09章 学園へ向かう馬車の中
ペガサスが空へと飛び上がり、引いていた馬車も宙に浮く。
それだけでは安定しないので、御者は魔法適正が風である者が務め、空を走らせる。
もっとも、ペガサスは数が少ないので、空を飛ぶ馬車に乗っているのは大概貴族だ。
「いよいよね。学園ってどんなところなのかしら、わくわくするわ」
言葉の通り声を弾ませて言うお嬢様に、呆れ顔のラント様が返した。
「パンフレットで学内の様子は見ただろ」
「実際に見たらいろんな発見があるかもしれないじゃない」
馬車には、私とお嬢様と、いつもよりもよく話すラント様が同乗していた。
お嬢様と私は同じ女子用の制服、ラント様は男子用の制服を着ている。
「一人で研究していた方がはかどるのに、わざわざ大勢で足並み揃えて勉強するなんて、
面倒なことこの上ない」
「あら、学校って勉強するためだけに行く場所じゃないでしょ? 学友と交友を深めたりとか……」
「お前は遊ぶ前に勉強した方がいいんじゃないか。魔法も使えない癖によく入学できたな」
「…………」
(それは本当に気にされていることですのに)
案の定、顔をこわばらせすぐには返答できないお嬢様。
いつもと様子が違うことに気づいたラント様がばつが悪そうに頭を掻いた。
「悪かった。お前でも思い悩んだりするんだな」
「……私のこと、何だと思ってるのよ」
「神経が図太い馬鹿女」
「もうちょっと言い方ってものがあるでしょ!」
お嬢様が怒鳴ると、ラント様が呆れた様子でため息を吐く。
「そんなこと、本気で気にしてるなんて思わなかった。今、使えないだけだろ。
それに魔法石があるんだから、使えなくて困るものでもない」
「でも……、あなたは治癒魔法で多くの人を助けられる薬を作ったじゃない」
「俺は運がよかっただけだ。治癒が適正になる確率が低いことはお前も知ってるだろ。
そんなに気にするなら……」
ラント様が鞄から手の平に収まるサイズの袋を取り出して、お嬢様に放った。
「俺が調合した傷に効く魔法薬が入っている。それで目の前で怪我をしたやつを、
お前が助けてやったら良い」
「でも、この薬で助けられるのはラントのお陰だわ」
「お前は自分の功績にしたいから人を助けたいって言ってるのか」
自分では作ることの出来ない薬の入ったその袋を、お嬢様が胸の前で大切そうに握りしめる。
「……違うわ」
「だろうな、俺だって薬は一瞬で作れるわけじゃない。それなりの手間暇がかかってる。
お前なら、誰かのために有効に使うだろうと思って渡してるんだ」
「……ありがとう、ラント」
子どもがお気に入りのぬいぐるみにするように、優しく袋を撫でてから自分の鞄の中に仕舞う。
「あなたは研究が好きなだけかと思ってた。でも、あなたは誰も作れなかった薬を完成させたんだもの。
楽しいばかりじゃないわよね。でも誰かを助けるためにってきっと凄く努力したのね。
見習わないと……、私も、もっと頑張るわね」
「努力は勝手にしていろ。それに俺は研究が好きなだけという認識で合っている。勝手な誤解をするな」
「ふうん」
「おい、にやにや俺を見るのはやめろ!」
私は二人を交互に眺めて微笑みながら、心の中でラント様に拍手喝采を送っていた。
(やれば出来るじゃないですか、ラント様!
入学式前の他の攻略対象と出会う前に好感度を上げておくとは、やりますね)
(これまで会話はそれほどしていなかったとはいえ、
攻略対象の中では一番お嬢様と関わりがありますから、
実は君のことをちゃんと見ていたんだ、という感じでグッドです)
(お嬢様の一番気にされていることもさりげなくフォロー出来ていますし、
これはなかなか良い滑り出しだと思いますよ)
(実際のゲームでしたら、全キャラクターが登場する前にこういったイベントが発生するのは
かなりイレギュラーに思いますが、ルートに入った後の過去回想で十分使えるシーンだと思います)
(それにしても、お嬢様はなぜ魔法が使えないのでしょう)
この年齢まで魔法が使えないなことには旦那様や奥様も頭を抱えていた。
Lvや魔法適正が婚姻に関係することは基本的にないが、誰もが出来ることが出来ないという意味で、お嬢様にとって不利になってしまうのではないかと。
(主人公であれば、最強の魔法が使えてもおかしくないのですが)
一番珍しい魔法適正は魔法無効だ。次に珍しいのが、呪い、治癒、魅力。
攻略対象に当てはまらないのが呪いと魔法無効だが、呪いは主人公らしくないので、一番可能性が高いのは魔法無効だろう。
(主人公を助けに来た攻略対象のピンチを前に、始めて主人公が魔法無効を発動し、
二人で窮地を脱出する。いいですねぇ、私好みの展開です)
つい恍惚とした表情を浮かべていると、じっとこちらを見据えるラント様と目があったので、お嬢様には気づかれないよう反対側の手で小さくガッツポーズをした。
(素晴らしかったですよ)
彼は何も反応を返さず、すぐに目を逸らした。