第2話 スキル鑑定
(知らない天井だ……)
茶色い天井を見上げながら心の中で呟く。まさか俺の人生でこんなお約束の言葉を言う日が来るとは思わなかったな。
俺はまず周囲を確認してみることにした。周りには机と椅子が沢山置いてあり、イカつい顔の男の人たちが酒を飲んでいる。
……ここは酒場か?そこらじゅうに樽が置いてあることから酒場で間違いないようだ。それに、男連中が多くて女なんて客の相手をしてる店員の人しかいない。
(お腹空いてきたな……)
しょうがない……あれをするしかないのか。できればやりたくないんだが、ほかに方法はないしな。
「うぎゃあああああああっ!!」
赤ちゃんの必殺技、泣き叫ぶ、である。これをすれば大抵誰かがやってきてご飯をくれたり、オムツを変えてくれたりするのだ。
思った通り、さっき客の相手をしていた女の人とカウンターの奥からここの店主っぽい男の人が出てきた。
どちらも見た目からして20代前半ぐらいだろう。そして2人とも超がつくほどの美男美女である。女の方は美しい黒髪を長く背中まで伸ばしたヘアスタイル。タレ目からは彼女の優しくおっとりとした感じが伺える。常にニコニコ微笑んでいているのが印象的だ。男の方は青髪をたてていて、兄貴と呼びたくなるほどカッコいい顔立ちをしている。笑顔もよく似合っており、その笑顔から無邪気っぽさも感じる。それに、少しだけ服から覗かせる筋肉からして、それなりに鍛えているのだろう。この2人が俺の両親なんだろうか?
「■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■」
うん、予想できていた事だがさっぱり分からん言語だ。
俺が2人の成り行きを見守っていると、美女が突然俺を抱えて厨房の奥へと入っていった。なんなんだ、と思ったがその理由はすぐに判明した。俺の思いが通じたのかご飯の時間のようだ。そして、赤ん坊の食事というと……やはりアレしかないよな。
まぁ、美女の乳を吸えると考えると喜んで吸おうじゃないか。前世では童貞を捨てるどころかまともに女の子と話した記憶さえない。そんな俺が転生して美女の胸にしゃぶりつくことになろうとは……。これだけでも神様に感謝しないとな。
そんなバカなことを考えながら俺は美女の胸の中に飛び込むのだった。
ちなみにだが、至高の一時だった。これからしばらくの間、乳を吸えると思うと赤ん坊からの生活も悪くないな。
☆☆☆
俺が異世界に転生して明日で丁度6年目。つまり、6歳になるのだ。6年もこの世界で過ごすといろいろと分かってくることもある。
まず、この世界は剣と魔法のファンタジー世界である《エレノア》だ。そしてここは人族の住む《ネリア大陸》にある《ヴェルニア王国》の王都、《ヴェロニカ》だ。この大陸以外にも獣人族が住む《ユシラド大陸》に魔人族が住む《リカイド大陸》の2つの大陸が存在している。そして、それぞれの大陸に3つから4つの国がある。《ネリア大陸》の場合、《ヴェルニア王国》の他、《ルクスヴァリア王国》《ヘルトケル王国》、《ジレイン帝国》の4つだ。これは家にある本を読み漁って身につけた知識だ。補足しておくと、ここ《ネリア大陸》は人間が大半というだけで、森に行けば森林族や精霊族、鉱山に行けば鍛治族なども住んでいる。ただ、こういった種族は基本自分たちの集落から一度も外に出ずに、生涯を終えることもあるそうだ。俺も一度でいいから多種族を見てみたいな。
次はスキルについてだ。通常スキル(主に戦闘系スキル)には、スキルランクというものが存在し、下から順に下、中、上、超、極、究極、神の順である。職人系のスキルには極以上がなく、超までしかないようだ。だから俺の鑑定は一番上のランクに属するってことだな。ちなみにだけど、戦闘系スキルの下〜神のランクがどれ程の強さなのか簡単に説明するとしよう。
下──スキルを所持していない者よりは扱える。
中──1人でランクの低い魔物と戦える。
上──天才。ランクの高い魔物とも渡り合える。
超──神童。世界に2、3人しかいない。
極──一騎当千。1人で国を滅ぼせる。
究極──天変地異を起こせる。
神──人間の到達不可能な領域。1人で世界を滅ぼせるだろう。
分かっただろうか?極か究極のスキル持ちがいたら即座にその場を逃げ、もし神のスキル持ちがいるなら何もかもを諦めなければならない。だって世界滅ぼせるレベルなんだぞ?逃げること不可能だろ。ま、神のスキル持ちなんて会うことないだろうけどな。
スキルランクの他にランクというのはもう2つあり魔物ランクと冒険者ランクいうものが存在する。魔物ランクとは魔物を強さで表しているもので下から順にE、D、C、B、A、S、天災、神災とある。スキルランクが下の人はEランク、中の人はDランクからCランク、上の人はBランクからAランクの魔物を倒せるだろう。これより上のランクは状況次第で戦況が変わるので、なんとも言えない。そして、冒険者というのは前世のラノベや漫画、アニメなどによく登場した言葉である。町に一つ、冒険者ギルドというものが存在し、そこで依頼を受けてお金を稼ぐのが冒険者というものだ。Sランクまでは魔物ランクと似たようなものだが、その上にはSSランクとSSSランクがある。SSランクやSSSランクに到達したからって天災級や神災級の魔物を倒せるわけではない。SSランクやSSSランクの人間ですら、Sランクの魔物が限界らしい。天災級や神災級の魔物ってどれくらい強いんだろうな。少し興味が出てきた。
「……ちゃん!……お兄ちゃん!」
俺がこの世界の知識を少し纏めていると、突如大声で呼ばれて、体がビクッと反応した。俺はゆっくり後ろを振り返るとそこには可愛い可愛い妹がいた。名前はルナ。両親に聞いた所、月の女神様からとった名前らしい。そういうところは地球と似てるんだよな……っていうか、俺の予想だとギリシア神話の神様方がこちらの世界も担当してるんだと思う。愛と美を司るアフロディーテもそうだし、俺に加護スキルをくれた死神タナトスや魔神ヘカテだってそうだ。そして、月神ルナまで出てきたのだ。月神のルナに関してはローマ神話なのだが、ギリシア神話のセレーネと同一視されてるって聞いたことあるしな。
ちょっと話が逸れたな。要するに俺が言いたかったことはうちの妹は名前負けしないほど、どんどん可愛くなっていってるってことだ。俺と同じ黒髪黒目で髪の毛を後ろでポニーテールにしている。兄妹揃って黒髪黒目だとホントに父親と血が繋がっているのか怪しくなってくる。だって家族であの人だけ青髪だし。うん、改めて思うが今日も可愛い。少しおませな所もあるがそこも含めて全部可愛い。
「どうした?俺の愛しい妹よ」
「もぅ!愛しいだなんて……。じゃなくて!明日、お兄ちゃんの誕生日でしょ!」
「俺の誕生日がどうした?はっ!?ま、まさか……ルナが俺に誕生日プレゼントを買ってくれるのか!?」
「ちっがーう!この国では6歳の誕生日にはスキル鑑定してもらえるじゃんか!」
「……あぁ、そうだな」
「えっ、お兄ちゃん、なにその嫌そうな顔。もしかして気乗りしないの?スキル分かるっていうのに?」
そう、俺はスキル鑑定にあまり気乗りしていなかった。理由は主に2つあるんだが、1つはすでに自分のスキルをこの世界に来る前に見せてもらったからただただ面倒くさいってこと。そして、もう1つの理由は、この世界でスキル鑑定をする人は大抵が鑑定(中)の人ばかりだ。鑑定(中)だと、名前と位、通常スキルしか分からないのだ。ちなみに、これよりランクの低い鑑定(下)は人間を鑑定することができないらしい。そして、通常スキルで戦闘系スキルを所持してないと、無能と蔑まれる羽目になる。俺は平民だからそんだけで済むと思うが、貴族にもなると領地から追放された後に、実の親から暗殺者を差し向けられてこっそりと始末されたりするそうだ。貴族の中でマシなところでも、誰も知らないところに幽閉して、親以外は接触することができない状態にするとか。どちらにしろ、本当に怖い世の中である。
あの女神──アフロディーテは努力すれば武術系のスキルを習得できると言っていたが、調べたところ、生半可な努力では、スキルを身につけることなど不可能に近い。ここはポジティブに行こう。俺には他の人にはない特殊スキルや加護スキルがあるんだからさ!
「えへへ、お兄ちゃんにはどんなスキルがあるのかな。私まで楽しみだなぁ」
俺はそんな妹の最高の笑顔を見ながら、明日なんて来なければいいのに、と最悪なことを思うのだった。
☆☆☆
──翌日。
時間というのはあまりにも残酷で止まるということを知らない。ついにやってきてしまったのだ。俺の6歳の誕生日が。前世を含めても俺が誕生日の日に憂鬱になったのは今日が初めてだろう。俺の家は宿屋と酒場を営んでいるので、母さんと父さんが朝食を食べにきたお客さんの相手を一通りし終えると、玄関に集合した。
俺の落ち込んだような表情を見たからか、母ナタリーと父グレンが声をかけてくる。
「落ち着いて、ね?あなたなら大丈夫だから」
「そうだぞ、カイン。俺たちの息子なんだ。もっとシャキッとしたらどうだ」
母さんの優しさが沁み渡る……。それに比べて父さん。脳筋の父さんと違って心の問題はそう簡単に解決できないんだよ……。
「はぁ……」
俺がため息をつきながら、ドアを押すように開けると、そこにはいかにも冒険者って感じの4人の軽装な男たちがいた。
「よっ、坊主。今日で6歳なんだってな!いいスキルを手に入れれるといいな」
「もし戦闘技術を学びたかったらいつでも頼ってくれていいからな」
この4人はAランクの冒険者パーティ『天の剣』だ。この人たちはうちの宿泊客で、贔屓にしてもらっている。
「……はい。その時はお願いします」
俺は一言だけ言ってから、さっさと歩き始める。
「お兄ちゃん、待ってよぉ」
……少しだけ歩くスピード落とすか。可愛いルナを疲れさせるわけにはいかない。ルナがようやく俺に追いつき、笑顔で腕を絡ませてくる。
「えへへ〜」
やばい……うちの妹可愛すぎだろ。少し鼻血出てくるかも……。
俺たちの様子を後ろから眺めている両親には微笑ましく見えているのか、優しい笑顔を浮かべているのだった。
☆☆☆
家を出てから体内時計で20分くらい経った頃だろうか?やっと目的地である神殿についた。ここまでの間常に妹が腕を絡ませていたので、鼻血による失血死する所だった。危ない危ない。
と、そんな冗談は置いといて、俺は神殿を見上げる。見た目は予想通りだったが、思っていたよりは大きかった。
それに、神殿の入り口から入ってすぐの所には、なんか見覚えのある……というか、この世界に転生する前に会った美と愛の女神、アフロディーテの像があった。
おそらくだが、前世で数度は見た東大寺の大仏よりは大きいのではないだろうか。
俺がアフロディーテ像に気を取られていると背後から話しかけられた。
「……カイン君ですね」
「あ、はい」
「ではこちらに」
「分かりました」
家族が入れるのはここまでのようで、各々から声をかけられる。
「カイン、楽しみに待ってるからな!」
「心配はしてないけど、何かあったとしてもあなたは私たちの息子よ」
「お兄ちゃん!すぐ終わって帰ってきてね!そしたら一緒にケーキ食べよっ」
「……あぁ、そうだな」
俺はルナに軽く返事をしてから、シスター服に身を包んだお姉さんの後を無言でついていく。
……緊張するな。
俺の事を無能と分かった家族はどうするだろうか?俺を避け始めるだろうか?腫れ物扱いするんだろうか?
俺は今の居場所が好きだ。
家族に嫌われたくない。
そう心の中で思うと、深呼吸をしてから部屋の中に足を踏み入れた。
そこには神父らしき若い男の人と片眼鏡をかけた40歳ぐらいの男の人がいた。おそらく鑑定士の人だろう。
俺をここまで連れてきてくれたシスターは一礼をしてから、どこかへ行ってしまった。この部屋には一生で一度、6歳のスキル鑑定の儀式以外で立ち入ることは許されないらしい。それはシスターも例外ではないようだ。まぁ、神父さんと鑑定士さんは例外に当てはまるんだろうが。
「よく来たね、カイン君。とりあえず、椅子にでも腰をかけたらどうだい?」
俺は勧められた椅子に腰を下ろす。それを見届けた鑑定士さんが俺の前の椅子に座った。
「……では、早速鑑定の儀式を始めさせてもらうとしましょう。カイン君は特になにも行うことはないのでじっとしていてくださいね」
俺は言われた通り微動だにせずに、処刑宣告を待つ罪人のようにじっとする。
「……終わりましたよ。その……大変言いにくいのですが、カイン君が持っているスキルは鑑定(超)だけでした。もしかしたら特殊スキルか加護スキルがあるかもしれないので、後でご自身のスキルで確認なさってください。あと、ステータスを出すときは普通にステータスと念じるだけで、ステータスを見る事ができますので。他人に見せる場合も同様です。ただし、他人には私の鑑定(中)と同じでHPやMP、特殊スキルや加護スキルは見せる事ができません」
「……はい。分かりました。ありがとうございます」
「何かあったら私か神父様に相談してくださいね。相談には乗りますから」
ここにいる2人はいい人たちなのだろう。俺が無能と分かっても蔑むような目をしてこない。それどころかここまで優しく接してくれる。だからこそ俺が特殊スキルと加護スキルを所持している事を黙っているのが心苦しい。ここは教会だ。今だって部屋の外から聞き耳をたてている者がいてもおかしくはない。もし噂になったりしたら、騒ぎになって王城でこき使われることになるかもしれない。そんな一生王城で働くようなことにはなりたくない。だから、基本特殊スキルや加護スキルを持っている者は自身の平穏を守るためにそれらのスキルを隠して生活するのだ。
俺は2人に頭を下げてから部屋を退出した。そこにはさっきいなくなったはずのシスターが待っており、俺を入り口まで案内してくれた。
その後入り口で家族と合流してから、露店で誕生日プレゼントのロザリオやケーキを購入してから帰路についた。
この世界でのロザリオは神聖の象徴であり、ロザリオを身につけていれば自身を一度死から守ってくれるらしい。
俺には不死というスキルがあり死ぬことはないから、ほぼ無意味に等しい代物だ。でも、せっかく父さんと母さんが買ってくれたんだしありがたく貰っておこう。
時は進み、外が真っ暗になった夜7時。夕食の時間がやってきた。いつもと同じように酒場で父さんの作った料理に舌鼓を打っていると、俺の誕生日会が始まった。
……にしてもおかしくないか?なんか人数が多いんだが。俺はてっきり家族だけでやると思っていたのに、何故か宿泊客の皆様も混ざって中規模パーティーになっていた。
「今日は息子のカインを祝いに来てくれてありがとな!今日のメシは無料だ!野郎ども、どんどん食ってどんどん飲んで、どんどん盛り上がってくれ!」
「おうよ!んじゃ、言葉に甘えて遠慮なくメシ食わせてもらうわ!」
「ガハハハハハ!そうだな、どんどん盛り上がってやらぁ!」
父さんが適当にパーティー開始の挨拶を済ませると、宿泊客の皆様もおおいに盛り上がって、目の前にある料理が次から次へと空になっていった。父さんも宿泊客の人たちに混ざって楽しんでいる。
……あ、これ父さん死んだな。なんせ、今料理作ってるのは母さんだしな。母さん、普段は優しいけど、キレるとマジ怖いからなぁ。俺は父さんの未来を想像しながら、合掌するのだった。
☆☆☆
パーティーも進んでいき、皆が段々と落ち着いてきたと思ったら、ついに俺のステータス公開の時間がやってきた。なんでステータスを公開するのかって父さんに聞いたところ、どうやら皆に祝ってもらうのだからステータスを見せないと失礼だ、と言われた。
(はぁ…………)
俺の心の中のことは露知らず、父さんは俺に言った。
「さぁ、カイン。お前のステータスを見せてやれ!」
「……分かったよ。じゃ、今から見せるね」
これはもう公開処刑だろ。普通は、家族が確認してから他人に見せるもんでしょ。まぁそんな事を今言ったところで意味はない。俺は諦めて、素直にステータスを見せることにした。
(……ステータス)
カイン
年齢:6 位:平民
通常スキル
鑑定(超)
『……………………』
「お、お兄ちゃん……」
「……あぁ、そうだよ。俺は戦闘系スキルが一つもない無能なんだよ!」
俺は必死に演技をする。たとえ家族だとしても俺が特殊スキルや加護スキルを持っている事がバレてはいけない。ましてや、ここには冒険者が沢山いる。こんなところで俺の秘密が知れたら一発アウトだ。
「……それがなんだ、カイン」
「……え?」
我ながら情けない声が出たと思う。酷く罵られるぐらいのことは覚悟してた。なのに、父さんはまるで気にしてないような態度をとる。
「そうよ、それがなんなの?カイン、あなたがたとえ無能だったとしても、私たちの息子ってことには変わりないんだから」
「そうだぜ、坊主!それに鑑定(超)があるなら商人とか向いてるんじゃねえか?」
「まぁ、カインが無能だったことには驚いたけどよぉ、そんでも俺たちはお前の味方だ。なんかあったら言ってくれよ」
俺の瞳から自然と涙がこぼれ落ちてくる。みんな、俺が無能だと分かっても普段通りに接してくれる。俺はこんないい人たちをいつまで騙し続ければいいんだろうか。スキル鑑定を受けた時もそうだったけど、人を騙すという事がこんなに辛い事だとは思わなかった。
だけど、今は神様に感謝だな。こんないい人たちばかりのところに転生させてくれてありがとう。俺はいつのまにか寄り添うようにもたれかかってきた妹の肩を抱き寄せながらそんな事を思うのだった。