73話 不審者の影
初日の訓練をまだ日が高いうちに切り上げた。短い距離だったとはいえ移動の疲れもあったし、シュナイゼルに説明した通り初めての弟子の訓練内容を考えたかったからでもある。
(想像以上に優秀だったし、教えられる事は多くは無さそうだな…正直、兵士団と変わらないレベルなんて思わなかったしな〜)
兵士団と同じ訓練にするか?でもまだ身体が成長しきっていない子だ。あまり厳しい訓練は成長を妨げるかもしれないし、かといって緩くしたら本人の為にはならないだろう。
(ヤバいね…思った以上に弟子が優秀過ぎて師匠として困るぞ…)
当てがれた部屋に戻ってからずっと訓練を考えているが、弟子の優秀さに頭を抱える事になるなんて…。あの子は本当にマラカスの息子なのか?あんな子とあの男の血が繋がってるなんて信じられない…。
(初の弟子だし失敗はしたくない……)
どうしたらいいのか分からないジレンマに、いよいよ考え過ぎた頭がオーバーヒートしそうになっていると、部屋の扉をノックする音がした。
「姫様、シェリルです。少々よろしいでしょうか?」
「ええ。入りなさい」
ノックしたのはシェリルだった。移動や慣れない屋敷での仕事に疲れているだろうに、それを感じさせない相変わらずののんびりした雰囲気ながらもどこか大人の色気を感じる人だ。
(ぶっちゃけ男の頃の俺の好みドストライクなんだよな〜シェリルって。出会った時には同性になってるし、小さい頃から面倒を見てもらってたから、今ではお姉さんって感じになったけど…)
「シェリル、どうかしたの?」
「はい。姫様、このグレンダンの地にいる間、この部屋に私かメリル、出来れば両方に部屋に待機する事を許可して頂きたいのです」
「この部屋に待機?それはここで寝泊まりするという事ですか?」
「それが1番望ましいですが、それがダメならせめて姫様のいない間だけでもお願いします」
ふむ…。俺としては2人は姉妹も同然。別にここで寝泊まりする事も嫌ではないが、どうも俺が不在のときを警戒しているようだな…。
「私にとってあなた達は姉妹も同然だと思っています。そのあなた達が望むならここで寝ることなど気にしませんが…何があったのです?普段、マナーを弁えて行動するあなた達がそこまでこの部屋に拘る理由を言いなさい」
そう言うとシェリルは怒りに顔を歪ませながら話し始めた。
「…姫様が訓練に行っている間、私達も当てがれた部屋で荷物の整理をしていて終わりましたので、姫様が戻られる前にもう一度お部屋の確認をしようと扉の前に立ったとき物音がしてもう戻られたのかと思いノックをしたら……」
「扉が突然開いて、後ろに飛び退いたら顔を布で隠した不審者がお部屋から出てきて逃げました。私は自室の前でメリルに姫様のお部屋を確認するよう命じて追跡しましたが捉えられませんでした…。追跡を諦めてメリルにお部屋の様子を聞いたら下着の入ったタンスが開きっぱなしになっていたとの報告を受けました。無くなっていた物はありませんでしたが、恐らく下着を盗むのが目的だったのかと思われます。……そこで、このような不埒な真似をする輩がいる地で、姫様の部屋を無防備にするわけには参りません。ですから私かメリルを警備に当たらせて頂きたいと考えました。」
なるほど…。そんな奴がいるのかグレンダンは。だがこの屋敷はこの地のトップであるマラカスの屋敷。そう簡単に一般人が入れる場所ではないはずだ。ということは顔を隠していたのが単なる覆面なのか、もしくは不審者は内部の者で、顔を見られると困る程度には俺との接触もありえる人物という線が濃厚だな。
そして仮にも今は王女の部屋だ。兵士に居座らせるわけにもいかないから2人が警備するのが1番だろう。2人はメイドだが、兵士団の訓練についてこれるレベルの戦闘能力がある。万が一に敵の実力が高い可能性はあるが、2人がかりなら致命傷となるような負傷はしないはず。ならここは任せるとしよう。
「分かりました。2人にはこの部屋で共に私と過ごしてもらいましょう。シェリル、敵が誰か分からないうちは無理は禁物ですよ?」
「かしこまりました。ありがとうございます。必ず姫様の部屋をお守りしてみせます!」
怒りと使命感に燃えるシェリルの瞳を見て、下着ぐらいどうでもいいからホントに無理しないでくれよ…と願うばかりの俺がいた。




