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転生して主人公付のメイドになりました。  作者: 三つ猫
学園入学前
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02章 ノルマとシステム

「お嬢様、お屋敷にお戻りになる前にこちらでお待ちください。代えのドレスを持って参りますから」

「悪いわね、マリィ」

「そう思われるなら、せめてドレスでのやんちゃはお控えいただきたいです。

 その泥だらけのドレスをどうメイド長にバレずにお洗濯するか、頭をかかえておりますので」


 小屋の陰に隠れた簡素な衣服に身を包んだお嬢様を残し、私は屋敷へと走った。

 彼女の服が汚れているのは、木から転げ落ち、馬車に轢かれそうになっていた魔獣を颯爽と助けられたからだ。


(設定通り、強く優しい方に成長されました)


『ミレア=マレディス。

 公爵家の一人娘。

 何事にも興味があり、考えるよりも先に身体が動くタイプ

 つり目なので、第一印象では勝ち気で近寄りがたく思われるが、

 分け隔て無い振る舞いや持ち前の明るさでほとんどの人の警戒心を解き、いつの間にか親しくなってしまう。』


 これが設定書に記載される彼女の説明文。

 そして、隣に描かれる立ち絵の通り、美しいブロンドの髪と碧い瞳を持っていて、舞踏会では男女問わず多くの人を振り向かせる紛れもない美人だ。


 お付きのメイドという立場上私は注意したが、咄嗟のときに全く動けなかった私と違い、当然のように飛び出した彼女のことを尊敬しているし、そういった主人に仕えていることをとても光栄に思っている。


 神様に問われたのは、ゲームの登場人物となってもいいかどうかのみで、配役については空では何も聞かされなかった。

 この世界で目を覚ましたときは赤子だったが、五歳の時に手紙と設定資料が猫ダルマにより手渡され、自分が主人公付のメイドに割り当てられたことを把握した。

 

 猫ダルマとは、私たちが呼んでいる神様からの伝言を持ってくる魔獣のあだ名。

 言葉の通り顔は猫だが身体はダルマのように丸い生き物。

 羽でそらを飛び、尻尾をバネのように使って飛び跳ねて地面を移動する。

 

 私の見た目は、薄ピンクがかった髪に碧の目、小柄な身体、顔は年寄りも幼く見える。

 元の自分と比べると可愛すぎて気後れするが、他のキャラクターも可愛い子ばかりなので、外見に関しては素直に神様に感謝しようと思う。


 それに元々人の前に立つような性分ではなかったので、メイドという立場は私にはお似合いだ。

 主人公に選ばれるような人は前世ではどのような人だったのだろうかと、話せる年齢になってすぐにお嬢様に確認したが、彼女は全く前世の記憶がなかった。

 記憶がないというよりも、前世も神様との会話も知らないようで、おそらく彼女はこの世界の「オリジナル」なのだろうと推測している。


 屋敷に入った後は廊下を走る訳にもいかないので、足早に進んだ。


(それにしても……。昨日寝不足だったからでしょうか、先ほどから頭が痛い。

 それにこの程度の距離を走ったくらいで動悸がするなんて、運動不足でしょうか)


 そんなことを考えながら歩いていると、前から見知った人影が近づいてきた。


「マリィ。どうしたの? 随分服が汚れているけど」


 言われて自身の衣服を確認する。

 お嬢様の汚れがあまりにも酷く気づかなかったが、私も、普通のメイドの仕事では付着しない泥があちこちに跳ねていた。

 

(後で庭師の方にご相談し、上手くごまかさなければなりませんね)

 

「またミレア様のおてんばに付き合ったの? 君も大変だね」


 口元を手で覆いながらくすくす笑いを零す。

 彼は、ウィルム=アヴェリテリス。私たちがいるこの国、ティポルテスの第四王子、攻略対象だ。


 横に流したダークブロンズの髪、目は暗い金色、細身で背は高め、浮かべる笑みはうっとりするほど甘い。

 有り体に言えばイケメンだ。

 そんな彼の説明は、設定資料にはこう記載されている。


『ウィルム=アヴェリテリス。魔法適正は魅力。

 女好きだが、男の扱いが雑ということはなく、女性に対しては良き紳士、男性に対しては気さくな友人という関係を器用に築いている。相手の女性が自分に本気になった途端に態度を豹変し冷たくなる。』 


 説明の通り、彼はすれ違う女性手当たり次第に声をかけるが、男性に毛嫌いされている様子はなかった。

 また、舞踏会で、泣いて縋る女性を冷たくあしらう彼の姿を目撃している。


 彼は「役持ち」だ。

 役持ちとは私と同様に前世の記憶を持つ者のこと。神様がそう呼んでいた。

 

彼が前世でも今と同じ性格だったかは、尋ねたことがないので知らないが、役持ちはこの世界での登場人物の性格に応じて、人格や得意不得意にも補正がかかるようなので、元は違ったのかもしれない。


 この世界が乙女ゲーム通りなら、主人公と接する中で改心するのだろうが、元々交流があったため彼の舞踏会での振る舞いを見たときはショックだった。


ちなみに、この世界では生まれながら適正魔法が決まっており、魔法石なしでは適正魔法しか使えない。

 魅力の魔法適正は珍しく、魅了することで簡単な意識操作が可能となる。

 彼は魔法を使い屋敷の庭師やメイドの認識をいじって、庭師の弟子として度々屋敷に来ていた。

 そのため今の衣服は公の場で着るようなきらびやかな衣服ではなく、庭師用の作業着だ。


 なお、女性をナンパしているときは魔法は使わないらしい。

 彼曰く、魔法を使って誘うなんて女性に失礼だから。

 自分が自由に出歩きたいがために魔法を使うのは、失礼ではないのだろうか。


「ねぇ、そんな汚れた服じゃ君の可愛さが台無しだよ。仕立屋を手配するよ。俺と一緒に来ない?」


 急いでいたので気づかないふりを決め込もうとしたのだが、手を取られれば立ち止まるしかない。

 泥で汚れたメイドの手を取って、微笑みかける王子の姿は滑稽だが、それは私だから誘っているのではない。

 

彼は女性であれば誰でもいいのだ。

 実際私が近くに来るまで、他のメイドに声をかけていた。


「お誘いありがとうございます、ウィルム様。大変嬉しく思いますが、仕事がありますので失礼いたします」

「嬉しいって言うなら、少しは嬉しそうに……、笑顔を見せてほしいな」


 彼は手を離してはくれなかった。

 握っていた手の指を絡ませ、自身の方へ引きよせる。そうして逆の手を私の背にそっと添えた。


 美しい顔が間近に迫り花のように微笑むので、緊張を隠しきれず頬が赤らんでしまう。

 思わず顔を下げると、ウィルム様は私の頭に自分の頬を当てる。

やけに長く感じる数秒を終えた後、口を耳元に運んで囁いた。


「やっぱり君が一番可愛い。今日、会えてよかった」

 

私の背に両手を回し、きゅっと力を込める彼。

 次第に鼓動が速くなっていくことに、自分で気づきあえて冷え切った口調で返した。


「私の反応で、遊ぶのは止めてください」

「……本気じゃないと思ってるんだ」

「当たり前です。

 もしも、本当に好きで居てくださるなら、シナリオ開始前にこのように近づいてこないはずです。

 恋愛経験がろくにない私が、あなたの言葉でうっかり好きになってしまったら、

 どう責任を取ってくださるおつもりですか?」

「分かってる。明後日が入学式だから、今日が最後のつもりだったんだ。

 君が大切だし、僕も退場したくはないから、二年間は不必要に君に近づかないと約束する。

 ……主人公が僕を選ばなければ良いな」

「……私は、お嬢様の意思を一番に尊重したいと思っています」


 彼は少しの沈黙の後、私から離れて頭を撫でながら優しい声音で言った。


「そうだね、君は主人公の一番の理解者、マリィだからね」




 玄関へと向かう、彼の後ろ姿を眺めながら思う。


(まるで、私がマリィだからお嬢様のことを大切に思っているみたいな言い方でしたね)

 

 お嬢様のことは本当に素晴らしい人だと思う。

 しかし、補正が入っているからそう感じるのかは、私にも分からなかった。


『マリィ=ルメリア。魔法適正は水。

 主人公が大好きで、主人公の好きなものを好み主人公の敵を憎む、一番の理解者。

 主人公もまた、しっかりした性格で優しいマリィを姉妹のようにも親友のようにも思っている。』


 これがマリィの説明文。

 文章の中に「主人公」という単語が四回も登場する、主人公大好きキャラ。


 お嬢様のことを本当に大切に思っているつもりだから、この気持ちが補正によるものだとしたら悲しい。

 ウィルム様のことは……。

 

 彼が女好きで誰にでも近づくのだと知っていても、異性にあんな風に迫られた事のない私は、本当に好かれているのではないかと誤解してしまいそうになる。


 以前は、女好きは変わらないものの、メイド長に嫌がせを受けたときや、仕事が上手くいかないときに話を聞いてくれる良き友人だったのだが、最近はああなので、出来るだけ関わらないようにしていた。


(そのままでいてくれれば、無理に冷たい態度を取る必要もないのに)


 五歳のとき、猫ダルマから受け取った手紙はこうだった。

 

『役持ちの皆様へ


 そろそろ自由に動いても問題ないお年頃だと思い、お手紙を送りします。

 いかがお過ごしでしょうか。その世界をお楽しみいただいていますか?

 基本的に好きに過ごしていただきたいところですが、その世界は私が乙女ゲームとして作った世界。

 設定通りのキャラクターとして振る舞い、設定にある地位や役割を放棄することはないようにしてください。

 

 その世界では、十七歳になる年から二年間、貴族であっても王族であっても、

 全寮制の学園に行くことが義務づけられています。


 それが、乙女ゲーム「恋色の魔法の書」の舞台となります。

 二年間、皆様には二つのノルマがあります。


 一つ目は、台本。

 皆様にはゲームのシナリオ通りの演技をしていただきます。

 といっても、二年間二十四時間ずっと演じていただくわけではありません。

 ゲーム同様、シナリオで描かれる場面のみで結構です。

 簡単な指示のみ記載しますので、具体敵な言動はご自分で好きに演じてください。

 

 始めの台本は、一つ目のイベント終了までの分を同封いたします。

 次の台本はイベントの終了時にお送りします。


 二つ目は、好感度。

 お気づきの方もいるかと思いますが、その世界にはパラメータが存在します。

 「パラメータ」と呟けば自分や任意の人のパラメータが確認できます。


 HP(ヒットポイント、体力ゲージです。病気になったり怪我をしたり、疲れたら減少します)

 MP(マジックポイント、魔力ゲージです。尽きたら魔法が使えなくなります)

 Lv(レベル。高ければ高難易度の魔法が使えます)


 そして、役持ちの皆様にのみ好感度という数字が存在します。

 自分以外の役持ちと、主人公を自分自身がどう思っているかが数値と色で分かります。


 好感度は、0から100まであり、

 0から29が白のハート、

 30から69までが黄のハート、

 70から99までが桃のハート、

 100が赤のハートです。


 好感度は通常自分にしか見えないものですが、イベント終了時にのみ主人公に開示されます。

 そのタイミングで、主人公の選択肢に合わせこちらで指示した好感度になるように調整してください。

 指示は色でのみ行いますので、そこまで難易度が高いものではありません。


 皆様にはゲームの登場人物としてその世界に参加していただいています。

 もし、ノルマ未達成の場合、もしくは舞台となる二年間の前にキャラクターとして演じることを放棄した場合は、世界から退場していただくことになります。ご了承ください。


 皆様の第二の人生が素敵なものになるよう、願っています。

                                         娯楽の神 メイズ』


 退場というのは、死ぬということだろうというのが私たちの見解だ。

 ノルマがあるなんて聞いていないとは思ったが、こちらから神様に連絡する手段はないし、下手に神様に意見して退場させられるわけにはいかない。

   

 私のイベント終了後の好感度指定は主人公に向けては桃、それ以外が白か黄。

 マリィの設定なら主人公以外のキャラクターに対しては白のハートでもおかしくなかったが、黄のハートまで許されるなら難なくクリア出来るだろう。


 台本に関しては、非常に簡素な内容でマリィは主人公を応援する立場として普段通り振る舞うだけなので、もはやないようなものだった。その上、序盤の指示は何もない。


 他のキャラクターには難易度の高い指示があるのかもしれないが、この世界で生きたければ従うしかない。

 私たち役持ちは死んでいるのだから。

 前世に生きたことを知った状態で今を生きていられるのは、神様の温情あっての奇跡。

 神様の機嫌を損ねるわけにはいかない。

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