疑問13 子の大切さは伝わったかしら?
お祖父様は拳を強く握り震わせながらノイデル伯爵の話を聞いていた。
「言い訳にもならんよっ! こんなことなら幼いオリビアを引き渡すのではなかった。田舎になど引っ込まず、無理しても会いに行けばよかった」
お祖父様の言葉にお祖母様も涙ぐむ。オリビアと引き離されたお二人は近くにいては寂しさが募ってしまうと、王都屋敷から領地へ移った。元々、オリビアが成人したらフィゾルド侯爵家を継がせるつもりだったのだが、オリビアは成人する誕生日の一月前に家出をし、あの湖で入水自殺した。
そのタイミングで私坂木静流が転生したようなのだ。
ノイデル伯爵親子は、オリビアの自殺も私の転生も知らない。
「貴方たちも二人目の子を望んだではありませんかっ!」
ノイデル伯爵は頭を抱えたまま癇癪を起こした子供のように地面の一点を見つめて声を張り上げる。
「そうだな。エリオナの病を知らなかったからそれを望んでいたよ。もし病気を知っていたら出産を反対したかもしれん。
だが、どういう経緯であるにせよ、オリビアは生まれたのだ。その『生』を拒絶することは間違えている」
お祖父様は目の合わない相手―ノイデル伯爵―をジッと見つめた。
「そうよ……。知識があるなしに関わらず、出産で儚くなったことを生まれた子供の責任にするなんて、決して、していいことではないわ」
お祖母様は泣き声をグッと堪えて凛としてノイデル伯爵を見据える。
「どんなに健康であっても出産には危険が伴うの。それでも女は子供を産むのよ。
悪阻も体の倦怠感も体の重さもあるの。出産の痛みなんて並大抵ではないわ。それでもお腹の子を慈しみ待ち焦がれ出産するの。
子供は母親がそうやって頑張った証なの。貴方はエリオナの頑張りを否定し続けてきたのよ」
会場のあちらこちらで婦人たちのすすり泣く声が聞こえる。ノイデル伯爵は焦点が合わず呆けており、話を聞けているかはわからない。
お祖母様の言葉は続く。
「子供ができずに悩むご夫婦もいるわ。子供が生まれた幸運と、妻を亡くした不運は別のものなの。不運を嘆くあまり幸運を受け入れられないのなら、そういうご夫婦に託すこともできたのよ」
「ノイデル伯爵。お前の行動を肯定するものはここには存在しない」
お祖父様はノイデル伯爵に最後通牒を下した。
「バレル。招待客でない者が紛れているようだ。早々に退出してもらえ」
「かしこまりました」
執事長バレルの指示でノイデル伯爵親子は外へと連れ出されていった。
「みなさま。お騒がせして申し訳ない。妻と孫娘は化粧直しに一時席を外します。みなさまはごゆるりとおくつろぎください」
お祖父様の仕切りで私とお祖母様は一旦屋敷内へ戻る。
化粧を直し廊下に出ると気品のある若い紳士が壁に背を預けて立っていた。私とお祖母様に気がつくとゆっくりとこちらへ歩いてくる。
お互いに歩みを進めるとお祖母様の手を取った。
「フィゾルド侯爵夫人。ご機嫌麗しく。
太陽のような微笑みでオリビアを守っていただき感謝いたします」
紳士は青い瞳を閉じてお祖母様の手に軽い口付けをする。
「サーディル。ありがとう。
シズ。ケーキが食べたいから先に行くわね」
お祖母様は私にウィンクしてから一人で会場へ戻った。
「シズもお疲れ様。すごく立派だったね」
サーディルが優しい黒い瞳で微笑み、私の顔を覗くように少しだけ首を傾げると耳の上で切りそろえられているネイビーの髪がサラリと揺れる。
「ありがとうございます。でも、私一人じゃなかったからできたことです。
虐げられたことへの質問はビアでした」
「ああ。近くで見ていたから気がついたよ。ビアはあれをずっと聞きたかったのだろうね」
『なぜわたくしだけが虐げられてきたのでしょうか?』
オリビアの声は震えていたが過去を知り前へ進む気概を感じられた。