと私も丸焼けになるところでした。

本当に、危うく命を落とすところでしたわ…。

そう思うと恐ろしさのあまり体の震えが治まりません。

でも…役得でしたわ。

私を包む彼のしなやかな体…。

乙女なら一度は夢見るお姫様だっこ。

鼻血がたらっと流れ出る。

いけません。

興奮のあまり熱もぶり返してきたようです。

頭がくらくらします。

浮き沈みの激しい情調を自分でも完全に持て余している。ああ…これこそが、恋の成せる技ですわね…。(恍惚)

脳内がお花畑になった私がようやく整えられた自室に戻った時にはかろうじて焼け残ったリアム様のイニシャルの入ったハンカチもすでに片付けられた後だった。

なんということでしょう。初めての作品が…。

どうしましょう。明日の入学式の前に主人公より先にリアム様に渡す必要がありましたのに…。今から一から作成したのでは…もう間に合いません…。

シクシク…。

あああ。悲しや。

何一つ物事が進展しておりません。

失意のあまり、気を失うように私は眠りに落ちた。リアム様の上着をぎゅっと抱きしめて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ