第6話 ケルト村
俺が目を覚ますと、そこは見たこともない部屋の中だった。
とりあえず起き上がって一旦頭の中を整理してみようとしたが、全くと言っていいほど、何も思い出せない。
覚えているのは前世の記憶とこの世界の仕組みだけ。
今まで何処で過ごしていたか、そして家族に関する思い出については思い出せない。
どうしたものか……と悩んでいると、静かに閉まっていた入口のドアがガチャと音をして開いた。
「えっと……」
「あっ、起きたんだ!おはよ。疲れている部分とかない?体調は大丈夫?あたしが川に水を汲みに行った時に君が流れてきてホント驚いたんだよ」
部屋に入ってきたのは俺と同い歳くらいの赤毛のポニーテールに大きく見開かれた蒼い瞳を持つ活発そうな可愛い美少女だった。
……ちなみにそれなりに胸は大きいです。
にしても、俺は川から流れてきたのか。
「……特に体調が悪いところとかはないな」
「そっかー。よかったぁ」
本当に安心したような顔で彼女はホッと息をついた。
この子は相当いい子なんだろうな。川から流れてきた素性も知らない男を拾って、体調不良じゃないと知ると安心する。
少し心配ではあるけど。
「どうしたの?」
少し眺めすぎたかな。目の保養になるしもっと眺め続けていたかったけど、彼女に気づかれたならその時間も終わりだ。
「いや、可愛い子だなって思っただけだ」
「ひゃっ!?い、いきなりそんな事言われると照れるなぁ。えへへ……あ、お母さんがご飯作ったから下に降りてきてね!」
「……分かった」
俺が返事をすると彼女はそのまま部屋から出ていった。誰もいなくなった部屋で記憶を思い出すヒントがあるかもしれないと思い、ステータスを出してみることにした。
(ステータス)
心の中でそう呟くと、空中にステータスプレートが浮きでてきた。
カイン
年齢:15 位:■■■■■■■■(転生者)
状態:記憶喪失
HP:∞ MP:∞
通常スキル
鑑定(超)・■■■・■■■・■■■・■■■・■■■
特殊スキル
重力魔法
加護スキル
死神タナトスの加護"不死"・魔神ヘカテの加護"魔力無限"
称号
転生者・死神の寵愛を受けし者・魔神の寵愛を受けし者・■■■■■・■■■■■■■■・■■■■■・■■・■■■■■■
…………。
一部のステータス以外見えなくなってるんだが。というか、これ多分だけど俺がこの世界に来てから手に入れたスキルや称号が見えなくなってるよな。
だって伏せられてないスキルや称号は神様に与えられたヤツだけだし。
ん?状態:記憶喪失ってあるんだが。なんだこれ。
──記憶喪失──
記憶を失っている状態の事。この世で取得したスキル、称号を全て思い出すまで使うことができない。
これか!これが原因で文字が見えないんだな!
自分の力で記憶を取り戻せって事だな。
どうしたもんか……。
ま、後で考えればいっか。お腹も空いてきたしな。
俺は考えることを一度中断し、腹ごしらえの為に下に向かう事にした。
部屋を出て階段を降りきると、右手のドアの向こうから懐かしいような匂いが漂ってきた。
ドアを開けると、そこにはさっきの女の子とお姉さんみたいな綺麗な人が向かい合って座っていて、お姉さんの隣には仏頂面した親父さんが座っている。
テーブルの上には白米に味噌汁、焼き魚に煮物といった典型的な和食のメニューが並んでいた。
少し日本を思い出す光景だ。
俺はこの世界に来る前の事に思いを馳せながら、女の子の隣に腰を下ろす。
「やっと来たのね。おかわりもあるから遠慮なく食べなさい」
「ありがとうございます。えーと……」
「アイラの母のアリアよ。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
アイラっていうのはおそらく俺の隣に座っている可愛い女の子の事だろう。それにしてもお姉さんだと思っていたこの人がまさかお母さんだったとは……。
改めて見てもやっぱり美人だ。アイラと同じ真紅の髪を靡かせており、目元だけでも優しい感じが伺える。アリアさんの胸が大きいところを見るに、アイラの胸が大きくなったのも遺伝なんだろう。
「……アイラの父のアレインだ」
一応親父さんも自己紹介をしてくれたみたいだ。相変わらずの仏頂面で表情を読み取りにくい。親父さん──アレインさんは赤毛に鋭い眼差し、前世で言うならヤ○ザっぽい見た目をしている。
一言で言うなら凄く怖い。
本人にそのつもりはないのだろうが、常に睨まれてるような感じがする。
俺はその視線に耐えながら自分の自己紹介を始める。
「え、えっと……俺はカインって言います」
「カイン君って言うんだ。これからは気軽にカインって呼ばせてもらうね」
……アイラは凄いな。これがおそらくコミュ強というものなんだろう。誰に対しても緊張する事なく接することなど俺には到底できっこない。
それにしてもホント可愛いな、アイラは。恋という感情を知らない俺じゃなかったら一目惚れをしている事だろう。
「……?」
少し見惚れすぎてしまった。アイラの頭上にハテナが浮かんでるように思えたが気のせいだろう。
俺は見惚れていたのを誤魔化すように慌てて、食事に手をつけ始める。
「あらあら、そんなに一気に食べると喉につっかえてしまうわよ。ご飯は逃げないのだから、ゆっくり食べなさい」
一気に食べすぎたせいで、アリアさんに余計な心配をさせてしまった。
気を取り直して、とりあえず現状把握のために質問をしてみる事にした。
「あの……ここって何処なんですか?」
俺はアリアさんに聞いてみたつもりだけど、この問いにはアイラが答えてくれた。
「ここ?ここはね……バードン公爵領の南にあるケルト村だよ。人口は300人程度しかいない小さな村なんだけどね、全然不自由な暮らしはしていないし、いい所だよ」
「そうか……」
……これだけじゃまだ何一つ情報として分かりっこない。だが、どっちにしろ今は記憶もなく、行くあてもない。
俺は断られる覚悟で頼んでみる事にした。
「その……今行くあてもないので、ここに置いていただくことってできませんか?」
「別にいいんじゃない?あたしはカインを居候させてあげていいと思うけど」
「私も構わないわよ。あなたはどう思う?」
「……構わん。お前達の好きにしろ」
「お父さんもこう言ってるし、これからは自分の家みたいにくつろいでくれていいからね」
……まさかこんなにすんなりオッケーしてもらえるとは思わなかった。
この家族は皆いい人たちだな。俺だったら川から流れてきた男をまず家にあげないし、さらに居候させようなどとは思わない。
「……!ありがとうございます!掃除洗濯料理、手伝える事があればなんでもお手伝いします!」
「あら、頼もしいわね。男手があった方が何かと楽になるし、色々頼んじゃうわね」
「はい!お任せください!」
俺はこれからここで新たな生活をしていくという事に少なからずワクワクしている。
いつか、記憶を取り戻すその日までここでお世話になるとするか。
そこでアイラが少し考える素振りを見せてから俺の方に向き直り口を開いた。
「あたしからも質問いいかな?」
「……俺が答えられる範囲ならいいけど」
「じゃあ聞くけどさ。なんでカインは川から流れてきたの?」
「悪いがそれには答えられない。というのも俺自身記憶を失っているみたいでな、今までの記憶が全くないんだ」
「そっか……それは悪い事聞いちゃったね」
彼女は一瞬驚いた表情をしたけどすぐに申し訳なさそうな顔をしてきた。
アイラが気にする必要なんて無いんだけどな。なんせアイラの知らないところで記憶は失ったものだしな。
俺は食べ終わった食器を洗おうとするとアリアさんに止められた。
「そこに置いておくだけでいいわよ。あとは私が洗っておくから、アイラに村を案内してもらいなさい」
「そうだね、カイン。あたしと一緒に村中を散歩しよっか」
そうして俺はアイラに連れられて外に出る事になった。
☆☆☆
──20分後
「はぁはぁはぁ……」
「……少し休むか?」
「だい、じょうぶ!」
思った以上にアイラの体力がない事に驚いた。まだ30分も歩いていないのに疲れてバテてしまった。
アイラの体力の無さに驚愕していると遠くから声が聞こえてきた。
「……ーい!おーい!」
青い髪の毛をツインテールにしたこれまた可愛い子(ただし小さい)がこっちに向かって手を振りながら走ってくる。
その後に続くように本を大事そうに抱えた青髪の少年も走ってくる。
そのまま青髪ツインテのちびっ子は勢いを落とさずにアイラに向かって突進して抱きついた。
「ぐへっ!」
アイラは変な声を出してからバタッと倒れて動かなくなった。
青髪ツインテのちびっ子──もう面倒いからちびっ子って呼ぶか。
どうやらちびっ子にとどめを刺されたようだ。
「どうしたんだ?アイラ?」
ちびっ子は心配するようにアイラの体を揺さぶる。
もう1人の少年はこんな状況だというのに近くの石に腰をかけて本を読み始めた。どうやら相当な本好きらしい。
俺はなんとも言えない表情をしながら一連の様子を傍観し続けている。
「……アイラ?ホントに大丈夫か?」
流石に起き上がらないので心配になって息をしているのか確認する。
……息はしているな。
近くに落ちていた細い木の棒を手に取り突っついてみる。
……起きる気配なし。
まぁ放置しとけばいつか起きるだろ。
俺はアイラを起こすのを諦めて2人の方を振り向いた。
「……なぁ、お前らはアイラの知り合いか?」
「ん?まぁな。私はアイラの幼馴染にして唯一無二の大親友だ。……そういうお前こそ誰だ?はっ!?まさかお前……け、穢らわしいぞ!この獣めっ!いくらアイラが可愛いからってそんな……」
「ていっ」
「いてっ!何をする!いきなり頭を叩くヤツがいるか!」
「いや、お前が変な想像をするから叩いたんだよ。俺はお前が考えてるような事をする気はない」
「ふんっ!信用できるか!男はみんな獣なんだ!」
……はぁ、めんどくさ。こいつあれだな。見た目は身長が150センチぐらいで小さいのと、胸がまな板並みに平ぺったいのを除けばそれなりに可愛いのに頭が残念なヤツだ。
こういうヤツは苦手なんだよな。できれば関わりたくない人種である。
俺がこのちびっ子の扱いに困っていると、ようやくお姫様がお目覚めのようだ。
「ん、んん……あれ?あたし寝ちゃってた?」
「ああ、そこのちびっ子が突進したせいでな」
「そこのちびっ子?」
「ちびっ子とはなんだ!私にだってミリアっていう名前があるんだ!」
「あ、ああ、ミリアか。ねえカイン。ミリアに何かされなかった?この子たまに暴走しちゃうんだけど」
「アイラまで酷いな!私は暴走なんかしない!」
……うーん。俺がというより今さっきアイラが気絶させられたよな。
それにコイツは俺と会ってから暴走しかしていない。言っちゃ悪いけどコイツの普通にしている姿とか想像できない。
「おいお前!今失礼な事考えただろ!?」
コイツ勘鋭いな。今度からコイツの前で変な事考えるのはやめよう。面倒臭い事になる。
「……いや考えてない。それよりアイラとこのちびっ子達との関係を知りたいんだが」
「んー、ミリアとギルとは幼馴染なんだよ。昔からよく一緒に遊んでたんだよね」
さっきから本読んでいる少年はギルというのか。
にしてもこのちびっ子とアイラが幼馴染か……。アイラに直接は言えないけど、付き合っていく人間は選んだ方がいいと思う。
「ミリアはこういう性格だし、スキルのこともあってみんな近寄らなかったんだよね。だからさ、あたしが話しかけに行ったら秒で懐かれちゃった」
そうなのか……。コイツも色々と大変なんだな。
というかスキルのせいで避けられるってどんなヤバいスキル持っているんだよ。ちょっと盗み見てみるか。
ミリア
年齢:15 位:村娘
HP:1563 MP:36149
通常スキル
火魔法(超)・水魔法(超)・魔力増幅(上)
特殊スキル
憤怒
称号
暴走娘・災厄姫
──憤怒──
怒る事によって発動するスキル。スキル憤怒を発動すれば、自分を中心に半径5メートルの殺戮領域を展開し、そこに入った者を無差別に殺す。一度このスキルが発動したなら、このスキル保持者が怒りを抑えるまで殺戮領域が消える事はない。
た、確かにこれは避けられてもしょうがないスキルかもしれないな。怒らせてはいけないなんて結構ハードル高い事だと思う。
普通にこんな危険なスキルを持っているちびっ子に近づいたアイラは賞賛に値すると思う。
……ん?でも俺さっきコイツの事怒らせたのにスキルは発動してなかったよな?それって……コイツ本気で怒ってなかったって事か。
そう考えるとなんだかちびっ子に対して優しい目をしてしまう。
一応他の2人のステータスも確認しておくか。ミリアみたいなのがそんなにいたら嫌だけど、でもこんな危険なスキルを持っているミリアに気軽に近づけるという事はそれだけ強力なスキルを持っている可能性が高い。
アイラ
年齢:15 位:村娘
HP:748(+63152)MP:931(+86238)
通常スキル
風魔法(下)・雷魔法(下)・魔法耐性(中)
特殊スキル
下克上
称号
ケルト村のアイドル・薬師の娘
──下克上──
自身のスキルランクが低いほど強くなる。また、スキル下克上使用前の自身より相手が強い場合、相手は大幅に弱体化する。
……へぇ、アリアさんとアレインさんは薬師なのか。って、そんなことより!なんなんだ、この下克上とかいうスキル。反則だろ。
それになんで300人程度の小村に特殊スキル持ちが2人もいるんだよ。
……まさかギルも超強い特殊スキル持ってたりするんだろうか?それだったらこの小村だけで国から独立できるぐらいの戦力を確保している事になる。
まぁ流石に3人も特殊スキル持ちがいるわけないよな。
ギル
年齢:14 位:村人
HP:1453 MP:2398
通常スキル
召喚魔法(Aランク)・精霊魔法(上位精霊)
称号
知識を求める者・本の虫
……特殊スキルはなかったけどAランクの魔物を召喚できて、上位精霊の力も借りる事ができるってミリアやアイラほどではないけど、一般にしてみたら結構強いな。
俺が少しの間3人の事をじっくりと観察していたせいか、ミリアとアイラに首を傾けられている。
「ん?どうしたの?」
「どうしたんだ?まさか……アイラだけでは飽き足らずこの私にも手を出そうと考えているのか!?」
いや考えてねえよ。
まずアイラにも手を出していないし、それに俺はロリ体型に興味はない。
「お前また失礼な事考えただろ!?」
ホントに鋭いヤツだな。
隠しスキル読心術みたいなの持っているんじゃないか?
「こら、ミリア。そんな事言っちゃダメだよ。カインはそんな事思わない人だよ」
「なっ……アイラはそこの獣の味方なのか。そもそもお前はなんなんだ。昨日までお前みたいなヤツ見かけなかったぞ」
目に見えてしょぼくれてしまったミリアを見ると、彼女からアイラを奪った感じがして少し罪悪感に苛まれる。
「……俺は今アイラの家でお世話になっているカインだ。これからはこの村で過ごす以上嫌でも顔を合わせると思うから、よろしくな」
俺が友好の証として手を差し伸べると、彼女はその手を振り払い言った。
「ふんっ、お前なんかとよろしくするつもりはない。獣は森に帰って野生で生きていればいいんだ!」
ミリアはそれだけ言い残すとこの場から走り去っていった。……嫌われたもんだな。
近くで本を読んでいたギルも本をパタンと閉じるとミリアの後を追っていった。ギルは終始無言で本読んでいたな。本当に本が大好きなんだろう。
「えっと……じゃ、帰ろっか」
「ああ……そうだな」
今日は色々な人との出会いがあり、少し体も疲れたようなので俺たちはアイラの家へと帰る事にした。
その時チラリと見たアイラの横顔はまるで女神を連想させるような美しさを備えていた。
(綺麗だな……)
不相応にもそんな事を思ってしまい、俺は少しだけ顔を赤らめながら、帰途につくのだった。
☆☆☆
俺は濡れているタオルで体を拭きながら今日あった出来事を思い出していた。希少と言われる特殊スキル持ちの2人に出会った事は驚いたけど、それでもそれなりに楽しい時間を過ごせた。
1日という短い時間だったけど、とてつもなく濃厚で平和な1日だった。不覚にもこんな日が永遠に続いてくれればいいと思ってしまった。
でも、俺には記憶が無い。記憶を取り戻したら俺はどういう行動をするのだろうか?この村を出るのか留まるのか……それはその時が来ないと分からないことだろう。俺はそんな答えの見つからない疑問を考えながら、窓から見える夜空を見上げるのだった。