第5話 魔物の氾濫
2週間ぶりの投稿です。
今回少し長いです。
翌日、学園の入学式を終えた俺は旦那様に呼び出されていた。
内容はまだ話されていないが、急用とのことで俺とお嬢様は一旦バードン公爵領の屋敷に帰ってきていた。
もうしばらく乗ることのないと思っていた馬車にまさかこんな早く乗る事になろうとは……。
相変わらず馬車はよく揺れる。
少し気分が悪くなったが、旦那様の用事が最優先である。
お嬢様は屋敷の自室へと戻り俺は旦那様の私室へと向かう。
旦那様の部屋のドアをノックしてから入ると、そこにはバードン家に仕える大隊の隊長さん方が勢揃いしていた。バードン家には7つの大隊と特殊部隊が存在し、それぞれの隊長さんは立場に見合う実力もある。
ちなみに騎士団と大隊の違いは、騎士は対人、大隊は対魔物と訓練を受けている。
「よく来たね、カイン。いや、特殊部隊隊長──カイン・アルカディア、と呼んだ方がいいかな?」
アルカディア。
それは俺が『月影』という二つ名をいただいた時に国王から授かった苗字である。俺のフルネームを呼ぶということはそれなりの危機が迫っているってことだろう。
「全員揃ったことだし、説明を始めようかな。我が領土の西付近に大量の魔物が溢れかえったんだよね。それの討伐を頼みたいんだけどいいかな?」
「たかが魔物だろ。なんで全ての大隊の隊長が集められるほど大事になってんだよ」
最初に口を開いたのは、顔に無数の傷跡があり背中に大剣を背負った大男、第3大隊隊長『千人斬り』のゴルドだった。彼は元々は盗賊だったところを旦那様に拾われてから旦那様に忠義を尽くす忠臣となった。だから必然的に彼の部隊の隊員は荒くれ者や盗賊が多く、こう言っちゃなんだが凄く下品な人たちなのでできれば一緒にいたくないと思ってしまう。
「あら、臆したのかしら?こんな事で臆するなんて『千人斬り』の名が泣くわね」
「……んだと、てめえ。喧嘩売ってんなら買うぞ」
ゴルドを挑発した女は第5大隊隊長『妖艶の魔女』ローラ・カルエッタ。美しい緑髪を短く切り揃えており、口元にある艶ぼくろがさらに彼女を色っぽく魅せている。見た目はまんま魔女のような服装をしている。彼女の二つ名は国王から授かった正当派ゆえ、ゴルドのような邪道派の二つ名持ちを許せないのだろう。いつもこの2人は言い争いをしているイメージがある。
ちなみに彼女は、王城で働いていたのだが危険物を作っていたのがバレて王城から追放されたらしい。そこで出会ったのが旦那様なんだが、はっきり言ってこの件は彼女の自業自得である。彼女曰く、興味本位で新しい薬物を開発していたんだとか。
「……ねえ、喧嘩なら外でやってくんない?いい加減うっさいんだけど」
大盗賊と魔女に物怖じせずに自分の言いたいことをしっかりと発言するこの12歳の少年は、第2大隊隊長『神脳』のルクトである。見た目はただの子供にしか見えないが実は凄く頭がキレ、今までにいろんな魔道具を開発してきている。まあ普通の子供だったら大隊の隊長は任されないしな。彼は元は孤児だったところを旦那様に拾われた。屋敷に来たばかりの頃は誰にも心を開かなかったが、俺が世話を焼いてるうちにいつのまにか俺に懐いたのだ。
何故俺には懐いたのか不明だ。なんせ、コイツはコイツを拾った張本人の旦那様や圧倒的な美しさであらゆる男を魅了するお嬢様にさえ牙を剥く時があるから、その度に俺が止めに入っている。
こうやって改めて見てもコイツ美少年だよな……。人懐っこそうな顔してるくせに俺以外には冷たく当たるのはなんでだろうな。
「……ガキが出しゃばるんじゃねえ。殺すぞ」
「そうね……坊や、こんな男と同意見なのは癪だけど、大人の喧嘩に口を挟むものではないわ」
「……何が大人の喧嘩だ。いつもいつもいつもいつも顔を合わせては喧嘩。それも低レベルの争いばっかしてて見てる方が恥ずかしいよ。ただでさえこの僕を呼んでおいてさ、君たちのせいで話が進まなくなったら嫌なんだけど」
よく言ったぞ、ルクト。あの2人に向かって正面からあんな事が言える子供は世界を探してもルクトぐらいなんじゃないだろうか?
そしてあの2人は相変わらず大人気ないな。子供相手に物騒な事言わないでほしい。
「……お主ら。ルクトの言う通りちょいと黙れ。耳障りでしかないわ」
お、流石はここにいる中で最年長の爺さんだ。これこそ大人の対応ってヤツだな。
で、この爺さんこそ元は国王の右腕と呼ばれていて、俺が知ってる中で唯一俺の師匠と互角に戦える存在、第4大隊隊長『王剣』クラウス・ビュートノアである。
この人は体が鈍ってきたとのことで、王城に仕えるのをやめ、バードン公爵領に骨を埋める覚悟で来たところを旦那様に捕まり、今現在第4大隊の隊長を任されているのだ。
「「…………」」
さっきからずっと突っ立ったまま、黙り込んで一部始終を傍観してる無口な姉妹も立派な大隊の隊長である。姉の第6大隊隊長『無音』のレノ・ブルードと妹の第7大隊隊長『無表情』のリノ・ブルードだ。
2人とも可愛らしい顔立ちをしていて、とてもよく似ている。違う点で言えばレノは金髪、リノは銀髪ってところぐらいか。
2人とも常に一緒に行動をしており、2人を単独で見たことはない。
この姉妹は元は奴隷だったのを、旦那様が奴隷から解放してあげて、住む場所や衣服などを用意してあげたのだ。
こう考えると、ここにいる人間は皆、旦那様に恩があるんだよな……。
でも、旦那様は本当に尊敬できる人だとは思う。普通だったら放っといて、無視を決め込むヤツが多いと思うし。
んー、さっきからずっと見てたんだけど、一向に騒がしいのが止む気配がない。いつの間にか爺さんとルクトがゴルドとローラに説教を始め、それに対してゴルドとローラが言い返して……。
レノとリノを見習いなさい。2人とも微動だにせずにじっとしたまま立っているじゃないか。……これもこれで凄いな、全く動かずにしてるって結構キツイぞ。
そこでさっきから口を開かなかったジンさんがやっと口を開いた。
「……お前ら、少しうるさいぞ。いい加減口を閉じたらどうだ。旦那様が困っているではないか」
よし、これで次の段階にやっと進め……
「あ゛?いい子ちゃんは黙ってな。じゃねえとぶっ殺すぞ?」
……なかった。おい!ゴルドそうやってすぐ殺すとか言うな!
「そうね、これは私たちにとっての聖戦なの。そろそろゴルドとは白黒つけたいと思ってたのよ」
こっちもこっちでなんかおかしな事言い出しだぞ。最初はただの口喧嘩だったのにいつの間に聖戦になったんだ?
「は?雑魚は黙ってて。ジンってさ、いつも偉そうにしてるけど、カインお兄ちゃんと模擬戦して一度も勝った事ないよね?」
やめてあげて、ルクト。ジンさんもう目尻に涙浮かんでるから!すでに泣きそうだから、どんどん精神攻撃しないであげて!
「……そうじゃな、ルクトの言う通りじゃ。実力をつけてから出直してくるのじゃ。それに、此奴らを教育するいい機会じゃからな。それを邪魔しないでくれるかのぅ?」
うわぁ、怒涛の精神攻撃お疲れ様、ジンさん。いつも無表情の姉妹にすら悲しい人を見る目で見られている。ご愁傷様。旦那様もどう声をかけてあげたらいいか、困ってるし、しょうがない。ここは俺が止めるか。
「皆様、ジンさんを虐めないでやってください。それと、今日は旦那様に急用で呼ばれたはずですよね?喧嘩なら今回の事が終わってからにしてくれませんか?」
「……ちっ、それもそうだな」
「あらあら……ごめんなさいね、カインくん。貴方を困らせるつもりなんてなかったの。ただこのゴリラがうるさくて……」
「カインお兄ちゃん!ごめんね……僕は最初から注意してたよ。なのに、コイツらがさ……」
「……小僧、すまぬな。小僧に注意される日が来ようとは……成長したのぅ」
毎回この人たちの仲裁をするのは俺だが、この瞬間だけ俺自分のこと凄いんじゃね、って思ってしまう。だってジンさんがやったらボロボロにされるのに、俺がやったら喧嘩マジでなくなるからな。
と、冗談はさておきそろそろ話を戻してもらおう。
「旦那様、続きをどうぞ」
「……あ、うん。それで我が領土の西付近に大量の魔物が出現したってとこまでは話したよね?ランクはB〜Sランクだから君たちなら余裕でしょ。まぁ、数は1万っていうとんでもない数なんだけどさ。どうかな?討伐に行ってくれるかな?」
魔物が1万も同じところに出現するなんて尋常ではない事態だ。皆も少し思案顔をしている。自分の兵がほとんど死ぬ可能性すらある。隊長として、兵をそんな場所に送っていいのか迷っているのだろう。
俺は迷わずに討伐に向かうことを最初から決めている。別に兵を死なせる躊躇いがない薄情な隊長ってわけじゃないからな?俺の仕切る特殊部隊は色々と特別だからそんなことで迷う必要など微塵もない。
……にしても、少し意外だな。
ゴルド辺りは、数1万って聞いたらすぐになんか騒ぐかと思ったが案外静かにしている。
アイツも自分の隊員の事を考えているんだろうか。
「みんな答えは決めた?一緒に戦いに行く人たちはすぐに門に集合ね。今回は異常事態だから、できれば他の隊と固まって動いてよ。作戦は特になし。戦闘準備でき次第、討伐に向かう。君たちの好きなように狩ってくれていいから。じゃ、そう言う事で30分後門前集合!」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
全員で声を合わせると、すぐに各々動き出す。
全員が動き出したとこを見るに、みんな戦いに行くようだ。
せいぜい死人が出来るだけ少なくなるように動こうと俺は静かに決意した。
☆☆☆
──30分後。
言われた通り俺たちは門前に集まった。
俺の後ろには俺が指揮する特殊部隊の隊員7人が馬に乗った状態で待機している。
全員が黒ローブを纏いフードを被ってるから、傍から見れば怪しい集団だ。
ただ、これには訳がある。
実は特殊部隊というのは全員が人ではなく、異種族の集まりだ。
幼い頃、俺がお嬢様に連れられて踏み込んだ地で拾ってきた者たちだ。
ちなみに、俺もみんなに合わせて同じような格好をしている。
俺も似たような格好をすれば、それがこの部隊の正装だと思わせる事ができ、事情を知らない一般兵にも疑問を与える事がないしな。
この事を知ってるのは俺以外だとお嬢様に旦那様、奥様だけだ。
特殊部隊の隊員達は俺には忠誠を誓ってくれてるようだが、俺以外にはすぐに牙を剥こうとする。
バードン家の御三方も例外ではない。
今は俺がコントロールしてるから大丈夫だが、コイツらが本気を出せば世界が滅ぶぐらいヤバい存在でもある。
はっきり言って次元が違うと思う。
最初は普通の異種族かと思ったんだが、流石に強さが異次元すぎてもはや言葉も出なかった。
1人目は特殊部隊序列1位、鬼人族の女侍、『断空』のアカネ・クロサキ。彼女は刀を使う女侍で、鬼人族だからって大柄なわけでもない。黒髪をポニーテールにしており、ちょっとキツイ感じの鋭い蒼眼が綺麗な和風美人だ。額には鬼人族の特徴とも言える角が2本生えている。
2人目は特殊部隊序列2位、吸血鬼族の生き残り、『鮮血女帝』レイチェル・ブラッドローン。吸血鬼族はとっくの昔に絶滅したと言われているが、彼女は吸血鬼族に稀にいる、スキル不老不死の持ち主だったらしく、生き延びたそうだ。見た目は、吸血鬼の特徴的な銀髪に紅眼、小さな口からは牙が覗いている。ロリ体型ではあるが、特殊部隊の中では1番の年上で、800年ちょっと生きてるとか。彼女曰く、600歳からは数えるのが面倒になって今の本当の年齢は分からないらしい。
3人目は特殊部隊序列3位、魔人族の魔眼使い、『神眼』のシュウ・リットベル。彼は見た目こそ人間と変わらず、白髪紅眼の優男に見えるが、コイツが持っているスキルは我が隊の中で一番恐ろしい物かもしれない。3つの魔眼を操る事ができ、目の色によって効果が変わってくる。通常時は紅眼、『支配の魔眼』の使用時は碧眼、『時の魔眼』の使用時は翠眼、そして『死滅の魔眼』の使用時は黒眼となる。使いすぎると代償というものがあるらしく、1日で使う回数は制限している。
4人目は特殊部隊序列4位、竜人族の変態、『拷問姫』ティアナ・レグラス。彼女は、長い赤髪に青い瞳を持ち、背中からは深紅の翼が生えている。体型もボンキュッボンッで、全体的に整った顔つきで、普通にしていれば超絶美人だろう。まぁ、あくまで普通にしていればの話だが。ティアナは正真正銘のドSであり、人の痛がる箇所を全て把握しており、戦場では人を殺すのを楽しんでたりもする。その上、楽には殺さず、痛ぶって殺すから余計にタチが悪い。見ていて気分のいいものではない。ただ、コイツも他のみんなと同様に、俺に絶対の忠誠を誓っているから、俺が命令を出さない限りは行動を起こさない分、まだマシだ。
5人目は特殊部隊序列5位、天使族の幼女、リム・アーガント。頭上に天使の輪、背中に白い翼を生やしており、金髪碧眼で背も小さくとても愛おしい見た目をしている。我が隊の癒し担当である。性格は人見知りで臆病で可愛らしい。俺でもこの子と打ち解けるまではそれなりに時間がかかった。打ち解けてからは、俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれ、慕ってくれている。こんな可愛らしい見た目をしているのにちゃんと他のみんなと同じように化け物じみた実力を持っている。天使族といえば、基本天空に住んでいて、一生で一度お目にかかれるかどうかっていうほど希少な種族のはずなのに、何故この子が下界に降りてきたのかはいまだ不明である。ちなみに、この子は我が隊で唯一、国王陛下から二つ名を貰っていない。俺はそれが不服で非礼ながらも、国王陛下に直接実力あるのに何故二つ名をやらないのか聞いたところ、幼すぎるという単純な回答が返ってきた。
6人目は特殊部隊序列6位、悪魔族の凶刃、『冷酷姫』マリア・ロズベリア。コイツを一言で言うなら、危険そのものだ。背中からは黒翼が、頭からは2つの黒い角が生えてきており、美しく長い紫の髪に血のように赤い瞳をした美女である。体型も女性として魅力的であり、近づくだけで赤面してしまうレベルだと思う。そんな魅力的な彼女だが、その正体は3年前に王都を騒がした大量殺人鬼だったりする。強すぎる故に誰も止められず、被害者の数が5桁にまでのぼった。その時に出会ったのが俺だ。彼女曰く、一目惚れだったとかで、何故か俺の周りをウロチョロするようになった。この事を知った陛下はバードン公爵家で面倒を見ろ、と言う事でこの家に──というか、俺に丸投げされたのだ。それからは彼女も大人しくなり、他同様忠実な配下へとなった。
そして最後の7人目は特殊部隊序列7位、金獅子族の豪傑、『轟雷』のレオン・ハルバード。見た目は、逆立った金髪に鋭い眼光を秘めた金の瞳、口からは牙が覗いており、頭からは猫耳が生えている。180センチはある身長にガタイのいい体。コイツこそ特殊部隊一豪快な男だ。二つ名からも分かる通り、雷系のスキルばかり所持しており、威力だけでいえば、我が隊最強だろう。コイツが俺に使える理由は楽しそうだから、らしいが本音のところは分からない。なんせ誰もコイツの思考を読めないしな。普段何を考えているのか全くの不明である。どうしたらあそこまで筋肉がつくのかも不明だ。
全員が揃っているのを見届けてからジンさんが口を開く。
「……みんなよく来たな。今回は今までよりも大規模な魔物の氾濫だ。気を引き締めて行くぞ」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」
……各隊の隊員たちはやる気に満ち溢れているようだ。その各隊にはうちの部隊は入ってないがな。
俺の配下たちときたら、ジンさんの事を無視し続けである。ホントに俺の話以外聞く気ないよな、コイツら。
第一大隊から順に馬を走らせて行く。
今回の魔物達は色々と異常事態らしいし、嫌な予感がする。
俺の予感はほとんど当たらないが、今回ばかりは本当に当たってほしくないな。
そう思いながら俺の部隊は最後尾を駆けて行くのだった。
☆☆☆
俺たち特殊部隊は、他の大隊とはいち早く離れて、全てを見渡せる崖の上まで来た。
これはいつもの事で、大量の魔物を見渡せるとこから威力の強い攻撃を繰り返す遊撃を任されている。
俺が無言で首を縦に振ると、全員が被っていたフードを取り、その相貌を顕にする。
「さぁ、始めましょうか」
「ククク……そうじゃな。妾たちの血の宴を始めるとしようかのぅ」
「あはは……そうだね。僕もそれなりに頑張ろうかな」
「……ふふふふふ。血がみなぎってくる!さぁ!さぁさぁさぁさぁ!魔物共、少しは私を楽しませてくれよ?」
「……大丈夫。私は大丈夫です。私はあのような魔物共には屈しません!」
「うふふふふふふふ。あぁ、わたくしの愛しのカイン様。どうぞそこで見ていてくださいね。今からアイツらを血祭りにあげて差し上げますわ」
「ガハハハハ!魔物共がどれだけ群れたところで魔物でしかないわ!そうだな……俺の本気でてめえら全員息の根を止めてやろう!」
……………。
順に、アカネ、レイチェル、シュウ、ティアナ、リム、マリア、レオンである。
にしても、コイツら怖い。怖すぎる。全員目をギラつかせてるんだけど。なんなんだ、この戦闘狂集団は。
……少しおっかないけどまぁいい。
「……よし、あの魔物共を丁寧に一匹残らず殺してやれ」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
いい返事だ。
俺の言葉に頷くと、全員が各々行動を開始した。
「黒閃!」
「血の雨」
「死滅の魔眼──開眼!」
「覇竜の息吹!」
「天使の裁判ッ!」
「黒影斬」
「雷帝の破拳!」
うわぁ、相変わらず凄いなコイツら。敵に同情するレベルだわ、これ。
天空からはリムが発動した光の柱と、レイチェルの技である鋭い血の雨が次々と敵を穿っていく。
シュウの魔眼によりある一箇所の魔物たちが既に生き絶えていた。シュウはというと、端の方で疲れたのか休息をとっている。
ティアナの攻撃は地面まで抉ってるし、レオンは一体ずつ正確に雷を命中させて一撃で絶命させている。
マリアもやはり強い。なんせ影の上に立っている敵を全員殺す攻撃だ。影からいきなり刃が数十に渡って全部自分に向かって飛んでくるとか回避不能すぎるだろ。
こうして見ると、やっぱりアカネのが一番まともに見えてくるな。だって、光を超えた速度で動きまくり綺麗に敵の弱点部分を突いて殺しているだけだしな。あれを避けろと言われても、俺には無理だが、それでもこん中では一番化け物からほど遠いのではないだろうか。
見た感じ、ここはコイツらに任せておいても大丈夫だろうな。
「ここは任せた。俺はルクトの援護でもしてくる」
「りょ、了解です!カイン様」
うぅ……リムはいい子だ。みんな、魔物の殺戮に夢中になって俺の言葉を無視してるのにリムだけ返事してくれたよ。
じゃ、行くとするかな。
俺はリムにだけ笑顔を向けて、空へと飛び立つ。
「無重力!」
重力というものを消し去り、どんどん空中へと浮遊していく。
これは最初の方は扱いが難しく、ただ浮かぶだけだったのだが、今では自由に空中を移動することができる。
前世の記憶にあるアニメや漫画のようにカッコよく飛ぶことはできないが、少なくとも地上を馬で駆けるよりは速いだろう。
風を感じながら飛び続けると、ようやくルクトを見つける事ができた。
どうやらルクトの部隊はルクト以外全滅したらしい。そこら中にルクトの部隊の隊員の死体が転がっており、血が飛び散っている。
ルクトも後がない崖へと追い詰められていた。
……少し危ない状態だな。
俺は急降下してルクトと魔物の間に割って入り、剣を構える。
「カインお兄ちゃん!」
にしても、何か違和感がある。
ぱっと見、俺の前にいる魔物はBランクばかりだ。Sランクの魔物は俺の配下が皆殺しにしている最中だからな。
バードン家に使える大隊の隊員たちはAランクに負ける事はあっても、普通のBランクに負ける事などありえない。
もし、ここにいる隊員たちを俺の目の前の魔物たちが殺したのだとしたら、それはもう異常事態だ。
コイツらはBランクの魔物だがその強さはAランク──いやSランク相当かもしれない。
そして、温厚な魔物は凶暴化しているし、どこか統率力が取れたように全員が俺に向かってきている。
今回の魔物の氾濫は意図して行われたものだろう。誰かが何のために行ったのかは知らない。
だが、ここでコイツらを殲滅してやる。俺の弟分を恐怖に陥れた事を後悔させてやる。
魔物たちは凶暴化はしたが、頭は悪いのか次々と単純な攻撃で俺に襲いかかってくる。
──何分経っただろうか。
俺はあらゆる攻撃を紙一重でよけながら、剣を振るっていると、いつのまにかそこら中に魔物の首が落ちており、全滅したようだ。
……流石に疲れたな。
「ふぅ……やっと終わったか」
「カインお兄ちゃん!ありがとう!」
俺のところへルクトが駆け寄ろうとした、その時だった。
「あっ────」
「危ない!」
ルクトの立っていた場面が崩れ、ルクトが真っ逆さまに下へ下へと落ちて行く。
俺は持っていた剣を放り投げ、一切の躊躇もせず、ルクトを追いかけるように飛び込み、ルクトのところへ追いつくと精一杯の力でルクトを上へとぶん投げる。
(少し前に無重力使ったばかりだし、しばらく使えないんだったな。あれクールタイムあるし。マジやばいかもしれないな。ま、不死のスキル持ってるし、死にはしないだろ)
ルクトが泣きそうな顔をして俺のことを見下ろしている。
……そんな顔するな。俺はどうせ死なないからすぐにまた会えるさ。
心の中で、お嬢様や特殊部隊の事を思いながら、意識を手放すのだった。
☆☆☆
【???視点】
俺は目の前で、どんどん人間が死ぬのを見ながら歓喜に震えていた。
Bランクの魔物ばかりだったからどうなるかとは思ったが強化すれば案外使えるものだな。
一応Sランクも結構集めて強化したはずだが、異種族ばかりが集まった部隊の奴らと当たったせいで皆殺しにあっている。異種族共の強さ異常すぎるだろ。なんなんだよ、アイツら。
でも、今回の結果は上々だな。
バードン家に仕えている隊長を1人殺せたわけだしな。
「ククク……まだだ。まだ足らねえな。もっと、もっと殺すんだ!その為の力は俺が与えてやっただろ!さぁ、1人でも多くの人間を殺せ!」
もう少し、だな。
もう少しであのお方が復活するために必要な生贄の数が揃う。あのお方さえ復活すれば、この世はもう俺の物だ。あのお方に敵うヤツなんてこの世に存在するはずないんだからな。
「ククク、ククククク、ギャハハハハハハハ!!!!」
☆☆☆
【レイナ視点】
「みんな、よく生き残ってくれたね」
シーンと静まり返ったお父様の私室で、最初に口を開いたのはお父様だった。
数時間前までは明るい表情をしていたけど、今は見る影もなく、暗い表情へと変わっていた。
それもそのはず。私は聞いただけだけどさっきの魔物達は数が多かっただけでなく、普段よりも強化されてほとんどの部隊が壊滅したそうだ。
私にとってそんな事ははっきり言ってどうでもいい。それよりも重要な事がある。
「ねぇ、カインは何処にいるの?」
何処を見回してもカインの姿が見当たらない。一瞬、ルクトがピクッと反応した気がしたけど、気のせいよね。
特殊部隊のみんなは怪我してる様子もないし、多分カインも無事よね。
「確かにカインが何処にいるかは気になるけど、先に報告をしてもらおっか」
お父様がいつもの通り少し明るい言葉遣いで目配せすると、特殊部隊からの報告が始まった。
「私たちの隊長であるカイン様が不在故、序列1位である私──アカネ・クロサキより報告させていただきます。特殊部隊は千近くのSランクの雑魚共を殲滅しました。特に大きな被害などはありません」
流石ってところね。
Sランクの魔物を雑魚って表現したように感じたけど、そんなわけないわよね。
それにしても、他の大隊の隊長さん達が絶望したような顔してるのに、彼女達特殊部隊は平然としてるわね。
といっても、フードを被っていて表情は分からないのだけど。
「……第1大隊はほぼ壊滅です」
ジンは少し俯いて歯を食いしばっている。少し悔しそうね。
相変わらず仲間想いなところは彼の美徳ね。
「ぼ、僕の第2大隊は僕以外死にました……ぜ、全滅、です」
ルクトは顔を真っ青にしてどこか怯えたような表情をしている。
とても怖かったのね……。大丈夫、ここにはもう魔物はいないわ。
「……俺たち第3大隊も全滅しちまったぜ、クソがっ!」
荒れてるわね。ゴルドもそれなりに仲間想いだったし、それだけ悔しいのね。お可哀想に。
でも、何処か彼は嘘をついてるようにも見えるのは気のせいかしら。
「儂ら第4大隊もほとんどの奴らが死に申した。不甲斐ない奴らじゃ」
そんな事言う物じゃないわ、クラウス。彼らも頑張ったのだから。
「私たち第5大隊もいっぱい死んだわよ。こんなに被害に遭ったのは初めてだわ」
……ローラはいつも通りで安心したわ。
「私たち第6大隊は1000人中約900人の死亡が確認」
「私たち第7大隊は1000人中約800人の死亡が確認」
この2人は相変わらず、無表情だけど、心の中では悲しんでいるのかしら。
それにしても隊長の中でやっぱりルクトだけ異常なほど顔が青いわ。お医者様に見せに行った方がいいんじゃないかしら。
「……あの、ルクトさん」
「な、何!?」
これは珍しいわね。いつもだったらみんなの後ろに隠れているリムちゃんがルクトに声をかけるなんて。
「……貴方のところにお兄ちゃんは向かったはずですよね?お兄ちゃんは何処にいるんですか?」
その一言でこの場にいる全員の視線をルクトが独り占めする。
特殊部隊の面々からは少し殺気が漏れ出ている。
「う、うぅ……ご、ごめんなさい……」
ルクトは突如としてみんなの前で土下座をし始めた。これに対し特殊部隊の人たちの殺気がさらに強くなる。
……いきなりどうしたというの?
カインに何かあったとでも言う気?
私はルクトのその行為によって嫌な想像をしてしまう。カインに限ってそんな事はありえない、と思うけどここに姿を現さないのも事実。
そして、こんな時に限って嫌な予感は当たる物だ。
「ぼ、僕のせいなんだ……。僕のせいでカインお兄ちゃんは……」
ルクトの瞳からポロポロと涙が零れ落ちてくる。
その様子を見て、この場にいる全員がおそらくカインがどうなったかを察した事だろう。
だけど……私はそれをルクトの口から聞かなければならない。
それが、カインの主である私の役目だから。
「……ルクト、続きを話して」
私は実際にその場を目撃して私の次に辛いであろうルクトに話の先を促す。
「わ、分かりました……カインお兄ちゃんは……崖から落ちた僕を助けるために、自分から飛び込んで……うぅ……僕を上に投げてから下へと落ちていきました……あの高さだと流石のお兄ちゃんも助からないと思います……僕なんかを助けるためにお兄ちゃんは……お兄ちゃんは……ッ!」
「もう、もういいわ。分かったから」
遂にルクトは地面に顔を伏せて泣き出してしまった。天才と言ってもまだ子供で精神的には発達していないから自分の慕っていたお兄ちゃんが死んだ事を納得できないのでしょうね。
それも自分を助けるために死んだのなら尚更。
「そう……カインはもう戻ってくる事はないのね……うわぁぁぁぁぁぁん!」
私は我慢の限界だった。
お父様の胸へと飛び込み、今まで出した事のないような量の涙を流した。
お父様は無言で頭を撫でてくれる。
小さい頃から私の従者として付き添ってくれたカイン。
私に何かあるとすぐに駆け寄ってくたカイン。
そして……そして……私の初めて愛した人。
卑怯よ。私の想いを独り占めしてあの世へ逝くなんて。もう、貴方以外愛する事ができなくなっちゃったじゃない。
責任、取ってよ……。
もうカインは戻ってこない。
周りの人たちも皆、涙を流している。
普段全く表情を表に出さない双子の姉妹ですら、目尻に涙を浮かべている。
カインの指揮下にあった特殊部隊のみんなはもうここには用がないと言わんばかりに静かに退出していった。
彼女達が帰ってくる事はないだろう。
彼女達はカインに付き従っていただけで、バードン家に仕えていた訳ではないのだから。
私は彼女達が去った方向を見つめながら一晩中涙を流し続けたのだった。
☆☆☆
【この時点カインステータス】
カイン
年齢:15 位:公爵家令嬢の従者(転生者)
HP:∞ MP:∞
通常スキル
鑑定(超)・剣術(極)・料理(上)・洗濯(中)・掃除(上)・作法(上)
特殊スキル
重力魔法
加護スキル
死神タナトスの加護"不死"・魔神ヘカテの加護"魔力無限"
称号
転生者・死神の寵愛を受けし者・魔神の寵愛を受けし者・貴族の従者・公爵家令嬢の護衛・剣帝の弟子・月影・特殊部隊隊長