九十四話「サーカス」
「んだ、この分かれ道」
俺の目の前には、二手の分かれ道があった。
右からは暖かい空気が来て、
その先は眩しい逆光で見えないけど、草原の様な涼しい風が流れていた。
左からは肌寒い空気が来て、先は真っ暗で何も見えなかった。
言っちまえば、天国と地獄。って言えるくらい対照的だった。
サリーとははぐれてしまった。
アーロンともだ。
これは俺の失態だ。
子供を助けようと先走ってしまった。
きっとアーロンも同じ気持ちだったんだろう。
手分けして探せばよかったものの。
なんてことをしてしまったのだろうか。
「………」
久しぶりの感覚だった。
胸の底が気持ち悪い感覚で、何かがぐつぐつと俺の芯を焦らせているような。
何か悪い事をして、その責任とかを感じているのだろうか。
懐かしいもんで、過去にも同じ感覚に陥ったことがある。思い出したくもなかったがな。
複雑な感情を言語化したり考えたりするのは疲れる。
俺が今感じている事を超簡単に説明するなら、『怖い』だ。
「アーロンはどこに行ったんだぁ……」
子供の事となると少しカッとなってしまう部分は、昔から変わっていないな。
言っちまえばアーロンを買った理由もそれだし。
それに足を滑らせるのも、無様だ。
「サリー、怒ってるだろうなぁ」
これは明らかな失態だ。
サリーの言葉を無視し、俺らは路地裏に足を踏み入れた。
きっとサリーは怒っているだろうな。
申し訳ない所だ。
さて、現実に戻ろう。
現在の状況を整理すると、俺らはバラバラになってしまった。
現在位置も不明で、“俺は”子供を助けたい。
まず最優先にするべきなのは何だろうか。
そうだな、サリーと合流だろうか。
でも――。
「この路地裏、なんか迷路みたいな構造してやがるんだよな」
俺とアーロンがはぐれた理由だ。
この路地裏、何かがおかしい。
……普通路地裏に霧なんてあるのか?
いいや、言い方が違うか。
どうしていきなり霧が出てきた。
あまりに自然と出てきたから何も不信に感じてなかったが。
この霧は一体なんだ?
「………」
誰が出してる?
まだ分からないが。もし魔法などで出している物だとしたら。
俺らは今、敵の罠のど真ん中に居るんじゃねぇのか?
「だとしたら、俺らは敵に踊らされていた訳か」
状況から考えるに、あの子供達も罠だった可能性もある。
こりゃ、やられたな。
子供を使った、善意を利用したトラップ。
いかにも魔解放軍がやりそうな悪質さだな。
「はて、どうするか」
このまま元の道に戻るのもありだが。
正直来た道の通りに、あの迷路を進める自信がない。
霧が濃いせいでどこも違う場所に見えてくるのだ。
かといって、この前の別れ道も何か行ってはいけない気がする。
これは俺の経験と予測とか言いたいけど――体の芯から、その場所を嫌っているのが分かる。
二手で目で見ただけではどちらが正解か分からない。
でも、どちらも入ってはいけない気がするのだ。
体がそう訴えている。
危機を察知して、俺に教えてくれているような。
「……八方塞がりか」
「ケニー?」
ここでいきなり美人なお姉さんに話しかけられたりてきたああああああうあああああ。
「何黙って驚いてるんですの。もしかして、あなたも迷いました?」
「……ええ、そうでありんすけど」
「変な口調ね」
俺は両手で全力驚きをかましつつ。
いつの間にか背後に立っていた女にそう言った。
その女は紫髪の美形な顔立ちで、胸元が隠せていないセクシーな黒服を来た女。
「どうして俺と話してくれる気になった。ヴェネット・ハッグ」
「これは仕方がない事ですわ。本来、アーロン様以外と会話する気は毛頭なかったと言うのに」
「お前そんなに会話が嫌いか」
「ええ、嫌いですわ。耳が痛くて仕方がない」
ああそうですか。
まあ会話してくれるならそれの方がいいか。
……どうして会話して来たんだ?
「何故今になって俺に話しかけてきた?」
「――アーロン様が危ないわ」
「……は?」
「この結界は魔解放軍:幹部 ピエロ『ティクター』の物。
彼は、子供と遊ぶのが大好きな男。だから、アーロン様が危ない」
「ちょ、ちょっと待て。これはティクターの結界なのか??」
ティクターと言えば、雑貨屋コーディーに現れたスーツ姿の男だったよな。
つまり。ここは結界の中っつうか?
確かに空間が変な感じだが、それの影響か。
「ここはティクターが得意とする結界『玩具世界』ですわ。幻術系の魔法を自由に展開する彼の技は、厄介ですわよ」
「お前やけに仲間の情報を流してくれるな」
と言うと、ヴェネットは訳の分からなそうな表情をして。
「言ってるでしょ? わたくしはアーロン様に身も心も捧げた人間だと」
「出会って3時間くらいしか経ってないのに捧げんの早すぎだろお前」
それも、出会いは色々最悪だったのに。
どうしてこいつは俺らをそこまで信用とかしてる感じなんだ。
あ、俺らじゃないか。アーロンか。
「………」
「……」
「で、お前はこの状況。どう見る?」
「……わたくしもティクターの結界に入るのは初めてですわ。
ですが、ティクターは物凄く性格が悪いお方でした」
なるほど? 性格が悪いね。
じゃあそれで考えてみるか。
まず、来た道を戻ると言う選択を考えてみよう。
俺が性格の悪い奴なら……帰り道はさらに迷わせるな。
来た道を戻るのは危険か。
いや、性格が悪い奴なら俺らがそう考えると思って、来た道を出口にしたりするのか……?
「……分かんねぇな」
「………ふん」
すると、突然ヴェネットは胸からあの投げナイフを取り出し。
「お、おい」
「私はこっちを進む。あなたはそっちを進みなさい。
そして、“赤い箱は開けて青い箱は開けてはいけない”わ」
「……何故だ?」
ヴェネットは俺の喉元にナイフを向けながら。
脅し、とも取れるその光景を見せてくれた。俺に左の暗闇へ進めと脅しているのだ。
そしてヴェネットの言葉の、赤い箱と青い箱。それは一体何なのだろうか。
「言う事を聞けないのかしら。じゃあ、ここで死んでもらうわよ」
「そんな事したら。愛しのアーロン様はさぞ悲しむだろうな」
「わたくしはあなたの命なんてどうでもいいの」
そりゃ、分かりやすくていいな。
「……行けばいいんだろ。赤い箱は開けるよ」
「よろしい。行きますわよ」
少し強引だったが、ヴェネットはナイフを下ろした。
んったく。強引過ぎるだろ。
って事で俺は左側、ヴェネットは右側の道を進むことになった。
俺が行こうとしている左側は、真っ暗だった。
肌寒い空気が芯を冷やすように流れて来て、俺は不安を膨らませた。
だが、これは良い作戦でもあるんじゃねぇかと思う。
ヴェネットは反対側を進む。俺はこっちを進む。
どっちも同じくらいリスクがあるんだ。
この場所で最も合理的に先へ進む。最高で最悪な作戦か。
「お前も存外、子供が好きなんだな。ヴェネット」
「ッ! 今なんて言った!!??」
おっと。あぶねあぶね。
今最後ナイフを構える音したぜ。
つうかヴェネットさんよ。
あんた驚いたりすると、そんな顔を赤らめるんだな。
さて、今のヴェネットから逃げるように俺は左の道を進んでいる訳だが。
さっっっぶい。
この道、クソほど寒いぞ。
元々肌寒い空気を感じていたが、実際は居るとさっっっぶいな。
路地裏の道にしてはそこを冷え切っていた。
だが、どこか、進むたびにその空気は変わっていき。
「あれ、ここから寒くないな」
暗い景色は変わらないが、肌寒い感覚はその場でぱったりと途切れた。
現実的にそんな事あるのだろうかと考えるが、ここは結界の中だ。
何が起きても、何ら不思議じゃない。
「あ」
すると、俺の目の前に小さな箱が現れた。
暗くて良く見えないな。
「えっと、魔石魔石」
魔石は俺が剣技を使用したり、魔法を使用したりする用だが。
俺は今、魔石が放っている微々たる光をもとに箱の色を見ようとしている感じだ。
あ、ちなみに今の魔石の数は6個だ。
ヴェネット戦で炎龍を使ったからだろうな。
まあただ、あれが無かったらヴェネットは俺らの誰かしらを殺していただろうな。
魔石の淡い光を使い。俺はその箱の色を見ると。
「赤色だ」
赤色は開けろ。青は開けるな。
それがヴェネットの指示だった。
それを信じていいのか俺は分からないが。
ティクターの結界だと見抜き、これまでの態度とか言動を見る限り。
ヴェネットは本当にアーロンの事しか眼中にないのだろうな。
おかしな女だぜ。
でも、面白い。悪くないな。
「おわっ――」
赤い箱を開くと、そこから白い煙が勢いよく放出され――。
『第一ステージクリアおめでとうございます』
『次は、第二ステージ。
嘘か真か、何を信じるか裏切るか、
正解はすぐそこにあるかもしれないし、それは不正解かもしれない』
『存分に狂い迷い。狂乱一色の世界へ堕ちて行きなされ』
――――。
って、アナウンス的な、何とも言えない声が聞こえた気がした。
俺は今、噴水の前で立ち尽くしていた。
「………」
路地裏からいつの間にか移動していた。
あいや、元々噴水近くに居た筈だから路地裏に見えていただけで元々噴水近くだったのかもしれねぇな。
第一ステージ。まるで小説の様な話だな。
そして今が第二ステージ。いや、もしかしたらだが結界の外に出たとかあるのかもしれないな。
でも、霧は立ち込めている。
「と、取り敢えず。第一ステージはあれで良かったのか?」
赤い箱を開けた事によってこの場所へ移動した。
もしかしたら、他の迷い込んでいたメンバーもこの噴水近くに居るのかもしれないな。
探してみるのもありだが。
「ヴェネット! どこにいる!? 居るのか!!」
と、叫んでみる。
さっきまで近くに居たんだ。もしかしたらまた近くに居るのかもしれない。
もし居てくれたら少しだけ心強い。
最初こそ信用してなかったが、アーロンに対する思いは俺でも分かるからな。
ヴェネット・ハッグが俺らに見せている物は、俺らを信用させるのに十分すぎるモノだった。
仮にヴェネットが実は俺らを裏切るために取り入ったとしても。
それはないと断言できるくらい。俺はヴェネットの事を信用している。
少し前までは信用できなかったが。
さっきの路地裏での会話。
そこで感じた物は、同じものを心配する同族の感覚だった。
俺とヴェネットはアーロンが心配だ。
だから協力し、窮地を脱するべきだ。
「――ケニー?」
「お、居た」
普通に再会した。
ヴェネットは俺が進んだテントの外に座り込んでおり。
何故だか分からないが、黒いセクシーな服は汚れていた。
「なんで汚れてんだよ服」
「わたくしが行った先がハズレだったの。ケニーがさっさと箱を開けてれば」
何だか不機嫌だった。
俺のせいなのだろうか?
……つうか、なんかこいつと俺の距離おかしくなってないか?
「ここはどこだか分かるか?」
「ここはまだ結界内ですわ。
現実世界っぽいですけど、巧妙に作られた仮想空間」
「つうか、幻術ってあんまり聞かないんだがどうゆう物なんだ?」
幻術。それは魔法とは少し別物と言う事だけは知っている。
ああ、でも魔法の派生なのだろうか?
「幻術は元を辿れば起源は薬物ですわ。危険な薬物が見せる幻覚。
それを魔力で再現し、空間に作用させる。
人が作り出す悪夢を利用して、空間を形成する。それが幻術ですわ」
「なんか複雑だな……この空間はティクターの思うがままって言う訳じゃないのか?」
「そうともいうけど、正確には違うのよ。
ティクターの脳内で見ている夢。それを結界に投影している。
少しの融通は聞くかもしれないけど、あくまでそれはティクターの夢の粋を出ない。つまり」
「ある程度はティクターの思い通りだが、出来ないこともあると?」
それがある種、弱点何だろうな。
ティクターの想像外の事、例えば、この世界では俺を完全な無力で魔法も剣技も使えない存在にする。
と言う。言ってしまえば相手を完全に無効化させる方法なども。多分不可能だ。
出来る事が限られている。それがこの結界の弱点。
基本的に結界を破壊する方法は、展開している人間を潰すくらいしかない。
相手の、ティクターの力がどのくらいかは不明だが。
「おいヴェネット」
「何よケニー。あなたに呼び捨てされるのは少し不快ね」
「お前。好きな物はなんだ」
「何を言い出すかと思ったら。……その質問の意図が分からないですわね」
「俺の好きな物は肉と、アーロンと、本と、家族と、知り合った全ての人間だ」
これは嘘偽りのない。本音だ。
「知り合った人間の中に、お前もいる。俺はお前を信用している。だから、協力しよう」
正直な気持ちを伝えるのは。時々むず痒い感覚に苛まれる。
だが、伝えると言うのは。とても大事な事だ。
それはこの半年で学んだことだった。
伝えると言うのは、信頼関係を築くと言う事――。
「ヴェネット・ハッグ。俺はお前を、仲間として信じるよ」
はたから見ればその選択は面白いくらいおかしいかもしれない。
何故なら俺らは3時間前、本気で殺そうとしていた相手だからだ。
でも、人は人を知る事が出来る。
知って、理解して、考えて。出した結論だ。
俺はこいつを仲間だと認める。
それがどんな結果になっても、俺は信じ続ける。
父さん。これが俺にとっての、幸せだよ。
余命まで【残り●▲■日】