第7話 竜殺し
遅くなりました。作者も夏休みに入ったので執筆ペースを少しあげようかなとは思っています。4日に1つぐらいは出す予定です。他の作者さんたちに比べて1話の文字数が多いのでその分投稿が遅くなってるかと思いますが、気長に待っててもらえると嬉しいです。
俺がこの村に来てからちょうど2週間が経った。その間、特に変わったような事はなく毎日のようにアリアさんの手伝いをしたり、ミリアと顔を合わせるたびに口喧嘩をしたりなど前世の俺からは想像ができないほど充実した日々を送っていた。前世の俺はまず女の子と関わりがなかったからな……。
ただ、今日に限っては村のみんなの様子が普段と少し違っていた。村人のほとんど全員が緊張したような面持ちをしている。なんせ今日はここら辺の村や町で商売をしている大商人がやってくるのだから。何故村の人間がその大商人を警戒しているのかというと、大商人の息子がアイラに片想いをしているらしく、最近は来るたびに苛烈なアプローチをしていると聞いた。少し前まではそこまで酷くは無かったそうだが、最近になって少しアプローチが過激になったようだ。
アイラは毎回断っているんだが、流石に毎度毎度のことすぎて断るのも疲れてきたみたいだ。
俺はどんなヤツなんだろうと思い、村人に紛れて大商人が来るのを村の入り口付近で待つ。
しばらくして、村の外から馬の足音が聞こえてきた。どうやら大商人を乗っけた馬車が到着したようだ。2頭の馬の手綱を引いていた御者の人が馬車を止めると、中から恰幅の良い2人の男が出てきた。
1人は偉そうにしている40代くらいの男でもう1人はそれを一回り小さくした俺と同い年ぐらいの男だった。
大商人の息子と思われる方をじっくり見てみるが……たしかにあれは無いな。アイラが断るのも理解できる。所謂生理的に無理というヤツだ。いかにもお坊ちゃんって感じで金でなんとでもなるって思っているヤツの顔をしている。
アイラもあんなのに言い寄られて可哀想に……。
俺がアイラに同情していると、そいつは馴れ馴れしく口を開いた。
「ひ、久しぶりだね、アイラちゃん!ぼ、ボクに会えなくて寂しかったかい!?もうボクの父さんにも許可をもらったし、君を迎え入れる準備はできているよ!」
……うわぁ。
なんていうか喋り方までキモすぎだろ。コイツのあだ名はキモ豚で決まりだな。
俺は今すぐにでも殴りたくなる衝動に駆られる。それをぐっと我慢してアイラに目を向ける。
アイラはというと、
「……はぁ、ですが前から言ってますように、あたしはあなたと結婚する気は微塵もありません。どうぞお引き取り下さい」
案の定面倒くさそうに断っていた。
それを見たあのキモ豚の父がジロリとアイラを睨んでから言った。
「……なんだと?またしても息子の求婚を断るとはな。ただの平民の分際でいい度胸をしている。私の権力を使えば、この村の交流関係を断つことだってできるんだぞ。私の可愛い可愛い息子は何故か貴様のような小娘を気に入ったんだ。賢明な判断をした方が皆の為にもなるぞ」
あからさまな脅しだな。これだから大商人みたいな成り上がりは個人的には嫌いだ。
商人の中でも大商人と呼ばれる人間は極僅かで、男爵と同等の権力を得ることができる。商人として成功した人間だけが大商人になる事ができる。たとえ貴族階級の中で一番下だとしても1つの村の交流関係を断つ事ぐらいは楽勝だろう。そんな事をされては、この村に外からの物質が入ってこなくなり、全員が生きていけなくなる状況に陥いるかもしれない。村人たちの顔も曇ってきている。今ここにいる人間はアイラの事を擁護したいと思っている人間と、村の平穏を守りたいと思っている人間に分かれることだろう。
アイラは村の人に迷惑をかけたくないせいか、少し迷うそぶりを見せる。それを感じ取った父親は後一押しとばかりにアイラに言う。
「我が家に嫁入りすれば、君に危険が及ばないように我が家最強の用心棒をつけるし、君が一生遊んで暮らせるだけのお金も渡そうではないか」
「ぼ、ボクはアイラちゃんと結婚できて、あ、アイラちゃんは沢山お金が手に入る。こ、これこそwin-winの関係じゃないか!」
この世界にもwin-winなんて言葉が存在したんだ、って事は今は置いといて、少しこのキモ豚を黙らせていいだろうか?もう見てるだけで吐き気がするほどのキモさだ。何がwin-winだ。お前と結婚するってだけでアイラは大量の金を貰う以上の損って事に気づけ。
もしアイラがこの結婚を受けると言うのなら俺がここでこの2人をぶちのめしてこの村に平穏を齎そうではないか。うん、それがいいな。
そんな冗談はさておき、この2人は何か勘違いをしているようだ。なんでもかんでも金で手に入るとは思わない事だな。アイラは金で手に入るほど安くはないぞ。
「……やっぱりお断りします。あなたとは結婚しません。それに…………」
ふぅ、ほらな。アイラがキモ豚なんかと結婚するわけが無いんだよ。キモ豚はもっと自分に合った女を探すべきだな。キモ豚からしたらアイラなんて高嶺の花すぎると思うぞ。
俺がこれで一安心って少し心が落ち着いた瞬間にまた鼓動が早くなる出来事が起きた。
アイラが少し頰を赤らめながら俺の腕に抱きついてきたのだ。アイラの膨らんだ胸の感触が服越しに伝わってくる。
えーと、アイラさんは何をやっているんでしょうか?
「あ、あたしは、この人と付き合ってるんです!だ、だからあなたのものになる事はぜーったいにありえません!」
……は?いやちょっと待て。俺はいつアイラと付き合い始めたのだろうか?残念ながら記憶にない。俺はこの村に来てから2度目の記憶喪失にでもなったのだろうか?
……いや違うな、これはアイラの渾身の演技だ。告白を断る為によく使う常套句、恋人いるから諦めてっていうヤツだ。それにしてもアイラは演技も上手いな。一瞬俺は勘違いしてしまった。
俺はアイラに流れを任せようと思うが、この空気をどうするつもりだ?遠くからずっと傍観していたミリアは口をあんぐりと開けたまま固まってるし、アリアさんは何やら微笑ましいものを見るかのような優しい目で俺らのことを見ている。
外野の村人たちもニヤニヤしながら面白いもの見つけたような顔をしている。こんな小さい村だから他人の色恋ぐらいしか娯楽はないのかもな。
「な、な、な、なんでそんなヤツと!そ、そんな弱そうな男と付き合ってるなんてアイラちゃんはきっと騙されてるんだよ!ぼ、ボクの方が100倍いい男じゃないか!」
ヤンのか、コラ。お前と並べられると不愉快極まりない。
さっきまでアイラに同情していたはずの村人たちも俺に憐れみの視線を送ってくる。
……頼むからそんな目をするのはやめてくれ。
「何を言っているんですか!カインの方が1000倍いい男です!あたしは騙されてなんかいません!それにカインが弱いなんて言わないで下さい!カインはめちゃくちゃ強いんですから!」
あのーアイラさん。火に油を注ぐような行為はやめて欲しいんですケド。それと俺はアイラの前で戦った記憶がないから、俺が強いとか言うのは勢いで言っちゃったんだろうな……。
流石にこれ以上悪い方向に状況を持っていきたくは無いので、ずっと閉じていた口を開く。
「あの、すみません。なんか彼女が興奮しちゃったみたいで……。そちらの……息子さんの方が俺なんかより全然イケてると思うので彼女の言葉は戯言だと思って聞き流してくれませんか?」
「ほぅ?口を閉じていたから喋れないものかと思っていだぞ。ちゃんと喋れたんだな。猿並みの知能はあるようだ」
このクソジジイ。はっ倒すぞ?
「それに貴様はそこの小娘とは違い自分の正当な評価は分かっているようだ」
コイツまじで言ってんのか?お前の息子の方が自分の正当な評価分かってねえだろ。
「私の中で貴様の評価は少し上がったぞ、喜べ。貴様みたいに自分の立場を理解しているヤツは嫌いでは無い」
お前なんかに好かれてもこれっぽっちも嬉しくなんか無い。ていうか、嫌ってくれても構わないぐらいだ。
「どうだ?そこの女を息子の嫁にした後でよければ我が家に仕える気はないか?悪いようにはしない」
……よく喋る豚だな。いい加減黙ってくれないか。
「あー、ごめんなさい。俺はこの村から出る気はないので」
「そうか。頭の片隅にでも入れてくれればそれでいい。貴様みたいな男が女に執着する必要もあるまい。貴様とは良好な関係を築けそうだ。どうだ?その女を私の息子に譲ってくれないだろうか?貴様にもいい女を与えてやると誓おう」
──ブチッ。
俺の中でなにか何かがぶち切れる音がした。本能が告げている。コイツとは絶対に仲良くなれない、と。
「………………じゃねぇ」
「ん?なんて言ったか聞こえなかったぞ。もう一度言ってくれないか?」
「ふざけんじゃねえって言ったんだよ!このクソ野郎!誰がてめえなんかの下に付くか!それにアイラは絶対にてめえの息子なんかにやらねえからな!アイラは俺の恋人なんだぞ!簡単に差し出せるか!」
「な、な……き、貴様私にそんな口を利いていいと思っているのか!私を怒らせた事を後悔させてやる!」
あ、やべ。思わず言ってしまった。
それにアイラのことも演技とは言え恋人って言っちゃったな。後でアイラに怒られるかも。
そんな事を考えながらアイラを見ると、そこではさっき腕に抱きついてきた以上に赤面した様子のアイラがいた。
あー、アイラにも恥ずかしい思いをさせたのはマジで悪かった。後で謝るか。
「貴様どこを見ている!?もういい!こうなりゃ決闘だ!私が雇っている男と貴様の一騎打ちだ!貴様に拒否権はない!はぁ……はぁ……」
大声で捲し立てて疲れたのかクソ野郎は肩で息をしている。
クソ野郎は少し落ち着いたのかさっきまでの冷静さを取り戻して話し出した。
「もし貴様が勝てば息子にその小娘を諦めるよう説得しよう。ただ私の雇っている男が勝ったならこの村のあらゆる交流関係を断ち、そこの小娘は貰っていくとしよう」
……この条件はいくらなんでも俺1人では決めようがない。
少し困った顔をしながら後ろを振り返ると村の皆さんが口々に言ってくる。
「やっちまえカイン!」
「ぶちのめせカイン!」
「カイン君頑張って!」
この村の人たちはなんと俺に命運を託してくれるようだ。
ここまで後押しされると男として引くわけにはいかない。
「……分かりました。条件は守ってくださいね。負けませんから」
少し元通りの口調に戻して喋るとクソ野郎はニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべて頷いた。
「勿論だ。私も男だからな。負けた場合、条件は守ろう」
少しコイツの笑みが気になるけど、気にしててもしょうがない。どっちみちこの勝負に勝てばいいだけの話だ。絶対に負けるわけにはいかない。アイラと村の平穏な生活のためにも。
☆☆☆
「ご、ごめんね、カイン」
「別に気にすることはない。アイツらには俺もむかついてたからな。絶対にアイラを守ってみせる」
「カイン……」
俺たちはあの後、一旦準備のためにアイラの家に来ていた。アイラの家に置いてあった軽めの長剣を手に取ると、すぐに村の広場へと向かう。そこで一騎討ちをする予定だ。
「ねぇカイン。鎧とかは着なくていいの?」
アイラは俺がいつもの格好で相手を待っているのを疑問に思ったようだ。
「鎧は重いだけだしな。動きにくくなるから、着る気はない」
「そっか……。あたしのせいで巻き込んじゃったわけだし、勝ちとか気にせずに大怪我には気をつけてね」
「気にすんな。勿論怪我はしないが、やるからには勝ってみせるさ」
俺はアイラに笑顔を向けてから、広場の中心に立つ。周りはこの村で出会った人たちが俺に声援を送ってくれている。
その中にはアリアさんやアレインさんもいて、俺の事を心配そうな目で見てくれる。
少ししてから大商人とその息子──クソ野郎とキモ豚が大剣を背負った大柄な男を連れてやってきた。おそらくあの男が今回俺が戦う相手であり、クソ野郎が雇っている男なのだろう。
鑑定を使うまでもなく、相当強いのが分かる。コイツレベルがなんであんなクソ野郎に仕えているかは知らないが、さっきクソ野郎が気色悪い笑みを見せてきたのはコイツが負けないとでも思っていたからだろう。
だが、それがどうした。俺の辞書に敗北という文字はない。例え相手がどれだけ強かろうが関係ない。最後に立っているのは俺だ。
クソ野郎は勝ちを確信しているのか気分よさそうに話しかけてくる。
「待たせたな。それではさっそく始めるとしようか。コイツは数年前までは『竜殺し』と呼ばれた元Sランク冒険者のゼルムだ。名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」
……いや知らない。と、思っているのは俺だけのようで周りは驚愕の表情を浮かべている。それなりに有名人なようだ。
クソ野郎は周りを確認すると、気色悪かった笑顔をさらにキモくして気分良さげにしている。
「あぁ、いい表情だ。なぁ貴様も絶望しただろう?貴様の相手をするのが伝説のSランク冒険者だったあの『竜殺し』なんだからな」
「いや、全然」
「な、なに!?嘘をつけ!コイツを前にして絶望しないわけがあるか!」
「いや、俺そいつ知らないし。それよりさっさと試合始めるぞ」
「し、知らないだと!?無知にもほどがある!ゼルム、こんな男、一瞬でケリを付けてやれ!」
「了解だ、旦那。ってことで、悪いな坊主。俺はてめェになんの恨みもねえが旦那の命令なんでね。さっさとケリつけてやるぜ。せいぜい足掻いて見せろ」
そう言って大男──ゼルムは俺の真正面に立ち、大剣を抜き構える。
俺もアイラの家から拝借した長剣を構えて開始の合図を待つ。開始の合図はあのクソ野郎がしてくれることだろう。
開始の合図があるまで心を落ち着かせようとしていると、いきなりゼルムが俺の目の前に瞬時に移動して大剣を振り下ろしてくる。
「えっ……」
「くくく……てめえは律儀に開始の合図を待ってたんかもしれねェが、そんなもん俺らの世界にはねェよ。これはルールがある模擬戦でも決闘でもねェ。最終的に勝てばいい、ルール無用の勝負なのさ!」
俺はギリギリで大剣を受け止めてからすぐにバックステップをしてゼルムから距離を取る。ゼルムの事は1人の戦士と思っていたんだがな。
卑怯までしても最終的に勝つ、そんな考え方はどっちかっていうと戦士じゃなくて盗賊だ。
……こんな卑怯なやり方をする奴に手を抜く必要はないな。
ゼルムは初撃に反応された事で俺への警戒度を上げたようだ。今度は迂闊に攻めてこようとしない。
「ちっ……今のに反応されるとはな。なかなかやるじゃねェか」
「なっ……ゼルムの攻撃に反応するとは。ゼルム!正面からそいつをぶちのめしてやれ!手加減なんかするんじゃないぞ!」
「ぜ、絶対に勝ってよ、ゼルム!ぼ、ボクとアイラちゃんのために!」
「分かってるぜ、旦那に坊ちゃん。わりいな、坊主。俺の全力でてめえを叩きつぶして……うぐッ、がッ」
突如としてゼルムは苦しそうに地面へとへたり込む。その様子に周りは疑問を抱いている様子だ。大剣を杖代わりにしてゼルムはなんとか足を踏ん張る。
「はぁ……はぁ……ど、どうして……どうしててめえみたいなガキがそこまでの殺気を出せる!」
そう。
コイツが苦しそうにし始めたのは俺が手加減なしの全力の殺気をコイツに浴びせたからだ。
殺気とはこの世界では戦闘の心得がある人間なら誰でもが放つことが出来る一種の武器だ。
普通の人間が放つ殺気とは相手に敵意を剥き出しにしているようにしか見えないが、俺レベルともなると相手を怖いという恐怖で支配することができる。
それでもある程度殺気に慣れている人間や耐性のある人間には効かないけど。
ゼルムはさっきまでの余裕の表情を消して俺を睨みつけてくる。どうやら俺の殺気によって体力は消耗したらしいがなんとか耐えれたようだ。
あの殺気に耐えるとは流石化け物と言ったところか。
ゼルムは無言で俺に近づいてきてから思いっきり剣を振り下ろしてくる。
一切の躊躇が見えない。俺を殺すつもりで斬りかかってきているようだ。
俺はそれをなんとか右に避ける。
さっき俺が立っていた場所を大剣が通過して地面深くに突き刺さっている。
そのままゼルムは剣を抜くと、横向きに剣を振るう。
俺はギリギリのところで地面に背中がくっつきそうなほど背を反らす。
真上を剣が通り過ぎるのを見届けてから一旦バックステップで距離を取る。思ったより相手が殺気に対する耐性を得るのが早すぎた。
このままだと押し続けられて負けるかもしれない。実際今の俺は相手の攻撃を避けてしかいない。避けてばかりじゃ相手が自分より実力が劣っていようが勝つ事はできない。
「カイン……」
アイラが心配そうな表情をしてこっちを見つめている。
大剣が突き刺さった先の地面を見ると、凄く抉れている。あんな重い一撃を一発でも喰らえば致命傷どころでは済まないだろう。
俺が相手の隙を伺っているとゼルムは試合前の余裕の表情を取り戻して近づいてくる。
「坊主、逃げてるばかりじゃ勝てねェぜ。殺気がえげつなかったからよォ、てめェの実力もぶっ飛んでるんじゃねェかと思ったが、そうでもないみたいだなァ?てめェの方からも攻撃してみろよ。ま、できればの話なんだけどよッ!」
ヤツは大剣を片手で持ち直すとまたもや大きく振りかぶる。
コイツは大剣を振り回すことしか脳に無いのだろうか。攻撃が単純すぎる。正面から来るであろう剣を見越して左手に避ける。
その剣は俺が思った通り深々と地面に突き刺さった。そしてそれを引っこ抜いてから流れ作業のように横から剣が振われる。
さっきみたいに地面ギリギリまで背を反らして避けてもいいが、ここらで実力差を見せつけてもいいだろう。
横薙ぎの大剣を俺の長剣が受け止める。
「なッ……!」
これにはゼルムも驚いている。まぁそりゃそうだろう。大男の持った大剣を普通の体型の若者が持った長剣によって受け止められたのだから。それはもう圧倒的な技術の差がない限り不可能な事だ。
それなりに実力があるゼルムはそれを理解している故一旦取り戻した余裕の表情をまた消して警戒度をさっきよりも上げたようだ。
俺は剣を振るうと相手の巨体が宙を舞い吹き飛ばされる。
相手が負けを認めるまで少し怪我を負ってもらおうと剣をぶら下げながらゼルムに近づくと突如として俺は前のめりに倒れ込む。
何が起きた……?
俺が周りを見回すと村人たちは口に手を当てて心配そうな顔をして俺を見てくる。何故そんな顔をしているのか最初は不明だったがすぐに理由が判明した。
俺の背中に毒が塗られた矢が刺さっていたからだ。俺の後方に少し離れたところに弓を構えた男の人がいる。あの人が俺に向かって矢を放ったんだろう。
あのクソ野郎に雇われた人間だろうな。ゼルムの言っていたルール無用にはこういう意味も入っていたのか……。
たとえ背中を矢で射られたとしても……それがどうした。
前世では凡人。今世では無能。
そんな普通の俺が神様の力によってチートな力を手にしたんだ。これぐらいのハンデがあってもいいことだろう。
俺は近くに落ちていた剣を手にして息を荒げながら立ち上がる。
「おいおいマジかよ……ガチの化物じゃねェか。確か矢に塗った毒ってドラゴンすらも即死するレベルの猛毒だったはずだよな……それを受けて立ち上がるってお前ホントに人間かよ?」
全身から血が流れ出るゼルムも自分の怪我よりも猛毒を受けた俺の方に興味があるようだ。
俺の加護スキル死神タナトスの加護"不死"。
これがあるおかげで毒には耐えることができた。加護スキルを持っている俺でもここまでの苦痛を味わっているのだからあの猛毒は凄まじいものだと分かる。
たとえどんな卑怯な手を使われようが俺には関係ない。絶対に勝ってみせる。なんせそれが俺のアイラを守る唯一の手段なのだから!
俺は不器用に笑顔を作ると相手の元まで足を走らせた。