第3話 公爵家令嬢
スキル鑑定の日から約2年が経ち、俺は8歳、ルナは7歳になった。去年はルナのスキル鑑定があったが、ルナは戦闘系のスキルがいくつもあり、俺とは大違いだ。ルナの能力なら将来、騎士や宮廷魔導士とかになってお金を稼ぎ放題だろう。将来が楽しみな子である。それと、前からそうなんじゃないかとは思っていたけど、ルナは極度のブラコンである。最近に至っては、ちょっとスキンシップが激しくなってきている気がする。まあ、可愛い妹に甘えられて嬉しくない兄なんているわけがないけど。
少し最近のことを思い返して、顔がニヤけるのを必死に隠しながら街中を歩いていると、路地裏から何やら争っている音が聞こえてきた。こんな平和な街中で争う音が聞こえるのは珍しいので興味本位で争っているであろう現場まで駆けつけた。
そこに到着すると、全身を銀色の鎧で固めた騎士っぽい格好の男の人が、後ろに高級そうな服を着た可愛い女の子を庇いながら戦っている。他にも騎士が数人いたが、全員がすでに息絶えているようだ。そこらじゅうに血が飛び散っており、少し気分が悪くなってきた。
戦っている相手はいかにもガラの悪そうな連中だが、この状況を見るに腕は立つんだろう。
(……こんなの見てられねえな)
俺の力が実戦でどれほど通用するか分かんないが、やってみるか。俺は家族に内緒で小さい頃から、重力魔法を扱う練習をしてきた。それを今使わずにいつ使う?今助けれるかもしれない人がいるのに見捨てるのは人間のやる行いではない。俺はそう自分の中で結論を出すと、攻撃を仕掛けるタイミングを伺う。
「てめえはなんでそこまで粘るんだ?そこの嬢ちゃんを渡してくれたら、命だけは助けてやるっつってんだろ」
「ぎゃはははは!まぁ命だけな。金目の物は置いてってもらうぜ!」
「くっ……お嬢様を貴様らのような外道に渡すわけにはいかない!たとえ俺が死んだとしてもお嬢様だけは守ってみせる!」
騎士の人は、頭や体から血が大量に流れていて立っているのがやっとって感じだ。このまま放置しすぎていると、血の流れすぎで死ぬだろう。自分が死にそうだっていうのに、お嬢様とやらの前から動こうとせずに、敵を睨みつけている。あそこまでやられて、心が折れていないのは普通に尊敬できる部分だ。
「はぁ……てめえ馬鹿だろ?俺らはあの犯罪組織『血刃』の人間ってさっきから言ってんだろ。『血刃』と敵対するのはガキでも分かるくらい馬鹿のすることだぞ」
『血刃』。
それは、情報に疎い俺でも知ってるくらい巷で有名な犯罪組織だ。組織に所属している者全員がBランク以上の実力者だとか。
それならあの惨状も納得だ。一般の騎士でDからCランク相当って言われてるからな。
ってついつい傍観しすぎたな。流石にあの騎士の人が危ないから、助けに入るとするか。
俺は物陰から飛び出して、連中と騎士の人の間に割って入る。
「ん?なんだお前」
「俺の事か?俺はただの通りすがりだよ。騎士の人、もう後ろに下がってていいよ。あとは俺に任せて」
「……助かる」
騎士の人もあまり状況を理解していなかったが、俺が助けに来てくれたのを理解すると、すぐに女の子と共に後方へと下がっていった。見た目子供の俺に押し付けて下がるのは普通だったら非難される場面なんだろうけど、あの人は意識朦朧としていて、判断力が低下してたんだろうな。
「けっ、ガキが邪魔すんじゃねえ!」
「これ以上の横暴は見過ごせない。今度は俺が相手だ」
「調子こいてんじゃねえぞ。ぶっ殺してやる!」
『血刃』の人たちはナイフを片手に持って一斉に俺に向かって突っ込んできた。
「は、早く逃げろ!死ぬぞ!」
騎士の人は俺の危険を察知したのか、大怪我してるのに俺の心配をしてくれる。ここにいるクソ野郎共とは違い優しい人だ。
だけど無問題。
「そんな、危ない物を人に向けたらいけないだろ。──重弾」
俺は指の先に小さな弾いくつかを生み出し、それを敵(多数)の手元に向かって放つ。
弾は狙い通りに命中し、敵(多数)の手からナイフが放れる。
そして敵全員が顔をしかめてから各々自分のナイフを拾おうとするがそうはさせない。
「重力加減500キロ!」
「ぐわっ!」
「ぎゃっ!」
「がはっ!」
俺は敵を上から500キロの重さで押さえつける。500キロだったら多分死なないし、動くこともできないし、相手を倒すのには丁度いい重さだろう。
ちなみにだが、数字の前にマイナスをつければ体を軽くさせることも可能だ。
俺は敵が全員地面にめり込み、動かなくなったのを確認してから後ろを振り返る。
「あの……大丈夫でしたか?」
「あ、ああ。助かった。お嬢様にも傷一つついてないし、感謝する」
そう言って騎士の人は、深々と頭を下げる。律儀な人だ。感謝の心は忘れないって考えている人なんだろう。お嬢様とやらは確かに無事だが、あんたの方は大怪我してるだろうに。俺に頭下げるよりも先に治療したほうがいいと思うぞ。
「頭は上げてください!俺は人として当たり前のことをしただけですから!」
「そうか……そう言ってもらあると助かる」
「それよりも先にお医者さんのところに行ってください!」
「……いやその必要はない」
「えっ……?」
「優秀な回復魔法使いが屋敷にはいるからな。屋敷に帰ればこんな傷すぐに治る」
「そうですか……」
屋敷っていうことはやっぱりこの女の子は貴族様なんだろうな。無礼を働いて、死刑にでもなったらたまったもんじゃない。対応の仕方は気をつけないと。
「あの……私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」
そこで、今まで黙り込んでいたお嬢様が俺に頭を下げてきた。その仕草に騎士の人も驚いているようで、止めに入っている。
「お、お嬢様!貴族である貴方様が頭を下げる必要などありません!」
「でも、助けていただいただいたのだし、お礼をするのは当たり前のことでしょう?」
「そ、それはそうですけど……と、とにかく!貴族はそう簡単に頭を下げるものではないんですよ!」
「……わかりました。以後気をつけます」
最初の方は騎士の人に反論していたお嬢様の様子から、意外にも頑固者かと思ったが、普通に物分かりのいい子のようだ。
「ゴホンッ!」
騎士の人がわざとらしく咳をして、自己紹介を始めた。
「そういえば助けてもらったのにまだ名乗っていなかったな。俺はジン。ジン・ウルテリアだ。バードン公爵家直属の騎士団『バードン騎士団』が団長でもある。二つ名は『守護者』だ。そして、ここにおはせられるお方こそ、バードン公爵家の長女、レイナ・バードン様だ」
貴族だってことは分かっていたがまさか公爵家の方だったとはな。それに騎士団長──ジンさんも二つ名持ちの凄い人だったとは驚いた。苗字を持つことが許されているのは貴族とこのジンさんみたいな二つ名持ちだけだからな。ある一定以上の功績を示すと、国王から二つ名を授かることができる。国王より二つ名を賜った人間の権力は伯爵と同等とも言われている。この人は国王より二つ名をもらった正当派の人なんだろうな。公爵家の騎士団長をしてるし。冒険者ギルドに行けば恐れられたりすることによって二つ名というか通り名をつけられることもある。この者たちは、王より二つ名を賜った正当派とは違い、邪道派と言われている。もちろん邪道派の二つ名持ちには正当派とは違い権力はない。それにしても守護者』っていう大層な二つ名を持っているからにはそれなりの実力者なんだろうな。
どれどれ、少しステータスを拝見させてもらうとしようか。
ジン・ウルテリア
年齢:20 位:バードン騎士団団長
HP:138(36952) MP:5693(45731)
通常スキル
剣術(上)・光魔法(上)・雷魔法(上)
称号
バードン騎士団団長・守護者・バードン家直属第1大隊隊長
うんうんうんうん。まず、HPやMPに関して、このカッコの中の数字が上限でカッコついてないのが現在の残りの数字だろう。俺は∞だからこの上限が多いのか少ないのか判断がつかないけど、この人、HPの残り100ちょっとしかないよ?上限が万ある事を考えると相当少ないことが分かる。なんでこの人はこんなに平気そうにしているのか理解に苦しむ。
スキルはそれなりに強いと思う。(中)が一般的なところを全部(上)で揃えるのはそれなりの実力の証明だろう。称号はおおよそ自分でも言っていたようなことだが、バードン家直属の第1大隊っていうのはなんなんだ?これだけちょっと予測がつかない。この人は騎士団の団長で大隊の隊長もやっているのだろうか?まぁそこまで興味もないから、深く詮索する気はないが。
「あ、これはご丁寧にどうも。こちらも自己紹介をさせていただきます。私はカイン。とある宿屋の息子です」
俺はジンさんのステータスに気を取られていて、自己紹介するのを忘れていた。危ない危ない。流石に自己紹介しないからって斬首されることはないだろうけど、それでも一方が名乗ったのにもう片方が名乗らないのは失礼に値する。今度からステータスを覗くときは、気を取られないように気をつけよう。
改めて2人の全身を観察してみる。
ジンさんは、白銀の鎧で身を固めており、唯一外に出ている顔はかなりの美形だ。赤髪を後ろで結んでおり、青い眼からは鋭く優しさを含んでおり、絶対に女子からは人気が出る見た目だ。前世の俺だと羨ましがると思うが、今世の俺はそれなりの美形だと自信を持って言えるから、そこまでの嫉妬心はない。
そして、お嬢様ことレイナ様だが……はっきり言って今まで会ったことがないレベルの美少女──いや美幼女だった。俺の前世からの年齢を考えると、ロリコンって言われるかもしれないが、今の俺自信も幼いのでそこは許して欲しい。長いサラサラした感じの金髪に、レイナ様の可愛さを強調するかのような碧眼。どことなく、純粋そうな顔をしており、少し神秘的な美しさも兼ね備えている。体の方はまだ幼いせいか、どこって言うわけではないが少し貧相だったけど、将来に期待ってとこだな。
そこで俺はレイナ様の視線に気づいた。
──やばい。俺がジロジロ見ていたこと気づかれたか?
俺はレイナ様の目線の位置に自分の目を合わせる。そうすると、レイナ様と見つめ合う感じになってしまい、少し恥ずかしさがある。
それは彼女も同じようで、彼女はポッと顔を赤く染めてから視線を逸らした。
とりあえず、俺の視線には気づいてない……か?
俺は心の中で安堵すると、ジンさんが話しかけてきた。
「その……言いたくなかったらいいんだが、さっきの相手を押さえつけるような魔法を俺は知らない。特殊スキルなのか?」
へぇ、さっきのだけで気づかれたのか。無知な人だとそういう魔法もあるのかっていうだけでスルーされるってのにな。やっぱりこの人も公爵家に仕えているだけあってちゃんと勉強はしてきたんだな。もうほとんどバレてるようなものだし、わざわざこの人相手に隠す必要もない。俺は素直に答えることにする。
「えぇ、そうです。さっき使ったのは私の特殊スキル、重力魔法です。私はこのスキル以外は鑑定(超)しか持っていないので、普段は無能で通っています」
「……そうか」
それからジンさんは少し迷うそぶりを見せてから、何やら決心したかのような表情をして言った。
「なぁ、カイン。お前さえよかったらなんだが、公爵家に仕える気はないか?」
「…………え?」
いくらなんでもいきなりすぎだ。一瞬言葉の意味が分からずに戸惑ってしまったじゃないか。
「えっと……私を勧誘する理由を教えてもらいますか?」
「まぁいいだろう。確かに訳も分からず勧誘されれば反応に困るだろうしな」
いや、すでに反応に困っているんですが。というか、普通に話していたから忘れていたけど、この人今大怪我してる状態だよな。なんでこんな平気そうなんだ?もう全身が血だらけだぞ。俺を勧誘する暇あればさっさと治療に帰れ!
俺のそんな思いも伝わる訳もなく、ジンさんは俺を勧誘する理由を話し始める。
「まず、お前の実力は異常だ。同年代、下手したら俺の騎士団にもお前に勝てる奴はいないかもしれない。それほどの実力をお前は持っている。カインの力さえあれば公爵家をこれから先も守っていけると思う。そして2つ目の理由だが、レイナお嬢様の従者となり、常にそばにいてやってほしいのだ。というのも、このお方は公爵家令嬢という肩書きがあるせいで、同年代の友達ができないのだ。だから、お前が従者兼友人としてお嬢様に仕えてほしい。頼めるか?」
レイナ様もさっきから何も言ってこないが、俺の事を何か期待して、そしてどこか寂しそうな目をして返事を待っている。苦楽を分け合うことのできる友人がいないというのは辛いことだ。それも彼女の場合、コミュ力じゃなくて身分によるものだから、余計に辛いだろう。身分なんて生まれつき決まっていて変えることはできないのだから。
俺はついに返事を決めた。
「……分かりました。私はこれから公爵家に仕えたいと思います。レイナ様に友人ができないのは辛いことですし、それに公爵家に仕えればそれなりの給料が出て、家族を今よりも裕福にしてあげれるかもしれませんから」
そう。レイナ様のためが1つ目で家族の為にっていうのが2つ目の理由だ。俺はこの町では無能扱いでここにいてもまともに家計の足しにできるようなことがあると思えない。それならいっそ、貴族様に仕えて、仕送りをした方が今まで育ててもらった恩を返せるかもしれない。
「……分かった。旦那様にも給料を少し多めにしとくよう伝えておく」
「ありがとうございます!」
「よし、とりあえず、俺はこの傷を治す為に屋敷に帰る。その後お前の家を探し出し、直接伺いに行くからな」
「えっ、探す?」
「ああ、公爵家の力を使えばお前の家ぐらい簡単に見つかる」
「今住所を教えるのじゃ行けないんですか?」
「……少し長話をしすぎた。流石に血が溢れ出しすぎてやばいかもしれない。だから急いで屋敷に戻りたいのだ」
平気そうにしてたけど、結構ヤバかったんだな。
「了解しました。では家でお待ちしております」
俺が2人にお辞儀すると、レイナ様は手を振りかえしてくれた。なんて可愛い子なんだろうか。
「あっ……」
ん?どうしたんだろうか?ジンさんが立ち止まって俺の方に顔を向けてきた。
「カイン、お前と話していて思ったんだが、お前は本当に子供か?なんか同年代と話している気分になったぞ」
ギクリ。
す、鋭い。確かに俺は前世が17歳で死んだから前世と今世を合わせると精神年齢は25歳となる。精神年齢だけで言えばジンさんより1つ年下になる。
まさか、すぐにこんな事を言われるとは思わなかった。まぁ、俺は誤魔化すことしかできないんだけど。
「あ、あはははは……なんのことでしょう。そんな事ある訳ないじゃないですか」
「そうだよな。そんな事ある訳ないよな。悪い。今のは忘れてくれ」
ふぅ……。どうやら上手く誤魔化せたみたいだ。ジンさんとレイナ様は今度こそ本当に立ち去っていったようだ。俺はそれを見届けてからその場を後にすることにした。
☆☆☆
家に到着すると、いつも通り酒場は荒くれ者の冒険者たちのせいで騒がしい。父さんが作った料理を母さんとルナがせっせと運んでいる。
「ん?カイン今帰ったのか。悪いが料理運ぶの手伝ってくれないか?」
「その前に父さん、話したいことがあるんだ」
「話したいこと?それは今じゃなきゃダメなのか?」
「できれば、今話したい」
「……そうか。分かった。お前が父さんに言いたいことがあるなんて珍しいな。2階のお前の部屋で話そうか」
「うん。できれば母さんにも聞いてほしい」
「……そう。分かったわ。じゃさっさと行きましょうか。長い間酒場を留守にするわけにもいかないし。ルナ少しの間1人で頼める?」
「大丈夫だよ!それよりお兄ちゃんの用事を早く済ませてきて!」
「ええ、ありがとね、ルナ。」
ルナは気持ちいいくらいの笑顔で俺たち3人を送り出してくれた。
俺は2階にあがり、廊下の一番奥の自室へと入る。俺の後に続いて父さんと母さんが入って、近くにあった椅子に座った。
部屋を沈黙が支配する中、俺は顔を少し俯かせて拳を膝の上で固く握ってから口を開いた。
「実は──」
俺は今日あった出来事を全て話した。
『血刃』と争ったこと。
公爵家令嬢のレイナ様と公爵家直属の騎士団の団長のジンさんに出会ったこと。
そして、レイナ様の従者にならないかと誘われ、それを受けたいということ。
俺は一通り喋りきると、2人の様子を伺うように顔を上げる。
「……お前の言いたいことは分かった。だがな、俺はお前にそれを許可するわけにはいかん。貴族の従者ともなれば家に帰ることはできないだろうし、いつ死ぬかも分からないような仕事なんだぞ」
「分かってる。それでも……それでも俺は、貴族の従者としてこれからは生きていきたいんだ。父さんに母さんだって気づいてるだろ?この町で俺が無能だから浮いてるのを。みんな、表面上は優しく接してくれてるよ。だけど、無能の俺のことは信用できないのか簡単な仕事でさえ回してもらえない状況なんだ。普通だと6歳のステータス鑑定してもらってから仕事を始める子が多いというのに。だから、貴族様の従者となれば俺にも働き口が見つかったことになる。お願いだ父さん。俺に公爵家で働く許可を出してくれ」
「ぐぬぬ……確かに、お前のいう通りだ。できれば俺だってお前の決めた事を応援してあげたい」
「なら……!」
「でもな、貴族っつうのは俺たち平民が少し無礼働くだけで、不敬罪にして処刑するような奴らだ。俺たちでさえまだマシな方で貧民なんかは貴族の前に姿を晒すだけで貴族から不敬罪にされたりするんだぞ?全ての貴族がそうっていうわけじゃないのは分かっている。ただ、俺の気持ちがそう簡単に割り切れないだけだ」
父さんはこういう人だ。いつも俺たち子供のことを考えて動いてくれる。
俺だって家族と会えなくなるのは寂しい気持ちがある。それでも俺は今回は引けない理由がある。
それは、レイナ様のあの寂しそうな目を見てしまったから。
前世で自慢じゃないが、俺は1人も友達と呼べる人がいなかった。それは俺のコミュ力に問題があったんだと思うが、それでもやはりみんなの輪に混じってバカ話をしてみたかった。いつもクラスの目立つグループがバカ話を楽しそうにしているのを見ると、羨ましくなったりもした。
だから、ああいう寂しそうな目をしている人を見ると放っとけない、というかなんというかそばにいてやりたくなるんだ。
「父さん……頼む!俺を公爵家の従者になることを許可してくれ!」
俺は椅子から立ち上がり90度に近い角度で頭を下げた。父さんを口では説得できないからこうするしか方法はない。俺の誠心誠意な気持ちを示すにはこれが一番だ。
「ねぇ、あなた。息子にここまでさせているのよ。息子の気持ちを応援してあげるのが親としての務めなんじゃないかしら?」
俺は予想もしていなかった父さんの隣からの援護射撃に驚いた。まさか母さんが俺の意思を尊重してくれるとは。
「はあ……分かった。母さんはお前の気持ちを優先するようだし、俺もこれ以上は何も言わない。だけど、絶対に約束してくれ。男が一度決めたことからは逃げ出さないと」
「あぁ!分かってる!俺は絶対にこの仕事から逃げ出すような真似はしないよ」
「そうか、それならいいんだ」
父さんはニカっと笑みを浮かべた。
にしても、母さんの援護がなかったら許可降りなかっただろうな。母さんには感謝しなければならない。
「母さんもありがとう」
「うふふ……気にすることないわ。私は息子の意見を尊重しただけなのだから」
やっと話に区切りがついた、その時、下からルナの声が響いた。
「お兄ちゃーん!お客さんだよー!」
……え?お客さん?このタイミング的に、レイナ様とジンさんの確率が一番高いんだろうけど、俺はあの人たちに住所を教えてないし、ホントにここ数十分で俺の家を見つけることができたのだろうか。それとも別の人かな。
俺は頭に疑問を抱えながら両親2人とともに1階に降りるとそこには予想通りの客──ジンさんが1人で立っていた。レイナ様がいないところを見ると、おそらく1人で来たんだろう。
父さんが少し警戒心強めで話しかける。
「息子に何か用ですか?」
ジンさんは息子を預かる仕事の上司という立場を弁えてか、敬語で話し始めた。
「はい、私はバードン公爵家直属の騎士団の団長をしているジン・ウルテリアと申しますが、息子さんから話は聞いているでしょうか」
死にそうだったさっきのジンさんはいなく、鎧も脱いで身なりがきちんとした服装をしていた。それに、さっきの少しキツめの印象からは考えつかないほどに表情が柔らかくなっている。
「あぁ、息子からは今さっき聞いたところだ」
「そうですか。それでカイン君は公爵家で働くことは許してもらえたのでしょうか?」
「うん。許可してくれたよ」
「そうですか!それならばこちらの書類にサインしていただけますか?」
ジンさんが、持っていた鞄の中から1枚の書類を取り出すと、それを父さんに渡した。
おそらく契約書とか保護者のサインが必要な書類なんだろう。父さんはそこにスラスラと文字を書くと、ジンさんに手渡した。
「ありがとうございます。それでさっそくですが、カイン君には屋敷に来てもらいたいと思います」
「なっ!?今日からなのか!?」
「はい。早く貴族の従者としての生活に慣れて欲しいものですから」
「お嬢様が外の馬車でお待ちしております。従者たる者、仕える主を待たせるわけには行きませんよ」
「分かりました!必要なものとかってありますか?」
「いえ、とくには。屋敷に着けば大抵のものは手に入りますので」
「あ、そうなんですね!じゃ、さっそく行きましょう!」
「ご家族にぐらい挨拶して別れてはどうですか?」
あ、確かにな。ここまで育ててくれた両親と、俺の可愛い可愛い妹には挨拶しないとな。ルナと別れるのだけは寂しいな……。
ルナはまだ状況を理解していないようで、頭の上にハテナが見える気がする。
「ルナ、俺はこれから公爵家に仕えることになるんだ。だから、この家を出ることにした。しばらく会えないけど一生会えないわけじゃない。たまには帰ってくるからな」
「えっ?お兄ちゃん行っちゃうの?やだよ……お兄ちゃんと離れ離れになっちゃうの」
ルナは相変わらず可愛いな。今だって俺に抱きつきながら泣いているのを我慢しようとしている。ま、目尻に涙が溜まっているから完璧に隠せてはいないけどな。
「大丈夫だ。さっきも言ったろ?たまには帰ってくるって。ルナは俺の帰る家を守っててくれな」
「……分かった。ルナはお兄ちゃんが帰る家を守ってる。だから絶対に帰ってきてよ。約束ね」
「そうだな、約束だ」
俺はルナとの約束を果たすために半年に一回ぐらいのペースで帰れるといいな。
「父さんと母さんもじゃあね」
「体には気をつけるんだぞ」
「そうね、体調管理はしっかりするのよ?それと公爵家の方々に迷惑をかけないようにね」
父さんと母さんにも簡単な挨拶だけをして、俺は手ぶらで家を出た。ジンさんは俺の家族に一礼だけして、外に止めてある馬車に乗り込む。俺はジンさんが馬車の中から差し伸べてくれる手を強く握りながらこれからの新生活に胸を躍らせるのだった。