六十六話「買った性奴隷が男の子だった件」
アーロンの話を聞いた。
「僕は昔、実の母親に監禁され暴力を受けていました」
「そんな日々に何も感じなくなっていたと思います」
「でもある日、外に出れる日が来て。僕は奴隷商人に売られました」
「そこで初めて外を知って、色んな言葉を知って。少しだけ優しい人にもあったりした」
「でも、だからと言って奴隷と言う扱いには変わらなかったと思います。それが僕にとっては新鮮で、嬉しかった」
「色んな物を諦めていました。そんな時に、あなたに救われた」
時刻は既に深夜。真夜中だった。
俺とアーロンはお互いに机を囲み、そして対話を始めていた。
アーロンは。
「――――」
過去の話も、王都での死体の事も全て話してくれた。
過去に対してどう思っているかも、俺に何を求めていたのかも。
腹を割って話すと言うのだろうか。
それはどんなに勇気がいる事で、どんなに覚悟が必要か。
きっと、家出している間に何かがあったんだと思う。
俺には分からないけど、とにかく。
「話してくれてありがとうな」
「いえいえ。いずれ話すべきだった物を、今の今まで長引かせていたのですから」
そうだな。
俺も色々話したかったから、これはいい機会だった。
だから俺は、言う事にした。
「俺はあと、半年で死んでしまうんだ」
「…………え?」
俺は全ての経緯をゆっくりと語った。
魔病と診断され、家を追い出されていたこと。
そこで飲んだくれに勧められ、奴隷市場へ向かった事。
そこで俺はお前と出会った事。
全てを、包み隠さず話した。
告げた。
その話に、癇癪を起してアーロンは口を挟んだりはしなかった。
きっと感じる物もあると思うのだが。
とにかく、アーロンは最後まで小さく頷きながら聞いてくれた。
勇気がいる事だった。
全部話すと言うのは、勇気がいる事だった。
覚悟も必要だった。だから、この話の場を作ってくれたアーロンには、感謝しなきゃな。
俺が全て語り終わると。
アーロンは寂しく笑ってから。
「悲しいですけど、知らないよりはずっといい事ですね」
と、皮肉っぽい言葉だけ言った。
「………」
それだけだった。
もっと、嫌ですとか、死なないでとか。
泣きつかれてしまうと想像していたんだけど。
なんていうか、思っていたよりあっさりしていたと思う。
「――っ」
「……………」
いいや、別にあっさりはしていなかったな。
アーロンは自分の白髪を揺らし。悔しそうに口を噛んでいた。
暗くってあまり良く見えなかったけど。
多分だけど、俺に言いたいことも沢山あるのだろう。
言いたいこと、したい事。でも、それを今、全部我慢していた。
もしかしたら泣き叫びたいのかもしれないけど、それを我慢していた。
やはり、アーロンは強い子だ。
「今まで話せなくって、ごめん」
「……いえいえ。僕も、話せなくて、ごめんなさい」
お互いに頭を下げる。
確かにアーロンも隠し事をしているのは何となく知っていた。
それが原因で、俺はとある調べ事などをしていたからだ。
後に語るだろう。
「という事で、俺は半年で死ぬ。魔病を治すために、このサザル王国へと来ていたんだ」
「そうだったんですね……」
「ここに連れてくるとき嘘をついてすまなかったな」
「気にしていませんよ」
おぼつかなかったが、笑ってくれた。
その顔は、色んなわだかまりが溶けた笑顔に見えた。
「あ、でもあの嘘は少し後先考えてなさすぎじゃないですか?」
「何も言い返せない正論だァ!!」
と、冗談を言った事で。
本題に入ろう。
「つまり、あのディスペルポーションと言うのが魔解放軍に取られるのは」
「俺の命に関わる問題なんだ……
改めて、あんな仕打ちをしといてなんだが。協力してほしい。アーロン」
あんな仕打ちをした。胸倉を掴み上げ、鋭い怒りを彼に向けた。
俺が悪かった。それを踏まえても、俺はお前が必要だと感じた。
すると、アーロンは。
「ええ、もちろん大丈夫ですよ」
「………ありがとう」
「その前に。僕から話したい事があるのですが」
そう話を始めた時、アーロンは不安そうな顔をしていた。
俺はそれに、無言で頷いた。
「どうして、あなたは。僕をあの暗闇から救ってくれたんですか?」
「………どうしてっつてもなぁ。俺だって、あまりちゃんとは分かってねぇよ」
「そう、ですか」
「…………ただ、な」
「……?」
一目惚れだった。なんて言えない。
救いたいと瞬時に感じたのを、言ってしまうのは、なんだか恥ずかしかった。
俺だって羞恥心があるんだ。
本来なら本音を告げるべきなのだろう。
だが、俺は本当の答えの代わりの答えを知っている。
知っているから。言える。
感じていたから。言える。
「お前と一緒に居れて。本当に幸せで、馬鹿みたいな人生になったよ」
「――――」
「俺はきっと、あの世に行ってもお前を忘れない。
お前みたいな可愛くって美形で目立つ白髪なんてどこ探してもいねぇからだ。
俺にはお前が必要だ。お前に俺が必要かはお前が決めればいいが、これだけは言いたい」
「――――――」
「アーロン。俺を救ってくれて、ありがとうな」
ケニー・ジャックは、アーロンに救われていた。
アーロンが居たから変われた。アーロンが居たから頑張れた。
きっとそれは、この先も永遠に変わらないのだろう。
永遠に、変われないのだろう。
知ったから。見たから。喋ったから。
人のターニングポイントは、意外とそこらへんに転がっている物だ。
ただ、それは転がっているだけで。自ら寄ってくる事なんて決してない。
それを拾う為に腰を落とす努力と、それを拾い上げた時の感情が大事なのだ。
ケニー・ジャックのターニングポイントは――【アーロン】
アーロンのターニングポイントは――【ケニー・ジャック】
それは必然でも宿命でも運命でもない。
互いに、自ら腰を落とし、拾い上げた“奇跡”だ。
そしてその奇跡は――。
――――。
「時間です。行きましょう、ご主人様」
二人の相棒が、王城へと歩み始めた。
伸びていた白髪を切り落とし、さっぱりした白髪の少年と。
勝負服である服を着こなし、そのネクタイをスッと閉めた。
少しだけ髭がある。優しそう目をした黒髪の男が――。
「さて、行くか。アーロン」
「ええ。勝負の時間です……というか、そんな服いつの間に?」
「宿の隣で借りた物だ。スーツの貸し出しとかしてるの、多分サザル王国だけだよな」
「ふふっ。そうですね」
笑っていた。
快晴のその日、圧倒的に不利な勝負の筈なのに。
彼らは笑っていた。
その胸に希望を託し、互いに作戦を練り。
だからこそ、そのセリフを吐けた。
「ご主人様。エレメントスは?」
――奇跡は、長い物語を作る。
「「――絶対に負けない!!」」
――――。
私の名はケイティ・ジャック。
今の私は、限界だった。
「ちゃんと歩け」
ここ一週間程、私は意味の分からない罵詈雑言を浴びせられ。
牢屋では本物の極悪人に笑われ弄られ。
殴られ蹴られ。もう助からないかもしれないと言う絶望に染まっていた。
私の自慢だった髪の毛は汚れ、崩れ。
手足に付けられた鎖を地面に擦らせながら、私は自分の運命が決まる場所に案内された。
入口を出ると、そこは眩しかった。
久しぶりの太陽光に目をやられ、少しだけ歩みが止まってしまう。
「おい!止まるんじゃねぇ」
「――イッ」
私がその場に止まれたのはたったの数秒。
すぐさま後ろの騎士に棒で叩かれ、嫌でも歩かされた。
歩くと、そこには大勢の人が集まっていた。
完全に見世物。私は見世物として、今から裁判を行うらしい。
「………」
事情聴取も数時間やって、私は何も認めてないけど。
あっちは私を信じていなかった。
きっと私は、また貧乏くじを引いたんだと思う。
ずっと、自分の才能を恨んできた。
この才能があるから、私は普通になれないと思っていたからだ。
この才能がある限り。私は普通に見られない。
皆は私を天才と、祝福されていると言うが。
私は自分を、力があるだけの子供だと思っている。
自分でもわかっていた。
自分が望んでいる普通は、幼稚すぎると。
だから多分、貧乏くじを引いてしまうんだろう。
裁判長らしきお爺さんが、私より何倍も上の台から見下ろしてきた。
そして手元の紙をペラペラと捲り。
「神級魔法使い……いいえ」
裁判長は言葉を止め、言い直した。
「魔法大国グラネイシャ。序列五位『神魔』ケイティ・ジャックの裁判を始める」
「…………」
私の素性も全て筒抜けか。
その序列だからと言って、何かなるわけでもないけど。
「被告人ケイティ・ジャックは、ギルド職員であったキャロル・ホーガンの命を奪った。
現在、あなたは容疑を認めていません。その部分に、間違いはありますか?」
「……ありません。私は今もなお、自分の無実を訴えます」
「分かりました。では、被告人の弁明を始めます」
私はとにかく、嘘偽りなく語った。
身内の病を治す為、魔道具ディスペルポーションを入手しようとしたこと。
その際、ハミ・ガキコに騙されたこと。
そしてディスペルポーション捜索中に、キャロルが殺されてしまった事。
あの場に居た、ドミニクと言う男の話もした。
きっと信じてくれないだろう。
魔解放軍の噂自体は元々サザル王国では流れているが。
信じている者はほとんどいない。
案の定だが。
「……なんの言い訳だか」
「狂ってるのよ。どうせ妄想だわ」
「堂々と何を言うと思えば、そんな噂を使って言い訳かよ」
耳を澄まさなくても聞こえてくる。
聞けば聞くほど耳が痛くなり、胸が苦しくなる言葉の数々だ。
元々私だって、そこまでメンタルと言う物が強いわけじゃない。
傷つくものは傷ついてしまうのだ。
でも、今は我慢だ。
自分を強く持たなければいけないのだ。
「では、騎士側の意見を聞きます」
「はい」
と、代表して鎧を纏ったおじさんが前に出た。
取り敢えず、私はそのおじさんを睨みながら聞くことにした。
「現場には高純度の魔力が確認され、キャロル・ホーガン氏の殺害には上級以上の魔法が使用されたと見ています。
使われた魔法は恐らく【禁忌】であり。キャロル・ホーガン氏は心臓が破裂しておりました。
そんな芸当が出来る禁忌はありませんが。神級魔法使いならどうでしょうか」
「………」
「禁忌魔法と通常魔法の混合。連鎖魔法の一種だと我々は見ています。
それを可能にする方法は、高い魔力量と繊細な魔力操作が求められ。
それらが可能なのは人物は、今やサザル王国に一人しかいない筈です」
あのドミニクと言う男は、多分私より強い。
神級魔法使いの誰よりも強い。
あれは、規格外だった。
私はある程度敵の魔力量などが見れるのだが。
――あの場で私が怯えるほどの魔力を放っていたのだ。
以上です。と騎士が下がる。
私が無罪になる可能性は、無い気がする。
ケニーも今はなにをしているのか分からない。
この絶望状況に、当人の私が諦めすら感じているのだ。
ケニーもサヤカくんも。この会場にすら来ていないのかもしれない。
完全にハメられたのだ。
どうすればいいのかも分からない。
どうもできないと思う。
だから私は、せめて、残してしまったみんなの幸せでも願おうと思う。
私が感じられなかった幸せ。
私はもう無理だと思うけど、みんなが幸せになるなら。
良いんだ。
元々、私は恵まれてたんだから。
恵まれて、祝福されて。
だからもう良いんだ。
私は望んでいない物を、沢山もらった。
だからもう、良いんだ。
「………みんな、幸せになってね」
ケイティはそう呟いた。
胸にあるソレに背を向け、自分はもう駄目だと決め込んで。
でも、それと同時に。
「弁護人、ケニー・ジャック。前へ!!」
裁判長のそんな言葉が会場を包んだ。
その名前に、またあいつかと騎士は溜息を吐き。
その名前に、あいつさえ来なければと言う参加者。
その名前に、白髪の少年は微笑み。
その名前に、ケイティ・ジャックは振り返った。
「幸せじゃない奴が、他人の幸せを素直な演技して応援するんじゃねーよ」
「……にい、さんっ!」
ケイティが目に溜め込んだ涙を我慢できず。
その姿に壮絶な感動を覚えながら。
「妹は兄の背中を見て育つもんだ。だから、俺にこの場を預けてくれ」
ケイティは何も言わずにそこからどいた。
ケイティが立っていた場所にケニーが立つと。
腰に腕を当て、右腕の指を真っすぐ、裁判長に突き出した。
そして――。
ケニー・ジャックは、笑って言った。
「犯人はケイティ・ジャックだ!!!」
その言葉が裁判を荒し、舞台を整え。
「ふん。あいつも役者だな」
「今のご主人様なら何にもなれますよ。サリーさん」
「この作戦は、あいつの演説に掛かってる……だから頼むぞ、ケニー・ジャック」
元【王都・近衛騎士団、第十三部隊:隊長 サリー・ドード】が、
腕を組んで裁判の行く末に見入っていたのだった。
――買った性奴隷が男の子だった件――
余命まで【残り175日】




