百一話 「青の騎士団」
夢を、見た。
白いシーツが風に煽られ、隙間から眩い光が全身を包んでいた。
俺は白い服を着て、その春風を全身で感じ。
ゆっくりと、瞳を閉じる夢を、見た。
「おはよう」
「……よお、エマ」
瞳を開けると、そこには覗き込んでいる可愛らしい顔があった。
金髪の髪の毛が風に靡き。
優しい声が耳を触った。
「今日はどのくらい寝た?」
と言いながら起き上がる。
お洒落な壁が見えて、俺は布団から上半身を起こした。
「今日は平均的だよ。
大丈夫だよ。もう二三日も寝込まないってニーナが言ってたから」
「……そ、そうか、悪いないつも」
「ううん。仕方がないよ」
暖炉の薪がパチパチとなり。
俺は目を擦って、エマを見つめた。
魔解放軍との戦いの終結から5日が経った。
この5日。俺は殆どこの部屋で治療を受けている。
流石に体が限界だったのと、魔力がないのに魔石で無理やり魔法を行使したせいか、魔力切れに似た症状が出ていたと言われた。
「アーロンは元気そうか?」
「もう随分回復したと思うよ。相変わらず街の復興の手伝いをしてる」
「そうか……あいつも成長したなぁ」
俺はこの5日間、
誰とも再会していない。
と言うか俺の怪我が重傷でこの寝床から歩けなかったのだ。
お見舞いに来てくれてもいいんじゃないかと思ったが。
それよりも優先することがあった。
まず、中央都市アリシアは半壊した。
今回の件で死亡してしまった人も少なくない。
家は壊され、大事な物を失い。
一人取り残されてしまった子供もいると聞く。
今俺ら人魔騎士団はその復興に尽くしている。
何故なら、――それは罪滅ぼしだ。
「――――」
思えば、
魔解放軍がここで攻撃を始めた理由として人魔騎士団を潰す為と言う目的も含まれていた。
だからだろう。
今このアリシアでは、人魔騎士団への当たりが少しだけ強いのだ。
――「お前らさえいなければ」
そんな罵声が、赤い声が今も仲間に降り注いでいる。
俺からしたら。
確かに人魔騎士団は魔解放軍がこの件を起こした理由になっていると思うが。
きっと、魔解放軍なら別に俺らの有無を関係なしにこの戦いを勝手に行っていたと思う。
魔解放軍が大きく出るのも時間の問題だったと思うのだ。
「………」
と言う希望的妄想はやめよう。
終わった後に考えても仕方がない。
俺らは勝利した。
勿論犠牲もあった。
ヴェネット・ハッグ。彼女の事を俺は絶対に忘れない。
それに、一番は。
現在。
アルセーヌ・プレデター及び、
ドミニク・プレデターは行方不明だ。
未だに捜索は続けられていると思うが。
アリシアの人からは逃げられたのではと厳しい言葉が投げかけられている。
それは窓の外を見れば分かる。
寝床から見える外は、丁度、避難所になっている教会だった。
『全ての元凶、大沼の失態者、人魔騎士団に正義の鉄槌を』
過激派とでも言えばいいのだろうか。
そんなプラカードが教会の入口の壁に立てかけられていた。
「――――」
まあ、俺も気持ちは分かる。
相手の立場に立てば怒りの矛先がそっちに向かうのも納得は出来る。
でもさ。
「ケニー兄さんの気持ちは分かるけど。これが人間なんだよ」
俺の気持ちを汲み取ってか、ふとエマがそう言う。
「……つっても、もう少し、感謝とかさ」
「する余裕があったらしてるよ。ないから批判してるんだ」
「………」
「今は我慢するしかない。それか、ほとぼりが冷めるまで息を潜めるか。
正直私は人魔騎士団が今やってる復興活動も、あんまりおすすめしてなかった」
エマは冷静だった。
いくら俺との関係が少し親密になったからと言って。
ちゃんと物事を冷静に見ているのは昔のままだな。
「客観的に見るのが上手いな」
「そりゃどうも」
俺は行き場のない感情を籠めて言ってしまったが。
エマはそれに、満面の笑顔で返してくれた。
さて、
もうそろそろどうして中央都市アリシアにエマが居るのか、説明しなきゃいけないか。
イエーツ大帝国、治安警備部隊。通称『青の騎士団』
イエーツに本拠地を置く治安維持を目的とされた組織であり。
グラネイシャの王都:近衛騎士団と本質的にはさほど違いは無い集団だ。
ただ違う部分と言えば。
そのメンバーが少しだけ色物ぞろいって所だ。
幼女からおいぼれのお爺さんまで、彩り豊かなメンツがいる。
そしてそれぞれに、与えられた役割があるのだ。
――――。
「あい、お口あけてねー」
「あー」
「口の中の怪我は大丈夫そーだね」
「あ、ありがとうございます……」
ちょっと顎がいたぁい。
でもまあ、口の怪我治ってよかった。
寝床に座っている俺に対し。
萌え袖の幼女は俺の前に椅子も持ち込み。そこに立って俺を見下ろす。
金髪のふわふわな髪の毛が窓から差し込む日光で輝いており。
って、そんな詳しく言ったら中々に俺がきもいな。
「おにーさんはまだ足の傷が治ってないのと、回復後は少しリハビリをした方がいいかもねー」
「リハビリですか……?」
「うむ」
大きく頷いたつもりだろうが、
頭が小さいのでそこまで大きく見えなかったのが可愛いポイントだ。
この一挙手一投足キュートな幼女こそ、
青の騎士団のメンバー、
『治癒』ニーナ・ヴァレッドだ。
「あと数日は安静。ここでごろごろしてれば元気になりまーす」
「そ、そうですか」
「あと、あんまり魔石を利用した魔法行使をしない方がいいかもしれないですね」
「え?」
用具を自分のピンク色のミニバックにしまい。
俺に背を向けながらそう言った。
「何が原因とかまだ詳しくは分からないですけど、とにかくあまり体に良くないです。
人が取り込む空気中の魔力ならまだしも、魔石と言う不純物が混じってる魔力は、危険かも」
そんな言葉と共に、ニーナは大きな目をパチパチを動かした。
見た目の割に真剣な顔で言われてしまった……。
「でも俺は、空中から魔力を取り込めなくなったんだ。
それに、きっと体に魔力を溜められなくなったと思うし」
「そーかもしれませんが。今後あまり魔石を使った魔法行使は控えた方がいいです。
何かしらの病気などを発症してしまったら本末転倒じゃないですか?」
それは……その通りかもしれない。
俺は今長生きするために戦っている。
だがその戦いで他の病気が発症したりしてしまったら。
本末転倒か。
でも、そうだとしてもやりようはまだある筈だ。
英雄の剣。『エクスカリバー』
『装備開示』事態は魔力を使う訳じゃない。
英雄の剣とか言われているが、別に誰でも使える剣だ。
これの詳細に関してはサリーあたりに聞かなきゃいけないと思うんだが。
でも、何となく誰のか分かる気がする。
「そう言えば。
魔解放軍の一人から押収した『魔道具ディスペルポーション』は、
もう少しだけニーナの所で預からせてもらいますよー」
「別にそれに関して構わないよ。もしあれが複製出来れば……」
ドミニクが消えた今、
一体誰が俺が探し求めていたディスペルポーションを持っていたかと言うと、
結論から言うと、アデラリッサがディスペルポーションを隠し持っていた。
結構当初の方から言っていたが。
魔道具ディスペルポーションは病の治療などに使える可能性を秘めている。
俺が本来使う用だったんだが。
どうせなら救う命は多い方がいい。
複製に関しては前回の反省を生かし。
今回はちゃんとした組織、そして信用できる人間に託す。
ニーナ・ヴァレッドはエマが信頼を置いている仲間だ。
それに彼女の名前くらいなら俺も聞いたことがある。
金の天使、ニーナ・ヴァレッド。
金髪の容姿に大きな瞳。見た目に反し性格は冷静で鋭く。
数々の医療や科学に精通し、戦場に行けば“死亡者を出さない”と言われている程の化け物だ。
「エマちゃんも本来来るはずじゃなかったのに、大変な場面に来ちゃったよねー」
「本当よ……少しだけ胃もたれが」
「あらら、まあそーなるよね」
そうニーナは同情の視線を向け、それに応えるようにエマは溜息を吐いた。
現在、青の騎士団内のエマの身分は、【臨時隊長】だ。
本来の隊長はエマの結婚相手であるイアンなのだが、イアンが病欠や負傷をしたりした場合。
神級魔法使いのエマが現場に向かう事になっているらしい。
青の騎士団の詳しい決まりとかは知らないけど。
多分、ベイカー家では当たり前なんだと思う。
家の方針。青の騎士団とベイカー家は特殊な関係だ。
「とにかく、ケニーちゃんはあと数日は安静に。
他の人がお見舞いに来た時、元気に笑って出迎える事―!」
「わ、わあったよ……」
「ニーナは少しだけ分かるよ。ケニーちゃんが落ち込んでいる事をね」
「………うん」
そう決め顔でニーナは部屋を出て行った。
あのガキ、見透かした顔しやがって……。
「エマ」
俺は少しの沈黙の後、右の椅子に凛としたまま座っていた金髪の妹に目線を向ける。
「ん?」
「ずっと見守ってくれててありがとうな。でももういいよ。仕事をしてきな」
「………本当に大丈夫?」
「昔の俺じゃないんだ。今の俺、舐めるなよ?」
「そ、分かった」
気遣ってくれていたのは知っていた。
エマは言葉にはしないが、案外行動に性格が出ている。
ずっと俺がこの部屋で動けない中、エマは俺の様子を見るようにずっと横で座っていた。
もちろん何もしていなかった訳じゃないが。
本を読んだり、横に飾ってある花を変えたり。
そして時々外に出て仕事をこなしたり。
こなした後はここに戻ってきたり。
もう随分と面倒を見てもらった。
もうそろそろ、解放してやらなきゃな。
「あ」
扉から出ようとした瞬間、エマは部屋の外に視線を合わせながらそう言った。
「ケニー兄さん。丁度お客さん」
「え? 俺にか?」
ついに来てくれたか!!
アーロン待ちくたびれたぞ!!
あ、でもアーロンは多分復興で忙しい筈だし……。
まさかサリーとかか??
この際サリーでも嬉しい!!
意外と寂しかったんだ!!
「久しぶりだな」
「なんでお前がこの街に居るカサンドラ」
俺は少し怒気を含めてそう言う。
豚顔の男カサンドラ・ウーマはサザル王国のギルドに居た男だ。
あの黒猫キャロルに恩がある人物で、あの日俺と始めましての時は、関係が最悪だった。
「まあ聞けよ。まずはここに来た経緯から話させてもらう」
と言うので、俺はまず話を聞く事にした。
まずカサンドラは、魔解放軍の情報を集める為に中央都市アリシアへ目指したらしい。
と言うか情報を集める為でもあったが。
元はと言えば俺を探していたらしい。
魔解放軍と戦いに向かった俺の後を追って数日遅れでサザルを出たと。
それで俺の到着と4、5日遅れで中央都市アリシアへ着いた時には。
黒い球体が中央都市アリシアを覆い。
それをサザル王国の青の騎士団へ知らせるためだけにイエーツまで向かったらしい。
つまりこの場所に青の騎士団を呼んだのは、カサンドラ達なのだ。
サザルから中央都市は遠いが、イエーツは少しだけ近い。
馬を飛ばしてくれたらしい。
余談だが、あの結界は黒結界と呼ばれる【禁忌】らしい。
あまりの結界の頑丈さに閉じ込められたら脱出することがまず不可能な結界として禁忌に認定された代物だ。
それを大規模展開するんだから、あの純魔石については納得できる。
そして俺が一番危惧していた、時間のズレの話だ。
俺らが中で過ごした時間は大体丸一日か二日くらいだ。
どれくらい活動していたかなどは、
正直体感でしかない。
結界内の時計は全て結界の影響で停止していたからだ。
体感では丸一日くらいだった。
だが。
外では四日が経過していた。
「――――」
カサンドラがアリシアでの事態を発見してから、四日だ。
だから、もしかしたらもっと長かったのかもしれない。
四日も経過していれば、やけに増援が早かったのも頷ける。
ずっと結界が開くのを青の騎士団やカサンドラは外で待っていたのだ。
だから増援が早かった。
もしかしたら、カサンドラが来てくれなかったら、俺らは負けていたかもしれない。
「まずは感謝だな。ありがとう」
「いいや、お前が居なかったら俺はここまで来れなかった。全部お前の行動の結果だ」
「そう言ってもらえると何だか嬉しいな」
サザルでの行動はあんまり自分的には最善と思えていなかった。
だからだろう。
今は少しだけ嬉しい気がする。
「で、本題なんだが。俺は明日にはここを発つことにした」
突然のカミングアウト。展開が読めないねぇ。
「それまた唐突だな。理由を聞いても?」
「俺の復讐は、まだ終わっていない」
そう力強く言ったカサンドラは、強く握り拳を作っていた。
復讐。カサンドラの復讐は、魔解放軍だった筈。
魔解放軍メンバーの多くは現在青の騎士団に捕まっている筈だが。
……考えるに、
「ドミニクを探すのか?」
「勿論だ。だが、殺しはしない」
「……と言うと?」
「お前の話を聞いた。
最後にアルセーヌと言う男は、記憶を失くしたドミニクをお前に託したらしいな」
「どこから聞きつけたのかなぁ」
そう分かりやすく言うと、カサンドラは気まずそうな顔をした。
こいつ、さては書類とかを盗み見たな。
事後報告と言うか、説明をするときエマは記録を取っていた。
それでも盗み見たんだろう。
「そうだ。多分だが、この世界のどこかにドミニクは生きている。
それも、魔眼をまだ持っているなら……はっきり言うと危険だ」
ドミニクは自分の意思で魔眼を制御する術を知っていたが。
もしアルセーヌの言う通り。
ドミニクが本当に記憶を失くしているなら。
魔眼の制御方法を忘れている可能性もある。
早急に見つけ出した方がいいのは確かではあるのだ。
「お前が探してくれるなら助かるよ。殺すわけでもないなら、俺は止めない」
「……俺はそこだけ読んだ訳じゃない。俺は全部、書類を読んだ」
「………」
「もうドミニクを悪の道へ行かせない。何もかも恵まれなかったのは悲劇だった」
「お前、復讐するんじゃねぇのか?」
それ、復讐する人間のセリフじゃねえよ。
それじゃまるで――。
「――ああ、これは俺の復讐だよ」
はっきりと、真剣な顔をしながらカサンドラはそう言った。
光が指してきて。
ほんの少しだけ、俺の心が軽くなった。
「………そうか。じゃあ後は頼むよ」
こうして、黒猫の復讐者は復讐を遂げに中央都市アリシアを発った。
――――。
「まああの人が書類を読み漁ったのは知ってたんだけどね」
月明かりに照らされながら。
エマはそう笑った。
金髪ロングが揺れ、緋目が静かに開かれた。
まあそうだよな。あいつ、そこまで器用じゃなさそうだし。
「一先ず、ドミニク・プレデターの探索は任せることにするわ」
「いいのかそんなんで」
「いいよ別に。私は助かる命が多い方に揺らぐ。今優先すべきは、この街だから」
「エマらしいな」
時刻はもう日が落ちた時間。
歩けないからか最近は体力があり余っている気がする。
ゾニーに怒られる前に、運動出来るようにならなきゃな。
「さて、もうそろそろ私は寝るね。
あと数日もすればイアンも到着するらしいし。私の仕事は、もーすぐ終わる!」
エマは立ち上がり。両腕を大きく伸ばしながらそう言う。
こう見るとこいつも色々成長しているな。
美人になりすぎて目の保養だぜ。
でも、目線で言えばアーロンを見るような感じだがな。
「良く寝ろよ。俺は読書でもしてるから」
「うん。ありがとうケニー兄さん。じゃ、おやすみ」
と、エマが出て行った所で。
俺は本を取り出し、付箋のページを開けた――所までは記憶にある。
――――。
「何をしに来た、死神」
「君からしたら久しぶりか、ケニー・ジャック」
白い世界で、俺の夢の中で、“死神”は現れたのだ。
――そこで頼まれた事を俺は決して忘れない。
余命まで【残り●▲■日】