04章 ウィルムの気持ち
「恋愛経験がろくにない私が、あなたの言葉でうっかり好きになってしまったら、
どう責任を取ってくださるおつもりですか?」
帰りの馬車に揺られながら、俺は窓の外を眺めた。
後方のみが赤く染まっており、前はまだ星が見えないただの闇。
目を瞑ると、これまでに聞いた彼女の言葉が頭に反響する。
マリィ……。
声には出さずに名前を呼んだ。
(今日は抱きしめたことには文句を言われていなかったから、もう少しあのままでいれば良かったかな)
俺は攻略対象なだけあって顔が良く、幼い頃でも浮いたセリフを言えば大人の女性も顔を赤らめた。
そんな反応が面白く、赴くままに女性に声をかけていたら設定通り女性好きの軟派な男と周囲は認識した。
女性が特別好きという訳では無かったが、設定通りの男とならなければ台本を演じる上で都合が悪いので、女好きとして振る舞うことにしている。
十歳の頃、主人公がどんな女性か興味があった俺は、庭師の弟子という体でマレディス公爵の屋敷に行った。
確かに主人公は美人で、明るく芯の通った主人公らしい女性だった。
学園で多く接していれば、きっと好きになるだろう。
精神年齢が18+10歳の俺は他人事のようにそう思った。
しかし、それよりも気になる人が出来てしまった。
彼女は役持ちだったので、確かに他の人よりは話し易かったのが、それだけなら妹も役持ちなので変らない。
ただ、役持ちの他の女性は王女や貴族となっている中、従者でいる自分の役目を誇りに思っている彼女を見て、勉強が嫌だ、自由に恋愛できない立場が嫌だ、ノルマが嫌だと不満ばかり頭に浮かべ、適当に生きていた自分がとても恥ずかしくなった。
「王女の方が良かったよね。そんな風にメイド長に嫌がらせを受けるくらいなら」
よく二人で話をしたマレディス公爵家の中庭の端にあるベンチで、僕がそう言うと彼女がきっぱりと返した。
「それとこれとは違います。メイド長に目をつけられているのは、
私が上手く立ち回れないせいですから。
お嬢様のお傍で、成長を見守れることが私の生きがいです」
「役目としてのセリフじゃなくて、君の本当の気持ちを聞きたいんだけど?」
「私はマリィです。マリィの中に入っている誰かでいるつもりはありません。
この感情が補正によるものかは分かりませんが、補正が入らなくてもきっとお嬢様を好きになります。
私は上辺だけの付き合いじゃない、尊敬できて信頼できる誰かの傍にいたいとずっと思っていたので、
今は本当に幸せです」
幼い彼女の満面に笑みが今でも鮮明に頭に浮かぶ。
苦労していないはずがない。
マリィの母は彼女が生まれると同時に亡くなり父は誰かも分からない。
従者として屋敷に住むことになった彼女は、ちょうど主人公と同い年なので遊び相手という役目を与えられるが、メイド長には面白くなかったらしく、彼女が厨房を借りた後でわざと荒らしたり、主人公が屋敷にいない日には物置に閉じ込められたりしていた。
傷ついている彼女を慰めたのも一度や二度じゃない。
何とかしてやりたかったが、彼女を城で引き取ることは役目の関係上不可能で、メイド長はマレディス夫人のお気に入りだそうで、マレディス家に関係のない僕の独断でクビにすることも出来なかった。
夫人と主人公が揉めないようにと、主人公に教えることも出来ず、話を聞くことしか俺には出来なかった。
最近は愚痴を零してはくれなくなったが、嫌がらせは変わらず受けていると他のメイドから聞いている。
何も出来ない自分がもどかしい。
彼女を守りたい。
彼女に傍にいてほしい。
二年だ、その二年の役目を全うしたら、本気で好きなのだと、一番好きなのだと何度でも伝えよう。
あと、二年、たった二年の辛抱だ。