疑問17【最終話】 幸せになったかしら?
お祖母様が優しい視線をオリビアへ向ける。
「ビア。シズはどうしているの?」
この一月ほどはオリビアである時間がほとんどだった。特にサーディルとの時間にはサーディルとオリビアを本当の二人にするために、シズとしての意識を閉ざしていた。ここにいる六人はシズとオリビアの間のそういう意識の状態も理解している。
「今は意識はあってお話も聞いてくれています。でも、今日は久しぶりに、長い時間、表で頑張ってくれたから……疲れたと言っているの」
オリビアは自分の中のシズを確認するようにそっと両手を自分の胸に当てて目を閉じる。
「ああ、化粧直しのときにもそう言って、ビアを僕に預けてくれたね」
サーディルは静かな微笑みを浮かべた。オリビアを預けてもらえるほどシズに信頼されていることはとても嬉しいことなのだ。
「ワシらにとって、今やシズも孫娘だ。どうにか大事にしてやりたい」
「わたくしもシズを姉だと思っていますわ」
「うん。過保護なお義姉様だよな。あはは」
それからはバレルとナッツィも話に加わり、私との思い出話に花が咲いた。私はオリビアの中で嬉しくて恥ずかしくて悶えていた。
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オリビアが寝た頃、私は本当の意味で意識が遠のきそうになった。
オリビアに最後の別れの言葉を告げると浮遊感に包まれ意識を失った。
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『ズルっ!』
私はバスタブの中でお尻を滑らせてしまい危うく溺死しそうになった。
「あぶなっ! 冷たっ!」
私はどうやら風呂場で居眠りをしていたらしく、保温時間の過ぎた風呂のお湯は冷たくなり始めていた。
「はぁ……。夢か。びっくりしたわぁ……。
あっ! ヤバっ! 携帯!」
携帯は見事に水没しており、気分は撃沈だ。
「あがろう……」
項垂れて立ち上がる。バスタブから右足を出した時、足首に付いている傷に動揺した。
「え!? は!? うそっ!?」
右足首には三センチほどの傷跡が残っていた。現実の私にはあるはずのない傷跡。私がオリビアになって湖の中を岸まで歩いた時に引っ掛けた際の傷跡だった。
私は急いで風呂から揚がり、パソコンを開く。そして小説投稿サイトを片っ端から見て、オリビアの物語を探した。自分が検索するワードはそう多くはないので必ずヒットするはずだ。
しかし、夜明けまで探したが、読んだはずの小説を見つけることができなかった。
店のオープンとともにケータイを買いに行き、再び小説投稿サイトを見直したが、やはり見つけることはできなかった。
三日もするとオリビアの顔もお祖父様お祖母様の顔も霞がかかったようになり、字面だけの思い出になっていった。
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三年後、オリビアが私の夢の中に出てきた。
「シズ。わたくし、女の子を出産いたしましたわ。シズリナと名付けましたのよ。サーディルと同じ濃いネイビーと黒目なんですの。ハンモックの夢で見た貴女に似ているわ」
「私も女の子を産んだわ。名前はオリエ―織恵―というの。旦那はサトル・タナカ―田中悟―って名前なのよ」
「まあ! お名前がわたくしの夫サーディル・タニャックに似ているわね。うふふ。
わたくしたちはこれからも姉妹ですわ。お姉様」
私はパチリと目を覚ました。隣に寝る我が子を見る。黒目黒髪だが、なんとなく湖で見た幼いオリビアを感じさせた。夫はクォーターで彫りの深い顔であり、身内が言うのも何だが男前である。
「顔はうろ覚えなのに、似ていると感じるなんて不思議よね」
私は我が子の頭を撫でた。さらに向こうに眠る夫が『フガッ』とイビキをかいた。
「本当でも夢でも……どちらでも構わないわ。私の中でオリビアは幸せになっているもの」
私は愛娘を抱きしめて再び眠りについた。
〜 fin 〜